第251話 授業体験終わりの、ちょっと待ったコール②

 「ちょぉっと、待ったぁぁぁぁ!!」



 見事なまでのちょっと待ったコールに、サシャ先生がぎょっとしたように振り向き、シュリも声のした方に目を向ける。

 最初に目を引いたのは土煙。

 次いで、土煙をまき散らしながらものすごい勢いで走ってくる、見覚えのある教師の姿が見えた。

 その姿を確認したシュリは、やっぱりなぁ、と思いながらサシャの様子を伺った。

 一瞬で事情を察したシュリと違い、サシャ先生は思いっきり怪訝そうな顔をしている。

 彼女の内心を代弁するとしたらこうだろう。

 なんで彼がここに? ……きっとそんな感じだ。



 (サシャ先生って、意外と鈍感そうだもんねぇ。端から見てたら結構バレバレだったけど)



 己の鈍感ぶりを棚に上げて、シュリはそんな事を思う。



 「はぁはぁ。サ、サシャ先生、無事ですか!?」


 「え、ええ、まあ。バッシュ先生はどうしてここに?」



 全力疾走してきたバッシュが荒い息のまま問うと、サシャは若干身を引きつつ、内心の疑問を吐露した。



 「いえ、何となくサシャ先生のピンチを察知しまして。私が助けなければ、と急ぎ駆けつけた訳です」


 「……そうなんですか。それは、ご苦労様です」


 バッシュ先生は汗だくながらも、無駄にさわやかな笑顔で白い歯をキラリン、と輝かせる。

 これで服装がまともなら、ちょっとはいい感じかもしれないが、残念ながらバッシュ先生は平常運転。

 今日の彼の服装も普段とあまり大差ない、露出過剰なぴったりシャツと、これまたそこまでピチピチじゃ無くてもと言いたくなるようなぴっちり短パンである。


 当然の事ながら、そんなバッシュ先生の必殺の笑顔がサシャ先生相手に効力を発揮することはなく。

 サシャはクールに彼をねぎらって、更に一歩、距離をあけた。

 しかし、バッシュは彼女のそんな様子に気づくことなく、中等学校の教師三人組をねめつけた。



 「イヤな予感がして来てみれば、私のサシャ先生になにをしている!?」



 バッシュ先生が叫び、どさくさに紛れて所有権を主張されたサシャ先生の眉間に、不本意だと言うようにしわがよる。

 が、もちろんバッシュは気づかない。



 (バッシュ先生、確か前にサシャ先生から好みのタイプじゃないって、はっきり宣言されてたような……。忘れちゃったのかなぁ? ……忘れちゃったんだろうな。うん)



