第361話 奴隷達の行く末②

 奴隷に会って、彼らがこれからどうするかを相談したい、そうお願いすると、ディリアンはなんとも言えない顔をして、奇妙な者を見る眼差しでシュリを見た。



 「奴隷達がこれからどうするか、ですか?」


 「うん。そう。買った人は捕まったし、自由になるんだよね?」


 「ええ。この国では奴隷制は廃止されていますし、奴隷の売買も禁止されていますからね。彼らには、裏街の奴隷商人の情報を聞いた後、この国の身分証を発行して後は好きに生きてもらうつもりでいますが」


 「なるほど。基本はそれでいいかな。仕事の斡旋とかは?」


 「いえ。特にする予定はないですが。それよりシュリ、彼らに会ってどうするんです?」


 「ん? ほら、さっきも言ったように、ちょっと彼らの今後についての話をしたいなぁって思って」



 シュリの言葉を聞いて、ディリアンは深々と首を傾げた。



 「彼らの今後について、ですか?」



 その様子を見て、シュリは思う。

 この国では奴隷制度は禁止されている。

 でも、そんな国であっても、奴隷という身分に落ちたというだけで、これほどまでに軽く扱われてしまうものなんだなぁ、と。


 まあ、ディリアンに言わせれば、奴隷の身分から解放して身分証を与えてあげるだけでもありがたく思って欲しい、と言うことなのかもしれない。

 でも、自由になって身分証ももらって、それだけで何とかやっていけるほど世間の波は甘くない。


 奴隷制度のないこの国で扱われる奴隷は他国の者がほとんどだろうし、戦争で負けて奴隷に落とされた人の場合、自分の国も家族も亡くしている事もあるだろう。

 言葉が違う国から連れてこられている奴隷だっているはずだ。



 (自由にしてあげてそれで終わりじゃ、生きていけない人も多いと思うんだよなぁ。せめて、彼らがどうしたいのかを聞いて、国に帰りたい人がいるならその算段をしてあげないと帰れないだろうし、帰る場所がない人には働き口の斡旋くらいしてあげたいし。あとはこの街の奴隷商の居場所を見つけて潰しちゃわないとね)



 シュリだって、この世界の全ての奴隷を救えるとは思っていない。

 別に、奴隷解放の父とか呼ばれたい訳でもないし。

 でも、知ってしまったからには知らなかったことには出来ないってだけのこと。

 偽善と言われようとも、見てしまったからには放っておけない。



 「そ。今後について話したいから、彼らのところへ連れてってくれる?」



 にっこり笑ってそう言うと、



 「まあ、身分証を作るための聞き取りに立ち会う予定でしたし、構いませんけどね」



 それ以上突っ込むのはやめて頷いたディリアンは、時間を無駄にするのが惜しいとばかりに、早速シュリの先に立って歩き出す。

 向かう先は、城の地下の使用人達が居住するスペースだ。

 そこの食堂が奴隷達の一時保護の場所とされている。

 清潔な衣類と食事を与えられた彼らは、まだ落ち着かない様子で部屋の片隅に固まっていた。

 そんな彼らに、シュリは構えることなく近づき、



 「こんにちは」



 小首を傾げて微笑み、そう声をかけた。

 笑顔の安売りは禁止ですよ、とジュディスに言われてたし、無闇に好感度を上昇させるつもりはないが、怯えている人を安心させるには、笑顔が一番だと思うのだ。

 そんな持論の元、シュリは微笑みを絶やさずに1人1人の名前を聞いて回った。



 「僕はシュリ。あなたの名前は?」



 というように。

 そうして全員の名前を把握したところで、シュリはみんなの前に立って彼らを見回した。



 「えーっと、これからみんなにいくつか質問をするけど、怖がらずに正直な気持ちを答えてね? どんな答えでも、それで罰を受けたりする事は絶対にないから」



 その言葉に、元奴隷のみんなは不安そうに顔を見合わせた。だが彼等に与えられた選択肢は少なく、結局は黙って話を聞くことしか出来ない。



 「もう説明されたかもしれないけど、この国で奴隷は認められてない。だから、あなた達は奴隷の身分から解放されて、この国の身分証を与えられる。そこを理解してもらったうえで質問なんだけど、自分の故郷に帰りたい人はいるかな? もしいるなら、片手をあげて教えてくれる?」



 シュリの言葉に、ぱらぱらと手が挙がった。

 が、その数はシュリが予想していたよりずっと少なかった。



 「教えてくれてありがとう。故郷に帰りたい人は帰れるように、僕からもお願いしておく。後で手配を担当する人が話を聞きに行くと思うからよろしくね。じゃあ、他の人はこの国で生活していく、でいいのかな? 仕事の斡旋をして欲しい人はどれくらいいる?」



