第265話 シュリ、王都へ来る!? ~その頃、王都では~②

 王都に星の数ほど……は言い過ぎとしても、それなりの数存在する宿屋のうちの一つ、『猫の遊び場亭』改め『キャット・テイル』にも、シュリの王立学院進学の話は届いていた。

 浮気者の亭主の尻を蹴飛ばし追い出して、その亭主のつけた屋号をさくっと変更してから、新たにキッチン要員を一人迎え、もうじきリニューアルオープンを迎える宿の中は、まだ人気がない。


 そんな宿の一角、綺麗にリフォームを終えた食堂に、女が三人、顔をつき合わせていた。

 その顔ぶれは、宿の主であるナーザとその娘のジャズ、それからナーザが新たに雇い入れたキッチン担当の住み込み従業員である。


 その従業員の頭にはぴょっこり長いお耳があり、そのお尻についているのは丸くてふわふわの尻尾。

 新たな従業員は、どうやらウサギさんの獣人のようだった。

 ウサギの獣人は美人が多いというが、その彼女も例外では無いようで、ふんわり優しげな美人さん。

 名前は、サギリ。極東出身の料理人である。



 「え~と、今度王都の学校に進学するっていうそのシュリ君っていう子は、そんなに??」


 「最高としかいいようがない。可愛い中にも凛々しさがあって、見ていると、なんというか……たまらない感じになるな」


 「可愛くてかっこよくて、あんなに素敵な男の子は他に知らない。シュリに比べたら、他の男の人なんて……ねぇ?」


 「だな。他の男なんて目に入らなくなるな」


 「ええぇぇ~……?」



 三人でどうやら、シュリが今度王都に来るという話をしていたらしい。

 シュリを知らないサギリに、ナーザとジャズがうっとりとした顔でシュリの話を吹き込んでいるが、肝心のサギリは微妙な表情だ。



 「なんだ、サギリ。その微妙な感じは?」


 「だって、そのシュリって子、まだ5歳なんですよね? 子供ですよね? っていうか、幼児ですよね??」


 「ああ、そうだな。ぴちぴちの5歳児だ。可愛さと凛々しさが絶妙に混ざり合ったいい年頃だな!」


 「うんうん。シュリだったら何歳のシュリだって素敵だと思うけど、5歳って年齢は絶妙だよね。男の魅力は5歳からって感じ」


 「……あの、二人とも。なにかおかしな薬でもキメてます?」



 5歳の幼児にそこまでメロメロってどうなの!? あんた達、ちょっと頭、おかしくない!?……そうつっこみたい気持ちはあるが、なにせ今はしがない雇われの身。

 喉元までこみ上げた言葉を抑えて、だがちょっぴり控えめにつっこんでみる。



 「はぁ? あのなぁ。そんなのヤってるわけないだろう?」



 が、それに答えるナーザは至って正常な様子だ。

 その瞳をのぞき込んでみても、怪しげな薬の残滓は見えない。もちろん、ジャズも同様だ。

 どうやら、彼女達は薬でおかしくなっている訳ではないようである。

 となると……



 「えっと、二人はアレですか? 少年をこよなく愛するショタコンとかいう……?」


 「ちがうな。シュリ以外の子供に興味はないし、その前は普通に大人の男の分厚い胸板が大好物だった」


 「うん。ただ、シュリが好きなだけで。小さな子なら誰でも言い訳じゃないよ?」



 画期的な仮定を導き出したと思ったが、即座に二人に否定され、サギリはむぅと小さく唸る。

 そんなサギリを見て、ナーザとジャズは顔を見合わせ、仕方ないなぁと笑った。

 今ここでどんなに言葉を尽くしたとしても、言葉で語り尽くせるほどシュリの魅力は小さくない。

 語り尽くせない彼の魅力を知ってもらうには、実物と対面するのが一番だろう。



 「まあ、今はシュリの魅力を理解できなくても仕方がない。会えばサギリにも分かるさ。それこそ一瞬でな」


 「そうだね。シュリに会えばきっと、サギリさんも私達の気持ちが分かると思うよ。きっとシュリを見た瞬間に」


 「ええぇ~? そうですか? そんなことは、ないと思いますけど。だって私、子供とかどっちかというと苦手ですし……」



 二人の言葉に弱々しく反論しながらサギリは思う。

 ショタコンの沼に引き込まれないように気をつけなければ、と。

 そんな彼女が、シュリの魅力という沼に首までつかるのはまだもう少し先の話。

 今の彼女には、想像もつかない事だった。


◆◇◆


 シュリ、王都に来る、の一報を聞いたフィリアは、飛び上がって喜んだ。

 決して比喩表現ではなく、本当に飛び跳ねて喜んだものだから、周囲にいた男子の幸福度は急上昇したに違いない。

 シュリのために丹誠込めて育てた彼女の胸は、彼女のジャンプにあわせて、なんとも悩ましくお揺れになっていたから。

 そんなフィリアの胸を隣から恨みがましく……いや、うらやましそうに見つめるのは、親友のリメラ。

 残念な事に、彼女の胸は非常につつましやかだった。



