第324話 リリシュエーラと一緒の時間

 思いがけず懐かしい顔と再会し、渾身の擬態が完璧にはがされ、明日からの学校がちょっと怖い……、という状況の中。

 シュリは現実逃避するように、再会したリリシュエーラを馬車へ押し込み、そのまま屋敷へ帰宅を強行した。


 リリシュエーラは王都を見て回りたかったようだが、今のシュリにそのお願いを聞いてあげる余裕はなく。

 まだ宿を決めていないというリリシュエーラを、今日は屋敷に泊めてあげる事を決め、シュリは馬車の中から屋敷の愛の奴隷みんなに念話で忙しく指示をとばした。


 取りあえずやるべき事を終え、ちょっと落ち着いたシュリは改めて己の事に目を向けた。

 学校で色々バレてしまったことは、まあいい。

 良くはないが、これは明日以降どうにか対処すればいい話だ。

 頭の痛い問題ではあるが、今から悩んでいても仕方がない。

 それより、今は。



 (えーと、どうして僕、リリシュエーラのお膝に座ってるのかな?)



 馬車に乗り込んだときには、ちゃんと隣に座っていたはずなのに、いつの間に!?

 お尻の下に柔らかな太股の感触を感じながらシュリは思う。

 恐らく、色々段取りをしていて上の空だったシュリに、リリシュエーラがしびれを切らせたというのが正解な気はするが。


 そんな推測をしつつ、シュリは己のお腹を緩く拘束するたおやかな腕を見下ろす。

 拘束から逃れるのは簡単。

 だけど。

 頭のてっぺんに愛おしそうにすり寄せられる頬の柔らかさを感じ、彼女の唇からこぼれる満足そうな吐息を聞いたら、なんだか体から力が抜けた。



 (変なことをされるわけでもないし、まあ、いいかぁ)



 クスリと小さく笑って身を預ければ、その背中にささやかながらも柔らかなふくらみがぶつかり形を変える。

 シュリの年頃の男の子なら、普通は真っ赤になって固まってしまうところではあるが、シュリは正直、こんな状況には慣れっこだった。

 なので、至って平常心のまま、柔らかなあれこれを楽しんでいると、



 「ちょっと落ち着き過ぎじゃない? 面白くないわ」



 頭の上からそんな文句が落ちてきた。

 だが、そうは言われても、膝に抱っこされて背中におっぱいという状況が日常茶飯事すぎて、逆に落ち着いて和んでしまっているくらいなのだ。

 今更赤くなることも、初な少年らしく慌てることも出来そうにない。

 なので、



 「えーっと。でも、リリシュエーラは柔らかくて、ちゃんと、色々気持ちいいよ?」



 正解かは分からないが素直に誉めておいた。

 一応間違いでは無かったらしく、



 「そう? ならいいけど」



 まんざらでもなさそうなリリシュエーラの声音が耳朶を打ち、お腹に回された腕にぎゅっと力が込められた。

 耳に届く吐息も甘く、彼女の気持ちをまだ誤解したままのシュリは思う。



 (本当は、おじー様とこう言うことをしたいんだろうなぁ。僕でちゃんと練習台になってるのかな??)



 なぁんて事を。

 そんな無駄な鈍感力を発揮しているシュリに気づくことなく、リリシュエーラはシュリの耳元で甘く囁く。



 「ねぇ、シュリ?」


 「ん? なぁに? リリシュエーラ」


 「リリ」


 「え?」


 「私の事はリリ、って呼んで?」


 「リリ? うん、いいけど。でも、なんで?」


 「大した理由じゃないのよ? ただ、シュリだけが呼べる特別な呼び方で呼んで欲しかったの」


 「僕だけ? おじー様は??」


 「は? どうしてここでエルジャバーノの名前が出てくるのか分からないけど、あいつになんか絶対呼ばせないわよ!? まあ、シュリのおじー様だし、里を出る準備で世話になったから、以前の事は水に流してあげるつもりだけど、どうしてあいつなんかに特別な呼ばれ方をしないといけないのよ? シュリにだけ、呼んで欲しいの。私の特別は、シュリだけ、なんだから」


 (ん? あれ??)



 リリシュエーラの言葉に、シュリは深々と首を傾げた。

 そして無言のまま、ステータス画面を立ち上げ、



 (えっと、リリシュエーラの名前で検索、っと)



 恋愛状態リストの検索機能を使ってみた。

 まさかね、と思いつつ。

 だがしかし。

 抜かりなく見つけだされたリリシュエーラの名前を見つめ、シュリはようやく自分の誤解に気づく。

 リリが好きだったのはおじー様じゃなくて僕だったのか、と。



 (全然気づかなかった……)



 僕ってもしかして鈍感なのかなぁ?

