第390話 引っ越し祝いとお帰り祝い(?)④ 

 「大丈夫だよ、キルーシャ。僕は怒ってないし、彼に関してもとりたてて罰を与えようとか考えてないから安心して?」


 「しかし……」


 「まだ会ったばかりだし、僕のことを知らないんだから、不信感を持って当たり前だよ。これから少しずつ、僕のことを知ってもらえばいい。だからキルーシャもあんまり気にしちゃだめだよ?」



 シュリは微笑んで、まだ沈んだ表情のキルーシャの手を取り、彼女を食事が並んでいる辺りに連れて行った。



 「ほら、どれも美味しいから食べてみて? どうせさっきまでは顔合わせの会話に忙しくてご飯どころじゃ無かったでしょう? この食事は[月の乙女]のみんなとキルーシャ達への引っ越し祝いみたいなものなんだから、遠慮なんていらないからね?」


 「引っ越し、祝い?」


 「ん? 分かりにくかったら、そうだなぁ。移住したお祝い、みたいな?」


 「移住のお祝い……なるほど」



 生真面目に頷くキルーシャに苦笑しつつ、シュリは目に付いた料理をとって、



 「そ、お祝いだよ。だから遠慮なく食べて? ほら、あーん」



 そう言いながら彼女の口へ運んであげた。



 「あ、あー、ん。むぐ……なるほど。これが引っ越し祝い」



 もぐもぐごっくんしてから、真面目にコメントするキルーシャがなんだか可愛い。

 だが、間違った認識を植え付けたままなのは申し訳ないので、すぐに訂正しようとした。

 ご飯をあーん、してあげるのが引っ越し祝いという訳じゃないのだと。

 だが、シュリが口を開く隙を与えずに、



 「ふぅん。キルーシャと[月の乙女]への引っ越し祝いなんだから、当然私達ももらえるのよね?」


 「引っ越し祝い、か。あまり聞かない言葉だが、なかなか良い習慣だな」



 シュリの前に並ぶ雛が、1羽から3羽に増量した。

 あー、と口を開くフェンリーとジェスの口に、シュリは苦笑しつつ料理を運んであげる。

 これが引っ越し祝いじゃないという誤解は、後で解けばいいか、と思いながら。

 だが、その誤解は連鎖し、



 「[月の乙女]への引っ越し祝い……ってことは、うちらももらった方がいいんすよね?」


 「シュリ君からのあーん、か。中々いいものだね。遠慮なく、頂くとしよう!」


 「ま、顔は好みだし、あーんくらいならしてもらってもいいかもね」


 「せっかくの好意を無にするもの可哀想だし。仕方ないわねぇ」


 「シュリは美少女顔だし、美少女にあーんしてもらうと思えばいっか」



 シュリの前には更に5羽の雛が雁首を並べた。

 なんだか本当に親鳥になった気分だなぁ、と思いつつ、せっせと彼女達の口に料理を運ぶことしばらく。

 満足した者から徐々に離脱し、最後の1人が満足したところでシュリは説明の為に口を開こうとした。

 だが、そう上手く事が運ばないのがシュリ・クオリティというもので。



 「引っ越し祝いありがとう、シュリ。でも、どうせお祝いをもらうならこっちの方がいいわね」



 フェンリーのそんな言葉と共に抱き上げられ、有無を言わせないキス。

 容赦ない大人のキスを難なくお受けして、適度な反撃もお返しして。

 満足そうな吐息を漏らすフェンリーの頬に手を伸ばしたところで、



