第314話 シュリの1人反省会①

 とにかく初めて会う沢山の人と接する危険性が1番高い入学式は、変装と変人感と、効果があったか分からないが一生懸命頑張ったステルス機能で乗り切った。

 今回は、新入生の挨拶も全力で断ったし、なんとか無難にクリアすることが出来たんじゃないかと思う。


 しかし、実の所、反省点もかなりある。


 まず第1に、無駄にある便利なスキルの存在をすっかり忘れていた件について。

 普段使わないだけで、シュリのスキルはかなりの数にのぼる。

 だが、使っていないが故に把握が甘く、その存在をすっかり忘れていた。


 特に痛恨だったと思うのは、[道端の雑草]スキルと、愛と美の女神様の加護で得た[カメレオンチェンジ]だろう。


 [道端の雑草]を使えば、気配を消すことに躍起にならずも存在感を消せたはずだ。

 まあ、あんまり動けないから、入学式の最中くらいしか使えなかったかもしれないけど。


 [カメレオンチェンジ]は、入学式の日の夜、夢の中での女神様達との会話でその存在を思い出させられた。


◆◇◆


 「そういえばシュリってば、アタシの加護の、カメレオンチェンジって忘れてるでしょ?」


 「カメレオンチェンジ?」



 シュリは正直に、なんだそれ、って顔をしてステータス画面を開く。

 そして、件の[カメレオンチェンジ]の説明を読んで、がっくりと肩を落とした。

 存在すらも忘れていたそのスキルの有用性に。


[カメレオンチェンジ]

 髪・瞳・肌の色、髪の長さや身長、服装などを自由に変更することが出来る。

 アクセサリーやおしゃれ小物なども自由自在。

 服やアクセサリーなどは、一度見たものや、自分でデザインしたものを再現可能。

 服飾品であれば、他人への譲渡も可能。


 そこにはそんな説明文が網羅されていた。

 それを見たシュリは思う。

 このスキルの存在さえ知っていれば、あれだけ時間をかけた化粧もスタイリングも、ぐるぐるメガネさえも不要だった、そんな風に。

 むしろ、もっと変な子になれたはずなのに、と。


 だが、過ぎてしまったことは仕方がない。

 でも、愛と美の女神様はどうしてもっと早く教えてくれなかったんだろう、そんな気持ちとともに彼女を見上げれば、女神様は全く悪びれずに、



 「一生懸命お化粧してるシュリが可愛くて、うっかり言い損ねちゃった」



 てへっと可愛らしく舌を出し、あっけらかんとそう言った。

 ごめんねぇ、と謝ってくれるが、そのごめんが軽い。非常に軽い。


 でも、シュリはため息1つで諦めた。

 だって女神様ってそう言うものだと思うから。


 だが正直、シュリのその認識は少々間違っている。

 もちろん中にはいい加減な神もいるが、世の中、そんな神様ばかりではない。

 実際の所、シュリに加護を与えている3人の女神様の中で、戦女神様だけは比較的常識的な神様なはずだ。

 しかし、最近は他の2人の女神様に影響され、ちょっと常識をどこかへ置き忘れがちだった。


 そんな女神様達に囲まれて、シュリはすっかり神様に多くを望まない子に育ちつつあった。

 シュリが女神様達に望むことはただ1つ。

 あんまり変なことを思いついて、余計なことをしないでくれればいい。

 ただそれだけだった。


◆◇◆


 そんな女神様達との邂逅を思い出しつつ、今日も今日とてシュリはせっせと己の髪をくしゃくしゃにセットして、己の頬にそばかすを散らすメイクをする。

 そんなシュリを見たら、女神様達は言うだろう。

 [カメレオンチェンジ]使わないの、と。

 いや、恐らく言っている。

 絶対確実に、あの人達は毎日シュリを見ているはずだから。


 シュリとて、[カメレオンチェンジ]の存在はさすがにもう認識している。

 この間思い出したばかりでまた忘れるほど、ダメな子ではない。

 しかし、シュリはその便利スキルを使うつもりは無かった。

 少なくとも当分の間は。

 なぜならば。



 (折角、メイクやスタイリングの道具を用意したのに、使わないなんてもったいない!)



