第391話 わらしべ長者な長い1日①

 シュリナスカ・ルバーノ。

 キルーシャの心を奪った憎い少年に出会ってからすでに数日の時が過ぎた。


 諦めたはずの想いだった。

 彼女を得て、族長として一族を率いるという過分な夢も、諦めていたはずだった。

 最初は彼女へ別の部族の族長からの求婚の求めが来たときに、2度目は一族を守るための戦いに敗れ、奴隷の身分に落とされた時に。


 だが、人の心というものはどこまでも浅ましく。

 彼女が再び目の前に現れ、今であれば己の手も想いも届くかもしれない、そう思った瞬間、くすぶっていた熱は再び燃え上がった。

 彼女に想い人がいる、その事実をしってなお、消せないほどに。


 だってあり得ないだろう?


 彼女が想いを寄せる相手は、今は亡き彼女の弟より年若く幼い。

 それでもまだ、話を聞いているだけの間は、きっと大人びた子供なんだろう、と己を納得させようと努力できた。

 最近の子供の成長は早いものだから、と。


 しかし、実物を見て、正直愕然とした。

 貴族の少年らしく、話す言葉は理路整然としてしっかりしていたが、その見た目は想像していたより遙かに幼く。

 側仕えの使用人達に代わる代わる抱き上げられたり世話をされたりする様子は、ようやく赤ん坊を卒業した幼児にしか見えなかった。


 いや、確かに顔は整っているし可愛らしい。

 それは認めよう。

 だが、あれを異性として恋をする女心が全く理解できない。


 理解出来ない、が。


 キルーシャが想いを寄せる少年は、驚くほどに女性をひきつける性質のようだ。

 側仕えの女達は嬉々としてあの子供の世話を焼き、その顔をうっとりと見つめ。

 [月の乙女]とかいう女だらけの傭兵団の連中も、あの子供に夢中のようだ。


 普通、お前等のように戦闘職につく女が惚れるなら、筋骨たくましい男らしい男じゃないのか!?

 そう問いたい気持ちはあるが、それはまあ置いておこう。

 自分は不特定多数の女にモテたい訳じゃなく、ただキルーシャの気持ちが欲しいだけなのだから。


 しかし、あの少年が年上の美女を侍らせる様子を見てもなお、キルーシャの顔に失望が浮かぶ事はなく。

 女グセが悪い、程度の情報ではキルーシャの心をあの天使のような見た目の腹黒少年から引きはがすのは難しいようだ。

 そう理解したジガドは、ひっそりとシュリナスカ・ルバーノという恋敵の少年を観察し始めた。

 周囲のものには、影から護衛している、と伝えて。


 キルーシャはそれで納得してくれたが、もう1人の幼なじみのファルマはどうもこちらの意図を疑っているようだ。

 ファルマは昔から勘が鋭く、幼い頃のいたずらもよく邪魔された。

 今回は邪魔をされないように、恋敵への悪意を隠し、細心の注意を払って行動すること数日。

 毎日真面目に学校へ通っては帰宅することを繰り返していた少年が、1人で屋敷を出た。

 カレンという、護衛の女の同行すらも断って。


 奴は何かするつもりだ。

 そんな確信と共に、ジガドはいつもより慎重にシュリの後を追う。

 いよいよ奴のしっぽを掴める、そんな予感に感情を高ぶらせながら。


◆◇◆


 カレンの護衛を断って屋敷を出たシュリは、1人ぷらぷら歩く。

 1人で出かけるからと言って、なにか人に言えない事をする訳ではない。

 ただ単に、たまには1人で出かけてみようか、と思っただけだし、護衛という意味なら、体の中に物騒なのが5人いる。

 それに。



 (僕1人の方が、あの人も話しかけやすいだろうし……)



