第347話 商都へ

 「んぅ~~!! ついたぁ」



 タペストリーハウスから出て、地面に両足を踏ん張って伸びをする。

 快適な旅だったが、家の中に閉じこめられていた事に変わりはなく、意識していなくても窮屈感はあったのだろう。

 といっても、まる1日程度の事ではあるが。


 イルルに運ばれたシュリ達は、驚異のスピードで隣国の地に降り立っていた。

 それもこれも、イルルの非常識な飛行速度のおかげだろう。

 今回の1番の功労者であるイルルは、と言うと、シュリ達と入れ替わりに、



 「う、うにゅう……流石の妾もお疲れなのじゃぁぁ」



 よれよれしながらタペストリーハウスに帰って行った。

 イルルに話したいことはあったが、それは後にしようと見送り、シュリは共にタペストリーハウスから出てきた面々の顔を見上げた。

 そこに立つのは、シュリの他にアガサとジェス、フェンリーの3人。

 オーギュストは、「必要があったら呼んでくれ」と言い残し、タペストリーハウス内の自室にこもっている。


 シュリに代わってアガサのおっぱいと戯れた結果、非常に良質なインスピレーションを得て創作に没頭しているようだ。

 まあ、オーギュストが必要になるのは、現場に着いてからだろうから、彼……いやいや彼女のしたいようにさせておくことにした。


 隣国・自由貿易都市国家の首都近くに運んでもらったとはいえ、その門前におろしてもらった訳ではない。

 今現在、首都に1番近い森にいるが、流石に馬車は持ってきていないので、徒歩での移動になる。

 地図を引っ張り出し、ジェスとフェンリーに確認したが、現在が昼過ぎなので、日が落ちる前に着ければいい方だ、との事だった。


 ならば、出来るだけ早く出発して宿に入った方がいい、とそんな訳で。

 4人でせっせと歩き始めたのだが、シュリの足は早々に宙に浮くことになった。

 いつの間に相談したのか、最初の抱っこを勝ち取ったらしいアガサを、シュリは半眼で見上げる。



 「目的地まで急がなきゃならないんだから、僕も歩いた方がいいと思う!!」



 激しくそう主張してみるが、



 「え? 急いでるからこそシュリを抱っこするんでしょ?」


 「そうよそうよ。シュリを抱っこしてた方が歩くスピードは速くなると思うわ!」


 「そ、そうだな。シュリとくっついてるといつもより力が沸いてくる気がするのは確かだ」



 3人それぞれからそんな反論を受けた。

 また適当な反論を、とシュリは唇を尖らせたが、しばらく様子を見ているうちに、確かに3人の歩くスピードが驚異的な事に気付いた。

 森の中では分かりにくかったが、街道に出てからは道行く旅人をすいすい抜いて息切れもなく歩く3人を、シュリは驚愕のまなざしで見つめた。


 交代のタイミングも絶妙で、疲れが見えたメンバーに手早くシュリが託される。すると疲れてたはずのその人は、余計な荷物が増えて大変なはずなのに、みるみる元気が盛り返すのだ。

 その不思議な現象に、シュリは深々と首を傾げる。

 全く解せない、とその表情で語りながら。



 (僕って、人が元気になるような不思議な成分の何かを放出してるのかな……?)



 己がドーピング剤になったような複雑な気持ちで3人に代わる代わる抱っこされているうちに、街を囲む壁と門、そして街に入るために並ぶ人々の姿が見えてきた。

 まだ日は沈みきっておらず、予定よりかなり早い到着にシュリの目は丸くなる。



 「中々いいタイムだったわね。みんな、お疲れさま。交代でシュリ分を補充しましょう」


 「シュリを抱っこするだけで、こんなに疲れ知らずになるなんて知りませんでしたよ。まあ、出会ったばかりだから当然と言えば当然なんでしょうけど。アガサさんのおかげで、いいことを知れました」


