第253話 寂しがりやな女神たち
このところ忙しくて、中々会いに来れなかったけど、キキはいつもと変わらず迎えてくれた。
彼女の穏やかな空気は側にいてすごく落ち着く。
(こういうのを、癒し系っていうんだろうなぁ)
キキの足に頭を乗せ、いわゆる膝枕をして貰いつつ目を閉じて、シュリはそんな事を思う。
思いながら、うとうととまどろみ始めた。
ゆっくりなにも考えずに休みたいのに、まどろむ意識がどこかへ引っ張られるような感覚。
引っ張られながら、シュリは思う。
(あ~……しばらく放っときっぱなしだったから、仕方ないかぁ)
と、諦めの心境で。
でもどうしても眠たくて、頑なに目を閉じたままでいると、
「シュリ? 眠っているのか?」
戦女神様の、様子を伺うような声が聞こえた。
まどろみの中、
(僕を呼んだのって、ブリュンヒルデ、なのかなぁ?)
そんなことを思っていたら、
「ほら、やっぱり疲れているようだぞ? それなのに無理矢理呼んだりして可哀想に」
戦女神様は、近くにいるらしい誰かに、そう文句を言った。
どうやらここにいるのは彼女一人では無いらしい。
「なんだいなんだい、一人だけいい子になろうって寸法かい? 君だってシュリが最近かまってくれなくてめそめそしてたじゃないか」
「なっ!? めっ、めそめそなんか、してない!!」
「してたわよぅ。寂しい~、寂しい~って。後、なんだっけ? あ、そうそう、私に女の魅力が無いからシュリは来てくれないのか? って落ち込んでたわよねぇ? アタシに、女の色気はどうやって出せばいいんだ~って」
「ばっ!? な、なにを言い出すんだ!! ……そ、それは秘密だと、言っておいただろう!?」
「ええ~? そうだった??」
「ん? 秘密だったのかい? その割には、ボクの耳にも入っているよ? その情報は」
「な、なんだとぉぉぉぉ!?」
ショックを受けたように、ブリュンヒルデが吠える。
そんな彼女達のやりとりに、思わずクスリと笑みがこぼれた。
それを目ざとく見つけて、
「おや、起きたようだね、シュリ。ずいぶんお見限りだったじゃないかい?」
運命の女神様がからかうように言って笑う。
「ごめん、忙しかったんだ。でもさ、どうせみんな見てるんでしょ?」
「まぁね。ボク達にはそれくらいしか娯楽がないし。でも、それとこれとは話が別だよ。いくら君の様子をいつも見守ってても、こうして言葉を交わせる訳でもないし、君に触れる事もできない」
言いながら、
「さ、久しぶりの逢瀬だ。ボクの、名前を呼んでくれないかい?」
「……フェイト?」
「うん、いいね。君の声で名前を呼ばれるのはやっぱり格別だ」
噛みしめるようにそう言うと、フェイトはとろけた瞳でシュリを見つめ、そのままゆっくりと距離をつめてこようとした。
が、世の中、そう上手く事は進まないものである。
「あ~!! ずるいっ。抜け駆け!! 順番よ、順番。独り占めは禁止なんだから! 今度はアタシの番!!」
愛と美の女神様が叫び、シュリの体は一瞬で彼女の腕の中。
地面に座り込んだ彼女に後ろから抱きしめられ、頭のてっぺんにすりすりと頬をすり寄せられる。
背中には結構なボリュームの胸がむぎゅっと押しつけられて、シュリの耳元で愛と美の女神が、くふんくふんと甘えたように鼻を鳴らした。
「シュリぃ~、ずーっと会えなくて寂しかったよぅ」
「うん、ごめんね? でも、忙しかったんだよ?」
「見てたから知ってるぅ。でも寂しかったの! シュリは? シュリも寂しかった??」
問われてシュリは、一瞬言葉に詰まる。
だが、まさか滅多に思い出しもしなかった、と正直に答える訳にもいかず、
「ん~? そ、そうだね。ちょ、ちょっとは寂しかったよ? さ、寂しかったと思うなぁ」
ちょっとくらいは寂しかったはずだ、と己に言い聞かせつつそんな返事を返す。
実際のところ、寂しがる余裕など無く、彼女達を思い出す暇もないくらい忙しくしていたのだけれど。
「……ほんとにぃ?」
「ほ、ほんとだよ? ちょっとは寂しかったよ? ちょっとは。……たぶん」
「たぶん~!? ……シュリはさぁ、アタシに対する愛情が足りないと思う!」
「そ、そうかな? そんなこと、ないと思うけどな~……」
目を泳がせて答える。
別に、女神様達が嫌いな訳じゃないのだ。
ただ、シュリの周りには自己主張の強い女性に溢れている為、滅多に自分達から干渉してこない女神様達との交流はどうしても後回しになってしまうだけで。
それに、普通は神様とそう頻繁に交信したりはしないものじゃないだろうか。それも、個人的に。
