第367話 祝勝会の夜③

 会場に着くと、両開きの大きな扉の前で少し待つように言われた。

 すると扉の向こうから、



 「シュリナスカ・ルバーノ様とお連れ様方、ご到着にございます」



 そんな声がはっきりと耳に届いた。



 (で、出来ればこっそり紛れ込んじゃいたかったんだけどなぁ)



 なぁんて思っていたシュリは内心冷や汗を流す。

 だが、今回の集まりの主賓であるシュリにそんなことが許されるはずもなく。



 「シュリ、扉が開いたらあなたとアガサが最初に入場を。次にオーギュストとジェス。最後に私とフェンリーが入ります」



 いいですね、と念を押され、今更だだをこねても仕方がないと観念したシュリはこっくりとうなずき、アガサをエスコートする為に腕を差し出した。

 身長差がありすぎて掴まりづらいに違いない。

 でも、そんな長い時間の事じゃないしアガサには我慢してもらうしかないなぁ、と思いつつ見上げると、非常に幸せそうに笑み崩れていたので、心配する必要は全くなかったと理解する。


 彼女はいそいそとシュリの腕に己の手を伸ばし、若干勝ち誇った顔でジェスとフェンリーを振り向いた。

 ジェスもフェンリーも、ちょっぴり悔しそうな顔をしたが、この組み合わせと入場順はディリアンが決めたものなので、文句を言っても仕方がないとあきらめているようだった。

 そうこうしている間に目の前の扉がゆっくり開き、



 「さ、シュリ。入っていいですよ」



 ディリアンのそんな言葉を合図に、シュリはアガサをエスコートしつつ、室内に足を踏み出した。



 「シュリナスカ様とアガサ様のご入場です」



 その瞬間を逃さずに、扉の脇に控えていた執事のような人の口からでたのは、結婚式かよ!? と思わずつっこみたくなるようなアナウンス。

 あたたかな拍手に迎えられたシュリは、事前にディリアンに教えられていたように、執事さんがいない方の扉の脇によけて、残りの4人が出てくるのを待つ。

 だが、それほど待つことなく、



 「オーギュスト様、[月の乙女]ジェス様」


 「ディリアン様、[月の乙女]フェンリー様」



 と立て続けに名前を呼ばれ、全員揃ったところでシュリは堂々と見えるように気をつけながら歩き出した。

 ホールの奥の方で手をあげて合図してくれている国家元首・アウグーストの方へと。

 目立ちたくないなぁ、と思っていたが、幸いなことに女性陣のドレス姿が非常に華やかで、シュリの存在感はだいぶ薄まっていた。

 そのことにほっと胸をなで下ろしながら進み、アウグーストの前に立つ。



 「本日はお招きありがとうございます」



 敬語は使わなくていい、といわれてはいたが、一応公式の場なので丁寧に挨拶をして頭を下げた。



 「ああ。良く来てくれた。アガサ殿もお越しいただき感謝いたします。ジェスにフェンリーも、今日は気楽に楽しんでくれ。それから、シュリ」


 「なんでしょう? アウグースト様」


 「お前に敬語を使われるのは気持ち悪いからやめてくれ。これからも、敬語は使わなくていいぞ? 公式の場でも、な」


 「気持ち悪いって……まあ、いいけどさ。でも、さすがに公式の場くらいはちゃんと取り繕おうよ」



 唇を尖らせたシュリの様子に、アウグーストは楽しそうに笑う。

 そんな2人を見て、近くにいたガタイのいい男の人と、細身だけど鍛え上げられた筋肉の男の人が目を丸くする。

 だが、それ以上に彼らを驚かせたのは、ジェスとフェンリーのようだった。



 「ジェ、ジェス。お前、その格好……結構にあってるな」


 「いや、フェンリーもなかなか……なんというか、悪くない」


 「ん? ライオスにロドリオか。お前達も招かれていたのか」


 「ま、まぁな。ってか、その格好……」


 「ん?? ああ、これか。これは、こちらのアガサ殿にお借りしたんだ。私もフェンリーもこういうのは持ってないからな」



 口調はいつもと変わらぬジェスなのだが、見た目は正直別人レベルの化け具合。

 そのギャップの落差に戸惑う男性2人に、ジェスは容赦なくアガサという劇薬を突きつけた。

 まあ、ジェスに悪気がないのは明らかだったが。



 「あら? こちらのお2人はジェス達のお知り合い?」



 名前を呼ばれたアガサは、一応招かれている立場なので、それなりの愛想は振りまいておくべきだと思ったようで。

 体の前で腕を組み、けしからん胸を更に強調しつつ、通常装備のくせに攻撃力ハンパない流し目でライオスとロドリオを見た。



 「ああ。2人ともそれぞれ傭兵団を率いているんだ。なかなか強い男達だぞ」


 「あら、お2人とも。傭兵団の団長さんなのね」


 「は……はっ! じ、自分は傭兵団[ライオネル・ガード]を率いているライオスと申しますっ!!」


 「傭兵団[ホワイトファング]を率いているロドリオだ……いや、です。以後お見知りおきを。美しいお方」



 アガサの、通常装備の妖しい微笑みに、2人の傭兵団長はうっとりと見とれている。

 シュリはそれをこっそり見ながら、これがアガサの実力か、とちょっぴり感心した。

 今までこうやって、アガサが男の人を魅了する様子を間近で見たことが無かったから。



 (スキルを使わないでこれなんだからすごいよなぁ)



