第323話 やっと到着!!
肉体的にいじめても、精神的にいじめても、当の本人が全くこたえた様子を見せない事に、加害者側が少々疲れを見せ始めた頃、その人はやってきた。
嵐のように突然に。
◆◇◆
「ねえ、ちょっといいかしら?」
「はい。っ!?」
背後から声をかけられて振り向いた男性は、振り向いた先にあった、人とはまた違う繊細な美貌に言葉を失った。
「ここって王都よね? よく似た他のどこかとかじゃないわよね?」
笹の葉のように尖った耳に流れる金糸の髪。
森人とも呼ばれるエルフの特徴を色濃く宿したその女性は、固まったままの男性にそんな質問をぶつけ、可愛らしく小首を傾げた。
「はいぃっ! ま、まちがいありませぇん!!」
ここは王都で、エルフだったりダークエルフだったり獣人だったり、亜人種の人口はそこそこいるが、ごく一般的な生活を送る彼にとって、そう言う人達は遠い存在だった。
遠目で見ても十二分に美しい存在が目の前に突然現れ、彼は分かりやすく混乱した。
混乱しつつも、問いかけられた質問にはきちんと返事を返しはしたが。
まあ、反射的に答えてもどうにかなる程度の質問だったからどうにかなっただけかもしれないが。
「そ、ありがと。助かったわ」
そんな彼にニコリと微笑みかけ、その人はすぐに遠ざかっていく。
「いっ、いえっ! こっ、こちらこそぉっ!!」
いいもの見させて貰ってありがとうございました、そんな思いを噛みしめつつ、男性は遠ざかっていく優美な背中を見送る。
なんだか今日はいい1日になりそうだ、と熱くなった頬を無骨な手のひらで撫でながら。
◆◇◆
「ふふ、ふふふふふ……」
優美な美貌で見知らぬ男性を感動させたその人は、人混みから少し離れた路地裏で、美しさ台無しの笑い声を響かせた。
「やった! やったわ!! ようやく着いたのね、王都に!!」
感無量、というように彼女は吠える。
だが、それも多めにみてあげて欲しい。
「ここまで、ほんっとうに大変だったわ……」
彼女がそうこぼすように、本当に大変な道のりを旅してきたのだ。
騎獣に出来るような眷属を見つけようと思ったが、まず職業を[ビースト・テイマー]に変更する時点でつまずき。
職業変更を行える規模の町自体がかなり遠いという事実に気づいた時点で騎獣は諦め、馬を求めて王都を目指すことにした。
が、世間知らずの彼女は見事なまでにぼったくられ、これまた見事なまでの駄馬を掴まされた。
王都まで急ごうにも、年を取り体力の落ちた馬の足は遅く、時間は無情なまでに早く過ぎていった。
どう頑張ってもシュリの入学式には間に合わない、渋々ながらその事実を認めた彼女は、馬を売り、正攻法の乗り合い馬車を利用する事にした。
順当に行けば、シュリの入学式にこそ間に合わずともそれほど遅くならずに彼の元へ行ける、そのはずだった。
だが、ここに来て、彼女のその美貌と田舎でみるには稀な種族であるという点が仇となった。
旅慣れておらず、冒険者っぽさもない儚げで美しいエルフが最上級のカモに見えるという目の持ち主は存外多く。
王都まで数日でたどり着くという町から乗り合い馬車に乗る予定だった彼女は、都合5回ほど、捕らえられて奴隷商に売られそうになった。
その度に自力で切り抜けたが、5回目の相手は少々大規模で、さすがの彼女も少々肝を冷やした。
だが、たまたま通りかかった女性ばかりの傭兵団に助けられ、王都まで送って貰えることになり。
そんな彼女達と再会を約束し、別れたのが少し前。
シュリの元へ到達するための情報収集をしつつ歩き回り、今に至る、というわけである。
とりあえず、ここが間違いなく王都である、という事実は確認できた。
連れてきてくれた彼女達を疑う訳ではないが、念のため、というやつである。
だが、残念ながら、シュリナスカ・ルバーノ、という少年の現在居住する場所は突き止めることは出来なかった。
まあ、当然と言えば当然だとは思うが。
ちょっと聞き込みをしただけで個人情報が手に入るほど、世の中甘くないのである。
次に彼女が場所の特定に動いたのは、王立学院だった。
彼女の師・エルジャバーノの情報によれば、シュリはその学校に進学したのだという。
と言うことは、そこをはっていればいずれシュリに会えるという訳だ。