 「いいさ、いいさ。女の価値は胸だけじゃない。ないはずさ。ない……はずだ。そうだよな? 誰か、そうだと言ってくれぇぇ!」


 「え? え? ど、どうしたのリメラ??」


 「……すまない。少々取り乱したようだ。なにやら非常に喜んでいたみたいだが、手紙に何か良いことでも書かれていたのか?」



 驚いた顔で動きを止めたフィリアに、こほんと咳払いをし、ほんのり赤い顔をしたリメラが問いかける。

 フィリアは、その問いかけにはっとしたように目を瞬き、再びぱああっと顔を輝かせた。



 「そうなのよ! リメラ!! 大変よ、大変! 大ニュースなの」


 「大、ニュース……というと?」


 「シュリが来るのよ!!」


 「シュリが、来る? 旅行か何かかな?」


 「旅行じゃないの! 進学よ!!」


 「旅行じゃなくて、シンガク? シンガク、というとアレか? 神の学問的な……?」


 「誰が神様の話をしてるのよ!? 違うわよ、リメラ。進学よ、進学。学校へ進む方!」



 天然でボケをかますリメラに、珍しくも即座につっこむフィリア。

 フィリアの言葉に、リメラはやっと理解が追いついたという顔で頷いた。



 「ああ、進学か。なるほど。で? その進学とシュリと、どんな関係が?」


 「来年の春、シュリが王都の学校へ進学するの! 王都へ住んで、そこから学校へ通うのよ!!」


 「シュリが王都の学校へ進学……へえ、すごいね。というと、進学先はこの高等魔術学院かい?」


 「ううん。王立学院に進学を決めたらしいわ」


 「ふむ。王立学院か。地方領主の後継者としては妥当な進路だね」


 「でも、高等魔術学院へも授業は受けに来れるみたい。そういう約束の特待生枠で王立学院に入学するんですって」


 「ふぅん。王立学院に進学するだけでもすごいのに、そんな条件まで引き出すとは、流石はシュリだね。確か今年、初等学校へ進学したばかりだろう?」


 「そうなの。シュリ、すごいわよね!」


 「そうか、来年の春にはシュリが王都に来るのか」


 「そう、来るのよ!!」


 「ふむ……」



 始終テンションの高いフィリアの横で、リメラは顎に手を当て、思慮深い顔を演出しつつ、思う。

 明日から、牛乳の本数をもう一本増やしておこう、と。

 胸の豊かさなど気にしないと公言しつつも、やはり己の乏しい資源をどうにかしたいと思わずにはいられないリメラなのだった。


◆◇◆


 王都の一角。

 こじんまりした洋服店の、寡黙でロマンスグレーな店主は、もたらされたその情報に、ふむ、と小さく頷いた。

 そして、店の扉に準備中の札をかけると、二階にある自分の趣味のスペースへ移動し、そして……



 「5歳……いえ、来春となれば、もう6歳でしょうか。少々サイズ変更が必要になるかもしれませんね。とはいえ、エルフの血が入っている以上、通常の幼児と同じとはいきませんか……誰か」



 可愛らしい着ぐるみ衣装の山を見つめながら、彼はどこへともなく声をかけた。



 「……呼んだか?」



 すると、どこからともなく人影が滑り出てきて、老店主の背後に立つ。

 彼はそれに驚く様子もなく、己が必要とする情報を得るために命を下した。



 「急ぎアズベルグへ飛んで、そこの領主の後継の少年、シュリナスカ・ルバーノのスリーサイズの入手をお願いします」


 「なんだと?」


 「ですから、シュリナスカ・ルバーノ少年のスリーサイズを入手してきて欲しいのです」


 「しょ、少年のスリーサイズ・・・・・・お、俺が行くのか!?」


 「ええ。貴方以外の誰が行くというんですか?」


 「師匠が自分で・・・・・・」


 「却下です。見つかって捕まりでもしたら大変じゃないですか」


 「いや、あんたは大丈夫だろう?」


 「大丈夫じゃないですよ。今の私はしがない服屋の店主ですからね。まあ、実のところ、私には貴方ほど早く移動できませんから」


 「急ぐのか?」


 「ええ。それなりに。彼が王都に来るまでに仕上げたいですからね。このままでも大丈夫かもしれませんが、いくらサイズにゆとりのある着ぐるみとはいえ、余りにかけ離れていては着心地が悪くなりますから。彼には最高に着心地がいい着ぐるみを着る権利があります」


 「き、着ぐるみ・・・・・・わかった。行って来る」


 「頼みましたよ?」


 「任せろ」



 特殊な命令に少々戸惑いつつも、影はやれやれといったように軽く肩をすくめ、その姿を更に大きな影にとけ込ませて消えた。

 老店主はそれを満足そうな顔で見送り、そして。



 「彼が王都へやってくるのなら、彼にふさわしい服装を用意してお迎えしてあげたいですからねぇ」



 優しい笑顔でそうこぼし、己の趣味のフロアを見回してから、ゆっくりとした足取りで再び階下へと降りていった。

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