第366話 祝勝会の夜②

 祝勝会という名のパーティーは王城の小ホールで行われた。

 この国は王政ではないが、かつて王が国を治めていた頃の名残で、国家元首はかつての国王のように城に住み、城で政務を行う。


 城には大小のホールがあり、かつては絢爛豪華な舞踏会が頻繁に開かれていたのだろう。

 だが、時代は移り変わり、貴族文化から商人文化になったこの国では、舞踏会なんてものは滅多に開かれない。

 時折、他国の国賓を迎えた時などに開かれる程度だ。


 そんな風にほぼ使われることのなくなったホール達だが、ただ維持管理するだけではもったいないと、歴代の国家元首達は考えたのだろう。

 いつの頃からか、国に申請をして金を払えば一般民でも借りられるようになった大小のホールは、結婚式や個人的なパーティーなどにも利用され、今は結構忙しい。


 国の行事であれば特にレンタルする必要はないのだが、今日の集まりは国家元首が主催ではあるものの、国を挙げての行事ではなく個人的なもの。

 ということで、国家元首はちゃんとレンタル料を払ってその小ホールを借りていた。


 城の厨房に雇い入れている料理人達にパーティーメニューを作らせ、よく使うコーディネーターに会場の準備を任せ。

 満足のいく状態に整えられた会場で、渋いナイスミドルな国家元首・アウグーストは満足そうに頷く。


 様々な相手と交流出来るように、立食式にした会場の中心は、後でダンスを楽しめるように広くスペースをとってある。

 生演奏も入れ、もてなしの準備は万端だった。


 時間になると、続々と招待客達が集まってきた。

 といっても、参加客はかなり厳選され、国の中枢にあっても今回の騒動と関係ない者は呼ばれていない。


 招待されたのは、悪魔に関しての情報を共有していた信頼の置ける上層部のメンバーとその家族、今回の件で護衛を提供してくれた傭兵団の幹部と実際に護衛として働いてくれた者達。

 他にも宮廷魔術師団の長としてディリアンが参加し、護衛をしてくれた若手の魔術師ももちろん招待されている。


 そんな面々がホールに集まってきていたが、主賓ともいえるメンバーの姿はまだ無い。

 エスコート役としてディリアンを迎えに行かせたが、他の参加者が全員揃ってから迎えたかったので、彼らには少しだけ遅めの時間を告げていた。


 主賓がまだなので、先に乾杯をして食べ始める訳にもいかず、手持ちぶさたな客達は、思い思いの話に花を咲かせる。

 その話の中には、当然のことながら今回の件の噂話も含まれていて。

 現場にいた護衛達の周りには、少なくない人が群がって、彼らの語る冗談のような真実に耳を傾けていた。

 そんな中、国のトップである国家元首に直接声をかけてくる強者もいた。



 「国家元首殿。護衛に出していたうちの奴が、事件を解決したのはちっちゃな子供だったなんていうんだが、それはさすがに冗談だよな?」


 「ライオスか。久しぶりだな。今日は面倒な集まりに来てもらって悪かったな。本当はさぼりたかっただろう?」



 国家元首になる前、ただの商人であった頃から付き合いのある男の昔と変わらぬ口調に、アウグーストはにやりと笑って言葉を返す。

 公式の場であればうるさいことを言う輩も多いが、今日ここに集まっている者は柔軟な考えの者が多く、彼の口調に顔をしかめる者はいたが、わざわざ文句を付けてくる者はいなかった。

 それを幸いとして、今日は砕けた会話を楽しませてもらおうと、目の前にたつ巨漢の男臭い顔を見上げた。


 ライオス・バガード。

 商都でも1、2を争う規模の傭兵団[ライオネル・ガード]を束ねる男で、本人の強さも冒険者でたとえるならSランク相当のだと言われている。

 厳しい面もあるが義理堅く、ほれぼれするような男気を感じさせる彼は、団員達からも慕われ、一般市民からの人気も高かった。



 「それじゃあ、答えになってないだろう、アウグースト殿。ライオスのところの若いのと一緒で、うちの若い奴も夢みたいな話を真剣な顔で報告してきた。頭ごなしに叱ることはしなかったが、奴の頭がダメになったのか、本当にそんな奇想天外な事実があったのか、是非とも話を聞いておきたい」


 「ロドリオも、元気そうでなによりだ。国家元首なんて役職についたせいで、昔なじみと会う時間すら無くなったのは、本当に残念なことだ」



 颯爽と歩いてきてライオスの横に立ち、話しかけてきたのはロドリオ・セヴォン。

 背はそこまで高くないが整った繊細な顔立ちの美丈夫で、商都でも中堅どころの傭兵団[蒼き狼]を束ねている。

 中堅とはいえ、[蒼き狼]はその力をどんどん伸ばしており、その将来性はかなり有望だった。

 率いるロドリオも切れ者だと有名で、整った見た目とあいまって女性からの人気もかなりのものである。

 ただ本人は、周囲に女性をはべらすよりも仲間といる方が気楽なのか、あまり女性を寄せ付けなかったが。


 美形なロドリオ、男らしいライオス、そんな2人と向かい合う国家元首・アウグーストも髭の似合うダンディな男ぶり。

 そんな魅力的な独身男性3人が談笑する姿を、招待客の女性達はうっとりと眺める。

 まだ姿は見えないが、後から来るであろう美貌の宮廷魔術師長の事も思い、今日は眼福な集いになりそうだと、内心ホクホクしながら。


 そんな彼女達はまだ知らない。

 メインディッシュはまだこれからだということ。


 この後、待ち望んでいた麗しき宮廷魔術師長と共に現れる、真のメインディッシュにふさわしい超絶美形色気ダダ漏れ男子と、最高級デザートと呼ぶにふさわしい、絶好調に愛らしくも凛々しく、もうなんて表現していいかわからない可愛らしい生き物の存在を。


