第300話 怒れるお姫様の訪問劇①
シュリが王都に来て、数週間が過ぎたある日。
王城の一角で、特大の癇癪が爆発した。
爆発元は、ピンクの髪も鮮やかな、非常に愛らしいお姫様。
被害者は若干二名。
お姫様の護衛隊長とお姫様お抱えの隠密の二人である。
幸いなことに、王様とお后様は公務中だったため、被害を免れた。
女性ではあるが、たいそうイケメンな護衛隊長・アンジェリカは、王と王妃が巻き込まれなかったことに胸をなで下ろす。
それから改めて主の前に膝をつき、彼女の言葉に耳を傾ける事をまずは態度で示した。
とりあえず、彼女の癇癪の理由をきちんと聞かなくてはおさまらないだろうと判断したからだ。
一方、姫直属の隠密・アズサは主の癇癪にわかりやすくワタワタしていた。
隠密なのに全く落ち着きが感じられないが、ひとたび仕事に入ればスイッチが切り替わるように冷静な仕事ができる、優秀な人材である。
今は仕事中ではないため素のままの彼女が表に出ており、情けない感じに仕上がっていたが。
そんな二人を前に不機嫌な顔を隠そうともしない人物。
ピンクの髪にピンクの瞳、この上もなく愛らしい顔立ちのその少女こそ、彼女達の主でありこの国の王女・フィフィアーナ姫だった。
彼女は愛らしい顔立ちに似合わぬ絶対零度の瞳で、己の隠密を見つめた。
「ねえ、アズサ」
「はっ、はひっ」
「シュリナスカ・ルバーノが王都に到着し、屋敷に入ったと連絡を受けたのはいつだったかしら?」
「そ、そそそそ、そっすね。い、一・二週間は前、だったような……」
「一・二週間……? そんなものだったかしら?」
「ひぃっ!! すっ、すみませんっす! もう少し……三週間くらいは前だったかもしれないっすぅぅっっ!!」
地を這うような姫の声に、アズサは震え上がり、頭を抱えてぷるぷる震える。
そんなアズサをアンジェは気の毒そうに見やり、庇うように少し前に出た。
「姫様。せっかくシュリ君が王都に来て楽しみにしていたのに、ちっとも会いに来てくれなくてご機嫌が悪いのは分かります。私だって、正直、何ですぐに会いに来てくれないのかと思わないでもありません。ですが、シュリ君も進学の準備できっと色々忙しいんじゃないか、と」
私はしっかり姫様の気持ちを理解してますよ、と言わんばかりににっこり笑いかけたのだが、
「あんな奴が王都に来るのを、誰が楽しみにしてたですって? バカな事言わないでよ。ちっとも楽しみなんかじゃなわ。私はただ、王都に来たくせに、きちんと挨拶に来もしないあいつの不義理に憤ってるのよ!! 一応は貴族なわけだし、お父様やお母様にも面識があるっていうのに、王都に来て挨拶の一つも無いってどういう事よ!?」
その笑顔にも、お姫様の怒りを静める効果は無かったようだ。
「貴族、ではありますが、一地方貴族ですし、王都に来たからといってわざわざ登城してまで挨拶はしないんじゃないでしょうか? そういう慣例も無いですし。第一、進学して王都に出てきた貴族の子弟がすべて陛下に挨拶をとなったら、大混乱になっちゃいますよ?」
姫様の言いがかりにも近い言い分に、アンジェがきまじめに正論を返すと、フィフィアーナは大層不満そうにほっぺたを膨らませた。
アンジェはそんなフィフィアーナを微笑ましそうに見つめ、
「そんなにシュリ君に会いたいなら、遊びに来るように手紙を出してみたらどうですか?」
そんな提案をしてみる
「別に会いたくなんか……でも、そうね。あっちが来ないなら、こっちから動くのも一つの手よね」
フィフィアーナは自分の前に控えているアンジェとアズサを見つめ、座っていたイスからすとんと飛び降りた。
そして、
「これからシュリナスカ・ルバーノに会いに行くわ。アンジェ、アズサ、共しなさい」
そう命じると、外出用のドレスを見繕う為クローゼットへと向かう。
そんな主の背を、アンジェが慌てた様子で追いかけた。
「シュリ君に会いに行くと言っても、今から陛下達の許可を得るのは難しいかと……」
「バカね、アンジェ。お忍びで行くに決まってるでしょ? アズサ、私の外出がバレないように細工をよろしく。アンジェは目立たないような服装を一緒に見繕って」
「は、はいっす! 裏工作は忍にお任せっす」
「ええええぇぇぇ~……」
「なに? その不満そうな声。どうせアンジェも本音の部分ではあいつに会いに行きたいって思ってるんでしょ? 一人で会いに行かせたりしないけど、私の監視の元でなら、まあ、多めに見てあげるわ。それとも、アンジェだけ留守番してる? 護衛はアズサだけでも十分だし、それでも良いわよ?」
「うううぅ……姫様のいじわる。行きます。行きますよぅ。私だってシュリ君に会いたいです。それに、姫様の護衛をアズサだけに任せる訳にも行きません。姫様をお守りするのが私の使命ですからね」
「ふぅん。じゃあ、私とシュリナスカ・ルバーノと、二人が同時に悪者に襲われたらどうする?」
「もちろん、姫様をお守りします」
迷うことなくきっぱりと返されたアンジェの言葉に、フィフィアーナは柄にもなく感動する。
が、その感動は長くは続かなかった。
「シュリ君は私が助けなきゃいけないほど弱くないですし。もしかしたら、私が出て行くまでもなく、シュリ君が姫様も助けてくれるかもしれませんねぇ」
流石はシュリ君です、と妄想の中の愛しい相手にアンジェがほっぺたを赤くし、それをみたフィフィアーナのほっぺたがぷくーっと膨らむ。
(……覚えてなさいよ、シュリ)
シュリは全く悪くないのだが、フィフィアーナはやるせない心のままにこの場にいない恋敵(?)へ怨嗟の言葉を吐く。
口には出さず、心の中で。
そして、主の笑顔の奥の怒りに怯えるアズサと、愛しい相手に会えると舞い上がっているアンジェを引き連れ、秘密の抜け道を使ってこっそりと城を後にしたのだった。
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