 「……やっぱり、シュリとのキス、いいわね。さ、次はジェスの番よ。引っ越しのお祝い、しっかり頂いちゃいなさい」



 シュリの体は次のお相手の腕の中へ。

 キスは引っ越しのお祝いじゃないよ、といいたいところだったが、熱く潤んだジェスの瞳の前で、その言葉を口にすることは出来なかった。



 「シュリ、その……いい、かな?」



 なにを、とは聞かずにシュリが頷く。

 目を開けたままだとジェスがやりにくいだろう、と目を閉じると、そんなに待つこともなく熱く柔らかな唇がおずおずと触れてきた。

 これが初めてのキスというわけでもない。なのに何とも言えず初々しいジェスのキスに、シュリは唇を微笑ませ、その初々しさを存分に楽しんだ。

 とはいえ、初々しかったのは最初だけで、後半はしっかり大人で濃厚なキスだったが。

 キスの余韻に艶っぽく頬を染めるジェスに、シュリは今度こそ告げようとする。

 キスは引っ越し祝いじゃない、と。

 しかし。



 「引っ越し祝い、ありがたく頂いたぞ。さ、次はキルーシャ殿だな! 遠慮なく貰っておくといい」



 シュリの体はキルーシャの腕の中へ引き渡された。

 え、ほんとにいいの? と言わんばかりの絵に描いたような半信半疑の表情で、キルーシャは腕の中のシュリを見る。

 でも、その瞳は潤み、キスへの期待が丸わかりだった。

 キルーシャが躊躇をしている、今、この時こそ誤解を解くタイミングなんだろうなぁ、とは思う。

 だが、フェンリーとジェス、2人に引っ越し祝いとしてのキスを強奪された今、キルーシャにだけキスをしないのは不公平なのでは、とも思えた。

 どうしようかなぁ、と考えていると、



 「シュリ、様」



 キルーシャが震える声でシュリの名前を呼んだ。

 それに応えるように彼女の顔を見上げると、彼女の熱く真剣な眼差しがシュリの瞳をからめ取った。



 「私もキスを頂いて、いいのだろうか?」



 少し、不安そうな声。そんな声を聞いて、キルーシャだけダメ、なんて言えるはずもない。

 シュリは微笑み、キルーシャの頬に手を伸ばした。そして手の平で、その褐色の肌を愛でるように撫で、



 「キルーシャ。僕と共にいることを選んでくれてありがとう」



 離れる機会を与えられながら、それでもシュリと共にありたいと戻ってくれた女性に、感謝の気持ちを伝える。

 感謝の気持ちの奥に己の節操のないスキルのせいで捕らわれた彼女への、申し訳ないと思う気持ちを隠しながら。


 ゆっくりと、顔を近づける。

 シュリとキルーシャの、最初のキスだ。どうせならきちんと思い出に残るキスを贈ってあげたい。


 そう思いながら、シュリはキルーシャの唇に己の唇をそっと押し当てた。

 最初は軽く、それから少しずつ触れ合いを深め、最後はしっかりと唇をつなぎ合わせて大人顔負けのキスを披露した。

 正直、キスの経験なんてほとんどなかったキルーシャは、シュリの年に見合わない巧みなキスに夢中になった。


 唇が離れた瞬間、もっと、と追いすがったキルーシャの唇をなだめるように、シュリはもう1度軽く唇を触れ合わせ。

 それからキルーシャの頬や頭を優しく撫でてくれた。


 そんな彼女や、自分達の団長・副団長の様子を見ていた[月の乙女]の誇る小隊長5人は冷や汗を流す。

 あのキスをまともに受けるのはなんかヤバい、と本能的に感知して。



