第258話 シュリ争奪戦③

 アズベルグを、王立学院と高等魔術学院の両学院長が襲撃するより数日前。

 その人物は、アズベルグではなく、辺境の街・スベランサを訪れていた。

 彼の目的とはある人物に会うこと。

 その人物とは……



 「あっれぇ?? ディアルドじゃない? 久しぶりねぇ。どしたの? こんな辺鄙なところに??」


 「……おう。久しぶりだなぁ、ヴィオラ」



 昔なじみの美女がへらりと浮かべた全く美女らしくない笑い顔に、王都の冒険者養成学校の学校長・ディアルドは苦み走った男前の顔に苦笑を浮かべた。



 「なになに? 誰かに用があって来たの? あ、ギルド長に会いに来たとか??」


 「あ~? 誰があんな不祥の弟に会いにわざわざこんなところに来るかっていうの。俺が会いに来たのはお前だ、お前」


 「私ぃ? 王都の冒険者養成学校の校長様が私なんかに何の用よ? こんな辺境の街で活動するしがない冒険者なんかにさ」



 ヴィオラはそう言って笑う。

 SSダブルエスの冒険者という、唯一無二の位置にいるというのに、まるで気取らない所は昔から変わらない。



 「SSダブルエスの冒険者様がよく言うよ。お前に会いたい、お前に頼みごとをしたいって奴なら掃いて捨てるほどいるはずだぜ? ただ、まあ? SSダブルエスの敷居が高すぎてお前にこうして会いに来れる奴なんかほとんど居ないだろうけどな」