 なぁんて思いながら見ていると、ジェスは安定の鈍感力で首を傾げた。



 「ん? 2人とも、何か変なものでも食べたのか? ちょっと様子がおかしくなってるぞ??」


 「ライオスさんとロドリオさんね? こちらこそよろしくお願いしますわ。強い殿方が知り合いだと心強いですもの」


 「あ、ああ。あんたの為なら俺の剣も振るいがいがあるな! 任せてくれ」


 「あなたのような美しい人の為ならいつでも駆けつけよう。遠慮なく頼ってほしい」


 ジェスの不思議そうな視線などものともせずに、アガサの色香に迷った男2人は、熱いまなざしをアガサに注いでいる。

 シュリはこれを幸いに、にこにこしながらアガサを見上げた。



 「アガサ。2人とも背が高くてアガサと釣り合うし、2人のどっちかにエスコートをしてもらうのはどう、か、な?」



 一瞬でアガサに夢中になった男性のどちらかに、アガサのエスコートを押しつけて身軽な身になってしまおう、と思ったのだが、そう簡単に事は運ばなかった。

 シュリの言葉に、一瞬でシュリの方へと視線を戻したアガサが、あまぁい笑顔でにんまり笑う。

 そして即座にシュリを抱き上げ抱きしめた。



 「んもぅ。シュリってば。ヤキモチなの? ヤキモチよね!?」



 ヤキモチじゃないよ、と返したかったのだが、その言葉は口から出させて貰えなかった。

 よける間もなく襲いかかってきたアガサの唇に攻撃されたせいで。

 アガサからキスの攻勢をかけられながら、シュリはあきらめの境地で周囲の様子を伺う。


 まず、アガサにメロメロになりかけていた2人は、呆然とした顔であんぐりと口を開けてこちらを見ていた。

 まあ、その気持ちは分からないでもない。

 これからまさに口説こうと思っていた美女が、ちっちゃな子供に本気のキスを仕掛けているのだから。

 信じたくない気持ちになるのも仕方がない。


 次に、ジェスとフェンリーと、それからオーギュスト。

 なんだか3人とも非常にうらやましそうにこっちを見ている。

 このキスの攻防が終わったら、3人の攻撃に備え、阻止しないといけないだろう。

 特に、オーギュストは今は男性体だし、絶対に防衛を成功させないと。

 オーギュストがどれだけ美男子だろうとも、リアルBLお断りの看板を下ろすつもりは無かった。


 そんなことを思いながら更に視線を動かす。

 周囲の人の反応は色々。

 驚いている人もいるし、興味津々の人もいる。

 そんな中で、ディリアンは額を押さえ、アウグーストは面白そうにこっちを見ていた。



 「ヤキモチなんて、可愛い子ね、シュリ。でも、そんな心配なんて必要ないのよ。私の身も心もシュリだけのものなんだから」



 激しいキスの攻防もようやく終息を迎え、アガサはシュリの頬に名残惜しそうに唇を落とし、甘く微笑む。

 色々疲れてしまったシュリは、否定する気力もなく、



 「あ、うん。ソウダヨね……」



 曖昧に頷いて、アガサの腕の中から解放してもらった。

 そしてそのまま、ディリアンとアウグーストの方へ歩み寄る。

 シュリから離れたアガサは、



 「ずるいぞ、アガサ殿」



 と、ぷんぷん怒るジェスを筆頭とした3人に掴まったようだ。

 そのまま存分にお説教を受けちゃえ、と思いつつ、安全地帯に避難したシュリはほうっと小さく息をついた。

 そんなシュリの頭をぽんぽん、と撫でる人がいる。

 見上げれば、お髭もダンディなアウグーストが面白そうに目を細め、ニヤリと笑っていた。



 「色男は大変だな? シュリ」


 「笑い事じゃないんだよ、アウグースト。ほんっとうに大変なんだよ?」



 唇を尖らせて言い返せば、この国のトップに立つ男は、心底楽しそうに朗らかな笑い声を響かせた。

 彼の素直な笑い声に、会場内の少なくはない人数が驚きと共に目を見張る。

 そして昔の彼を知る者は、かつてただの商人だった頃の国家元首を思いだし、懐かしそうに目を細めた。

 会場に集まった人々は、彼をそんな風に笑わせた少年を興味深く、そして好意的に見つめた。


 その視線を敏感に感じ取ったシュリは、落ち着かない様子でそわそわしながら周囲を伺う。

 内心、この微笑ましそうな好意が、いつ熱狂的な好意に変わってしまうか、戦々恐々としながら。


 だが、シュリの心の内を知る由もないアウグーストは、そんなシュリの様子に微笑んだ。

 こうして見ている分には、人から注目されるのにまだ慣れていない、ただの子供なんだがな、などと思いながら。



 「どうした、シュリ。怖がらなくていいんだぞ? みんなシュリに興味があるから見ているだけだ」


 「う、うん。そうなんだろうけど」



 言いながら、シュリはアウグーストの足にぴたっとくっつき、しきりにその身を人々の視線から隠そうとする。