 そんな風に、ここ最近、つかず離れず気配を感じるキルーシャの幼なじみ・ジガドの事を考える。

 出会ったその日から、恋敵として敵意を向けられているものの、キルーシャの幼なじみだし、悪い人ではない、はずだ。


 今日、どこかいいタイミングをみつけて彼と話してみよう。

 向こうから声をかけてもらえなかったら、こちらから声をかけてもいい。


 そう思いながらシュリはゆっくりとした足取りで歩いていく。

 だが不意に、その歩みが止まった。

 地面に落ちていた何かに目を止め、それを拾い上げる。



 「ひも?」



 小首を傾げ、小さく呟く。

 薄汚れて引きちぎられたようなそれは、素直にひもと呼ぶには少々ワイルドすぎる気がするが、じゃあなにかと問われれば、ひも? 、としか答えようがない。

 といっても、ゴミと言われれば反論出来ないレベルの代物だったが、1度拾ったものを再び捨てるのもどうかと思い、シュリはそれを手に持ったまま再び歩き出した。


 だがいくらも歩かないうちに、困った様子の男に行き当たった。

 彼は背中に背負った薪の山が崩れて困っているようだった。



 「大丈夫ですか?」



 声をかけると、



 「いやぁ。薪をまとめていたひもが片方切れてしまって。抱えて歩ける量じゃないし。困ったよ」



 男は弱り切った表情で答えた。



 「それは困りましたねぇ」



 言いながら、シュリは地面に散らばった薪を見回した。

 なにか切れたひもの代わりになるものはないだろうか、と思いながら。

 まあ、いざとなったら無限収納アイテムボックスから何か出してあげよう、と考えつつ、まずは散らばった薪を拾い集めようと腰を屈めたシュリに男が感謝のまなざしを向ける。

 その視線が、不意にシュリの手に流れ、そのまま止まった。



 「坊や、それ、ひもじゃないかい?」


 「え? ああ、これはさっき拾って……」


 「すまないが、それ、ゆずってもらえないか?」


 「えっと、短いですよ?」


 「切れたひもの補修に使うだけだ。それで十分だよ」


 「そうですか? じゃあ、どうぞ」



 男の求めに、シュリはさっき拾ったひもを手渡す。

 男は大喜びでそれを受け取って切れたひもを補修し、シュリと共に拾い集めた薪を再びまとめ上げて背中に背負った。



 「いやぁ、助かったよ、坊や。大したものを持ってなくて申し訳ないんだが……」



 困り顔から一転してにこにこ顔になったおじさんは、そう言いながらシュリに一抱えほどの薪を分けてくれた。

 お礼はいりませんよ? 、と伝えたのだが聞いてもらえず、シュリは押しに負けて薪を受け取った。


 視界をすべて薪に奪われた状態でおじさんに別れを告げ、再び歩き始める。

 もう少しおじさんと距離が離れたら薪は無限収納アイテムボックスにしまっちゃえばいいや、と思いながら。

 そんなシュリの耳に、



 「どうすんのよぅ。ランタン買えなきゃ、ダンジョンでの灯りがないじゃん。もぐれないよ?」


 「色々装備を揃えたらお金がなくなっちゃったんだから仕方ないだろ? なにかランタンの代わりに出来るものをさがして……」



 前の方からそんな声が聞こえてきた。

 あの人達をやり過ごしてから薪をしまおう、そう思って道の脇に寄ろうとしたが、もたもた動いている間にどんっと何かにぶつかってはね飛ばされた。



 「あっ、悪い!! 大丈夫か?」


 「もう~。なにやってんのよ!? 大丈夫? けが、してない?」



 ころん、と転がったシュリの耳に、あわてたような声が届き、優しい手がシュリを助け起こして服に付いた土を払ってくれた。

 大丈夫? と再度問われ、シュリは大丈夫と頷く。

 だが、両手に抱えていた薪ははね飛ばされた衝撃であちこちに散らばってしまった。

 拾わなきゃ、と動こうとしたのだが、それより先に、



 「ほら、この子の荷物、拾ってあげなよ」



 助け起こしてくれた女の人がそう言って、もう1人の人が慌てて散らばった薪を集めてくれて。

 シュリがありがとうとお礼を言うとその人は申し訳なさそうな顔をして頭をかいた。



 「いやぁ、ほんとにごめんな? 俺達、最近いなかから出てきたばっかの駆け出しの冒険者でさ。住むとこ決めたり、冒険者登録したりして、今日からようやく冒険開始なんだけど、ちょっと金を使いすぎちゃってさぁ。初心者用のダンジョンに潜ろうと思ってたんだけど、ダンジョンで使うランタンを買い忘れて、どうしようかってもめてたんだよ。で、ランタンの代わりになるもんがないかなぁって周り見回してたら、君の姿に気がつかなくて」