 「な、なんかあのキスは危険な香りがするっす」


 「シュリ君は可愛いし、ちょっとちゅっとするくらいならいいかなぁ、と思ってたけど、確かにあれはまずい気がするね」


 「そうね。顔は好みだからキスくらいなら、って思ったけど、私の野生の勘がやめとけ、って訴えてくるのよね」


 「……ほっぺたにちゅ、くらいなら何とかなるかしら? 唇は断固死守した方がいい気がするわ」


 「だね~。私達はほっぺにちゅーでいいですって逃げよ」



 顔を見合わせ、5人は頷きあい。

 キスの熱が冷めやらず、火照った頬のキルーシャが生真面目にシュリを渡してきたのを礼儀正しく受け取り、



 「うちらはほっぺにちゅーで!!」


 「うん、ほっぺに可愛くちゅって、ね?」


 「ほっぺに軽くでいいわよ」


 「ライトなのをほっぺによろしく」


 「うんうん。ほっぺでよろ~」



 断固としてそう主張した。

 そんな彼女達の主張に目を丸くし、だが明らかにほっとした様子でにっこり頷いたシュリは、彼女達の求めに応じその頬に、礼儀正しく可愛らしいキスを贈ったのだった。


◆◇◆


 [月の乙女]とキルーシャ達が王都にやってきてから数日後、再びルバーノの屋敷を訪れる人達がいた。

 最初にやってきたのは、ようやくアズベルグから帰還した、怜悧な美貌のあの人。

 使用人に取り次がれ、中庭でお茶をしていたシュリの元へ案内された彼女は、普段は冷たい印象を人に与える切れ長の瞳を柔らかく細め、誰よりも愛おしく想う少年を見つめた。

 そんな彼女の姿を認めたシュリはぱっと顔を輝かせ、



 「サシャ先生!!」



 彼女の名を呼んで駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。



 「お帰りなさい、サシャ先生。元気そうでほっとしました」


 「……先生も、シュリ君が元気そうで嬉しいです」



 腰の辺りに無邪気に抱きつかれ、甘くしびれるような感覚を覚えたが、それをぐっと押し隠し、サシャは教師の仮面をしっかりと被り直す。



 (いけません。妙な感情を抱いては。シュリ君は生徒で私は先生、なのですから)



 己に言い聞かせ、悪気無く抱きついたままのシュリの頭をそっと撫でる。

 サシャに抱きついたまま顔を上げ、にっこり笑うその様子が愛おしくて。

 サシャは甘く微笑み、ひざを折り。

 シュリの体をそっと抱きしめた。このくらいなら許されるだろう、そう判断して。


 長く抱きしめすぎるのはダメだろう、とすぐに体を離し、その代わりに手を伸ばしてシュリの頬を撫でる。

 その手が耳や首に触れるたびに、くすぐったそうにぴくりと震え身をよじる姿に鼻血を吹きそうになりながら、サシャは鉄の意志でこらえた。


 そして教師の仮面をしっかり被ったまま、シュリに手を引かれ、中庭のテーブルへ。

 そこでシュリと共に午後のお茶を楽しみながら、アズベルグの土産話をする事になったのだった。


◆◇◆


 「サシャ先生がアズベルグにいくことになったのは、お兄さん達が僕とサシャ先生の親密さを疑ったから、だったんですか」


 「はい。シュリ君と私は清く正しい生徒と教師の関係だと言うのに、勘違いをして。まったく、兄達や弟にも困ったものです。彼等の口車に乗せられた祖父にも、先ほど苦情を述べてきました」



