第311話 再会する面々

 丁寧に説明してくれた上級生の教えてくれたとおり、ジュディス達愛の奴隷と別れたシュリは、ポチの背に揺られながら入学式の会場を目指す。

 新入生らしい他の生徒達は、見事なまでにシュリより大分年上で、みんな異色な空気を醸し出すシュリを遠巻きにしていた。


 触らぬ神にたたりなし、といった所なのだろう。

 シュリは、時折ひそひそと聞こえてくる陰口に、1人にまにましつつ、のんびりとポチの背中でその歩みの揺れに身を任せる。

 周囲の生徒達は、そんなシュリを更に気味悪そうに遠くから眺めるのだった。


 そんな中、得体の知れないその生徒に、歩み寄る人がいた。

 恐らく、この学院の教師なのだと思う。

 すらりとした長身の、出るところはしっかり出て、引っ込むところは引っ込んだ、見事なスタイルの大人なその女性は、引っ詰め髪にメガネをかけていてもなお隠しきれない美貌の持ち主だった。

 クールビューティーと言うのがしっくりくるその女性は、冷たい輝きの切れ長な瞳でくしゃくしゃな髪の生徒をロックオンしていた。


 それを見ていた、誰もが思った。

 あの奇妙きてれつな少年は、あの美人教師にこっぴどく叱られるに違いない、と。


 しかし。


 そんな周囲の想像と現実は、まったく違うものだった。

 奇妙な少年の前に進み出た美人教師は、冷たく凍えたその瞳に少年の姿を真正面から移した瞬間、それまで感じさせた冷たさが嘘のような、柔らかな微笑みを浮かべた。

 そして、少年の方へ身を屈めると、



 「遅刻しないで偉いですね、シュリ君」



 言いながら手を伸ばし、少年のもしゃもしゃの髪をそっと撫でる。

 少年はそんな美人教師を見上げ、



 「サシャ先生、おはようございます」



 丁寧に挨拶をし、頭を下げた。

 その現場を目撃した生徒達は思う。

 狼っぽい生き物にまたがり、首にもふもふな生き物を巻き付け、頭の上にトカゲみたいなのを乗せている、そんな非常識な様子に反して、意外と礼儀正しい奴なんだな、と。

 ちょっと感心して遠巻きに見守る生徒達の目の前で、美人教師は少年をじいっと見つめ、愛おしそうに(!?)目を細めた。



 「今日はいつもと雰囲気が違いますね」


 「そうなんです。変ですよね?」



 少年のそんな問いかけに、まずは周囲のみんなが頷く。うん、変だよ、と。

 しかし。

 サシャと呼ばれた美人教師の反応は違った。

 彼女は少年の質問に、まずは少し驚いたような表情をし、それからまじまじと少年を上から下までよーく眺め、解せない、と言わんばかりに首を傾げた。



 「変、ですか?」


 「変、だと思うんですけど、変に見えませんか?」



 美人教師の様子に、少年は不安そうに問い返す。



 「変……そうですね」



 彼女はどう答えようか吟味するように言葉を濁しながら、少年の頭を撫で、頬を撫でる。

 これが教師と生徒が醸し出す空気だろうか、と言いたくなるくらいに甘い空気を垂れ流しながら。



 「変、というか、意外性があっていいと思いますよ? いつものシュリ君と違っていて、なんというか、新鮮です。こういうシュリ君も、先生は好きです」



 彼女はうっとりを少年を見つめて答える。

 いや、どこにうっとりする要素が、と周囲の生徒達は心の中で叫ぶが、その声はもちろん届かない。


 美人教師にうっとり見つめられ、例の少年はさぞかし喜んでいるだろうと視線を移すと、大衆の予想に反して少年はしょんぼりしていた。

 なんで、とその他大勢も思ったが、同じ事を美人教師も思ったようで。



 「シュリ君、元気がないみたいですけど、大丈夫ですか? 体調が優れないようでしたら、入学式はサボ……いえ、休んで、保健室に行きましょうか? もちろん、先生が付きっきりでお世話しますから寂しくないですよ?」



 少年の顔をのぞき込みながらそんな提案をする。

 ちょっと先生の方の欲望が透けて見えたが、まあ、許容範囲だろう。

 面倒な式典を休む口実が出来て喜ぶ場面のような気もするが、非常に不真面目そうに見える少年は生真面目に首を横に振った。



 「先生、僕なら大丈夫です。でも、心配してくれてありがとうございます」


 「そう、ですか?」


 「はい。じゃあ、僕、そろそろ行きますね?」


 「そう、ですね。いえ、でも、入学式の会場まで私が送って……」


 「大丈夫ですよ。もう子供じゃないんですから」


 (いや、どうみたってまだ子供だよ!?)