 「私も実感したのは初めてよ。色々な人物から情報は得ていたけど、まさか本当だったとはびっくりだったわ」


 「本当に、驚くくらいの効果だったな。シュリを体に括り付けて戦ったら、ドラゴンだって倒せそうな気がするぞ? まあ、実際にやってみるつもりはないけどな」



 フェンリーとジェスが驚きと感心に満ちあふれた表情を浮かべ、アガサはちょっぴり得意顔だ。

 いつの間にそんな情報交換をしていたのか。

 っていうか、自分にそんな効果があるということ自体、正直初耳だった。

 まあ、それが事実なのだとしたら、抱っこしたがる女性陣が疲れた様子も見せずにシュリを抱っこし続ける不思議への答えもそこにあるのかもしれない。

 そんなやりとりをしつつ、並んでいる人々をしり目に3人は門へと向かっていく。


 話を聞けば、国からの依頼なので、色々な事をすっ飛ばしていいよ、的な許可証が出ているらしい。

 それがあるおかげで、今回、国境で入国の手続きをせずに空路で入り込んだ事も、特に問題にはならないだろう、との事だった。


 それを聞いて、後で色々謝ろうと思っていたシュリはほっと胸をなで下ろす。

 まあ、謝るといっても、イルルの事やらタペストリーハウスの事やらを話す訳にもいかないので、空を跳ぶタイプの騎獣に分乗してきた、という設定で話すつもりでいたが。

 その辺りの情報共有も事前にみんなと打ち合わせしてあるし、きちんとお願いしてあるから秘密の漏洩の心配もないはずだ。

 もし万が一バレてしまったとしても、そうなったらその時の判断で対処すればいい。

 理不尽を蹴り飛ばせるだけの力は、十分すぎるほど持ち合わせているのだから。


 門を守る兵士に、ジェスとフェンリーが身分証代わりの傭兵ギルドカードを示し、許可証的な書類を見せる。

 すると、奥から上官らしい髭のおじさんが出てきて、書類を確かめて頷く。

 そして、ジェスとフェンリーと、一言二言言葉を交わし、あっさりと街の中へ入れてくれた。

 2人の同行者であるアガサとシュリに関しては、身分証の提示すら求められなかった。


 求められたら冒険者カードを出そうと思っていたが、そうしなくてすんでほっとした。

 きちんと正規に発行されたものではあるが、シュリの年齢でAランクの冒険者証を持っているのはちょっと(?)怪しいだろうし、見せないですむのなら、正直その方がありがたい。

 するすると街に入り込んだあと、



 「宿泊は我ら[月の乙女]の拠点で構わないか? 大きな屋敷だし、客室もある。団員達はまだ戻らないから、騒がしいということもないだろうし。宿がいいなら、どこかの宿に案内するが」



 ジェスがシュリとアガサに問いかける。



 「出来れば宿……」


 「じゃあ、お邪魔させてもらおうかな。どうせ明日から色々動かないといけないだろうし」


 「シュリと2人っきりで宿……」


 「アガサ?」


 「……んもぅ、わかったわよ。じゃあ、せめてシュリと一緒の部屋を」


 「別々の部屋に出来る? ここのところ寝不足だったから、明日からの事に備えてゆっくり1人で寝たいんだ」



 シュリはにっこり微笑み、アガサの欲望をぶった切る。

 うらめしそうなアガサの視線を感じたが、そんなのは知ったことではない。

 それに事実、連日の愛の奴隷達の攻勢を受けきったシュリの睡眠不足はかなりのものだった。


 アガサの懇願するような眼差しをするっと受け流し、ジェスはシュリの希望を受け入れる。

 団員の増減に対応するため、部屋数はかなりあるし、客人用の部屋もきちんとあるので、1人1人の部屋を用意するのは大変でも何でもなかったから。


 そんな訳で。

 己の要望を通したシュリはほくほく顔で、要望の通らなかったアガサは不満顔で、先導するジェスとフェンリーの後ろをついて歩く。

 街はとても賑わっていて、周囲を見回すのに忙しいシュリは、女性陣の腕の中をたらい回しにされても文句を言う事すら忘れていた。


 もちろん、シュリのすむ国・ドリスティアの王都もにぎやかで栄えてはいるが、自由都市連合国家の首都・商都のにぎわいはまた違った趣のものだった。

 商都の騒がしさに比べたら、王都のそれはまだ上品な部類に入るだろう。


 さすが商都と呼ばれるだけあって、道の脇には多種多様な商店が軒を連ね、露店の数も王都とは比べものにならないほどの多さだった。

 食料を買い出して帰ろう、とのジェスの言葉に従って、4人の向かった先は、食料品を扱う店舗が多く集まった市場エリア。

 商都には、他にも飲み屋エリア、歓楽エリア、露店広場に娯楽エリア、鍛冶屋街など、色々な目的に特化したエリアがあるらしい。


 他にも、暗黙の了解で見逃されている裏街もあるようで、妖しげな店が軒を連ね、利用する客も一般人とは言い難い者が多いのだとか。

 そこには絶対に近づいちゃダメだ、とジェスはまじめな顔でシュリに注意をする。

 そんなにあぶない場所なのか、と小首を傾げるシュリの問いかけに、



 「特殊な武器の仕入れとかで私達も足を運ぶ事はあるし、基本はそれほど危険じゃない。だが、噂によれば、見目のいい子供をさらって売りさばくような者もいるというし、国の目を巧妙に欺いてあくどい商売をする奴らもいる。この国は、奴隷制を許可していないが、隠れて人の売り買いをするような組織も、入り込んでいると言うしな。注意するに越したことはないだろう?」



