第310話 入学式へ向かう途中で

 ばたばたと屋敷を出て、馬車に揺られることしばらく。

 それほど時間をかけずに王立学院に着いた馬車から降りたシュリは軽く伸びをした。


 今日の馬車の人口密度がすごくて、暑いし窮屈だしで大変だったのだ。

 とはいえ、シュリのお尻は常に誰かの膝の上に乗っていたのだが。


 本日の入学式、シュリは1人で行こうとしたのだが、一応貴族の子息なのだしそれはどうだろうという話になり。

 じゃあ、誰がついていくかという話し合いがとにかく白熱した。

 しまいには取っ組み合いの喧嘩になりそうになったので、シュリが妥協したのだ。

 仕方ないからみんなで行こう、と。


 そんなわけで。


 今日のシュリの愛の奴隷達はみんな一張羅に身を包み、分かりやすくにこにこである。


 ジュディスは今日のために仕立てたのだという、体にぴっちりしたスーツ姿。

 新たに雇い入れた、元洋服屋さんのセバスチャンに特注して作ってもらったものだ。

 なので、ジュディスの要望が各所に反映されて、無駄に色気がダダ漏れの作りになっている。

 スカートだって……っていうか、あんな長さで果たしてちゃんとパンツは隠せているのだろうか?

 因みに、背が低くて目線が低いシュリからは、正直丸見えである。

 シュリの視線がちらりと上を向くたびにジュディスが甘く微笑むので、恐らく確信犯なんじゃなかろーかと思う。


 シャイナとルビスは、安定のメイド服。

 メイド服自体は特に新調してはいないようだが、その分下着にお金をかけました、と2人は得意そうにしていた。

 いや、下着にお金をかけたって見る人いないでしょ、と思ったのだが、シュリの目線が低いからか、こちらもばっちり見えていた。

 肌の色が透けそうなほどに薄い太股までの靴下をはき、それをガーターベルトで留めている。

 その奥の下着はガーターベルトと同じ色で、レースを主に作られているようで、これまた生地が薄い。

 なにもかもが透けて見えそうなその下着を見ながら思う。

 それで一体なにを守っているというのか。いろいろ丸見えだよ!?

 ……と。



 (いや、2人とも。もっとちゃんと守ろうよ!?)



 そんなシュリの心の突っ込みは、もちろん2人には届かない。

 2人は白と黒、色違いの下着をシュリに見せつけつつ、満足そうに微笑んだ。

 因みに、白がシャイナ、黒がルビスである。

 まあ、ルビスは背が小さいので、スカートの中はほぼ見えないけれど。

 ただ、それをいうとスカートをめくり上げて大股を開いて見せつけてきかねないので、シュリは賢く黙っていたが。



 (こんなことなら、あっちの世界の下着事情の話なんてしなきゃ良かったなぁ)



 そんなことを思いながら、シュリは遠い目をする。

 こちらの世界にももちろん、下着は元々存在するが、非常にシンプルなモノだった。


 特に、胸の方は、あっちの世界でのスポーツブラを更に劣化させたようなモノしか無く、元は女性のシュリとしては、もっと女性に優しい下着を開発できないものか、と常々考えてはいたのだ。