 シュリは今更ながらそんなことを思う。本当に今更、である。



 (ん~。リリはおじー様の事が好きって思ってたから安心してたけど、まずったかなぁ)



 思いつつ、シュリは再度ステータス画面へ目を落とす。

 そこにあるリリの名前と、恋愛攻略度の表示へと。

 そこにはこう記されていた。


・リリシュエーラ(恋愛攻略度:100%、熱愛)


 ……と。

 ふぅ、と小さく息をついて、ふくっとした指先で眉間をもみもみし、



 (うん。もう手遅れだね)



 諦めと共にそう思う。

 せめてもう少し早く気づければ、と思わないでもないが、それでも手遅れだったかもしれない。

 出会った瞬間から対策してもなお油断できない……それがシュリのとんでもスキルというヤツだった。


 節操のない己のスキルを思い、ふっ、とアンニュイに笑う。

 リリシュエーラはそんなシュリの横顔を不思議そうに見つめる。

 そんな彼女の視線に気づいたシュリは、何でもないよ、と笑い。

 そのシュリの笑顔に思わず頬を染めたリリシュエーラは、



 「なに、その笑顔。可愛すぎるわ。反則よ」



 そう言って、己の頬をシュリの頬へぴったりくっつけると、幸せそうな吐息をこぼした。

 シュリはリリシュエーラのコメントに内心首を傾げつつ、なにが反則なんだろうな~、とそんな事を思うのだった。


◆◇◆


 屋敷に着くと、シュリはリリシュエーラをいつも午後のお茶をしているテラスへと案内した。

 まずは一緒にお茶を飲んでいる間に、彼女の宿泊する部屋に荷物を運び、お風呂を準備しておく手はずとなっている。


 夕食は彼女がお風呂で疲れを流したその後に、と屋敷の者には指示をしてあるはずだ。

 帰りの馬車でジュディス達に念話でお願いしておいたから、その辺りは抜かりはないだろう。

 馬車のところまで迎えに来ていたジュディスとカレンの先導でテラスを目指す。



 「お久しぶりです。リリシュエーラ様」


 「その節はお世話になりました」



 ジュディスとカレンのそんな挨拶を聞いて、



 (そう言えば、アビスとルビス以外の3人はリリシュエーラと面識があったんだっけ)



 と思い出す。

 シュリが初等学校に通う前。

 出会ったばかりのヴィオラに連れられて旅した時、3人の愛の奴隷はシュリを探して彼女達もまた色々な場所を旅したのだ。

 シュリが滞在した場所を一足遅れで転々と。

 その時に、エルジャバーノが住んでいるエルフの隠れ里にも訪れ、その時にリリシュエーラとも顔を合わせていたはずだった。



 「そ、そうね。久しぶり。元気そうで何よりだわ」



 返すリリシュエーラの顔がちょっとひきつっているような。

 でも、それも仕方がないかもしれない。

 あの時の3人は、シュリに会えない日々が続いて少々暴走気味だったから、何か変な事をしちゃったのだろう。



 「あの時はもう1人いたような気がしたけど」



 私の気のせいかしら、との彼女の言葉を、



 「いえ、いましたよ? ちゃんと3人で伺いました」


 「シャイナさんは、お茶の準備をしてくれてますよ? シャイナさんのお菓子は美味しいので、楽しみにしていて下さいね」



 ジュディスが柔らかく否定し、カレンがにっこりしながら更に言葉を紡ぐ。

 そんな2人の様子を、リリシュエーラは不思議そうに眺め、



 「……なんだか、普通ね?」



 思わずと言ったようにぽつりとこぼす。

 それを聞いたジュディスとカレンは顔を見合わせて苦笑し、



 「あの時は欲求不満が高まり過ぎて少々奇異な行動に走ってしまい、失礼しました。今は十分すぎるほどに充足していますのでご安心下さい」


 「本当に、思い出すと顔から火が出そうです。あの時は色々とすみませんでした。今は本当に大丈夫ですよ? シュリ君が近くにいますし、ちゃんと定期的に可愛がってくれますし」



 2人そろって頭を下げて謝罪した。



 (欲求不満すぎて、奇異な行動やら、顔から火が出そうな事やらをやらかしちゃったのか……)