 ただの清く正しい教師と生徒、と言い切るには少々距離が近い気はするが、一線は越えていないからぎりぎりそう言えないこともないだろう。

 サシャ先生がリスト入りしていることは、シュリもすでに承知しているが、先生の鉄の理性のおかげでなんとか教師と生徒の関係性は崩れていない。

 どうにかこのまま、サシャ先生に余計な刺激を与えないように気をつけつつ、清く正しい教師と生徒の関係性つらぬきたいものだ。

 せめて、シュリがサシャ先生の生徒でなくなるまでのあと数年くらいは。

 しかし。



 「シュリ~。たっだいまぁ」



 願えば願うほど、そうはならないのが世の常。

 余計な刺激は、脳天気な声と共にシュリの背後に突然現れた。



 「アガサ!?」


 「うふん、そうよ~? ただいま、シュリ」



 色っぽく微笑んで、背後からシュリに抱きついたまま、シュリのほっぺにちゅっと口づける。

 ちょっとお酒が入ってるのか、目の前にいるサシャ先生の事もお構いなしだ。

 困ったなぁ、と思いつつ、サシャ先生の様子を伺う。

 彼女は見事なまでに固まって、シュリとアガサの様子を凝視していた。

 サシャ先生がフリーズしている間にアガサの話を聞いて、早めに帰しちゃおう、そう考えたシュリは、



 「お帰り、アガサ。商都からの長旅、お疲れさまでした。いつ帰ってきたの?」



 アガサを労いつつ問いかけた。



 「ちょっと前よぅ? シュリに会いに来る前に、通り道だからってナーザのとこに寄ったのよ。そしたらジェスとフェンリーがいてぇ。ちょーっとだけ飲んで来ちゃった」



 うふふ~、と笑う酔っぱらいアガサはご機嫌だ。

 シュリのほっぺやら頭やらにキスの雨を降らしている。

 彼女のやりたいようにさせながら、シュリは思う。酔っぱらってるし、一旦ナーザの店に帰しちゃおう、と。

 シュリが後から行くと約束すれば、素直に戻ってくれるに違いない。

 そう思い、口を開こうとした。

 だが、それより先に、にまぁ~っと笑ったアガサが口を開く。



 「ジェスとぉ、フェンリーが自慢してたのよ。シュリから引っ越し祝いをもらったぁ、って。だからぁ。私もお帰り祝いを貰わなきゃ、って思って」



 お帰り祝いなんてお祝いは無いよ、と即座に口を開こうとした。

 しかし、歴戦の冒険者の行動は思った以上に素早くて。

 ぐい~っと顔を横に向けられて、あっと言う間もなく唇を奪われていた。

 シュリの正面に座るサシャ先生に、見せつけるような形で。


 これはまずいなぁ、と思いつつも、キスを中途半端に終わらせると後が怖い。

 なので、出来るだけ早くキスを終えられるように、シュリは本気で応戦した。

 それがサシャ先生への更なる刺激になるとも気づかないまま。


◆◇◆


 キスの合間に漏れる水音、唇の隙間からこぼれ落ちる甘い声。

 最初にキスを仕掛けたのは突然現れた女性の方だったが、余裕に見えた彼女の表情もすっかりとろけ、その大きく開いた胸元までも鮮やかに色づいていた。


 うっとりとしたその女性の横顔を見ながら思う。シュリとのキスはどれだけ気持ちのいいものなのだろうか、と。

 耳からはいる情報と目から入る情報に、若干オーバーヒート気味の頭で、サシャはそんなことを考える。


 お帰り祝いなんて聞いたことがない。なんなんだ、それは!? 、と言う気持ちと、お帰り祝いなんてものが本当にあるのなら、自分だって貰う権利はあるはずだ、という気持ちが激しく交錯する。

 その気持ちは徐々に、お帰り祝いを彼女がもらえて自分がもらえないのは不公平ではないか、となっていき。

 最後には、自分もシュリからお帰り祝いを貰わなくては、という確固とした決意へと変わった。



 「さ、さしゃ先生。お、お騒がせしました!!」



 謎の女性とのキスを、ようやく終えたシュリがサシャの方へ顔を向ける。

 その唇は激しい口づけの名残で濡れていて。

 サシャは無言で手を伸ばし、その唇を指の腹で優しく拭う。

 愛おしい少年の唇の柔らかさに陶然としながら、サシャはその手を滑らせてまだ幼さの残る頬を手の平で包み込み。

 教師としての理性をフリーズさせたまま、ゆっくりとシュリに顔を近づけていった。


◆◇◆


 「さ、さしゃ先生。 お、お騒がせしました!!」



 己のもてる技術を駆使して百戦錬磨のアガサを撃沈させ。

 短時間で目的を達せたことに満足しながら、サシャ先生の方へ顔を向けた。これでもう大丈夫、と脳天気にも思いながら。

 しかし、それは間違いだと、振り向いた先のサシャ先生の顔を見た瞬間に悟った。

 熱く潤んだ瞳も、赤く色づいた頬も、短く荒い彼女の高まりを伝えるその呼吸の早さも。

 シュリの作戦の失敗を明確に物語っていた。


 身を乗り出したサシャ先生の指が、シュリの唇をなぞるように触れ、そのまま滑るように移動した手の平が頬を包み込む。

 近づいてくるサシャ先生の顔を見ながら、シュリは少しだけ悩んだ。

 このままサシャ先生の求めに応じるべきか、サシャ先生が正気に戻ったときのことを考えてお断りすべきか。

 しかし、悩むための時間は思いの外短く。

 間近に見つめたサシャ先生の瞳の奥に狂おしい程の恋の炎を認めたシュリは、教師と生徒という関係に甘えてうやむやにしてきた彼女の想いを受け止めようと腹を決めた。



 (僕が受け身だと、サシャ先生は後で自分を責めるかもしれない)