 しかし、ただ漫然とどこぞで適当に購入した下着をつけていただけの身に、前世の下着の細かい作りについての知識があるはずもなく。

 何とかならないかなぁ、と思うだけの日々を、ただ浪費しているだけだった。


 だが、先日、縫製の知識のある人物を雇い入れた事で、事情は劇的に変わった。

 華美なものでなくても、もう少し機能的な下着をどうにか作り出せないかと、セバスチャンとオーギュストに相談してみたところ、2人はかなり乗り気になり。

 シュリの話から想像を広げて何点もの試作品をあっという間に作り上げてくれた。


 試作品の中で、1番良かったものをベースに2人は寝る間も惜しんで更に開発し、できたものを屋敷の女性陣に配って身につけてもらうことにした。

 彼女達の感想や意見をまとめて更にブラッシュアップし、ごくシンプルな下着の上下が出来上がったのだ。


 それだけでも十分だったのだが、そこへ更なる革命を持ち込んだのがオーギュストだった。


 細かい作業が得意だと言っていた彼は、手編みのレースを使って下着を美しく作り替えた。

 素材に関しても妥協せず、悪魔の力を惜しむことなく使い倒して素材集めをして、最高級の手触りのレースを作り出したのだった。


 おかげで、ルバーノ家の女子達の間では、様々なデザインの華美な下着が流行っている。

 オーギュストは、天職を得たとばかりにほくほくである。


 そんな彼の腕を買って、ジュディスが下着のブランドを立ち上げ、商売を始めようとしているようだが、まあ、それで世の女性が喜んでくれるならまあいいか、と黙認していた。

 とりあえず、高級志向の商品と、庶民が購入できる値段帯の商品、両方のラインナップを揃えるよう、アドバイスだけはしておいたが。

 高貴な女性だけでなく、一般市民にも使い心地のいい下着を堪能してもらえるように。


 そんなわけで、愛の奴隷達の下着も丁寧に作り込まれた見事なものばかりだが、服装で勝負出来なかったシャイナとルビスは、とにかく下着に情熱を傾け用意した、そういうことのようだった。