 欲求不満って怖い、と思いつつ、



 「リリ、みんなが迷惑をかけたみたいだね。ごめんね?」



 一応主として、シュリの口からも謝っておく。



 「え、あ、うん。気にしないで? ほら、もう、過ぎたことだし」



 リリシュエーラはそう返したが、なにやらそわそわしている。

 なんだろう、と小首を傾げて見上げると、彼女は目元を赤く染めつつ、



 「えーと。その……可愛がるって、ど、どんな風に?」



 好奇心を隠しきれない様子でそんな質問をぶつけてきた。



 「ん? 普通だよ? 誉めてあげたり、頭を撫でたり……」


 「キスをしたり、一緒にお風呂に入ったり」


 「抱っこさせてもらったり、添い寝をしたり」



 シュリは無難な可愛がりをあげてその場を濁そうとしたのだが、ジュディスとカレンにその意図は伝わらなかったようだ。

 自分達がどれだけ可愛がられているのかを自慢したかったのだろう。

 小鼻を膨らませて、非常に得意そうに、少々過度な可愛がりをリリシュエーラにバラしてくれた。



 「キス、お風呂、抱っこ、添い寝……」



 後半の可愛がりのインパクトが凄すぎて、シュリが無難にあげた可愛がりはリリシュエーラの脳から押し出されてしまったようだ。



 (ん~、僕の言った可愛がりが、率としては1番多いとは思うんだけどなぁ)



 キスにお風呂に抱っこに添い寝で使用人を可愛がる主はどうかと思う。

 ちょっとエッチじゃなかろーか。

 まあ、実際、シュリがやっていることなのでどうこう言えないのが辛いところではあるが。

 ちょっとエッチな主のシュリをどう思ったのかは分からないが、リリシュエーラは頬を薔薇色に染めて、期待を込めた瞳でシュリを見つめる。



 「ねぇ、シュリ?」


 「なぁに? リリ」


 「私の事も、彼女達と同じように可愛がってもらえる?」



 甘えるように問いかけられ、シュリは一瞬固まった。

 すぐに再起動はしたけれど。

 リリシュエーラの気持ちは分からないでもない。好きな人に可愛がってもらいたいのはごく普通の感情だ。


 だがしかし。


 何事にも線引きというものは必要だ、とシュリは常日頃思っている。

 上手に線を引けてるかどうかは微妙だが。

 なので、シュリは今回もきっちり線を引いておく事にした。



 「ん~。リリはだめ、かなぁ」


 「どうして? 彼女達だけ、なんてずるいわ! 私だってシュリに、その、可愛がってもらいたいのに」



 唇を尖らせるリリシュエーラは可愛いが、それにほだされてはいけない。

 シュリは自分にそう言い聞かせつつ、



 「んーと、ジュディス達は僕専属の使用人だもん。ご主人様が自分の使用人を可愛がってねぎらうのは当然の事だし、ある意味義務だからね。まあ、本人達が望まないのにそう言うのを押しつけるのはダメだけど……」


 「望んでいます! 心の底から!! シュリ様に可愛がってもらうことこそ日々の糧。生きる楽しみです!!」


 「私も、シュリ君のご褒美が無いと正直生きていける気がしないですね。シュリ君のご褒美の無い人生はもはや人生と言えないレベルです」


 「本人達がこう言ってるから、僕は主としての義務を果たすまで、かな」



 そんな風に締め、理解してくれた? 、とリリシュエーラの顔を見上げる。

 なるほど、そういうことね、と1人頷くリリシュエーラを見ながら、納得してくれたとほっとしたのも束の間、



 「専属の使用人……なら、私はシュリ専属のエルフになるわ!!」



 リリシュエーラはそんな主張をぶつけてきた。



 「ええぇぇ~?」



 専属のエルフってなんだ、と思いつつ、



 「そんな役職はないので却下」



 即座に却下しておいた。

 こんなのを許したら、この屋敷はすぐに専属の○○であふれかえってしまうだろうから。

 そんな事態、想像するだけで恐ろしい。



 「専属エルフがダメなら、他の仕事でもいいわ。専属メイドでも、執事でも。シュリ専属で雇ってくれるなら、仕事はきちっとこなすわよ?」



 明確にお断りしてもなお、リリシュエーラは食い下がってきたが、ここで受け入れてしまってはきりがない。

 なので、



 「人員は間に合ってるし、新たに誰かを雇い入れる予定はないからそれも却下。この話はこれで終わりだよ、リリ」



 シュリはきっぱりとお断りをして話を終わらせた。

 リリシュエーラはちょっぴり不満そうに唇を尖らせたが、それ以上食い下がってくることはなく。

 シュリは、危機を乗り越えたとこっそり胸をなで下ろした。


 不満顔のリリシュエーラを宥めるように彼女の手をそっと握り、すっかりお茶の準備の整ったテラスへと、シュリは彼女をエスコートする。

 リリシュエーラとのこの会話が、後日とんでもない事態を引き起こすことになるなど想像すらしないまま。

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