第266話 のんきな人達

 シュリの王都行きが決まったが、そのシュリに近しい者でも、一切慌ててない面々もいた。

 それがどんな面子かと言えば、シュリと離れる心配が一切無い精霊達と眷属ペット達である。



 「シュリはどうやら王都とやらに行くらしいな。まだ先の話ではあるが、ジュディス等シュリの側周りの者達は、今から移動やら引っ越しの準備で大変なようだ」


 「そうなんですの? 何か手伝いは必要ですかしら? シュリの為になることなら、手伝うのもやぶさかではありませんわ」


 「うむ。私もそう思って尋ねてみたのだがな……」


 「ええ。あちらはなんて?」


 「気持ちは嬉しいが、慣れた者が行えばそれほど大変ではない。見守っていてもらうだけで十分、とのことだったな」


 「……それは遠回しに、足手まといは引っ込んでろって事ですわね?」


 「や、やはりそうかな?」


 「ですわね。まあ、ジュディスの気持ちも分からないでは無いですわ。下手に手伝おうとするとはしゃいで失敗しそうな人材が、こちらにはおりますし」


 「そうだなぁ」



 比較的大人な精神の大地の精霊と水の精霊はお互いの顔を見合わせ、それから少し離れた場所で話をしている火の精霊と風の精霊に目を向ける。



 「なぁなぁ。王都ってさ、広くてごちゃごちゃした、面白そうな場所だろ? この間はあんまり見て回る暇はなかったけどさ、今回は王都に住むみたいだし、シュリに頼んでいろんなところに連れてってもらおうぜ~」