 ほんっとーにごめん、と頭を下げるその人の謝罪を受け入れ、それからちょっぴり首を傾げる。

 そして素朴な疑問を口にした。



 「だんじょん? この王都の周辺にそんなのあるの?? 冒険者の初心者がやるクエストって、薬草集めとか、とかじゃないんだ??」



 そんなシュリの言葉に、駆け出し冒険者さんが笑う。



 「ダンジョンのこと、知らないか? まあ、冒険者になろうとか思わなきゃ、どこにどんなダンジョンがあるか、なんて分かんないよな。王都にはさ、冒険者養成学校があるだろ? そこの生徒が冒険者としての技量を磨くためのダンジョンが王都の近くの森にあるんだよ。危なくないように教師が定期的に潜って強すぎる魔物を間引いてくれてるから危なくないし、そのダンジョンが目的で王都にくる初心者冒険者は多いみたいだぜ? 俺達もそうだしな」


 「へえ。そうなんだね」


 「そんなわけで、装備を整えていざダンジョンへ、って訳だったんだけど、うっかりランタンを買う金まで使い込んじゃってさぁ」


 「そっかぁ。それで困ってたんだね?」


 「そうなんだよ。で、さ。ちょっと相談なんだけど」


 「ん? なぁに?」


 「君の持ってるその薪。俺達に何本か分けてくれないか。その薪にぼろ布でも巻き付けて火をつければ、たいまつとして使えると思うんだ。今は、金がないけど、後でちゃんと払うからさ」


 「これ? いいよ。あげるよ」



 言いながら、シュリは持っていた薪を駆け出し冒険者さんに差し出した。



 「え、いいのか!?」


 「うん。実はこれ、さっき貰ったものなんだけど、これが冒険者さん達の役に立つならその方がいいと思うし。だから、お金もいらないよ」


 「まじか!! いや、でもなぁ」


 「ほんとはさ、持って歩くのが大変だったから、冒険者さん達が貰ってくれたら助かるんだ」


 「そ、そうか?」



 シュリの言葉に、冒険者さんはぱっと顔を輝かせ。

 でもさすがにただ貰うだけでは気がとがめたのか、近くに咲いていた可愛い花を摘んで薪の代わりにシュリへ渡してくれた。

 シュリの腕いっぱいに抱えられていた薪は、冒険者さん達からすると大した量じゃ無かったみたいで、さっとまとめて背嚢に放り込むと、



 「ありがとな~!! ほんと助かったよ」


 「ありがと~」



 口々にそう言って大きく手を振り。ダンジョンへ向かうその背中は、あっという間に見えなくなってしまった。

 それを見送ったシュリは、すっかり軽くなった手の中の荷物に目を落とし、思わず微笑む。

 けなげに咲くその黄色い小さな花は、こじんまりとして可愛らしく、屋敷に戻ったら花瓶に入れて部屋に飾っておこう、そう思いながら再び歩き出した。


 帰るまでにしおれてしまうかもしれないと思い、念のためにと花の茎を口にくわえてみる。

 [癒しの体液]の効果が植物にも有効かよく分からないけど、と思いながら花を口につっこんだまま前へ進む。

 心なしか葉っぱの元気が増したように思えるから、シュリの体液の効果は植物にも有効なのだろう。


 そんなことを思いながらゆっくり歩いた。

 ついてくるジガドの気配は感じるからどこか近くにいるんだろうけど、中々話しかけてこない。

 これは僕の方から話しかけるべきだろうか、なんて思っていたら、道の脇にしゃがみ込む人影が見えた。



 「うぐぐぐぐぅっ。腹が……腹がぁっっ」



 呻いているのは少し厳ついおじいさん。

 だが、相手が厳つかろうとなんだろうと、苦しんでいる人を見捨てるという文字は、シュリの辞書には存在しない。

 くわえていた花を手に持ち替えて、シュリは慌てておじいさんに駆け寄った。



 「おじいさん、大丈夫ですか!?」


 「うぐぐっ。だ、大丈夫、とは言い難いのう。さっき食べたものが良くなかったのか、急に腹が痛くなってな。確かこの辺りの道ばたに、腹下しに効く薬草があったと思い、探していたのだが……ぬっ!!」



