第335話 出発進行!!②

 王都からしばらく馬車を走らせて。

 人目に付かない森の入り口でシュリ達は馬車を降りた。

 降りたところで、馬車に積まれたみんなの荷物をさっくりと無限収納アイテムボックスへ納め、ジェスとフェンリーの口をあんぐりさせる1幕を経て。

 シュリはみんなに森に入る事を告げ、すたすたと歩きだそうとした。


 が、すぐにアガサの腕に捕らえられ、そのまま抱き上げられてしまう。

 シュリは唇を尖らせて不満を示したが、そんなことくらいでアガサが引いてくれるはずもなく。

 シュリは仕方なしにアガサに身を任せることにした。


 こんなところで降りてどうするつもりだろう、と不思議そうな顔のジェスとフェンリーを引き連れ、役得とばかりにシュリを抱っこしたアガサはほくほく顔で森の中へ入っていく。

 シュリの指示する通りに。

 そうして十数分歩き、そろそろいいかとみんなに声をかけ、一同は足を止め、地面に降り立ったシュリを見つめた。


 ジェスとフェンリーは少々いぶかしげに。

 アガサはヴィオラから色々聞いているのか、あまり普段と変わった様子もなく、ただ興味深そうにシュリを見守っていた。

 そんな3人の視線を受けながら、シュリは無限収納アイテムボックスからあるものを取り出す。

 棒状に巻かれたそれをくるくると開き、シュリは無限収納アイテムボックスから今度はマスターキーを取り出すと、



 「イルル~? 出番だよ~」



 のんきな声でそんな風に呼びかけた。

 地面に広げられた、タペストリーハウスに向かって。

 すると、そこ声を合図としたように、シュリの目の前の空間にぼわんと煙が立ちこめ、煙が無くなったその後には、獣っ娘形態のイルルが出現していた。

 腰に手を当て、仁王立ちのイルルは、



 「ふはははは~。妾、参上! なのじゃ~」



 そんなセリフと共に、無い胸を思いっきり張ってみせる。

 なんとも微笑ましいその様子に胸をほっこりさせながら、シュリはイルルを紹介しようと連れの3人を振り向いた。



 「みんな、僕の眷属のイルルだよ」


 「眷属? 獣人……有鱗族に見えるけどそうじゃないの?? あ、でもちょっと待って。その子の気配、シュリがよく連れてる火トカゲと一緒じゃない? もしかしてあの火トカゲがその子ってこと?」


 「いやいや、ふつうに獣人の女の子だろう? 亜人とはいえ人は人だ。獣人を眷属にすることは出来ないはずだが……。まっ、まさか、奴隷とかじゃないだろうな?」


 「っていうかさ、2人とも。今は何よりもまず、なにもない空間から人が出てきたっていう事を驚くべきじゃない?」



 シュリの紹介に返ってくる三者三様の反応が面白い。

 思わず口元をほころばせつつ、シュリは1人1人の疑問にまずは答えていくことにした。

 まずはアガサからだ、と彼女の顔を見上げる。



 「すごいね、アガサ。正解だよ! 今のイルルは本当の姿じゃないんだ。本当は、真っ赤な鱗がすごくキレイな龍なんだよ」


 「なにをどうやれば眷属をそんな姿に出来るのかもすごく気になるところだけど、それよりなにより竜種を眷属にしたっていうのはすごいわね。どこで見つけたの? 竜っていうからには亜竜じゃないのよね?」


 「うん。イルルは炎の上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンなんだってさ。ね、イルル」


 「うむ。尊敬して良いのじゃぞ? 普通、妾ほどとなると人間なんぞとはなれ合わんもんじゃが、シュリの友達は特別じゃ。仲良くしてやるからありがたく思うのじゃぞ~」



 シュリとイルルののほほんとした会話に、ジェスとフェンリーは、なんの茶番だろう、と言わんばかりにシュリとイルルを交互に見る。

 だが、アガサは流石に、なんとなく感じるなにかがあったのだろう。

 嘘でしょう!? と言わんばかりに口をあんぐり開け、美人が台無しになっている。



 「は、は、はい・えんしぇんと・どらごん?」


 「うん、そうだよ?」


 「ど、ど、どうやって??」


 「え~? う~ん。色々あって?」


 「い、色々……ヴィオラは知ってんの?」


 「うん。隠しとこうと思ったけど、バレちゃった」


 「うむ。ヴィオラは異様なまでに勘が鋭い。人間のくせに大した奴なのじゃ!」



 シュリはてへりと笑って可愛らしく舌を出し、イルルはちょいと偉そうにヴィオラへの評価を述べる。

 アガサは突きつけられたとんでもない事実を咀嚼するように、しばらく2人の顔を交互に見たあと、



 「なるほどね~。上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンほどの生き物にも認められるなんて、さすがはヴィオラ。伊達に人間やめてないわよね~……。まあ、ヴィオラが状況を把握してるんなら問題ないか。ちょっと安心したわ」