 だが、その様子がよけいに微笑ましさを誘い、己に集まる視線がよりあたたかいものになったことに、残念ながらシュリは気づかなかった。



 「なにをしてるんだ??」



 不思議そうに問われ、



 「なにって、アウグーストの足の陰に隠れようとしてるんだよ」



 シュリは真面目な顔で答える。

 それを聞いたアウグーストは再び破顔し、



 「隠れてどうする? 今宵の集まりは、みなにお前を披露するための集まりだぞ?」



 言いながら、シュリを軽々と抱き上げて肩の上に乗せてしまった。

 そして、



 「今宵は私の求めに応じ、集まってくれた事を感謝する。ここ数ヶ月、我が国は姿の見えない悪魔に悩まされていた。少なくはない命が失われ、それでも姿を現さない悪魔を、果たして倒すことが出来るのだろうか、と不安に感じていた者も多かっただろう。だが、その悪魔は打ち倒され、我が国に悪魔を招いた者共はことごとく捕らえた。それも全て、隣国ドリスティアから我が国の窮地を救う為にやってきてくれた小さき英雄が成してくれたこと。勝利の報を聞き、みなも誰が我らを救ってくれたか気になっていた事だろう。今こそ我らが英雄をみなに紹介しよう。我が肩にとどまるこの美しき少年こそがその英雄。名はシュリナスカ・ルバーノ」



 なんとも華々しくシュリを紹介してしまった。

 こうなってしまえばどうしたって隠れようもない。

 あきらめたシュリは、仕方なしに微笑んで、こちらを見て歓声をあげる人達に手を振った。


 だが、歓声と共に、そんな子供がどうやって悪魔を退治したのか、と疑問の声も少なからずあがった。

 それに答えようとアウグーストが口を開こうとした瞬間、横から剣が振り下ろされる。

 シュリは危なげなく指先でその剣先を摘んで止めると、剣を握る相手を見つめ、小さく首を傾げてみせた。



 「あなたは国家元首の敵なのかな? 暗殺者なら、それ相応の対応をするけど?」


 「俺の剣を止めるとは、お前の強さは本物だな、少年」


 「シュリ、だよ。ライオス」


 「ん? 呼び捨てか?」


 「いやなら、ライオスさん、って呼んでもいいけど?」


 「いや。かまわん。幼くとも強者は強者だ。俺もお前をシュリと呼ぼう。我が国の危機を救ってくれて感謝するぞ、シュリ」


 「どういたしまして。それより、そろそろこの剣、しまってくれない?」


 「ん? ああ、すまん。そこの警備兵。いきなり剣を奪ってすまなかったな」



 ライオスは言いながら、己の手には少々小さいその剣を元の持ち主に返そうとした。

 だが、それより先にその剣は奪われ、再びシュリに剣先が迫る。

 だが、今回もその刃がシュリに届く事は無かった。


 再び刃を摘んで止めたシュリは、そのまま手を軽くひねって襲撃者の手から剣を奪うと、アウグーストの肩から危なげなく地面へ飛び降りて、その足で剣を奪われた警備兵の元へ向かった。



 「警備兵さん。大切な剣を簡単に奪われちゃダメだよ?」



 そう言いながら剣を持ち主に返し、改めて2人目の襲撃者に目を向けた。



 「えっと、こんなにたくさんの人がいる中で剣を振るうのは危ないよ?」



 言いながら2人目の襲撃者の元へと向かい、その顔を見上げる。



 「ライオスの重い剣も、俺の速い剣も難なく止める、か。すばらしい才能だ。お前の強さを認めよう、英雄よ」


 「英雄、って。僕はただ、助けを求められたから助けにきただけだよ。英雄とか呼ばれるのはくすぐったいから、僕のことはシュリって呼んでね、ロドリオ」


 「わかった。それならシュリと呼ばせてもらおう。我が国への助力に心からの感謝を」


 「いきなりすまなかったな、シュリ。みなも驚かせてすまなかった。だが、シュリの姿を見ただけではその強さをはかる事は難しいと思ってな。我が国の誇る傭兵団の団長2人にシュリの強さをみなに見せる手伝いをしてもらったのだ。見てもらって分かったと思うが、シュリの強さは本物だ。だが、悪魔というものは、ただ強ければ倒せるモノでは無かった。シュリは悪魔を見通す目を持ち、敵が邪悪な手段で召還した悪魔よりも強い悪魔を己の眷属としていた」



 この場に集まった要人達は、シュリの年に見合わぬ強さに目を見張り、悪魔というワードで不安そうにざわついた。



 「悪魔、といってもシュリの悪魔は悪いモノではない。それはこの目でしかと確かめた。だが、人の言葉では不安も残るだろう。シュリの強さと同様、こちらも自分達の目で確かめて欲しい。シュリ、頼めるだろうか?」



 アウグーストの言葉に、シュリは観念して己の悪魔の方を見た。

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