 「うんうん。うち、甘くておいしいものを食べさせてくれるところに行きたいな~。王都には甘味処もきっといっぱいあるはずだもんねぇ~。ふふふ~、楽しみぃ」



 精神がややお子ちゃま気味な二人はきゃっきゃとそんな話をしていた。

 平和ではあるが、のんきな話である。

 グランとアリアは、ちょっと呆れた顔をしつつも、二人の話の内容に少しだけ心が揺れた。



 「シュリと王都でお出かけ……いいな。悪くない」


 「シュリと甘味処めぐり……いいですわね。悪くないですわ」



 うっとりと頬を染めて空想に浸る二人の様子を、これまた少し離れた場所で見ているのは、上位精霊としては新入りの光の精霊・サクラ。

 新入りとは言え、彼女の場合は少々特殊な事情があり。

 上位精霊歴は少なくとも、シュリ歴は他の四人より大分長い。

 まあ、その大半は眠っていた訳だが、それでも長く一緒に居たためか、シュリの心の動きが他の皆より分かる気がするし、人間くさい一般常識も、他の皆より持ち合わせていた。


 そんなサクラには、ジュディスからこっそり、シュリの王都への引っ越し準備の手伝い依頼が入っている。

 が、それを他の精霊達に知られると色々面倒なので、サクラはこっそり気配を消し、ジュディス達の手伝いへ向かうのだった。


◆◇◆


 「ふむ、シュリは王都の学校へ行くらしいの」


 「みたいでありますねぇ。流石はシュリ様。素晴らしいであります」


 「ふにゅう……王都にも、お昼寝に最適なひなたぼっこスポット、ちゃんとあるといい」



 眷属ペット達も、何となくシュリの王都行きに伴うそわそわ感は感じているようで。

 シュリのベッドの上で勝手にごろごろしながら、そんな会話を交わしていた。



 「ジュディス殿達は忙しそうでありますが、お手伝いを申し出たらきっぱり断られたであります……」



 ちょっとしょぼんとしてポチが言えば、



 「断られて正解。手伝いを頼まれたら、お昼寝できなくなる。すごく迷惑……」



 タマがふんっと鼻を鳴らし、



 「ジュディスは遠慮しておるのじゃろ? 妾達は高貴な生き物じゃからな! シュリのお気に入りでもあるしの」



 イルルはくふふと笑った。



 「そ、そうでありますねぇ」



 そんなイルルの言にポチは無難に同意しつつ、ちょっぴり目を反らす。

 ポチは知っていた。ジュディスが自分達に頼みごとをしない、本当の理由を。


 頼みごとをしたところで、タマは寝てばかりいるだろうし、イルルは役に立たないどころか下手をしたら邪魔しかねない。

 ポチだけならまあ使えないことはないだろうが、ポチが手伝いに行くと知れば、タマはとにかくイルルは絶対について行きたがるだろう。


 手伝いを申し出た時に、余分なおまけに来られると困るので遠慮して下さい、とポチはジュディスからはっきり言われていた。

 イルルに知れたらプンスカ怒って面倒なので、絶対にばらす訳にはいかないが。



 「それにしても、ジュディス達は大変じゃのう。引っ越しに手間がかかって。その点、妾達は簡単で助かるがの」



 イルルはそう言って、壁にかかっているタペストリーハウスを見た。



 「妾達の引っ越しは、それをくるくる~っと丸めて馬車に積み込めば、それで終わりじゃもんの」



 楽ちん楽ちん、とそう言ってイルルが笑う。

 その調子でジュディスに己等の引っ越しの簡単さをしつこく自慢し、脳天にドデカいたんこぶを作るまでそう間はかからなかった。


◆◇◆


 「シュリは王都に行くんだね。流石はボクらのシュリ。優秀な子で鼻が高いよ。とはいえ、別に優秀だからシュリを好きになった訳じゃないけどさ」


 「王都かぁ。誘惑が多くて心配だわぁ。……シュリが王都に行く前にもらっちゃった方がいいかしら」


 「もらうとは何をだ? シュリはまだ子供なのだからな? あまりいかがわしい事ばかり考えるんじゃない。シュリを困らせたら、また地獄の筋肉トレーニングを受けてもらうぞ? 問答無用だ。せめてもの慈悲で、男好きのお主が喜ぶよう我が弟の監視をつけてやろう」


 「……闘神の監視付きか。あの暑苦しいのに付きまとわれるのは地味にキツいね」


 「い、いやすぎるぅぅ。あのねぇ? アタシは男好きなんじゃなくて、美しいものを愛してるの! でもって、今のアタシの愛はシュリだけのものなんだから。他の男なんてノーサンキューだし、脳筋の筋肉ダルマなんてもっての他よぅ」


 「……なにもそこまで言わずもよかろう? ああ見えて、アレは繊細な男だぞ? 料理も上手いし、それだけでなく家事全般もできるお買い得な男なんだぞ? 可愛い可愛い弟だが、お主等がどうしてもと望むなら婿にやるのもやぶさかではない。同じ者に加護を与える間柄だからな」


 「いや、いいよ。ボクはいらない。ボクはシュリだけって決めてるんでね。だからすっごく残念だけど、君の弟は気の多い愛と美の女神に譲ることにしよう」


 「ええぇっ!? どうしてこっちに振るのよぅ! アタシだってシュリだけって約束だもん。他の奴なんていらないもん」


 「そうか? それは残念だ」



 運命の女神フェイト愛と美の女神ヴィーナの反応を面白そうに眺めながら、戦女神ブリュンヒルデはその凛々しい口元に笑みをはく。

 それを見て、からかわれていただけだと気づいたヴィーナは、ちょっと不満そうにそのぷっくら色っぽい唇を尖らせた。

 そんな二人を、



 (色恋沙汰に限っては、神も人も変わらないものだねぇ)



 と興味深く見つめながら、フェイトはふと頭に浮かんだ己の懸念を口にした。



 「そう言えば王都の辺りって、誰かいたかな?」


 「誰か、とは?」


 「あ~、その、あれだよ。シュリにちょっかいかけそうな同胞とか、さ」


 「ふむ……どうだったかな? 王都は人が多いし、信仰も多様だ。そういった信者を多数抱える神は、それなりに注目しているとは思うが。だが、彼らは基本、己の信奉者にしか興味がないし、大丈夫じゃないか?」



 フェイトの疑問に、ブリュンヒルデが首を傾げながら答える。

 神々とは本来なら、それほど人に近しく存在するものではなく、人とは違う時間軸をたゆたいながら、ほんの時折興味を覚えた人間に加護を与えたりもするものだ。


 だが、そんな事はごくまれで、人の世の浮き沈みを眺める事を暇つぶしにしながら、悠久にも近い時をただ消費するだけの存在を、人々は神と呼んであがめる。


 まあ、確かに、人に救いを与えるだけの力があることは確かだが、基本、彼らは面倒くさがりの怠け者であり、興味がないことにはとことん冷徹だ。

 ただ、地に生きる小さき者達が絶滅してしまうと、貴重な暇つぶしがなくなってしまうから、そうならないように時折最低限の介入をしたりもするけれど。



 「まあ、だが、我らは基本的に退屈にういている存在だからな。そういう者に、シュリの放つ輝きは少々刺激が強い。ふらふらと寄ってくる輩もおるかもしれんな」


 「う~ん。別にシュリに与えられる加護が増えるのは、シュリの為を思えば良いことなんだろうけど……三人でも多いと思うのに、これ以上シュリの愛を競う女神が増えるのは避けたいものだねぇ」


 「ふむ、確かに。お主の言うことにも一理あるな」



 ブリュンヒルデとフェイトが顔をつき合わせて、まじめな顔で話していると、そこにヴィーナが割り込んできた。



 「そんなの、アタシ達でシュリをガードして近づけなきゃいいのよ。余計な虫は、きちんとはねのけないと」


 「はねのける、か。確かに、それも一つの手か」


 「まあ、ボクらより格が下の女神相手なら、それもまあ、出来ないこともないね」



 ヴィーナの少々横暴な提案に、フェイトもブリュンヒルデも頷いてみせる。

 こうして、王都に行ってからの女神達の方針は決まった。

 格下は容赦なくはねのけ、同等、あるいは格上の相手からは、出来る限りシュリを隠し、守り抜く。

 これ以上の女神増員は断固反対。

 その目標を掲げ、女神達はシュリの王都行きを前に、その団結力を強くしたのだった。

 

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