 言いながら己の胸をなで下ろす。

 そして小さく深呼吸してから改めてイルルに向き直った。



 「私の名前はアガサ。ヴィオラの友人でシュリの愛人候補よ。あなたと敵対するつもりは全くないから、仲良くしてもらえると嬉しいわ。え~っと、あなたのことはどう読んだらいいのかしら。上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴン様、とか?」


 「む? 普通にイルルで構わんぞ? シュリの友達は妾の友達、じゃからの~。妾もヴィオラと友達じゃし、お主とは友達仲間になるのかの。心配せずとも仲良くしてやるのじゃ」


 「ありがと。じゃあ、そう呼ばせてもらうわ。よろしくね、イルル。それにしても、愛人云々のところにはツッコまないんだ? 意外と大人ね~」


 「うむ! 妾、こう見えて数千年単位で生きておるからの~。ちっさいことは気にせんのじゃ。シュリはいい雄じゃからの。沢山の雌を抱えて当然なのじゃ。それが世の常というものよ」



 仲良く言葉を交わしあう2人を眺めて大きく1つ頷いてから、シュリは残る2人の方へと目を向ける。



 「そんな訳でジェス。イルルは獣人じゃ無いから、眷属にしてもなにも問題ないんだよ?」



 そしてまずは疑問点がアガサと似ていたジェスに向かって話しかけた。



 「え? でも、流石に、その女の子がドラゴンとか……あり得ないだろう?」



 アガサも納得してくれたし、ジェスもさくっと納得してくれるかと思いきや、返ってきたのはそんな返事で。

 でも確かに、見た目は普通に獣人に見える女の子をドラゴンだと思え、というのは少々無茶ぶりだったかもしれない。

 シュリは反省しつつ、



 「イルル、ちょっといい?」



 アガサと話しているイルルにそう声をかけた。



 「ん? なんじゃ、シュリ」


 「あのね、この人がイルルは獣人だから、僕の眷属なのはおかしいっていうんだ」


 「ふむ。なるほどのう。だが、それも仕方あるまい。妾の擬態は完璧じゃからの。見抜けないその娘を責めてはいかんのじゃぞ、シュリ。妾が完璧すぎるだけなのじゃからな!」



 得意そうに胸を張って、無駄にふはは、と笑うイルルの頭を一撫でし、



 「責めるつもりは無いけど、出来ればイルルのすごさをちゃんと教えてあげたいんだ。だからさ、いつものちっちゃいイルルの姿を見せてあげてくれる?」



 そんな風にお願いした。

 シュリのお願いに、イルルはちょっとだけ意外そうな顔をする。



 「む? ちっちゃいのでいいのか? おっきい方がインパクトがあるじゃろ?」



 小首を傾げたイルルの言葉に、シュリはちょっぴり苦笑して、



 「おっきいイルルはかっこいいし確かにインパクト抜群だけど、初心者にはちょっと刺激が強すぎると思うんだ。この森の動物も驚くし」



 それに、小さいイルルは可愛いしね、と続けると、イルルは満更ではない顔をし、



 「それもそうじゃな! シュリの言うとおり、ちっさい妾は愛らしいからのぉ。よかろう。そこな娘!」



 あっけにとられた顔をしてシュリとイルルを見ているジェスを、びしりと指さした。

 指を指された当人は目をぱちくりし、



 「娘……って、もしかして私のこと、なのか」



 呼ばれ慣れない表現に、何とも言えず微妙な顔をした。

 年上から呼ばれるならともかく、年下(に見える)の、自分よりずっと娘さんと呼ばれるのがぴったりくるような女の子にそう呼ばれたのが、どうにも座りが悪かったのだろう。



 「うむ。もしかしなくともお主のことじゃ。なんといっても妾はお主の名を知らぬからの!」


 「あ、そうか。自己紹介がまだだったな。私の名前はジェス。[月の乙女]という傭兵団の団長をしている。で、こっちは副団長のフェンリーだ。よろしく頼む。えーと、私も君を、イルル、と呼んでいいのかな?」