 そんなもったいない精神が絶賛稼働中だった、からである。

 そうして、やっと日の目を見られるはずだった[カメレオンチェンジ]は再びシュリの脳裏の片隅でほこりにまみれていくのだった。


◆◇◆


 (失敗と言えば、あれも失敗だったなぁ)



 己の顔と髪を整えつつ、シュリはあの日のことを思い出した。

 その脳裏には真面目そうで格好いい人なのに何故か地味な、そんな人の顔がぽわんと浮かぶ。


 入学式の日の第2の失敗。

 それは、知らなかったとはいえ、生徒会長なんていう目立つ役職の人と接触を持ってしまった事だ。


 地味だけど真面目で優秀そうな、ただの上級生だと思っていた。

 だからこそ、声をかけて色々教えて貰った訳なのだが、その人がまさか生徒会長だったとは。

 入学式の挨拶で壇上に上がった彼を見たときには度肝を抜かれた。

 まさか、知らず知らずの間に生徒会長なんて人と面識を得てしまっていたなんて。



 (で、でもでも! ちょっと話しただけだし、あっちからすれば僕なんて数いる新入生の中の1人に過ぎないから……僕の事なんて覚えてない、はず、だよ、ね?)



 シュリはそんな希望的観測を抱いたが、それはすぐに打ち砕かれた。

 入学式の終わり、生徒会の人達が退場する新入生を見送ってくれるイベントの最中に。

 極力存在感を消し、さっさとすり抜けてしまおう、そう思って体の大きい同級生の影にかくれてそそくさと進んだのだが、



 「やあ、また会ったね」 



 しっかり見つかってしまった。

 破天荒キャラで、悪いイメージをがっつり稼いでおいたはずなのだけど、当の生徒会長様は好感度100%といっても過言では無いような輝かんばかりの笑顔を向けてくれた。



 (お、おかしいな? がっつりヘイトを稼いだつもりだったのに。で、でも、生徒会長だもんね? 嫌いな生徒にも公平にしなきゃいけないんだよね??)



 内心のそんな気持ちを押し隠し、ぷいっと顔を背けると、視界の隅の生徒会長が微笑ましそうに微笑むのが見えた。

 なぜそんな風に笑うのかが分からない。

 普通、感じの悪い新入生にイラっとする場面じゃなかろうか。



 「我が校へようこそ。明日からの学院生活が君にとって素晴らしいものになるよう祈ってるよ、シュリナスカ・ルバーノ君。良い学院生活を。何か困ったら、いつでも生徒会室を訪ねておいで。歓迎するよ」



 なんだかいつの間にか個人特定もされてるし、ちょっと怖い、と思いつつ、シュリは返事も返さず生徒会長の前を通り過ぎる。

 何故か上がってしまった彼の好感度が少しでも下がるように祈りつつ。しかし、後頭部に感じる彼のものであろう視線は、ずっと暖かいままだった。


◆◇◆


 (あ、あとはアレもなぁ。どうしてスルー出来なかったんだろう。アレですごく注目を集めちゃったし)



 多分、いい意味での注目ではないし、ちゃんと擬態出来てる(はず!)だから大丈夫だろうけど。

 まさかあの人があんな人目の多い中であんな話題を振ってくるとは思わなかった。


 それは、どうにか入学式をこなし、さっさと屋敷に帰ろう、と会場を後にしようとしたときだった。


 王立学院の入学式は、とりあえず式典だけをまず行う形式らしく。

 授業の説明やらクラスメイトとの顔合わせやらは翌日以降に行うらしい。

 そんなわけで、入学式が終わってしまえば特に残る必要もなく、シュリは少しでも早くおうちへ帰ってのんびりしたい、とポチを急がせていた、のだが。

 そんなシュリを呼び止める人がいた。



 「久しいな、シュリ」



 覇気のありすぎる、だが妙齢の美しい女性の声に足を止め、シュリは怪訝な顔で振り返る。

 入学式の後に面倒くさく絡んできそうな面々にはあらかじめ、この後ルバーノ屋敷で行われる入学祝いのパーティーに招待しておいたのになんで!?