 苦しそうにしていたおじいさんの視線がシュリの手元に向いた瞬間、おじいさんの目がきらーん、と光った。



 「そ、それじゃあ!!」


 「それ?」


 「す、すまんがその黄色い花をわしにくれんかのう?」


 「これ、ですか?」



 シュリは手の中の小さな花に目を落とす。

 可愛らしい花で気に入ってはいたけれど、必要だという人がいるなら仕方がない。

 迷ったのは一瞬。

 シュリはすぐにその花をおじいさんに差し出した。



 「すまんっ!! 恩にきる!!」



 差し出された花を受け取ったおじいさんは、それをそのまま口へと放り込み。

 もぐもぐごっくん、と食べてしまった。

 恐らく、いま、自分の目はまんまるになってるだろうな、とシュリは思いながらおじいさんを見つめる。

 まさか、食べるとは思わなかった。

 それが正直な気持ちである。

 でも、花を食べたおじいさんの顔色はみるみる良くなって。

 人心地ついたのか、ふう~、と大きく息をついたおじいさんはにこにこしながらシュリの方へ顔を向けた。



 「いやあ、助かった。坊主が腹下しの薬草を持ってなければ、正直、危険なところだったわい」


 「腹下しの薬草? あ、あの黄色い花がそうだったんですか?」


 「うむ。本当は煎じて飲むものなんだが、生でも何とかなったのう。というか、いつもより効きが早い気がするんじゃが」



 おじいさんの言葉に、シュリはちょっぴり冷や汗を流す。

 薬草の効きが早い理由は、恐らく直前までシュリが口にくわえていたせい。

 花が吸い上げた[癒しの体液]の効果だろう。

 だが、まあ、それをそのまま正直に言うわけにもいかないので、



 「日なたで元気よく咲いてたので、普通の奴より効果が高かったんじゃないでしょーか」



 そう言ってははは、と笑っておいた。



 「ん~? そうかのう。ま、そうかもしれんのう」



 ちょっと苦しいかもしれないが、おじいさんは小首を傾げつつも頷いてくれたので、まあ、問題ないだろう。



 「しかし、せっかくの薬草を悪かったのう」



 「いえいえ、たまたま貰ったものなので気にしないで下さい」


 「とはいってものう……そうじゃ!!」



 申し訳なさそうなおじいさんに笑って返すと、おじいさんははっとしたような顔をして猛然と己の懐やらポケットやらを探り始めた。



 「おお、あったあった! 手慰みに作ったもので悪いが、よかったらこれを貰ってくれんか?」



 言いながらおじいさんが差し出してきたのは、繊細な作りのネックレスだった。

 押しつけられたそれをまじまじと見つめ、



 「これをおじいさんが? こんな素敵なネックレス、貰っちゃっていいんですか? すっごく高いんじゃあ……」



 シュリはおじいさんの顔を見上げた。

 だが、そんなシュリの心配を、おじいさんは呵々と笑い飛ばし、



 「いいんじゃ、いいんじゃ。実は最近スランプでな。それは練習がてら手の運動に作ったものじゃから、素材もそれほどいいものを使っておらん。逆に、こんなものしかなくて申し訳ないくらいなんじゃよ」



 そう言って、職人らしいごつごつした手でシュリの頭をわしわしと撫で。

 今度会ったらもっといいものをやるからの、そう言い残して去っていった。

 シュリは、すっかり元気になったその背中を見送り、朝からの出来事を思い返す。

 落ちていたひもを拾って、それが薪になり、さらに薪が黄色い花の薬草にかわり、薬草がきれいなネックレスになった。



 (なんか、昔話のわらしべ長者みたいだなぁ)



 てくてく歩きながらシュリは思う。

 といっても、前世の子供の頃に絵本で読んだくらいの知識しかないので、正直うろ覚えだが。

 このネックレスも何かになるのかなぁ、と思いながら歩いていると、道の端に停まっている山盛りの野菜を積んだ荷車が見えた。

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