 「かまわんぞ! ジェスにフェンリーじゃな。よろしく頼むのじゃ」



 ジェスの自己紹介を受け、イルルがにっかり笑う。

 そんな無邪気な笑顔につられ、ついつい伸びた手で再びイルルの頭を撫でてしまう。

 そんな撫で撫での大盤振る舞いに気を良くしたように、イルルはむふ~っと鼻から息をはき出すと、



 「よし、じゃあ、気を取り直してじゃな! よいか、ジェスよ」



 張り切った様子で口を開いた。



 「今の妾はとっても愛らしい獣人の娘に見えるかもしれん! じゃが、真の姿は違うのじゃ。それを今から見せてやるからの。いざ、刮目して見よ、なのじゃ!」



 イルルはそう宣言してから、己の姿を転換する。

 獣っ娘なイルルがぺかっと光り、その光が収まった後には紅色の鱗も鮮やかな火トカゲがちんまりと鎮座していた。

 実際によく見てみると、一般的な火トカゲとはちょっと違っている。

 まあ、普通の人ではよく分からない程度の違いではあるが。


 でも、これで流石に理解してくれただろう、とジェスを見上げたら、ジェスはなにやらきょろきょろと周囲を見回している。

 フェンリーは察しよく理解してくれたようで、目の前の小さな爬虫類を目を丸くして見つめていたが。



 「ん? イルルの姿が消えたぞ? イルルはどこへ行ってしまったんだ??」



 人の姿のイルルと火トカゲ姿のイルルは、ジェスの中ではイコールで結ばれなかったらしい。

 今すぐにでも行方不明(?)になったイルルを探しに行こうとするジェスに、どう説明したらわかってもらえるのか、と頭をひねっていると、当のイルルが前に進み出た。


 火トカゲなイルルはジェスの足下に行くと、その小さな前足をジェスの足にポンと乗せた。

 それを靴越しに感じたのだろう。ジェスの目線が下を向き、己を見上げている小さな火トカゲと、ようやく視線が交わった。



 「探さずとも、妾はちゃんとここにおるぞ?」



 火トカゲの口を通して聞こえたイルルの声に、ジェスの目がちょっと前のフェンリー同様、今度こそ丸くなった。



 「こ、この小さいのからイルルの声が聞こえた気がしたが、気のせい、だよな? ちょ、ちょっと疲れてるのかもしれな……」


 「ジェス、その小さい子がイルルだよ。イルルは、さっきの姿と今の姿、それから大人な女の人の姿にドラゴンの姿も持ってるんだ」


 「シュリ、本当にこの小さな生き物がイルルだと言うのか!? しかも、他に大人の女性やドラゴンにもなれると……?」


 「ドラゴンの姿も気になるけど、大人な女、っていうのもすっごく気になるわね。幼女の姿も可愛かったし、大人の姿もさぞ……」



 ジェスが驚愕を隠しきれない様子を見せ、フェンリーはイルルの大人バージョンに興味津々のご様子だ。

 シュリとしては、大人なイルルをフェンリーに見せるのは危険だと思ったのだが、シュリが制止するより早く、イルルが食いついてしまった。



 「む? 大人な妾が気になる、とな? よいじゃろう、よいじゃろう。この際じゃ。アダルトなお色気むっふんな妾の姿も堪能すると良いのじゃ!」



 言うが早いか、火トカゲの小さなイルルの姿がピッカリし、その光がおさまった後には、前言通りのお色気むっふんな美女が艶やかに微笑んでいた。

 ジェスとフェンリーの目が再びまん丸になり、シュリはあちゃ~、と額を押さえ、アガサは「あら、なかなかの色気じゃない?」と言わんばかりの様子でその姿を眺める。

 そんな観衆の様子に満足したように、イルルは大きなおっぱいの下で腕を組み、ふはははは~、と笑った。

 「どうじゃ!? 大人な妾は。色気むんむんじゃろ? そそられるじゃろ? ちっこい方の妾は世を忍ぶ仮の姿! こっちが妾の本当の姿なのじゃ。惚れてしまうじゃろ? 惚れていいんじゃぞ? 遠慮はいらんのじゃ!」