 そんな思いとともに。


 そうして振り向いた先には、王立学院の学院長にエスコートされ、己の息子の首根っこをつかんで引き連れた某獣人王国の女王の姿があった。

 そんな彼女の今日の姿は、以前会ったときのような無防備なものではなく、艶やかなドレス姿。


 流石は女王様、そういう姿も良く似合うなぁと見上げつつ、シュリは首を傾げた。

 以前会ったとき、彼女は言っていなかったか?

 息子を目的の場所に届けたらすぐに帰る、そんなような事を。

 あれからずいぶん時がたっているが、女王様は自分の国に帰らなくていいのだろうか?


 シュリのそんな疑問を察してくれたのだろう。

 シルバは、母親に襟首を捕まれるという少々情けない姿のまま、



 「本当は、俺を王都に送り届けた時点で帰る予定だったんだ。けど、どうしてもシュリの事が気になったみたいでさ。恩人を捜してるって名目で色々調べさせたら各方面からさくっと情報が手に入って。シュリが俺と同じ王立学院に入学するって分かったら、どうしてもシュリの入学式を見ずには帰れない、って」



 そんな風に説明してくれた。

 それを聞いたシュリは更に首を傾げた。



 「えっと、僕の入学式?? シルバの入学式、じゃなくて?」



 母親というものは、普通は他人の子供の入学する姿ではなく、己の子の入学する姿を見たがるものではないのだろうか?

 だが、シルバは苦笑混じりに首を横に振った。



 「母上が息子の入学式なんかに興味をもつもんか。俺の入学式だけならさっさと帰ってたさ。一応国のトップだし、母上が帰らないと困るヤツもいるしな」


 「別にそんなに困らぬだろ? 私の決裁がどうしても必要な案件などさほど無いし、我が国の宰相は優秀だ。私がいないならいないで、上手くやっていることだろうよ」



 息子の言葉に、ふん、と鼻を鳴らし、それから改めてアンドレアはシュリの方へ目を向けた。

 興味深そうに、面白そうにシュリを上から下まで眺め回した彼女は、



 「ちょっと失礼するぞ?」



 そう声をかけてから、ひょいとシュリを持ち上げた。己の目線の高さとあわせるように。



 「その年で王立学院に入学とは素晴らしい才能だ。力のある精霊も従えていたな、確か。更に言うなら、お前の眷属達の能力も素晴らしい。頭に乗ってるのやら、首に巻いてるのやら、お前が乗っていたのやら、みんな無害な生き物に擬態しているが、かなりの力を隠し持っているだろう? そんな眷属を3体も従えるとは、本当に末恐ろしい子供だ。しかし、お前自身もその能力も魅力的すぎるくらい魅力的だ。どうだ? 将来の話ではあるが、我が国に嫁に来る気はないか?」



 眷属達の潜在能力を見抜いたアンドレアの鋭さにちょっぴり驚きつつ、その口から出た聞き捨てならない単語に、シュリは深く首を傾げた。



 (ん? あれぇ? 今、嫁に来い、って言われた??)



 いやいや、流石に聞き間違いだよね?

 シルバにはきっと姉妹がいるんだよね?