道行く通行人から王立学院への行き方を難なくゲットして、彼女は1人頷く。
そして、優雅な歩調からは想像がつかないほどのスピードで、猛然と王立学院を目指すのだった。
◆◇◆
「お前さぁ。そんな変な頭して恥ずかしくないわけ? みっともない奴」
「あ、うん。ありがとう?」
「首に巻いてるそれ、ちょっと可愛い……じゃなくてうっとおしいんだけど? いつもかっこいい……こほん。いかつい狼とか、真っ赤で妙ちくりんなトカゲとか連れて、こっちを威嚇でもしてるつもりかよ?」
「えーと? ありがと??」
「どうしてお前、そんなに頭がいいんだよ!? バカにしにくいだろ!!」
「えっと、ご、ごめんね?」
今日も今日とて、シュリを気にくわないと敵視してくる生徒とそんなかみ合わない会話を交わし。
気がつけばあっという間に放課後。
今日もいっぱい勉強したなぁ、と思いつつ帰り支度をしていると、なにやら周囲の生徒がざわざわしていることに気がついた。
耳を澄ませてみれば、どうも校門の辺りにとんでもない美人が立っているようなのだ。
それも明らかな人待ち顔で。
どうやらその人物は、エルフであるらしい。
森人とも森の妖精とも呼ばれるエルフと言う種族はとにかく美男美女が多い。
まあ、中にはそうじゃない人もいるが美形率が高いのは確かだ。
だが、それなりにエルフの姿を見かける王都において、これだけの人をざわつかせるほどの美人となると、かなりのものだろう。
そんな希少価値すら感じさせる美人さんが、どうして王立学院の校門などにいるのか?
人待ち顔というからには、恐らくこの学校へ通う知り合いを待っているのだろうとは思うけど。
そんなことを考えつつ、シュリは己の知る美人なエルフを思い浮かべた。
ちょっぴり耳の尖ったハーフな、可愛いと美人が絶妙に同居している愛すべき母親のミフィーに、ダークエルフだからエルフと勘違いされることは無いと思うけど美人過ぎるくらい美人なヴィオラ。
それから、性別は一応男性だが、これまた超絶美形なエルジャバーノ。
(ん~。母様はアズベルグにいるだろうし、おばー様は美人さんだけど、一応ダークエルフだからエルフとは違うし。おじー様は、美人だけど流石に男の人に見えると思うんだけど。それに、おじー様は今は里に帰ってるはずだし)
校門で人を待っているのが誰かは分からないが、恐らく自分の知り合いでは無いはずだ。
無い、はずなのだが。
なんだか、いやな予感がした。
だが、いやな予感がするからと言って帰らないわけにはいかないし、御者のおじさんが馬車で待つ馬車の乗降場所へ行くためには、校門を通らなくてはいけない。
時間をつぶしてから帰ることも考えたが、あまり遅いとおじさんが心配するし、屋敷のみんなも心配する。
(まあ、目立たないようにささっと行っちゃえば大丈夫だよね?)
この選択を、後で後悔する事になるのだが、この時のシュリがそんなことを知るすべはなく。
楽観的に考えつつシュリは荷物を持って立ち上がり、学校の外へと向かった。
◆◇◆
いじめっ子に絡まれることなく無事に校舎を出て、シュリは校門を目指す。
校門の辺りは妙に人が多く、背の低いシュリからは、件の人物を見ることは出来なかった。
故に、何の警戒心もなくざわざわする生徒達に紛れて校門を通り抜けようとしたその時。
「見つけたわ! シュリ」
そんな風に己の名が呼ばれ、思わず固まった。
そして、おそるおそる声のした方を見てみれば、そこには目をキラキラさせた美人さん。
その見覚えのある顔に、シュリは現在の状況も忘れて思わずぽん、と手を打った。
「リリシュエーラ? 美人なエルフさんってリリシュエーラのことだったのかぁ」
1度だけエルジャバーノの里で会い、1夜を共に過ごした女性。
といっても、全く色っぽい1夜ではなかったが。
共に過ごした時間が圧倒的に少ないためさっきは思いつかなかったが、改めてこうして目の前にいる彼女を見れば、エルフが森の妖精と呼ばれることに全力で頷いてもお釣りがくるほどの美が、そこにはあった。
(久しぶりに会うけど、リリシュエーラってやっぱり美人さんだなぁ)
日々、美人に囲まれた生活を送っているシュリにも、そう思わせるほど。
見つけたシュリに向かって彼女が歩き始めると、見事なまでに人波が割れ。