 ただ、まあ、今はまだその天災級に魅力的な異性の存在は影も形もなく、女性達の視線はアウグースト達3人のもの。

 だが、そんな女性の熱いまなざしなど全く気にする様子もなく、3人は平然と会話を続けていた。



 「で? どうなんだ?? うちのが言ってた化け物みたいながきんちょと驚くくれーいい女な仲間の悪魔は実在すんのか?」


 「いや、悪魔というものは滅多にお目にかかれるものじゃないんだぞ、ライオス。敵の悪魔だけでも珍しいのに、味方にも悪魔がいるなんて事、あるはずない。という事はやはり、護衛の奴らの幻覚か何かだろうな」


 「だよなぁ? 聞き出した内容によると、悪魔を従えてたのは10歳にもならねぇくらいの……っていうか、5歳になってるかも怪しいくらいのガキだっていうしなぁ。さすがにねぇよなぁ?」


 「5歳の子供が悪魔を? あり得ないな。大人であっても悪魔を呼び出して契約するのは難しいし命がけだ。それに、子供に従うような悪魔がいるとも思えない」



 ライオスとロドリオのそんな会話を、アウグーストは面白そうに聞いていた。

 彼らがシュリの事を知ったらどんな反応をするんだろうな、と思いながら。

 だがあえて口を挟まず、彼らの会話に耳を傾ける。

 シュリという存在についてどれほど言葉を尽くそうとも、言葉だけで説明したら途端に嘘くさくなってしまう。


 実際に己の目で彼を見て言葉を交わしたアウグーストでさえ、シュリが目の前にいない現状だと、あのとんでもない存在は本当に実在するんだろうか、と疑問に思うことがあるくらいだ。

 シュリと会ったことのない人間に、シュリのとんでもなさを言葉だけで理解させるなど、とうてい無理に違いない。


 だってどう説明しろというのだろう?


 ぐるぐる巻きに拘束された悪魔入りの袋を持たされて、いざとなったらこれを盾に身を守るように言われた、とか?

 ロープのような触手を無数に備えた何かを作り出して、一瞬で全ての敵を緊縛し無力化した、とか?


 たとえばなにも知らない状態でそんな話を聞かされたとして、それを面白いジョークだと笑い飛ばさずにいられるか、と問われれば否と答えるしかない。

 あれは目の前で見なければ理解できないものなのだ。


 もちろんアウグーストも、その全てを理解させようなどと無謀なことはもちろん考えていない。

 とりあえず今日は、実際に悪魔を連れたシュリをこの場にいる者達に披露し、最低限でもいいから彼の能力を認知させ、彼がただの子供では無いことを周知出来ればそれでいい。


 シュリをただの子供と侮り、彼を怒らせるような愚かな者を己の周囲から出さないようにする。

 それが今回の集まりの陰の目的であり、正直、それさえ達成できれば今宵の宴は成功だと言っても過言ではないだろう。


 まあ、あわよくば、シュリという力のある存在をこの国に留められたら、という欲はあるがもちろん無理強いをするつもりはない。

 アレに無理強いは無理だ、という事を理解出来るくらいには、アウグーストもシュリのけた外れな強さを実感していたし、ディリアンからも口をすっぱくして言われていた。



 「シュリを飼い慣らすなど不可能な事です。無理強いなんてもっての他ですよ? 彼は恐らく、横暴な権力者を嫌うでしょうから。それより、彼と親しくなり懐に入ってしまうことです。そうすれば、いざというときに彼の助けを得られますからね」



 と。

 アウグーストも、ディリアンのその言葉が正しいと感じていた。


 確かにシュリは化け物じみた強さを持ってはいるが、その心根は優しく誠実だ。

 心を尽くせば応えてくれると分かっている相手にわざわざ無理強いをして嫌われるなど、頭が悪いにも程がある。

 自分にはそうしないだけの分別があるはずだ、と信じているし、それにアウグーストはあの少年が嫌いではなかった。

 むしろ好きだと言ってもいい。

 国のトップが思うことではないが、彼に嫌われたらきっと辛い。



 (……ま、シュリに嫌われない事が国の為にもなるのだろうし、嫌われたくないと思うこの気持ちも、あながち間違ってはいないのだろうが、な)



 そう思い、アウグーストはひっそり苦笑をもらす。

 目の前では、まだ見ぬシュリナスカ・ルバーノという少年について、大の男が2人、夢中で言葉を交わしあっている。

 彼らの中では、シュリは本当はただの子供だという方向性で話は固まりつつあるが、実際のシュリをみた彼らがどんな判断を下すのか、それが楽しみであり興味深くもあった。

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