 そう自分に言い聞かせつつ、シュリは一応念の為に確認しておこうと口を開く。



 「お嫁さん? お婿さん、じゃなくて??」


 「いや、嫁だ!」


 「よめ?」


 「ああ!」


 「僕、こう見えて実は男の子なんですけど……」


 「んむ? ああ、大丈夫だ。そこは理解している」


 「なのにお嫁さん??」


 「そうだ。我が息子は少々頼りない部分もあるが、まあ、悪くない男だぞ?」


 「あ、うん。シルバがいい奴なのは分かってる。えーっと、つかぬことをお聞きしますが……」


 「なんだ?」


 「そちらの王国では、同性同士の結婚も推奨されてたりするんでしょーか??」


 「いや、それはないな!」


 「ないの!? じゃあ、無理じゃん。僕がシルバのお嫁さんなんて」


 「シュリは可愛いから女の子で通せないか?」


 「無理に決まってるでしょ!? そりゃあ、今はこんなだけど……。絶賛成長期中だから! すぐに大きくごっつく男臭くなるから!!」



 胸を張り、どーんとシュリは言い切った。

 そんなシュリを、アンドレアは上から下までよーく見て、



 「大きく、はまあ、何とかなるかもしれんが、ごっつく、とか、男臭く、とかは無理だろう?」



 一刀両断に切って捨てた。

 薄々思っていたことを突きつけられ、シュリはうぐぅ、とうめく。

 そして、救いを求めるようにシルバの方を見た。

 そんなシュリの、捨てられた子犬のような視線を受け、シルバもまた、うっとうめく。

 その額を、冷や汗がたらりと流れた。

 彼は、何かを葛藤するように目を泳がせた後、心を決めてシュリを見返す。

 そして、



 「すまん。どうしても男臭くてごっついシュリが思い浮かべられなかった……」



 どこまでも誠実に正直にそう返答し、気の毒そうにシュリを見つめた。

 友人のそんな追い打ちに、シュリは再び衝撃を受け、しょぼんと肩を落とす。



 「気を落とすな。お前はきっと今のまま可憐に成長できるさ。そんなわけで、お前が我が息子に嫁入りするのに、なんの障害もない。遠慮なく我が国に来い。心から歓迎するぞ?」


 「もう! 無理に決まってるでしょ!? 僕、男の子だし! ちゃんとついてるし!! それに、男同士じゃ子供が出来ないからダメでしょ!? 跡継ぎはどうするのさ?」


 「むぅ、確かにそれだけは問題だ。シュリ、どうにかして産めたりはしないか? お前は色々規格外だし、それだけ可愛いんだし」


 「可愛いのと出産にどんな関係があるっていうのさ!? 無理だよ!? 無理に決まってるじゃん!!」


 「そうか。なら仕方ないな。お前に種を仕込んでもらって、跡継ぎはこっそりこの私が産……」


 「「ダメに決まってるでしょ!?(だろ!?)」」



 堂々と妙な画策をする某女王様へ、息ぴったりのつっこみが入る。



 「母上。シュリは確かに可愛いし、男だと分かっていてもその可愛さは何ら変わらないが、俺にはオルフィアという立派な婚約者がいることを忘れないでくれよ? 俺は、オルフィ以外と結婚するつもりは無いからな?」



 はっきりきっぱり男らしく、シルバは母親にそう言いきった。

 アンドレアは、そんなの分かっていたさとばかりにふん、と鼻を鳴らし、


 「我が息子ながら遊び心のないやつめ。バカ真面目なばかりじゃ、男はモテんぞ? まあ、婚約者殿と仲むつまじいのはいいことだがな。しかし、シルバがシュリを娶る気がないなら仕方がない。シュリは私と結婚……」


 「しないよ!? っていうか、僕にも婚約者は(一応)いるし。だから、お嫁にもお婿にもいけません!!」



 矛先はシュリへと向いたが、シュリもきっぱりお断りした。



 「むぅ。やはりダメか」


 「「ダメに決まってるでしょ(だろ)!?」」



 こりない様子のアンドレアに、またしてもシュリとシルバの心からの声が見事にシンクロした。

 そんな2人の反撃に、アンドレアも流石に矛先を納め。

 ほっと胸をなで下ろしてから、シュリは2人に別れを告げる。

 安心しきったシュリは気づかなかった。

 己の背中を見送るアンドレアの目が完全に獲物を見つめる肉食獣の目をしていた事を。



 「……まあ、いざとなったら種だけでも搾り取ればいい、か。あの才能は得難いからな。せめて子供だけでも」



 呟き、舌なめずりせんばかりの母親を、シルバは諦め混じりに見上げる。

 そして、



 (シュリ……お前、おっかない女に目をつけられちゃったな。まあ、俺はお前の味方をするけどな。母上が相手じゃ、どれだけ助けになるかは分からないけど。友達、だしな)



 心の中で、新たに出来た幼い友達にそっと語りかけるのだった。


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