第270話 サシャ先生危機一髪③

※サシャ先生がひどい目にあうなんて耐えられない、という方は無理に読まないで下さい。

立てちゃったフラグを回収する為の話なので、読まなくてもそんなに支障は無いと思います。


◆◇◆


 招き入れられた玄関で、邪魔者が入らないように後ろ手で扉の鍵をかけておく。

 それから、サシャ先生がいつも使っているであろう手洗いを思う存分堪能した。

 そして、すぐにでも彼を追い出したそうな顔をしている彼女に、鈍感で厚顔な人間を装ってお茶を一杯所望する。


 根が真面目で親切な彼女はそれを断ることが出来ず、不承不承お茶を入れ、彼の前へ置いてくれた。

 当然のことだが、彼の飲む分だけ。

 さっさと飲んで出て行ってくれと言わんばかりに。

 だが、彼は更に気の利かない人間を演じた。



 「私だけお茶を頂くのも申し訳ない。サシャ先生も一杯だけお茶をつき合ってくれませんか?」



 親切ないい人の仮面を被って、サシャの望まぬ台詞を笑顔と共にぶつける。

 彼女はほんの少し顔をしかめたが否とは言わず、黙って自分の分のお茶も用意すると、これで満足ですか、と言わんばかりに彼の顔を軽く睨んだ。

 そんな彼女に、バッシュは感じよく笑って更に付け加えた。



 「大変申し訳ないんですが、水も頂けませんか? なんだかやけに喉が乾いていて」



 これからお茶を飲むのに更に水まで飲むのかと、何とも微妙な顔をされたが、バッシュは動じず微笑むのみ。

 喉が乾いているのは本当だ。この先のお楽しみを思うと、興奮して正直喉がカラカラだった。


 しかし、彼女に追加の水を頼んだのはそんな理由からではない。

 このまま彼女にここに居られては不都合なのだ。

 彼女にはほんの少しで構わないから、この場から離れて貰わなければならない。

 滞りなく、舞台を整えるために。


 ため息を隠そうともせず、しぶしぶ立ち上がったサシャが、水を用意するために部屋を出ていく。

 彼女はもう既に、仕方ない理由があったとはいえバッシュを家にあげたことを後悔していることだろう。


 そんな彼女の心情を思いほくそ笑みつつ、バッシュはふところから紙の包みを取り出した。

 今日この日のために用意しておいた、媚薬である。

 男性には精力増強の作用もあると聞いているので、三分の一程は自分のカップに入れておく。


 飲み過ぎると体の力が抜けてしまうらしいので要注意だが、適量であればかなりの効果が期待できるらしい。

 実際に使ったことがあるという男にも話を聞いたから間違いは無いだろう。

 売り主とその男が言うには、一包みの三分の一程度の量なら問題ないだろうとの事だった。


 今夜は思う存分、サシャの体を楽しみ尽くすつもりだ。

 結果、彼女が壊れてしまっても知ったことではない。

 悪いのは、彼を受け入れなかった彼女の方なのだから。


 何も知らないサシャが、水の入った器を片手に戻ってくる。

 彼女は不機嫌さを隠さずに、彼の前にそれを置き、これで満足ですかとばかりにバッシュを睨んだ。

 そんな彼女に愛想良く笑い返し、まずは水で喉を潤す。


 そして、媚薬入りのお茶を飲むサシャを見つめながら、自身もゆっくりとカップを傾けた。

 計画は、非常に上手くいっている。

 今、この瞬間までは。もちろん、この先も予定通り上手くやるつもりだが。


 にこやかな表情を崩さず、ゆっくりとお茶を飲みながら、仕込んだ薬の効果が出るのをじっと待つ。

 そんな彼は気づかなかった。己を注意深く見つめる一対の無機質な瞳に。


 そんな彼は知らない。己の計画が決して成功しないという、その事実を。

 彼の破滅へのカウントダウンは、彼の気づかない間に開始されようとしていた。


◆◇◆


 トイレを貸してほしいと上がり込み、お茶を一緒にと図々しくも提案してきた男を睨みながら、サシャは急ぎ自分の分のお茶を片づけた。

 さっさとお茶を飲んで出て行ってほしいと意思表示をしたつもりだが、目の前の同僚はイライラするほどにゆっくりゆったりとお茶を楽しんでいる。


 その様子に更に苛立ちをつのらせながら、自分のカップだけでも洗ってしまおうと立ち上がろうとした瞬間、妙に力が入らない己の体の異変に気がついた。

 頬が熱くなり、体が火照る。

 下腹部の奥の方がむずむずする感覚に、サシャは何かを察したようにバッシュを睨んだ。



 「……さっきのお茶に、何か、盛りましたね?」


 「さぁて。お茶を入れてくれたのは、サシャ先生のはずですが?」



 サシャの詰問に、バッシュはニヤニヤしながら答える。

 真面目に答える気など、無いのだろう。


 だが、聞くまでもなくサシャは分かっていた。

 彼が薬を仕込んだのは、恐らくサシャが水を汲むためにこの場を離れた時。

 うかつだった、とサシャは唇を噛む。


 信用しきれない相手を部屋にあげたことも、飲みたくないお茶を一緒に飲むことを受け入れてしまったことも、お茶を放置して彼から目を離したことも。

 そして何より、何の疑いもなくそのお茶を飲み干してしまったことも。

 ふぅ、とため息を漏らし、サシャは冷静な瞳でバッシュを見上げる。



 「こんな事をして……学校に居られなくなりますよ?」


 「……こんなこと? 恋人同士のちょっとした戯れじゃないですか。貴方が騒いで見せたところで、学校側も大した問題にはしませんよ」


 「……あなたと恋人になったことなど、今まで一度もありませんでしたし、誤解させるような言動を取った覚えもありませんが」


 「恋人でしたよ。私の心の中ではいつも、ね。それが現実になることを願っていましたが、貴方はふしだらにも他の男へ浮気をした」


 「あなたは恋人でも何でもないんですから、私が誰を好きになろうとも、それを浮気と称されるのは心外です」


 「浮気ですよ。貴方は私のものになるべき人だ。私以外の相手を想うことは全て浮気だ。そうでしょう?」


 「……狂ってますね、あなたは。あなたのような人が、無垢な子供達を導く教員であるべきではない。明日早速、校長先生に報告して対処して貰います」


 「お好きなように。明日になっても貴方に、それをするだけの気力が残っていれば、ですがね」



 サシャの言葉に答えを返しながら、バッシュは狂った笑みをその口元に浮かべる。

 そしてそのまま、大きく無骨な手をサシャの肢体に滑らせた。


 男の欲望を如実に伝えるように、いきなり胸に置かれた手の感触に、サシャははっと息を飲み、それからぐっと唇を噛みしめる。

 わき上がる嫌悪感を堪えるように、そして薬の影響なのであろう感覚を、じっと我慢するように。


 自分の反応の全てが、目の前の男を喜ばせるであろう事は容易に推測できた。

 だから。



 (……彼のする事に、どんな反応であれ返したりするものですか。大丈夫。初めてという訳でもないんですから)



 己にそう言い聞かせ、ぎゅっと目を閉じる。

 そうして、男の手が無遠慮に彼女の服を引き裂いていく間も身じろぎ一つすることなく、ただじっと耐え続けた。


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