 確かに、レースの美しい、芸術的なまでの下着だが、守るべき部分までレースにしちゃうのはどうかと思うのだ。

 まあ、目線が低くなければ見えないと思うのだが、誰かが間違ってすっ転びでもしたらどうする気なのだろうか。

 オーギュストも、新たな試みを追求するばかりでなく、少しは自重してほしいものである。

 下着である以上、せめて大切な部分だけは守れるものであって欲しい、とそんな風に思うシュリなのだった。


 ふぅ、と小さく吐息をもらし、シュリは残る2人に目を向けた。

 カレンはセバスチャンがデザイン・作成したルバーノの兵士の為の軍装で、アビスはいつもの通りの執事服。

 2人とも、ちゃんと足を隠してくれているのでシュリとしては安心して見ていられる。

 セバスチャンと相談して魔改造したのだろうが、胸を強調するデザインなのは少々大目に見て上げよう。

 布に包まれているからセーフである。

 隠されると、よけいにエッチな感じがする、という異論は認めない。

 セーフといったらセーフなのである。


 そんな、張り切りまくった女性陣に囲まれたシュリは、正直言って悪目立ちしていた。

 だがいいのである。

 今日のシュリは、目立っても人に迷惑はかけないですむ(はずだ)。

 むやみやたらと人を魅了してしまう羽目にはならない(だろう)。

 そう信じて、シュリは堂々と前へ進む。


 因みに、前回お留守番をさせて失敗したペット達は、勝手に悪さされるよりはということで、今回はみんな同道させていた。

 人の姿ではなく、きちんとペットらしい、というか眷属らしい姿で。


 ポチはそこそこ大きな姿で、シュリをその背に乗せて得意そうに胸を張って歩いている。


 タマは、小さめな姿になって、首に巻き付いてもらった。

 少々暑いが仕方がない。

 巻き付いたまま、いつもの如く寝ているのだろう。

 くぅくぅと、可愛らしい寝息が聞こえてくるのが微笑ましい。


 イルルはシュリの頭の上だ。

 くしゃくしゃにセッティングされた鳥の巣頭の居心地はいいようで、小さな火トカゲはご満悦な様子で鼻歌を歌っていた。


 まあ、ご機嫌なのは良いことだよね、そんな風に思いつつ、シュリは周囲を見回す。

 入学式に参加するのに、流石にぞろぞろと5人もの従者を引き連れて行くわけにもいかないだろう。

 それは他の人も同様だから、どこかに従者の為の控え室みたいなのがあるはずだ。


 そう考えて、シュリは生真面目そうな顔で全体を見守っている上級生をロックオンした。

 あの人なら、きちんと質問に答えてくれそうだぞ、と。



 「ポチ。あの人の所へ行ってくれる? ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 「わふっ」



 シュリの言葉に、ポチがきちんと犬らしい鳴き声で答えて進路変更する。

 それに伴い、シュリを取り囲むちょっと頑張りすぎた美人5人衆もぞろぞろと付いてきた。

 周囲がざわざわし、いつもなら目立たないように小さくなるところなのだが、今日のシュリはご満悦だ。

 なぜなら、



 「すっげぇ美人揃いだな~。しっかし、あんな美人がなんであんな冴えないガキんちょについて歩いてんだ?」


 「どうせ金にものを言わせて雇われてるんだろ? そうじゃなきゃ、あんな美人が5人も、あんなダメそうな子供に従ってるわけないって」


 「お金もらって雇われるにしても、もうちょっとご主人様は選びたいわよね~。私だったら、せめてもうちょっと身綺麗にしている人に雇われたいわ」


 「あの頭、ちゃんと洗ってくしを通してるのかしら? 不潔な感じよね。なんか臭そうじゃない?」


 聞こえてくるのはそんな声ばかりで、シュリを賞賛するような言葉が一切聞こえてこなかったからだ。



 (よしっ! いい感じだぞ。屋敷のみんなの反応が微妙だったから心配だったけど、この調子なら、新たな犠牲者を出さずに王立学院で過ごしていけそうだ)



 シュリはぐっと拳を握り、その口元をにへりと緩める。

 そんなシュリの様子に気付いて、



 『シュリ、みんなに悪口を言われておるのにご機嫌じゃの?』



 イルルが念話でそんな言葉を伝えてくる。

 シュリは苦笑して、



 『いいんだよ。悪口を言ってもらおうと思って、こんな格好してるんだから』



 同じく念話でそう返した。



 『むぅ、そういうもんかの? 妾はちょびっとむかっとしたぞ? あんなわっぱ共が妾のシュリを悪く言うなど、100年早いのじゃ』


 『まあ、僕の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、周りの人がなにを言ってもなにをしても、手とか口を出しちゃダメだからね?』



 イルルは不満そうだが、シュリはそんなイルルにしっかりと釘をさしておく。

 イルルは不機嫌そうに鼻を鳴らして唇を尖らせた。



 『わかっておるわ。そういう約束で連れてきてもらったんじゃからな。しかしな~、あそこの小娘は匂いを嗅ぎもせんでシュリの頭が臭いと言っておるが、全然臭くないのにの。むしろ、すっごくいい匂いじゃもん』


 『いいんだよ。そういうのは、イルル達だけが分かってくれてれば。他の人がなにを言おうと、僕は気にならないしね。僕がいい匂いだって分かって、みんなが僕の匂いを嗅ぎに来たら、イルルだって落ち着かないでしょ?』



 シュリが言うと、イルルは目から鱗が落ちたとばかりに、



 『む? 確かに、それはそうじゃの。じゃあ、シュリの頭がいい匂いなのは妾達だけの秘密にしておくのじゃ』



 そう言って素直に頷いた。



 『うん。それがいいと思うよ。じゃあ、入学式が終わって屋敷に帰るまでお利口にしててね?』



 シュリもそう返し、念話を終える。

 そして、気が付けば目の前に迫っていた生真面目そうな上級生の顔を見上げた。

 なんだか少し前からすごく凝視されているような気がするが、たぶん気のせいだろう。

 目の前のこの上級生とは、初対面だと思うし。



 (たぶん、初対面だよなぁ?)



 小首を傾げながら見つめ、



 「ちょっとお伺いしてもいいですか?」



 ついついいつもの調子で問いかける。

 そして、目の前の上級生が思わずという風にこぼした呟きに、かちっと固まった。



 「あ、声は可愛いんだ」


 (し、しまったぁぁぁ!!)



 上級生の言葉に、内心頭を抱える。

 今のシュリにとって、可愛いはNGワードである。

 このままではいけない、とシュリは高速で頭を回転させる。そして、でた結論は……



 「あ゛~、ん゛ん゛。従者が5人いるんですが、どうしたらいいんでしょう? あと、眷属は一緒に連れて行ってもいいんですか?」



 単純に声にドスをきかせる、というものであった。

 シンプル・イズ・ベスト、である。

 しかし、相手も一筋縄ではいかなかった。



 「見た目はともかく、言葉遣いはちゃんとしてるんだな。小さい子が礼儀正しいのって、なんだか無条件に可愛いものだね」



 ドスを利かせたはずなのに、なぜだかほっこりされてしまったようである。

 そして、またしても可愛い評価!!