 にっこり笑って答える少年に、周囲の心のつっこみが入る。

 が、まあ、当然の事ながらシュリがそれに気づくことなく。

 名残惜しそうに去っていく美人教師と、律儀にそれを見送る少年の姿に、周りの生徒達の心の声が重なる。



 (なんか、思ってたより真面目でいい子なんだな。あんな見た目なのに)



 そんな風に。

 こういうのを、ギャップ萌えとでもいうのだろうか。

 周囲のシュリへの好感度が1上がった。


 結果、彼らの胸が一様にキュンとする、という怪現象が引き起こされる。

 問答無用の胸キュンの嵐に巻き込まれた者達は、みんな不思議そうに胸を押さえ、これまた不可解そうにその原因となった変わり者臭ハンパない少年を眺めるのだった。


◆◇◆


 サシャ先生の後ろ姿を見送り、シュリは思う。

 やっぱり、少しでも好感度が上がっちゃってる人には、なにをしても効果がないんだな、と。

 サシャ先生からは、望んだ反応は得られなかったが、周囲の視線は相変わらず冷たいままなので、まあいいか、と思いつつ、ゆっくりゆっくり進んでいると、



 「あれ? その匂いはシュリ?? えっと、シュリ……だよな??」



 戸惑い混じりのそんな声がかかった。

 聞き覚えのある声に振り向くと、王都への旅の途中で知り合った獣人の少年の姿が目に入ってきた。

 彼は、ちょっと不審そうにシュリを見つめつつ、



 「おまえ、シュリナスカ・ルバーノ、だよな? その匂いは確かにあいつのものなんだけど、そんな見た目だったっけ? もっと、なんていうか、可愛い感じだったような」



 解せない、というようにまじまじとシュリを見つめてくる少年の名前はシルバリオン。

 獣人の王国の、王子様、らしい。全然それっぽくないけど。

 まだシュリの影響力の効果が甘い彼の目には、今のシュリがきちんと変てこりんに見えているようだ。

 その事実ににんまりしつつ、  



 「久しぶり、シルバ。この格好は、ちょっと事情があってさ。あんまり突っ込まないでくれると嬉しいかな。近くにいるのが嫌だったら離れててもいいよ?」



 軽くそう説明し、あえて彼から距離をとろうとしたら、



 「なにいってんだ。お前がシュリだって確認できればそれでいいんだよ。どんな格好をしていようと、お前はお前だろ? なら、わざと離れる理由なんてないさ」



 ふん、と鼻を鳴らしそう言いきると、彼はシュリの横にぴたりとくっついて歩き始めた。

 それを見ていた周囲の者達が、分かりやすくざわざわし始める。



 「あいつ、あの変なのと知り合いなのか? あんなに堂々と親しげにして。恥ずかしくないのか?」


 「中々かっこいいのにアレと知り合いなのね。ちょっと残念」



 そんな声が耳に届いて、ちょっぴりシルバに申し訳なく思う。

 己の評価が下がるのはいい。でも、友人や周囲の人の評価を引きずり落とすのは、シュリの本意では無かった。

 やっぱり離れて歩こうかなぁ、と思っていると、それを見透かしたように、



 「周囲になんて言われても気にならないから気にすんな。人の本質は見た目じゃない。見た目でしか判断できないような奴らより、お前と友人でいられた方が、ずっと有意義な学生生活をおくれるさ。それに、俺はこの学院で、本国では学べない事を学ぶために来たんだ。ただ群れるだけの友達なんて必要ないし邪魔なだけだ」



 シルバはそう言って、シュリの頭をぽふぽふと撫でた。

 そして、お、思っていた以上にさわり心地がいいな、と嬉しそうな声をあげる。

 そんな彼を見上げながらシュリは思った。シルバは見た目もイケメンだが、中身もイケメンだなぁ、と。


 入学早々、というか正確には入学よりも前だが、中々に高スペックな友人ができちゃったなぁ、と思いつつ、2人で並んで歩いていると、



 「あ、ねぇ。あれ、シュリじゃない?」


 「う、うそだろ? あ、あれが?」



 鈴を転がすような少女の声と、声変わり前の少年の声が聞こえた。



 「絶対にそうよ。ほら、あの綺麗な銀髪は見間違いようがないわ」


 「綺麗なって、くっしゃくしゃじゃないか!? どこをどう見て綺麗って感想が出てくるんだよ!?」



 やはり聞き覚えのある2人のその声に、シュリは足を止め、振り返る。

 もちろん、並んであるいていたシルバも足を止め、シュリと同様、声の主の方へ顔を向ける。



 「ちんまくてそっくりなあの2人組はお前の知り合いか?」


 「ん? うーん、王都に来る途中にちょっとね?」


 「なんだ。俺たち以外にも人助けをしていたのか。流石だな、シュリは」



 そんな話をしながら、2人が追いついてくるのを待つ。

 その間も、



 「ほら、シュリってば相変わらず可愛い顔をしていると思わない? アズラン」


 「いや、あれのどこをどう見て可愛いって感想が出てくるんだ!? 変だろう、どう見ても。なんだよ、あのぐるぐるしたヤツは? ファッションか? アレが王都で流行ってるファッションだとでも言うのか!?」