 ディアルドのそんな言葉に、ヴィオラはきょとんとして首を傾げた。



 「敷居が高い? そんなことないと思うけどな~? 街の皆なんかは気安く声をかけてくれるわよ?」


 「……まあ、この街の連中はな。お前の適当さとか大雑把さに慣らされてるだろうし、今更遠慮なんかしないだろうよ」


 「失礼ねぇ。適当とか、大雑把とか。こう見えて、意外としっかりしてるのよ? 私」



 ヴィオラは憤慨して唇を尖らせる。

 本人は本気でそう思っているようだが、この場にヴィオラをよく知る人物……例えばシュリが居たら言ったことだろう。

 おばー様は自分で思ってるほどしっかりしてないと思うけどな~、と。


 が、シュリはここに居ないし、ディアルドはこれから願い事をする相手の機嫌を損ねる訳にはいかない、と賢く口をつぐんだ。

 結果、得意満面の顔のヴィオラが出来上がり、彼女の機嫌は何かを頼むのに最適な状態に保たれる。

 ディアルドはその機を逃さずに、すかさずヴィオラに話しかけた。



 「ところで、お前の孫のことだが、かなり優秀らしいな?」


 「シュリ? うん、まぁね。正直、私も顔負けなくらいよ」



 ディアルドは、SSダブルエス冒険者が顔負けなど、いったいどんだけとんでもない幼児なんだよ!? と内心盛大に突っ込みつつも、表面上は賢く口をつぐむ。

 こいつはとんだ孫バカってやつだな、とついつい呆れを含んだ眼差しで見つめるも、幸いヴィオラはまるで気づいていないようだった。



 「ディアルド、シュリに何か用事? シュリだったらここじゃなくてアズベルグだけど?」


 「ああ。お前の孫の所在はちゃんと掴んでいるさ。ここに来たのは、お前に顔つなぎを頼みたいと思ってな」


 「顔つなぎ……って、シュリとの?」


 「ああ。いきなり俺みたいな厳つい男に訪問されたらびっくりするだろうと思ったんだが。どうだ? 頼まれてくれるか?」


 「ん~、まあ、ディアルドは悪い奴じゃないし、今は特に急を要する依頼も無さそうだし……。うん、別にいいわよ? 私もそろそろシュリの顔を見たいって思ってたしね!」



 シュリに会ういい口実が出来たわ、とヴィオラが屈託無く笑う。

 その昔と変わらぬ飾り気のない笑顔を見ながら、ディアルドはここに来るきっかけとなった諸々の出来事を思い出していた。


◆◇◆


 「シュリナスカ・ルバーノ? 聞いたことの無い名前だが、冒険者なのか?」



 その名前を聞いたときのディアルドの第一声がそれだった。

 彼にその名を告げた長年の補佐役は、呆れたような眼差しを彼に注いだ。



 「ディー? もう耄碌もうろくしちゃったわけ? 昨年、ヴィオラがここに来た時に散々自慢してったじゃない。自慢の孫だって」


 「孫? ヴィオラの?? あ~……そういや、そんな話をしてったっけか。覚えがあるような、無いような」



 ディアルドは鍛え抜かれた太い首を傾げて唸る。

 そんな彼を見て補佐役……彼と同様、元高ランク冒険者だったトリスタは、隠しきれないため息をこぼし、肩をすくめた。



 「冒険者かどうかって質問にも答えるけど、そっちに関しても無視できない報告があがってるわ。その内の1つはスベランサのギルド長から」


 「スベランサ? ってーと」


 「そうよ。あんたの弟からずいぶん前に面白い報告書が届いてる。確か、ちゃんと目を通しなさいって渡したわよね?」


 「あ~、そう、だったかな?」



 トリスタの冷たい視線にさらされ、ディアルドは書類が雑多に積みあがった己の仕事机にちらりと目線を向ける。

 たぶん、あそこの書類の山に、トリスタの言う弟からの報告書ってやつがあるはずだ。

 恐らく、山の中腹かその更に下辺りに。

 発掘には、かなりの困難が伴うだろう。

 そう判断したディアルドは、書類の捜索を早々に諦めた。



 「……目は通したはずだが、随分前だから覚えてねぇな。トリスタ、諸々の情報をまとめて説明、よろしく頼むわ」



 書類に目を通した記憶など皆無だが、見なかったと告げるのは流石に体裁が悪い。

 それに絶対にトリスタに雷を落とされる。

 ……と言う訳で、色々取り繕いごまかしつつ、全ての事情を正確に把握しているのであろう補佐に、詳しい説明を求める事にした。


 もちろん、トリスタはそんな上司の思惑などお見通しだったが、怒る時間ももったいない。

 日頃たまった不満も込めた半眼でじっとりと上司を無言で見つめ、その額に冷や汗が浮かんだことに小さな満足感を覚えつつ口を開いた。



 「シュリナスカ・ルバーノ。現時点で唯一のSSダブルエスランクの冒険者、ヴィオラ・シュナイダーの孫であり、Aランクの冒険者でもあるわ」


 「Aランクぅ~? そんな優秀な冒険者の噂が、どうして俺の耳に入ってねぇんだよ?」



 聞き捨てなら無い言葉に思わず口を挟むと、目の全く笑っていない笑顔がディアルドを出迎えた。



 「……その辺りも報告書にしっかり書かれていたはずだけど。説明、いるのよね? 聞きたくないなら、もうやめてもいいけど?」


 「……すまん。黙って聞く。続けてくれ」



 ディアルドは早々に降参の白旗を上げ、トリスタは仕方ないと言わんばかりのため息を漏らし、先を続ける。



 「あんたの弟の報告によれば、彼は先のスベランサの危機にヴィオラと共に現れたそうよ」


 「スベランサの危機、ってーと、あれか。亜竜どもが一斉に山からなだれ降りてきたっていう……」


 「そう、それよ。その時点で、まだ冒険者じゃ無かった彼は、祖母のヴィオラと共に事態の解決に動くため、急遽冒険者の登録をしたらしいわね。通常ならGランクから始めるところなんだけど、亜竜の依頼にそんな低ランクの冒険者をもちろん送り出す訳にはいかない、って事で、ギルド長自ら彼の実力を計った上で、いきなりAランクという異例の決断を下した、そう言うことらしいわ」


 「なるほどな。まあ、それならまだ名が知られてないってのも分からねぇでもねぇな。あの事件に関しては、とにかくヴィオラの名前が前面に出てて、他の冒険者の名前が出る余地も無かっただろうし」


 「そうね。それに、本人も自分の名前が表に出るのを嫌がったみたい」


 「ん? そうなのか?? 冒険者なんてもんは目立ちたがりばっかだと思ってたが、謙虚な奴もいたもんだな。で、実力はどうなんだ? Aランクにふさわしいもん、ちゃんと持ってるんだろうな?」


 「詳しいことは書かれて無かったわね。実力は自分がきちんと確認した。文句があるなら、スベランサに来て自分とヴィオラに言え、そんな趣旨の報告内容だったわね、確か。流石、誰かさんの弟よねぇ?」


 「誰の弟かどうかは関係ねぇだろうが。まあ、アイツのことだから、その辺はちゃんと確認してるとは思うけどな。適当なことやったらヤバいって事くらいは、いくらバカでもちゃんと分かってるだろうし。ま、その辺は必要なら後で確認すればいいさ。で? そのシュリナスカ・ルバーノって奴がどうしたって??」



 頷き、ディアルドは尋ねた。

 必要な知識を頭に叩き込んだ上で、ようやくスタート地点へ戻ってきたわけである。

 その質問に満足そうに首肯し、トリスタは最初の提案をもう1度繰り返す。


 高等魔術学園と王立学院は、シュリナスカ・ルバーノの獲得の為に動いた。

 我が校も優秀な人材確保の為に動いてはどうか、と。

 その言葉に、ディアルドは首を傾げた。



 「あん? そのシュリナスカ・ルバーノってのは、もうAランクなんだろ? 今更、冒険者養成学校なんかに入る必要、あんのか??」


 「……ねえ、私の話、ちゃんと聞いてた? シュリナスカ・ルバーノはAランクではあるけど、冒険者に成り立てなのよ? あのヴィオラの秘蔵の孫だし、上手く育てれば、2人目のSSダブルエスランクの輩出だって夢じゃない。彼自身、まだ若いし、伸び代は十分にあるはずだわ!」