シュリと女神様の関係性の問題は、シュリの愛情が足りないという点ではない。
むしろ、女神様達の愛情が過多であるという点につきるんじゃないかと、シュリは時々思う。
(そもそも、神様っていうものは信仰の対象であって、敬う事はあってもあんまり愛情を注ぐって事はないんじゃあないかなぁ)
思いはするものの、それは口にしない。
口に出せば絶対にやっかいな事になると、心のどこかで分かっているからだ。
「もぅ……でも、いいわ。そういう、ちょっとつれないところもシュリだもんね。ね、私の事も運命の女神みたいに名前で呼んで?」
「あ、うん。名前? いいよ。名前ね……な、まえ」
気軽に頷いて、シュリはあれ? と首を傾げる。そう言えば、愛と美の女神様の名前、しってたっけな、と。
そんなシュリの様子に、愛と美の女神がむうぅっと不機嫌そうに唇を尖らせた。
「まさか、シュリ。アタシの名前、覚えてないの!?」
「覚えてない、というか。あの、僕、愛と美の女神様のお名前、聞いてない、です、よ、ね?」
問いかける言葉が思わず敬語になってしまった。
「あれ? そうだっけ??」
シュリの問いかけに、愛と美の女神が首を傾げ、
「ん~、ボクがいる場面では特に君の名乗りは見てないけど?」
「私も見ていないな。そなたがシュリに名乗っている場面は」
「でもでも、最初に会って加護を与えたときに確か……」
「愛と美の女神様としかきいてないです、よね?」
「あれぇ?」
「教えてくれれば名前で呼びます、けど?」
相変わらず敬語のままそう言うと、愛と美の女神はご不満そうにほっぺたをぷくっと膨らませた。
「敬語、キライ」
「あ、はい」
「んもぅ。さっきまでみたいに、普通に話してよぅ」
「う、うん。わかった」
相手は神様なんだから、本当は敬語で話すべきじゃないだろうか、と思わないわけではない。
が、本人達がイヤだと言うのだから仕方がない。
素直に頷いたシュリを、後ろからぎゅうっと抱きしめて、彼女はシュリの耳元に唇を寄せた。
「ヴィーナ」
「ん?」
「アタシの名前。ね、呼んで?」
耳に響く甘い声音。
そのおねだりを断るのも怖いので、
「じゃあ、これからはヴィーナって呼ぶね?」
大人しくそう返せば、
もちろん、背中にお胸をこれでもかというくらい押しつけるのも忘れずに。
そんな一連のやりとりをすべて終えてから、シュリははっとする。
恋愛状態のリストを確認すれば、すぐに名前がわかったはず、という事実に思い至って。
(名前聞く前に思い出してたらな~)
と思いながら、徐々に甘さを増してくるヴィーナの拘束からどう逃れようかと頭をひねった。
シュリの体を愛でるようになで回す手が、だんだん際どい所へ近づいていると思うのは、決してシュリの気のせいでは無いだろう。
頭の上からは吐息混じりの甘い声。
胸やらなにやら、色々を押しつけられ、擦り付けられながらシュリは思う。
出来ることならば、人の体を勝手に使って一人エッチを始めるのはやめていただきたい、と。
が、そのことをしてきたところで、「え? なんのこと??」ととぼけられるのは目に見えている。
さて、どうしようかなぁ、とシュリが小さな嘆息と共に思ったとき、救いの手は現れた。
「さて、そろそろ私の番だな?」
そんな言葉と共に、力強い手が容赦なくヴィーナの腕の中からシュリをもぎ取る。
ヴィーナはそれを潤んだ瞳で恨みがましく見送って、
「ァん……もぅ~、もう少しだったのにぃ」
ご不満そうにその色っぽい唇を尖らせた。
なにが、もう少しだったのか、とは聞かない。
聞いたら泥沼にはまりそうだ、とシュリは賢く口をつぐんだ。
「もう少し? もう十分シュリを独り占めしただろう?? まったく、相変わらず強欲な女だな、お主は」
もう少しの意味が分かっているのかいないのか、ヴィーナの主張をばっさり切って捨てた
「順番だから仕方ないが、待ちかねたぞ」
嬉しそうに破顔した顔は相変わらず凛々しくも美しい。
戦女神らしい力強い包容は少々苦しかったが、我慢できないくらいでも無かったので大人しく抱っこされておく。
そうしてひとしきり堪能された後、
「大丈夫か? 疲れているんだろう?? 迷惑じゃ、ないか?」
少し不安そうな顔で問われたので、シュリは大丈夫だよと微笑んで、彼女の金色の髪を指先でそっと撫でた。
疲れてるか疲れてないかと問われれば、もちろん疲れてはいる。
でも、まあ、女神様達の事が嫌いな訳じゃないし、久しぶりにこうやって言葉を交わせば、それなりに楽しいとも思うのだ。ちょっと、面倒な部分ももちろん少しはあるけれども。
(でもこれって、神様とその加護を受けている信徒との関係性じゃあないよなぁ)