リリシュエーラはなんの苦もなくシュリへ到達する。
「少し、大きくなったかしら?」
目を細め、まぶしそうにシュリを見つめる。
彼女の言葉にシュリはちょっぴり胸を張り、
「まあね! 成長期だし」
そう答えたが、
「成長期……っていうほどじゃない気がするわね」
賛同が得られず、シュリの頬がぷくっと膨らむ。
「成長期、だもん!」
「え、でも、成長期の人間って、本当にびっくりするくらいにょきにょき伸びるものだって、前にエルジャバーノから聞いた気が。シュリの成長度合いは、どっちかと言えば私達エルフに近いんじゃない?」
「成長、してるもん……」
「そ、そうよね? 大丈夫よ、シュリ。ちゃんと成長はしてるから! ただ、人の子にしては成長度合いは少ないのかしら、って思っただけで。まあ、シュリには私達エルフの血も流れている訳だし、それも仕方が無いのかもしれないわね」
しょんぼりしてしまったシュリを慌てて抱き上げ、慰めるようにその頬に唇を落とす。
その様子を、周囲の人達がざわざわしながら見守っていた。
「エ、エルフの血!? うそでしょ? あんな変な子にエルフの血が流れてるなんて!!」
「サシャ先生達に飽きたらず、あんな美人エルフにまでちやほやされている、だと!? なんてうらやましい……じゃなかった。生意気な!!」
耳に届いてきたそんな言葉の数々にはっとして、シュリは落ち込んでいる場合じゃないと顔を上げた。
うっかりすっかり忘れていたが、ここは学校の校門前。
好奇心いっぱいの生徒達がわらわらいる場所である。
(いけない、いけない。リリシュエーラに事情を話して、場所を移さないと……)
そう考え、口を開こうとしたのだが、時すでに遅し。
シュリの口が開くよりも早く、リリシュエーラの手が動いていた。
「それにしても、なぁに? この無粋なメガネは。シュリの綺麗な目が見えないじゃない。それに、なんだかほっぺたも汚れてるし、寝癖もひどいわよ?」
言いながら、リリシュエーラはシュリのメガネを外し、毎朝時間をかけて散らしているそばかすをきれいさっぱり拭き取り。
更には精霊の力まで借りて、シュリのくしゃくしゃの髪の毛を、いつものさらさらヘアーに戻してしまった。
ほんの一瞬のすきに。
「ほら、綺麗になった。別にさっきの油断してる感じも嫌いじゃないけど、やっぱりこっちの方が、私は好きだわ」
嬉しそうにそう言って、リリシュエーラはシュリの頬に己の頬をすり寄せる。
そんな彼女の手で、一生懸命に作り上げた変な子の擬態を一瞬で解かれたシュリの、その劇的な変わりように周囲が大きくどよめいた。
「うそ!? か、可愛い!! あの子、あんなに可愛かったの!?」
「うそだろぉ!? おれ、結構意地悪しちゃったんだけど……」
「い、今からでも仲良くしてもらえるかしら」
「す、素敵だ。ぜひお付き合いしたい……」
周囲の手のひらを返したような反応に、シュリは頭を抱えたくなる。
彼らの好感度が、一気に上がっていくのが目に見えるようだった。
前にミューラ先輩にバレたときはまだどうにか隠せた。
だが、今回は目撃者が多すぎる。
明日、何事も無かったように変装して登校したところで、誰かの口からはバレてしまうだろうし、これだけの人数を相手に口止めするのは難しいだろう。
(いやな予感、当たったなぁ……)
シュリはちょっと遠い目をして思う。
だが、起こってしまったことは仕方がない。
「えーっと……。私、なにかいけない事をしちゃった? もしかして」
周囲の様子に流石に何かを察したリリシュエーラが、おでこに冷や汗をちょっぴり浮かべ、シュリの方を伺うように見てきた。
そんな彼女にはっきりと首を横に振って見せ、シュリは彼女の疑念をきっぱりと否定する。
彼女が悪いわけではない。
リリシュエーラが行動を起こす前に対処できなかった自分が悪いのだから、と。
「大丈夫だよ、リリシュエーラ。大したことじゃ無いんだ。でも、まあ、取りあえず……」
言いながら、シュリは周囲を見回して、
「場所を移そうか? ここはちょっと騒がしすぎて落ち着かないから、ね?」
そう言って、隠しきれない苦笑をこぼしたのだった。
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