間話 『猫の遊び場亭』改め『キャット・テイル』にて④

 「……中々来ないねぇ」


 「シュリ様をこんなにお待たせするとは。帰りますか、そろそろ」


 「いやいや、折角ここまで来たんだし。もうちょっと待とうよ。アビスも落ち着いて。ほら、僕の隣に座ったら?」


 「いえ。私はシュリ様の執事ですから。主の後ろにぴしりと立って控える。それが執事というものです」



 表面には出さずともイライラしているのが丸わかりのアビスに苦笑していると、なにやら階段を駆け下りてくるような音が聞こえ、直後、食堂のドアが壊れんばかりの勢いで開いた。



 「シュリ、いるのか!?」


 「シュリ、いるの!?」



 駆け込んできた二人は鬼気迫る様子で食堂内を見回し、そこにシュリの姿を見つけるとぱあっと顔を輝かせた。

 そして、競争するようにシュリを目指す二人を見つめつつ、



 「アビス、じっとしてて。僕の執事なら、こんなことくらいで動じちゃだめだよ」



 背後で動きそうになったアビスに念話で釘をさす。



 「ですが」


 「おりこうにしてられたら、後できちんとご褒美をあげるから。ね?」


 「ご、ご褒美……約束ですよ?」


 「うん。約束」



 不満そうなアビスを己をエサにして黙らせて、シュリは母と娘の勝負の行く末を見守った。

 若さの点で優位に思えたジャズだが、いくらブランクがあろうとも高ランクの冒険者をしていたナーザの敵では無かったようで。



 「シュリ、会いたかったぞ!」



 娘を悠々と抜き去り、シュリを軽々と抱き上げたナーザは、腕の中の小さな体を豊かな胸にむぎゅうと抱きしめた。



 「久しぶり、ナーザ。元気そうで良かった。ハクレン、追い出しちゃったんだって?」


 「ん? 耳が早いな。ジャズからか? だが、追い出したとは人聞きが悪いな。まあ、私にもう夫は必要ないし、ジャズも父親がいないとダメな年頃じゃない。それに引き替え、あっちは乳飲み子を含めた子供5人だろう? どう考えたって奴を必要としているのはあっちだから、快く譲ってやったんだ」


 「そっかぁ。浮気が許せなかった訳じゃなくて?」


 「浮気はまあ、仕方ないとは思ってる。私もあいつの相手をしなくなって随分たつからな。奴に悪いとは思ったが、ジャズを授かってからめっきりそういう気分がなりを潜めてしまってなぁ。だが、まあ、男という生き物はそうじゃないということは分かるし、私が応えてやらなかった分を他に求めたとしても、奴を責められないと私は思っている。出来ればもっと早く浮気を申告して、さっさとあっちと所帯を持ってくれた方が楽だった、とは思うがな」



 相手の女性には悪いことをした、とまじめな顔でナーザが言う。

 彼女の中には、相手の女性への同情心はあっても、ハクレンを可哀相に思う気持ちは皆無のようだ。


 悪いのは、もちろんハクレンなのは分かってはいるけれど、彼がナーザをとても好きだったことは知っているので、ちょっぴり同情してしまう。


 だが、ナーザと別れて相手の女性と婚姻関係を結んだわけだから、今後はナーザのことを早く忘れて相手の女性と子供達を幸せにしてあげて欲しい。

 そういう意味では、会いたいと望むハクレンを突っぱねるナーザの態度は間違っていないのだろう。


 そんなことを考えていたら、温かくて柔らかな何かに唇がふさがれた。

 唇を割り、ぬるんと入ってきた熱い舌がシュリのそれを難なく捕まえ、情熱的に仕掛けてくる。

 抜かりのない大人な指先は、こっそりシュリの足の間を探ってきたが、もちろんそこがエキサイトしているような事はなく。


 なにしてるのさ、という意味を込めてつかんだ彼女の服をきゅっと引くと、唇をあわせたまま器用にも、ナーザはにぃっと笑い、そこが役に立たない不満をぶつけるように更に激しいキス。

 仕方ないなぁ、とシュリは難なくそれを受け止めて、長いキスを終わりへと導いていく。

 「んっ、ふぅ……やるな、シュリ。流石は私の男だ」



 濡れた唇をなめ、ナーザは熱く潤んだ瞳でシュリを見つめる。

 その言葉を聞いてシュリは、何か聞き捨てならないことを聞いたぞ、と首を傾げた。



 「ん? 誰が、誰の、男だって??」



 それを受けて、ナーザがにっこり笑う。



 「お前が、私の、男……だろ?」


 「えーっと、そういう関係になった覚えはないんだけど……」


 「人妻はダメだとお前は言っていたが、今の私は人妻じゃないし、お前が好きだ。お前も、私のことを嫌いじゃない。そうだよな?」


 「まあ、嫌いじゃないけど……」



 ずるい聞き方だなぁと思いつつ、シュリは答える。

 ナーザの事はもちろん嫌いじゃないし、むしろ好きだとは思うけど、だからって一足跳びにナーザの男になったつもりもなるつもりもない。

 ない、のだが。



 「私も晴れて独り身だからな。もうお前と私の間を阻むものは何もないわけだ。なんだったら、今から上で私の腹に子種を仕込んでいくか? ジャズも最近兄弟が一気に5人ほど増えたが、まあ、後2、3人増えても問題ないだろうしな」


 「いやいや、子種とか言われてもさ」



 シュリは苦笑しつつ、ナーザの顔を見上げた。

 子種を仕込めと言われても、それを発射する為の体の準備が整っていない。

 シュリの成長が遅いのかもしれないが、そういった兆しはまだ全然ないのである。

 まあ、年齢から考えれば年相応だとは思うのだが。


 そんな状況だから、宿の空き部屋に連れ込まれたところで、ジャズの兄弟どころの話ではない。

 自分にそういった話はまだ早い、とどうやって伝えようかなぁと目ををキラキラ……いや、ギラギラさせるナーザの顔を見上げていると、



 「もう! お母さん、ダメだよ!! シュリはまだ小さいんだから、ちゃんと大きくなるまで待とうねって話したじゃない」



 横から伸びてきた手がシュリをさらい、そのまま守るようにぎゅっと抱きしめた。



 「いや、だがな? もしかしたら会わない間に劇的な成長を見せたかもしれないし、確かめてみないと分からんだろう?」


 「ま、まあ、シュリは成長期だし、それは確かにそうかもしれないけど。でも、お母さん、確かめてたよね?」


 「ん? 何のことだ?」


 「とぼけてもダメだよ? さっきこっそり触って確かめてたの、ちゃんと見てたんだから! ね、サギリ」



 ほら、ちゃんと答えて、と迫るジャズの勢いに、サギリは目を白黒させながら、



 「え、えーっと。ソウデスネ?」



 どうにかそんな答えを搾り出す。

 短くはあったがどうにか及第点をたたき出せたらしく、ジャズは『ほらね』とナーザの方を見た。



 「むぅ」



 シュリを胸に抱いた愛娘の叩きつけてきた正論(?)に、まんまとやりこめられたナーザは、小さく唸って口をつぐむのだった。

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