 今度は、大人美女な見た目と残念すぎる中身とのギャップに、シュリをのぞく全員が固まった。

 小さくても大きくても、イルルの残念さは変わらないが、見た目が非常に美人な分、その残念さが際だっていた。


 言葉はないが、みんなの目が語っている。

 これだったら、見た目が幼女の方がまだましだ、と。


 そんな彼女達の気持ちが痛いほど伝わって来たので、シュリはそっと見た目だけは申し分なく絶世の美女なイルルを見上げた。



 「ねえ、イルル」


 「ん~? なんじゃ?? シュリ。妾の色気、たまらんじゃろ? 男の本能が刺激されまくりじゃろ?」


 「うんうん。たまらないし、刺激されまくり」


 「じゃろ~?」


 「でもさ?」


 「んむ??」


 「僕、いつものイルルの方が好きだな」



 シュリがにっこり微笑むと、大人なイルルのほっぺたが色っぽく染まり、次いで、にまぁ~っと残念な笑顔が美女な顔を彩った。

 そしてすぐさまその姿が光で見えなくなり、次の瞬間には幼女で獣人ちっくなイルルに戻っていた。

 イルルはそのままぎゅっとシュリに抱きつき、



 「まったく。シュリはほんとーにまにあっく、じゃの~。仕方ない奴なのじゃ。ま、そこもかわゆいところであるがの」



 そう言って満足そうに笑う。

 シュリはそんなイルルの頭をよしよしと撫でながら、



 「え~っと、これで納得してくれた?? それとも、ドラゴン形態を見ないとダメ、かな?」



 ちょっとほっとした顔をしているジェスを見上げた。

 ジェスは何ともいえない顔でイルルを眺め、



 「いや、十分だ。ドラゴンかそうでないかはまだ判断できないが、少なくとも、イルルが普通の獣人では無いことは理解した」



 頷きつつそんな風に答えた。

 イルル、という存在に対する理解度としてはまだ甘いが、今はそれで十分だろう。

 そう判断してシュリもにっこり笑って頷いた。



 「うん。今はそれでいいや。じゃあ、イルルが僕の眷属って点にも納得してくれたんだよね?」


 「ああ。納得した。人に見えても、そうじゃないという点はしっかりとな」


 「なら良かった。じゃあ、最後にフェンリーの質問に答えるね」


 「私の質問?? なんだったかしら?」



 きょとんと問い返したフェンリーは、さっき自分の口から出た質問をすっかり忘れてしまっているようだ。

 シュリは苦笑しつつ、



 「イルルが一体どこから現れたのかっていう質問だよ」



 そう返す。

 すると、記憶がよみがえってきたのだろう。フェンリーはぽんと手を叩き、



 「あ、そうそう。それよ、それ。えーっと、イルル? だったかしら。その子、どこから出てきたの? シュリが名前を呼ぶまで、影も形もなかったわよね? あ、でも、その子がシュリの眷属って事なら、召還用のアイテムとかから? 私はテイマー職をとってないからよく分からないけど、確かそういう機能のアイテムがあるのよね? 石みたいなやつ」