 「ぐるぐるしたのもだけど、髪型も斬新よね。新しいわ」


 「斬新ってレベルなのか!? あれ!?」



 美しい金の竜眼を持つ双子達は、以前会った時と同様、非常ににぎやかだ。

 シュリはそんな2人を、微笑ましく見守る。

 相変わらず楽しい姉弟だなぁ、と。

 そうこうしているうちに、2人はあっという間にシュリとシルバの所へ追いついてきて、



 「久しぶりね、シュリ。私のこと、ちゃんと覚えてるかしら?」



 腰を屈めたファランが、自分より小さなシュリの首に腕を回してぎゅうっと抱きしめる。



 「もちろん、覚えてるよ。ファラン」



 シュリも答えながらそっと抱き返した。

 離れ際、ファランの唇がシュリの頬に触れ、ちゅっと可愛らしいキス。

 それを見たアズランが、



 「なっ!? きっ、きすぅっ!?」



 分かりやすく動揺していて面白い。

 まだ少女のような愛らしさを残す少年の顔は、みるみるうちに真っ赤になった。



 (アズラン、純情だなぁ)



 そんな少年の様子に、シュリはちょっと胸をほっこりさせ、姉のファランはからかうように、



 「アズランってば、相変わらずお子ちゃまね。こんなのキスのうちに入らないわ。挨拶よ、挨拶。ねぇ、シュリ?」



 そう言って、シュリに話を振ってくる。



 「そっ!?」



 そうなのか、とも、そんなことないよな、ともとれる言葉を発して、アズランがばっとシュリを見る。

 純情な少年の振りをするべきか悩む場面だが、そうするとずっと演技しなきゃいけないし、面倒くさい。

 それに、ここにいる3人とは、友達として仲良くしていけたら嬉しいと思っていた。そんな相手に嘘をつくべきじゃないだろう。

 だから、シュリは素直に正直に答えることにした。



 「うん。このくらいのキスは挨拶だよ。ねぇ?」



 そう言って、味方を求めてこの中では1番年長であろうシルバに振る。

 当然のことながら、余裕の態度が返ってくると信じて。

 しかし。



 「は? な、なんで俺に……っ、そっ、そそそ、そうだな。き、ききき、きすは、挨拶かどうかって、こ、ことだよな?」



 シルバは分かりやすすぎるくらい分かりやすく動揺していた。

 そんなシルバを見た瞬間思う。



 (あ、振っちゃいけない話題だったみたいだね、これ)



 と。

 だが、シルバにも年上の男の子のプライド的なものがあったのだろう。

 彼は赤い顔をして微妙に目を泳がせつつもきちんと答えてくれた。

 しっかりばっちり虚勢を張って。



 「んんっ、こほん。……そうだな。俺もそのくらいのは、挨拶の範疇だと思うぞ。うん。挨拶だな、挨拶」



 そんな風に。

 全く、ちっとも信憑性は無かったが。



 「そちらのお兄さまはシュリのお知り合い?」


 (……こらこら、その、新しいおもちゃみぃつけた、みたいな顔はやめなさいって)



 舌なめずりしそうなファランの顔を見ながら、シュリは内心突っ込む。

 突っ込みつつも、



 「うん。僕の友達だよ。ね、シルバ」



 ファランの質問への答えはきちんと返しておく。



 「ああ。シュリの友人のシルバリオンだ。そっちもシュリの友人なら、遠慮はいらない。俺のことはシルバと呼んでくれ」



 若干手遅れ感はあるものの、シルバはきりりと表情を引き締めて簡単な名乗りをあげる。

 それを受けたファランは、ちょこんとスカートを摘んで、小さなレディとして恥ずかしくない仕草で頭を下げた。



 「ご丁寧にありがとうございます。私はファラン、こっちは双子の弟のアズランですわ。同級生のようですし、シュリの友達同士、仲良くしていただけると嬉しいですわ」


 「こっち言うな。紹介の仕方が雑すぎだろ!? あ~、僕の名前はアズラン。シュリとは別に友達って訳でもないけど、まあ、同級生みたいだし、よろしく頼む」



 ファランに噛みつきつつ、アズランもそう返してわずかに頭を下げ。



 「おう。よろしくな。ファラン、アズラン」



 最後にシルバがにっかり笑ってその場をしめた。

 シュリはにこにこと、そんな3人の様子を見ていたが、ふと気づくと周囲から生徒の姿がほとんどいなくなっていた。

 シュリはこの後に控えている入学式の事を思い出し、



 「そろそろ僕達も行こう? 急がないと」



 みんなにそう言うと、それを聞いていたポチが少し急ぎ足で歩き出す。



 「そうだな。急ごう」


 「そうね。急ぎましょう。遅れないでよ? アズラン」


 「ファランの方が俺より歩くの遅いだろ!? ほら、急ぐぞ」



 周囲の人気の少なさに流石に危機感を抱き、シュリを先頭に4人は一塊になって会場を目指す。

 そして、どうにかこうにか時間前に会場に滑り込み、揃って胸をなで下ろすのだった。 

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