 そんなことになるくらいなら、僕からサシャ先生にキスしちゃおう。

 2人の唇の間にある距離はあと数センチ。

 その距離を、シュリは自分からゼロにした。

 彼女の唇を割り、舌を差し入れ。

 脳内に響くようなサシャ先生の甘い声を聞きながら、シュリは彼女を味わい尽くす。

 身を乗り出すだけでは足りなくて、体が小さいのをいいことにテーブルの上に乗って、両手でしっかりとサシャ先生の頬を捕らえたまま。


 キスの後。

 ぼうっと自分を見上げるサシャ先生の濡れた唇を指でぬぐい、シュリはちぅ、とサシャの頬にキスをして微笑んだ。



 「お帰りなさい、サシャ先生。僕のお帰り祝い、受け取ってくれてありがとうございます」


 「え? あ、そ、そうですね。いえ、こちらこそ、素敵なお帰り祝いをありがとうございます」



 シュリの言葉を受けて、ぼーっとしていたサシャ先生の瞳に光が戻る。

 反射的にそう答えてから、あれ、これでいいのかしら、と首を傾げるサシャ先生。

 そんなサシャ先生を見つめ、これでいい、とシュリは微笑む。

 このまま、さっきのキスはあくまでお帰り祝いという訳の分からない祝いの為だった、と言うことで押し通す。

 サシャ先生が、生徒に無理矢理キスをしてしまった、と見当違いの理由で己を責めたりしないように。


 だが、今のところ、その兆候は見受けられず。

 シュリはほっと胸を撫で下ろし、そろそろと後ずさるとテーブルから降りて再びイスにお尻を落ち着けた。

 そこへ、タイミングを見計らったかのようにシャイナが新たに入れたお茶を持ってきて。



 「新しいお茶が入った事ですし、よかったらもうちょっとおしゃべりしませんか? 僕も先生がいない間にあった話したいこと、色々あるんです」



 忠実なメイドが入れてくれたお茶を一口味わい、シュリはにっこりしてサシャ先生に話しかける。



 「ほら、ちょうど新しいお茶も入ったことですし」



 シュリの言葉に、サシャはまだぼんやりとした様子で、目の前に置かれた新たなティーカップを見下ろし、次に顔を上げるとシュリの顔を見た。

 それからその視線はシュリの横に流れ、そこにいたはずの闖入者の姿が無いことに首を傾げる。

 自分は夢でも見ていたのだろうか、そう言いたいような顔をして。


 だが、サシャ先生がそう思うのも仕方ない。

 突然乱入したアガサは、シュリとのキスに満足してすよすよ眠ってしまい、そんな彼女を優秀な執事であるアビスが華麗に回収し。

 今頃は恐らく、ナーザのお宿[キャットテイル]に送り届けられていることだろう。

 ナーザには迷惑な話かもしれないが、いつもの上品な老婦人に擬態していないアガサを、高等魔術学園に送り届ける訳にもいかない。

 ナーザの不満はアガサ当人に向かうだろうが、そこは自業自得と諦めて貰うほかないだろう。


 サシャ先生はしばらく周囲に目をさまよわせていたが、いくら探しても件の人物は見つからず。

 ようやく諦めてシュリの方へ目を向けたときは、いつも通りの先生の顔になっていた。



 「そう、ですね。せっかくお茶を入れていただいた事ですし。先生がいない間のシュリ君の話も聞きたいですしね」



 サシャ先生は柔らかく微笑み、お茶を一口飲んでから、シュリの話を促すように菫色の瞳を見つめた。

 その視線に促され、シュリは話し出す。

 サシャ先生がいない間におこった様々な出来事を。サシャ先生が余計な心配をしないように、危ない部分は上手に省きながら。

 身振り手振りを交えながら一生懸命に話すシュリを、サシャ先生は慈愛の表情で見つめ、その話に頷き。

 そんな2人のお茶会の終わりまでは、まだしばらく時間がかかりそうだった。


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