 小首を傾げ、改めてそう問いかけてきた。



 「うん。そういうアイテムもあるよ。ただ、僕が使ってるのはコレ、だけど」



 シュリはフェンリーの問いかけに頷きを返しつつ、地面に広げてあったタペストリーハウスを指し示した。

 そんなシュリの動作につられたように、フェンリーとジェス、アガサの視線が何の変哲もないタペストリーに集まった。



 「えーっと、それってタペストリー……よね?」


 「絵、だよな??」


 「そうね。どうみても家の絵のタペストリーだわ」



 困惑したような3人の反応にクスっと笑みをこぼしつつ、



 「3人とも正解。ただ、それだけじゃないけどね。明かりのついてる窓を、よーく見てみて?」



 シュリはタペストリーに描かれた窓を指で示し、3人は小首を傾げつつシュリの指の先にある窓へ注目する。

 シュリの示す先の窓には、人影が描かれているようだった。

 ただ少し不思議なのは、その人影が動いて見えること。

 そんな不思議現象を見た3人は、不思議そうな顔をして己の目をこすった。


 だが、そうしてみたところで己の目に映っている不思議現象が変わる事はなく、説明を求めるように己に集まった3つの視線に答えるように、シュリはほんのり微笑んでみせる。



 「これは、タペストリーハウスって言うんだ。文字通り、タペストリー型の家で……」



 説明しながら、シュリは動く人影のある窓を、指先でとんとんとノックした。

 ポチ、僕だよ、と声をかけながら。

 すると、絵のはずの家の窓が開き、そこから獣耳の女性が嬉々として顔をのぞかせた。



 「シュリ様~。お呼びでありますか??」



 そんな言葉と共に。

 3人のぎょっとしたような視線が集まり、ポチはきょとんとした顔で彼女達の顔を見てから、



 「あ、この方達が今日のお客様でありますね? お部屋はちゃんと整えてあるでありますよ~」



 そう言って屈託なくにっこり笑った。

 そんなポチを労うように、シュリは指先でポチの頭を撫でてやりながら、



 「ありがとう、ポチ。助かったよ。じゃあ、後でお邪魔するね」



 そう告げて、ポチの部屋の窓をそっと閉めた。

 そして、もの問いたげな3人の方へ向き直ると、



 「そんな訳で、このタペストリーハウスが普段僕の眷属が暮らしてる家なんだ。イルルも、いつもはこの中にいるんだよ。ね?」


 「そうじゃぞ。1人1人に部屋はあるし、かなり快適な住処なのじゃ。隣の国に着くまでのお主等の部屋も、ポチが頑張ってちゃーんと整えてあるからの。後でポチにしっかり感謝するのじゃぞ~」



 シュリが簡単に説明し、イルルがぬははは~と笑う。



 「すごいわね、このアイテム。どこか名のある遺跡の遺物かなにか? ヴィオラから貰ったの??」


 「ううん。コレは僕のテイムスキルに付随するものなんだ。だから僕にしか使えないし、たぶん他にはないと思うよ」



 アガサが興味深そうにタペストリーハウスを指先で撫でる。

 そんな彼女の質問に、ここまで色々秘密を明かしてるし、今更隠すこともないだろう、と率直に明かした。



 「なるほど。シュリのスキルなのね。量産できれば売れるでしょうけど、スキルの産物となると、それは難しいかしら……。いえ、でも、布に複数の魔法陣を上手に組み込んだら……。面白そうだし、ちょっと研究してみようかしら」



 アガサはシュリの言葉を疑うことなく頷き、タペストリーハウスを熱心に観察しながらぶつぶつ言っている。

 シュリはそんな彼女を放置して、残りの2人に目を移した



 「今、その、イルルが、私達の部屋を用意してるとか、なんとか言ってたが……」


 「まさか、私達もその得体の知れない平面建造物に入るなんてことは……」


 「イルル以外はみんな、タペストリーハウスに入って貰う予定だよ。僕の同行者も、もう中にいるし」



 ないわよね、と言い掛けたフェンリーの言葉をぶった切って、シュリはにっこり笑う。

 そして有無を言わせずマスターキーを掲げた。



 「さあ、お客様をお迎えするよ。お客様の名前は、アガサ、ジェス、フェンリー」



 シュリの言葉に反応してマスターキーが光り、それと同時に名前を呼ばれた3人の姿がかき消えた。



 「じゃあ、イルル。僕も行くね? 目的の場所に着いたら僕かポチに声をかけて。場所は分かる? もう1回説明した方がいい?」


 「大丈夫じゃ。情報はちゃんと妾の頭の中に入っておる」


 「分かってるとは思うけど、なるべく急いで、だよ?」


 「うむ。ジュディスともシュリをなるべく早く連れて帰る約束をしたからの。ジュディスとの約束を破ると後が怖いから、一生懸命頑張るのじゃ!!」


 「うん。頑張って。頼りにしてるから」



 頷くイルルの頭を優しく撫でて、



 「じゃあ、また後でね。イルル。[ただいま]」



 シュリは家に帰る為のキーワードを口にする。

 すると、次の瞬間にはその姿は影も形も無くなっていて。

 1人残されたイルルは、地面に広げられたままのタペストリーをくるくる巻いて、それを旅の手伝いの為にシュリから預かったポシェット型の魔法バッグに突っ込んだ。



 「よし、これでいいのじゃ」



 そして大きく頷き、その背中から羽を出現させると、



 「この姿で飛んでるとちょっと目立つかのぅ? ま、上の方を飛んでればだいじょぶじゃろ!」



 地上にそんな言葉を残し、一気に上空へと飛び立ち、その姿を消したのだった。

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