 この質問には、故郷に帰ることを選んだ人以外の全員が手を挙げた。

 それを見回して頷き、



 「分かった。仕事の斡旋に関しても相談に乗って貰えるよう手配をしておくね。ただ、望んだ仕事が斡旋されるとは限らないって事だけは理解しておいて欲しいかな。どうしても自分の望む仕事以外はいやだって人は、頑張って自分で探すようにね?」



 シュリは率直にそう伝える。そして更に言葉を継いた。



 「戦う事に自信がある人だったら、傭兵ギルドに登録してどこかの傭兵団に所属するのもいいかもね。ただ、傭兵じゃなくて冒険者になりたいならこの国じゃない方がいいかなぁ。この国では、冒険者ギルドより傭兵ギルドの方が力を持ってるからね。冒険者になるなら、隣国のドリスティアもいいと思うよ。ドリスティアの冒険者ギルドなら、知ってるギルド長も何人かいるから、紹介状とか書いてあげられると思うし」


 「……ドリスティアの冒険者ギルドの長に知り合いがいる、ということは、あなたはこの国の民ではなく隣国の民ということだろうか?」



 集団の中から挙がった問いかけに反応して、シュリは質問者に目を向けた。

 褐色の肌に癖のある黒い髪、若干つり上がった青い瞳の女性の眼差しに奴隷特有の卑屈さは感じられず、彼女はまっすぐ目を逸らさずにシュリを見つめていた。



 「えーっと、確かキルーシャ、だったっけ? 砂漠から来た人、だったよね?」



 シュリはさっき名前を聞いて回ったときに得た情報を思い出しながら話しかける。



 「名前を覚えて頂いて光栄だ、ドルダーン」


 「ドルダーン??」


 「我が故郷の言葉で、勇ましき者、という意味だよ。幼き勇者」


 「勇者っていわれるほどの事をした覚えは無いけど、僕をそう呼んでくれるあなたの気持ちは嬉しい。で、えーっと、僕が隣の国の人間かって質問だったよね? あなたの言うとおり、僕はこの国の人間じゃない。隣国ドリスティアの地方貴族の一族で、今はドリスティアの王都の学院で学ぶしがない学生だよ」


 「学生? 学生と言うにはあなたは幼すぎるのではないか?」


 「幼すぎる、って……。まあ、確かに王都の学院に通うには若すぎるのは確かだけど、キルーシャの目には僕はいくつくらいに見えるのかな?」


 「3歳……いや、4歳くらい、か? 都の幼子は、我らの子供達よりも体が小さく幼く見えるというからな」



 キルーシャの言葉に、シュリはがっくりと肩を落とす。

 自分が必要以上に幼く見えるという事実は、どんなときもシュリを手痛く打ちのめした。



 「こ、こう見えて僕、もう7歳なんだよ……こう見えて」



 シュリの言葉に、キルーシャは驚きを隠さず目を丸くした。それから改めて、まじまじとシュリを見つめる。

 そのふくっとしたほっぺたも、もちっつやっとした若干寸足らずにも見える愛らしい手足も文句なしに愛らしく、幼児と言っていいくらいの年頃の子供にしか見えない。

 7歳ともなれば、もう少し少年らしい体つきになっていてもいいと思うのだが、その姿に伸びやかな若木のような少年らしさはまだ見あたらなかった。



 (……だが、まあ、都会の子供の成長は遅いというしな)



 かつて共に野を駆け回った弟の姿を脳裏に思い浮かべながらキルーシャは己に言い聞かせる。

 10を数える前に殺された弟の7歳だった頃は、すくすく伸びる若木のようにひょろりとした手足で、頬も幼い頃とは違って引き締まり、少年らしい精悍さを備えはじめていたものだが、成長というものは個人差があるものだ。

 目の前の少年が幼児にしか見えないのも、恐らくその個人差とかいうやつなのだろう。



 「……それは失礼した。だが、7歳というのも学生をやるには幼いのではないだろうか?」


 「砂漠の国ではどうか分からないけど、僕の国では6歳の年で最初の学校へ通い始めるんだ。僕の場合は飛び級して、今年から王都の学院で学びはじめたところ」


 「そうか。教えて頂いて感謝する」


 「どういたしまして。それで、僕が隣の国の人だと、キルーシャは何か困ったりするのかな? 僕の国を確認したのにはなにか理由があるんでしょ?」


 「慧眼、恐れ入る。もし許されるなら、あなたに救われた命をあなたのために使いたいと思ったのだ。こう見えて、かつては中々の戦士だったし、性奴隷とされるくらいだから、恐らくそれほど不美人でもないと思う。この命をとしてあなたにお仕えすると誓う。どうか、あなたのお側に置いていただけないだろうか?」