もし、こうしてシュリと交流している女神様達の様子を誰かが見ていたとしたら、その人はこの人達を神様とは思わないんじゃないだろうか。
見た目は申し分なく神々しく美しいのだが、シュリと接している彼女達に神様らしい威厳とか神秘性という奴は全く感じられない。
今の女神様達はどう見ても、好きな人を前にはしゃいでいる恋する乙女、である。
ブリュンヒルデは、幸せそうにシュリの頬に己の頬をよせ、
「好きだぞ? シュリ。多分、おまえが思っているよりずっと深く、お前を想ってる。そのことを、たまに思い出してもらえると嬉しい」
その胸の内を、シュリの耳元へそっと告げる。
「うん……その、ごめんね?」
彼女の素直な想いをぶつけられ、シュリは自分の薄情さを反省する。
しかし、ブリュンヒルデは凛々しく微笑んで首を振った。
「シュリに謝ってほしかった訳ではない。ただ、私の想いを告げたかっただけだ。お前を、愛していると。大丈夫だ。ちゃんと、分かっている。人が生きる時は、神の過ごす時とは違うことは。お前が忙しく過ごしていることも、ちゃんと分かってはいるんだ。ただ、分かっていても、どうしても寂しくなってしまうことがあるだけで」
手を伸ばし、シュリの頬にそっと触れる。
ずっと、剣だけを握り、振るってきたその手で、こんな風に人に触れることがあるなど、考えたことも無かった。
だけど。
「悠久の時を過ごす間、私はたくさんの人間に加護を与えてきた。だが、これ程に愛おしいと、そう思った相手はいなかった。愛している、シュリ。こんな想いを抱く相手は、後にも先にもお前だけだ」
余りに真摯な告白に、シュリの頬がほんのり赤く染まる。
それを見たブリュンヒルデは幸せそうに笑い、再びシュリの体をぎゅうっと抱きしめた。
「う、しまった。なんだか、いいところを全部戦女神に持っていかれたぞ」
「あ~ん。ずるいぃ~。アタシだって、シュリのこと愛してるのにぃ」
「あ、こら。どさくさに紛れて! ボ、ボクだって、シュリのこと、あ、あ、あ、愛して……あ~、くそっ。恥ずかしすぎる上に、シュリも聞いてなんかいないじゃないか」
「聞いてなきゃ、聞いてくれるまで言えばいいじゃない? シュリぃ~、愛してる、愛してる、愛してるわよぅ~」
取り残された運命の女神と愛と美の女神が騒いでいる。
もちろん聞こえてはいるが、ブリュンヒルデの真剣な告白とは雲泥の差である。恥ずかしがって中々言えないフェイトは、少し可愛いとは思うけど。
シュリはくすっと笑って、それからブリュンヒルデの顔をじぃっと見上げた。
「僕は薄情な男だから、貴方達を自分から呼ぶ事なんて、必要じゃなければしないかもしれないよ?」
「かまわんさ。私がただ、お前を愛しく思っているだけなんだから」
「だから、さ?」
「ん?」
「寂しくなったら、また、夢で会いに来て?」
「……いい、のか?迷惑じゃ、ないか?」
「会いに来られて困る相手には、こんなこと言わないよ」
不安そうに問う相手に、シュリは柔らかく微笑んだ。
「だから、会いに来て?迷惑なんかじゃないから」
手を伸ばし、さっきのお返しというばかりに、彼女の滑らかな頬を撫でる。
己の頬の上にある手の上から、そっとその手を握り、ブリュンヒルデはいたずらっぽく笑う。
「本気に、するからな?後でダメだって言ったって、聞いてやらんぞ?」
「いいよ。さすがの僕にも、わざわざ会いに来てくれた
シュリもいたずらっぽく瞳をきらめかせ、そう返す。
外野の二人が、
「ボクもっ! ボクも会いに行くからなぁ。ダメって言ってもダメなんだからなぁ!」
「アタシも、アタシも~! とっておきの一張羅で会いに行っちゃうんだからねぇぇ!」
そう叫んでいるのが否応無く耳に飛び込んできて、思わず笑ってしまう。
それは、ブリュンヒルデも同じだったようで。
二人は微笑みを交わし合い、そろそろみんなで話そうか、ときゃんきゃん騒いでいる外野の方へと体の向きをかえるのだった。
それからしばらく、自重を知らない女神様達……特に愛と美の女神による連日の睡眠妨害でシュリが寝不足に陥る事態が巻き起こり。
女神様達は、愛と美の女神様を正座させて話し合いを行い、自分達から会いに行くのはそれぞれ一ヶ月に一度にしようと、良識的な取り決めを行った。
その事実にシュリが感心して、率先して話し合いの席を設けた戦女神と運命の女神には月に二回までの訪問を許す事になるのだが、それはもう少し先の話である。
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