 答えながら、ジェスはようやく順番が回ってきて己の腕の中にちんまりおさまっているシュリを愛おしそうに見つめた。



 「なんといっても、シュリは可愛いんだからな。悪い奴の目に触れたら、即座に獲物に認定されてしまいそうだ」



 そんなジェスの言葉に、シュリはちょっぴり唇を尖らせる。



 「そんな奴らに、僕は負けないよ? むしろ組織を壊滅させる自信だってあるし」


 (……僕以外の過保護なみんなが)



 心の中で付け加え、己の体に居を構える5人の精霊と、呼べばすぐ来るし呼ばなくても首を突っ込んできそうな3匹の眷属ペットの顔を脳裏に浮かべた。

 そんなシュリの頬をするりと撫で、



 「シュリが強いのは分かってるさ。それでも、そんなゲスな奴らの目にシュリが触れるのがイヤなんだ」



 過保護すぎるかもしれないが、とジェスが苦笑を浮かべる。



 「それ、分かるわ。下心満載の悪人にシュリを見られてるって思うと、思わずその目をえぐり取ってやりたい気持ちに駆られるもの」


 「えぐ……るのは少々いきすぎな気もするが、まあ、目潰しくらいはしときたい気持ちにはなるかな」



 過激すぎるアガサの意見に、ジェスが一部同意し、



 「まぁ、これだけ可愛いとね。2人の気持ちは分からないでもないわ。シュリが強いのは何となく分かってるけど、おねーさん達の心の平穏のために裏街の見学は控えるように。裏まで足を伸ばさなくても、この商都は表だけでもかなり見応えはあると思うわよ?」



 フェンリーも他の2人よりは若干ライトな調子でそんな風に言いながら、いたずらっぽくシュリの顔をのぞき込んできた。

 僕の周りは過保護にあふれてるなぁ、なんて思いつつ、シュリはとりあえず頷いておく。

 今回の旅ではゆっくり観光している時間はないし、裏街に足をのばす暇も無いだろうから。


 観光したいなら、また改めて来ればいい。

 それこそ愛の奴隷達や家族や、やたらと増えてしまっている大切な人達も一緒に。

 きっとこの国にも、ジェスやフェンリーや、別れがたい友人が出来るだろうから、みんな揃って会いに来るのもきっと楽しいだろう。


 シュリがそんなことを考えている間にも、フェンリーが手早く必要なものを買い集めて、その増えた荷物をシュリは片っ端から自分の無限収納アイテムボックスに引き受けた。



 「それにしても、よくそれだけ収納できるものだな。私達の荷物も全部入ってるんだよな?」



 とジェスが感心したようにこぼし、もう色々バレちゃっている彼女達に隠し事をするのも無駄なので、



 「ん~、だって無限だからねぇ。まだまだ、いくらでも入るよ?」



 あっさりとそうあかす。

 それを聞いたジェスは軽く目を見張り、慌てたように周囲を見回して自分達の尾方へ注意を向けている者がいないか確認する。

 そうして怪しい者はいないと確認し、



 「シュリ。異空間に物を収納するスキルを持つ者はそれなりにいるが、重さの制限が付くことがほとんどだ。制限のない収納スキルは、他にも持つ者はいるのかもしれないが、私は聞いたことがないし、かなりレアなスキルに違いない。悪い人間に知られれば、それこそお前が狙われる理由の1つになりうるほど、な。私を……私とフェンリーを信用してくれるのは嬉しいが、そう言うことはなるべく秘密にしておいた方がいい。今のは、うかつな質問をした私の失態だが、シュリも今一度心に刻んでおいてほしい。私とフェンリーはお前と国を違える者だという事を、な」