 「くっ、そうくるとは!」



 思わずうめくようにそうこぼし、シュリは次の策を考える。

 丁寧な言葉がダメなら、丁寧じゃない言葉を使えばいい、と。

 そう考えて、シュリは脳内から悪そうな言葉遣いを必死にかき集める。



 (んーと、ヤンキーとかヤクザの口調……。っあ゛~っ、もっと桜と一緒に極妻とか観ておくべきだった。面白いから観ようって、あんなに誘われてたのに)



 前世の己の選択に後悔しつつも、あまりのんびり考えている訳にもいかないので、考えながら口を開く。



 「んーと、あ~、僕……」

 言い掛けて、シュリははっとする。

 ここで「僕」はないだろう、と。

 ここの一人称は「俺」でいくべきじゃないだろうか、そう思いついて。



 「いやっ! お、俺の、えーと、女(スケ)? が5人いるんだけどよぉ、こいつらはどうすりゃあいんだ? それから、んーと、俺の可愛い・・・・・・トカゲ共? は連れてっていいんだろうな? あ゛あ゛?」



 正直、正解が分からない。

 でも女の人をスケって呼ぶ言い方は確かあったような気がする。無かったとしても、言っちゃった以上押し通すけど。

 眷属をどう呼んだら悪ぶって聞こえるかはどうしても思いつかなくて、結果、トカゲ共って表現になってしまった。

 ペットっていうのも、違う気がするし。

 一応、最後にもう1度ドスを利かせてはみたが、果たして効果の程はいかほどか。


 シュリは恐る恐る目の前の上級生を見上げた。

 彼は返事を返すまでに一呼吸おいた。恐らく、面食らっていたのだとは思うけど。

 噴出しそうになるのをこらえているように見えたのは、きっと気のせい。うん、気のせいのはずだ。


 彼はシュリが最初に期待したとおり、微妙な顔をしつつも、きちんと的確な答えを返してくれた。

 そして的確な返答をもらい、シュリはいつものクセでついつい頭を下げてしまった。

 ありがとうございます、と。

 己の今のキャラ設定の事など、綺麗さっぱりすっかり忘れて。


 すると、頭の上から聞こえたのは、くすっと笑う上級生の声。はっとして見上げれば、彼は微笑ましいものをみるようにシュリを見つめていた。

 これはいかん、とシュリは慌てて口を開く。



 「せっ、世話になったなぁ。だが、礼は言わん!」



 ふんぞり返って偉そうに、出来るだけ感じ悪く。

 これで少しは挽回できたに違いない。違いない、と思いたい。


 そんなことを思いながら、シュリはジュディス達に指示を与えておく。

 上級生が教えてくれたとおり、従者用の待合所か、一般参列者用の席で大人しくしているように、と。

 そして再び上級生の方へと向き直ると、



 「それじゃあ、もう行きま……」



 うっかりさっきと同じ轍を踏みそうになったので、慌てて言葉を切り、



 「げふん! もう、俺は行く!! うざいからこっち見んじゃねぇ!」



 言い直してはみたものの、我ながら、目指すキャラがよく分からない事態になっていると、少々落ち込んだ。

 うざいとか言われて怒ってないだろうか、とちらりと上級生を見上げれば、彼は何かをこらえるような顔をしていたが、すぐに平常心を取り戻し、外向きの笑顔をシュリに返すと、



 「君も、いい入学式を」



 そう言って見送ってくれた。いい人である。

 いい人だなぁ、と思ったら、またまたうっかり「ありがとう」と言いそうになって、シュリは慌ててその言葉を飲み込む。

 あ、の形になった口のまま、誤魔化すように顔を背け、シュリはみんなと一緒にその場を離れた。



 (僕、これからもあんな感じの口調で通さないといけないのかな)



 見た目だけ変えればなんとかなると思っていたが、現実はそう簡単なものでもないらしい。

 むむぅと唇を尖らせ、この先ずっと変な子の仮面をかぶり通せるだろうか、とちょっぴり不安を感じつつ、シュリはとりあえず、せめて今日の入学式だけでも何とかやり通そうと、気合いを入れ直すのだった。

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