 「伸び代、ねぇ。若いっていうけど、今、いくつなんだよ? そのシュリナスカ・ルバーノって奴はよ?」



 ヴィオラはダークエルフで年なんてあってないようなものだし、どうせその孫も見た目が若いだけでそこそこな年なんだろう。

 冒険者登録をしていきなりAランクになった、いい年した天狗の面倒をみるなんて絶対に面倒臭いに決まってる。


 養成学校の出身者がSSダブルエスになるなんてのは、学校にとっちゃあ栄誉な事なんだろうが、面倒くさがりの学校長としては、面倒な事はごめんこうむりたい。

 ディアルドは素直な気持ちでそう思った。


 見た目が若いだけで無駄にプライドの高いおっさんを引き受けるなんて冗談じゃねぇぞ、と。

 だが、しかし。



 「シュリナスカ・ルバーノの年齢?」


 「おう、いくつなんだよ?」


 「確か、6歳になるはずよ? 今年から地方都市アズベルグの初等学校に通い始めたはずだけど」


 「6歳って……はあ!? それって、あれか? 26歳とか、36歳とか、46歳……とかじゃなく?」


 「なによそれ? 6歳は、6歳よ。この世に生まれて6年目ってこと。わかる?」


 「ま、まじかぁ」



 トリスタから、頭の悪い子を見るようなまなざしで見つめられながら、ディアルドは驚きの事実に、呆然とつぶやいた。


◆◇◆


 「なぁ、ヴィオラ?」



 地上のはるか上空で。

 ヴィオラの呼び出した眷属に一緒にまたがりながら、ディアルドはどうしても諦めきれない疑問を、ダメもとでぶつけてみることにした。



 「なによ?」


 「お前の孫ってさぁ」


 「ん? シュリがどうしたの?」


 「まじで6歳なんだよなぁ? 26歳とか、36歳とかじゃなくて」


 「はあ!? 6歳に決まってるじゃない。ぴちぴちのぷりっぷりで、それはもう天使みたいに可愛いんだから!!」


 「……そうか。やっぱり6歳か。6歳なんだな」



 ディアルドは確かめるようにつぶやき、とうとう認める事にした。

 SSダブルエスの冒険者ヴィオラ・シュナイダーの孫、シュリナスカ・ルバーノ。

 彼は、登録時点で特例のAランクの新鋭の冒険者であり、若干6歳の少年……というか幼児である、というその事実を。



 (6歳児がAランクの冒険者って、まじかよ……最近の世の中はどうなってんだ?)



 トリスタの報告を聞いた後、どうしても釈然とせずに弟から届いたという報告書を発掘して読み直したが、トリスタから得られた情報以上の情報は得られず。

 ただ、Sランクでもおかしくない実力の持ち主、という1文だけが追加で得られた情報だった。


 スベランサに到着してすぐ、弟からの聴取は行ったが、どうにも信じがたい話しか聞き出せなかった。

 亜竜事件の1番の功労者がその少年だっただの、弟の本気の攻撃を軽くいなしてみせただの、上位精霊を複数体使役できるだの。

 とにかく、弟の口から出てきた言葉は眉唾みたいなインチキ臭い話ばかりだった。


 が、弟は至って真剣な表情で、嘘をついている様子はまるでなく。

 シュリナスカ・ルバーノを冒険者養成学校へ勧誘しようと思っていると伝えると、



 「そりゃあいい! 放っておいたら無自覚にとんでもないことしそうなタマだからな。養成学校で冒険者のイロハをきっちりたたき込んでやってくれ。上手く育てりゃ、ヴィオラよりすげぇ冒険者に成長するぜ? あれはよ。今でも下手したらヴィオラよりとんでもねぇモン、持ってそうだしな」



 奴は嬉しそうにそう言った。

 思わず、



 「ヴィオラよりとんでもないのか……」



 そんな風につぶやいたら、



 「なぁに、とんでもないのは潜在能力の話だよ、兄貴。常識はあるし、性格もいい。ヴィオラの数倍は賢くて、ちゃんと筋を通して話せば話も分かる奴だ。心配いらねぇよ」



 弟はそう太鼓判を押し、超優良物件だから逃すなよ、とはっぱまでかけてくれた。


 そんなわけで。


 ディアルドは半信半疑ながらも、シュリ獲得のために力を尽くさざるを得ない流れに身を置くこととなり。

 こうして、アズベルグというごく平凡な地方都市に、王立学院、高等魔術学園、冒険者養成学校のトップが集結し、仁義なきシュリ争奪戦が開幕する次第と相成ったのだった。

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