 まじめな顔でシュリに注意した。国の違う自分達を信用しすぎてはいけない、と。

 わざわざそんな注意をしてくれる時点で敵にはなり得ない、その事実に気付かないまま。

 ジェスのそんな生真面目さを好ましく思い、シュリは微笑む。

 そして、



 「国は違っても、ジェスとフェンリーは僕の秘密を無闇に漏らしたりしないって、分かってるもん」



 そう言って、シュリの微笑みに赤くなったジェスの頬をするりと撫でた。



 「う、まあ、それは、うん。そうだな。秘密は、守るさ。シュリの為なら、どんなことがあっても」



 柔らかな小さな手に頬を撫でられ、更に顔を赤くしたジェスが頷く。

 そんなジェスを見つめながら、シュリは更に言葉を続けた。



 「でも、もし。僕の秘密を隠すことが、2人の不都合に繋がるなら。その時は僕の事なんて心配しないで話しちゃって大丈夫だから」


 「だが、それではシュリが困った事になるだろう?」


 「僕の事はいいんだ。ふりかかった火の粉くらい、自分で払える。それよりも、僕の秘密のせいでジェスやフェンリーがあぶない目にあう方が困るもん。同じ国じゃないから、助けに来るにしたって時間がかかるしさ」


 「え、なぁに? シュリは私とかジェスが危なくなったら助けに来てくれるの?」



 ジェスとシュリの会話を、聞くとはなしに聞いていたフェンリーが、瞳を輝かせて話に入ってきた。

 彼女の問いかけに、当然でしょ、とシュリは頷く。



 「秘書のジュディス曰く、僕は甘い人間なんだ。1度でも懐に入れた人間を、見捨てられないくらいには、ね」


 「じゃあ、私とジェスはもうシュリの懐の内側にいる、ってこと?」


 「うん。見捨てられない、って思うくらいにはね。僕、2人のこと好きだもん」



 素直な気持ちを言葉に乗せたら、ジェスの顔は更に赤みを増して真っ赤と表現していいくらいになり、フェンリーの瞳は甘くとろけた。



 「私も、シュリが好きよ」


 「フェンリーが好きなのはジェスでしょ?」


 「シュリも、好きなの」


 「2人とも? フェンリーは欲張りだなぁ」



 返しながら、己の現状をおもってフェンリーのことを言えない事実に気付く。

 自分がどれだけたくさんの女性に想われ、そんな彼女達を大切に思っている、その事実に。

 思わずふはっと苦笑のようなそうでないような笑いがこぼれ、そんなシュリの隙を逃すことなくフェンリーが顔を近づけてくる。

 頬に手を添えられ、避けるまもなく重なった唇を、条件反射のように味わう。



 「あ、ずるい! 私も」



 アガサのそんな声が聞こえ、フェンリーと深く触れ合う間もなく一瞬でキスの相手が入れ替わった。

 アガサは時間を無駄にすることなく、すぐさま深いキスに突入し。

 漏れきこえる水音に、シュリを抱っこしたままのジェスがあうあうする。

 ちょっぴり羨ましそうにシュリとアガサのキスを見つめながら。

 だがすぐに、周囲がざわざわしだしたことに気づき、ここが天下の往来だということを思い出し。

 ジェスは、問答無用でシュリとアガサを引き離すと、



 「フェンリーも、アガサ殿も。場所を考えろ、場所を!! 私とシュリが恥ずかしいだろう!?」



 押し殺した声で告げつつ2人を睨んだ。

 その顔が余りに真っ赤だったので、少々迫力には欠けたが、遅ればせながら周囲の注目を集めている事実に2人とも素直に反省し、



 「か、帰るぞ!!」



 今にも走り出しそうな勢いのジェスに、残りの2人も黙って続く。

 そんな2人は知らない。



 「……シュリ?」


 「なぁに? ジェス」


 「後で私とも、その」


 「キス? いいよ」


 「……シュリはその年でキスに慣れすぎじゃないか?」


 「色々あるんだよ。色々さ……。でも、それをイヤだと感じるなら、僕じゃない人を選んだほうが……」


 「構わない。シュリがいいんだ。シュリじゃなきゃ、イヤだ」



 歩きながら、2人の間でそんな会話が交わされたこと。

 ジェスは甘く潤んだ瞳でシュリを見つめ、その耳にそっと唇を寄せる。

 そして、



 「屋敷についたら時間を作る。すぐに、だ」



 シュリの耳にその言葉をささやいて、待ちきれないと言うように甘い吐息を漏らした。

 その言葉は約束を違うことなく守られ。屋敷に戻って早々、非常に幸せそうなジェスに遭遇したフェンリーが怪訝な顔で首を傾げるのは、もう少しだけ先の話、である。

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