 真摯な眼差しがシュリを見つめる。

 不美人ではないはず、と彼女は言うが、それどころか彼女は十分以上に美しい人だった。

 上流階級の淑女とはまた違う、エキゾチックで野性味のある美しさをシュリは素直に好ましいと感じていた。

 彼女が望むなら、一緒にドリスティアへ連れ帰るのは構わない。

 元々、そういう提案も職業の斡旋の一環として行うつもりだったし。



 「あなたが僕と一緒に来たいというなら、それは構わないよ。彼女に限らず他のみんなにも伝えておくけど、僕は隣国の人間だけど、一応は貴族だから、彼女のようにドリスティアで仕事がしたいという人には仕事をあげられると思う。といっても、王都にある僕の一族の屋敷で雇うことになるし仕事の種類も限られるから、それでいいって人じゃないとだめけど」



 どうかな、と首を傾げて問いかけると、元奴隷達は顔を見合わせるようにして少しざわざわした。



 「他の仕事も紹介出来るかもしれないけど、僕はまだ学生なので、過度な期待はしないでもらえると助かるかな」



 にっこり笑って、一応念の為そう釘をさしておく。

 しばらくして、数人の男性が冒険者になりたいと申し出てきて、シュリは彼等に頷きをかえしてから、他の面々を見回し更に申し出る者がいないか確かめた。



 「ドリスティア移住希望の人達が実際に移動をはじめるまでにはまだ時間がかかるから、もし他にドリスティアに来たい人がいたら、彼等が移動を開始するまでに意思表示をしてくれればいいからね。ドリスティアまでの引率には、[月の乙女]って傭兵団を雇うつもりだから、道中の安全は確保されてるって思ってくれていいよ。移動時期とか色々決まったらきちんと知らせるので、それまでのんびりしてしっかり体力をつけておくようにね」



 全員に向かってそう話しかけてから、自分に仕えたいと言ってくれたキルーシャに向き直る。



 「キルーシャ。僕は数日中にドリスティアに戻るけど、ちょっと特殊な移動方法だからまだあなたを連れていけない。でも、色々と説明しておきたい事もあるし、今日は僕と一緒に[月の乙女]の活動拠点に帰ろう。僕が出発した後も[月の乙女]の拠点で過ごせるようにお願いしておくから、出発の日まで彼女達と一緒に過ごせばいいし。それで、いいかな?」


 「あなたの望むままに。我が主よ」



 恭しく頭を垂れる様子に少しだけ苦笑をこぼし、それから後ろでシュリと元奴隷達の様子を見ていたディリアンを振り向き見上げた。



 「ディリアン、そんな訳だから彼女を連れて帰ってもいいかな?」


 「かまいませんよ。あなたが1人でも引き受けてくれればこちらで面倒をみる手間が省けます。身分証は後で届けさせますよ」



 シュリの問いかけに、ディリアンは即座に頷きを返した。



 「もし、他にあなたに仕えたいという者が出てきたらどうすればいいですか?」


 「僕がいる間なら僕に連絡を。僕がたった後は、ジェスに預けて他の人達とドリスティアに向かわせてもらえる?」


 「分かりました。ではそのように対応しましょう」


 「ありがと、ディリアン。それじゃあ、また明日」



 そう言って、キルーシャを伴い帰りかけたシュリは、出入り口のところで一度足を止めた。

 振り返り、再びディリアンの顔を見上げたシュリは、



 「裏町の奴隷商は僕が潰す。商人は捕らえてあなた達に引き渡すから、それでいいよね?」



 さらりとそう言った。ディリアンはシュリの言葉を咀嚼するようにしばし沈黙し、シュリは小首を傾げて彼の返答を待つ。

 本来ならこの国の政府が行うべき仕事だが、暗黙の了解で成り立っている裏町を表だって攻撃することは難しい。

 だが、外の人間であるシュリならば、そんなしがらみに縛られることなく、この国の闇奴隷市場を叩くことが出来るだろう。



 (こんな幼い少年に頼り切りというのも、情けない話ではありますが……)



 だが現状で、シュリの提案以上に素早く今回明るみに出た闇奴隷問題を片づけられる案はなく。

 ディリアンはしばしの黙考のあと頷き、シュリの提案を受け入れた。


 それを受けてシュリは行動を開始する。

 キルーシャを先に、[月の乙女]拠点に預けてから動こうと思ったのだが、本人がどうしても付いていきたいと言って譲らず。

 結果、シュリ発案「奴隷商をぶっつぶせ! 奴隷商人捕獲大作戦」にはキルーシャも共に行くことになったのだった。

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