 シュリは、自分がサシャから煙たがられているなどとは夢にも思っていないだろうバッシュの顔をそっと見ながら思う。

 だが、事実はシュリの思った通り。

 自分に都合の悪い現実をこそっと棚上げする事を得意とする男……それがバッシュという人物だった。



 「な!? 私のサシャ先生、だと!?」 


 「ど、どういうことです! ま、まさか!?」


 「サ、サシャ先生はこんな奴が好みだと!?」



 突然の闖入者の発言に、三人の先生がわかりやすく動揺している。

 そんな彼らを、バッシュは優越感たっぷりの顔で見回した。



 「ふっ、聞いて驚け。私とサシャ先生の関係はな……」


 「無関係、という関係です」



 得意満面で、事実無根の自慢話を始めようとしたバッシュを、サシャがサックリぶった切る。

 その言葉に、胸をなで下ろす三人と、



 「む、無関係だなんて、そんな!サシャ先生~!!」



 情けない声を上げるバッシュ。

 サシャは非常に冷たい眼差しをそんなバッシュに向け、



 「ああ、無関係はちょっと言い過ぎかもしれません」



 言いながらその口元に凍えそうな笑みを浮かべた。

 その言葉に、ぱっと顔を輝かせるバッシュ先生。

 だが、サシャの口から出た言葉は、彼が望むのとは正反対といっていい内容だった。



 「そちらの方は、ただの同僚です。仕事だけのつき合いですので、プライベートでは無関係と言っても間違いではないと思いますが」



 彼女は、バッシュに関して全くもって興味はありませんとばかりに言い切る。

 そして、それなら自分達にも少しは希望が!? 、と鼻息荒くこちらを見つめてくる三人の教師達とバッシュの顔を順繰りに見つめ、



 「私の時間もシュリ君の時間も無限ではありません。そろそろ、はっきりさせましょう」



 そう言って、サシャはすぅっと目を細めた。



 「今日も、この先も、私が個人的にあなた方と食事に行くことはありません。残念ですが、他の方を当たって頂けますか?」



 冷ややかにそう宣言され、中等学校の教師三人は流石に、望みがないという事実に気づいたらしく、しょんぼりと肩を落とした。

 が、一人だけ、全くその事実に気づけない奴がいた。



 「サシャ先生、ここはもっとはっきり言ってあげないと。四人の中で、貴方の好みに一番近い男は誰なのかを、ね」



 奴は、はっはっはっ、と笑ってサシャ先生の肩を抱き寄せようとする。

 が、サシャは素早くそれを察知して距離をとり、その手は思い切り空を切った。



 (あれだけ言われてまだ理解できてないってのもすごいなぁ。ポジティブシンキングも、度を超すとただのはた迷惑だよね)



 サシャ先生も大変だなぁ、と本気で同情の念を覚える。

 なんとかしてあげたいとは思うのだが、ここでシュリがしゃしゃり出てもどうにもならないだろう。

 むしろ話が混乱しそうなので、シュリは空気になったつもりで、じぃっと動かずサシャの胸にしがみついていた。

 とはいえ、対話でうまくおさまらずに相手が暴走するようであれば、即座にサシャを守って戦う用意は出来ていたが。

 バッシュの言葉に、サシャは重々しいため息を漏らした。

 彼にはどうやら、もっとはっきり伝えないとダメらしい、そう理解して。



 「私の好み、ですか」


 「そうですよ。たとえば、筋肉がたくましい男性が好き、とか、いつも近くで見守ってくれるような大人な男性がいい、とか……ねっ」



 ウィンクと共にバッシュが茶々を入れてくる中、サシャはほんの少し考え込んだ。


 好みのタイプを言うのは簡単だ。

 今現在、もっとも心惹かれている相手を思い浮かべ、その特徴を並べればいいのだから。


 ただ、昔はもっと違ったタイプが好みだった。

 年上で、包容力があって、あまり干渉しないでくれる大人しい人。


 でも、今、サシャの心をときめかせる唯一の人は、それとはまるで違ったタイプで。

 その結果から見れば、好みのタイプなんてものは、あって無いようなものだと思う。

 結局は、好きになった人がタイプなのだ。


 だがしかし、それをそのまま口に乗せれば、目の前の四人を喜ばせるだけ。

 ここははっきりきっぱり、サシャの好むタイプは彼らとは全く違うと、伝えておかなければならないだろう。

 そう判断したサシャは、一つ頷き口を開く。



 「まず、最初に。私は体も頭も筋肉で埋め尽くされたような男性は全く好みではありません。無駄に筋肉を見せつけられる事も嫌いです。なので、バッシュ先生の服装は全くもって理解できませんし、出来ることなら視界に入れたくないと思っています。本当に、申し訳ないですけれど、これが私の本心です」



 心を決めたサシャは容赦がない。まずはきっぱりとバッシュを拒絶した。

 サシャも、四人の中でバッシュが一番手強いと感じていたのだろう。

 なので、まずはバッシュの妙な自信を折るところから始めようと考えたようだ。



 「き、筋肉が、嫌い? そ、そんな! まさか……。だって、サシャ先生は私を……私の筋肉も、好き、なんじゃあ?」


 「嫌いです。残念ですが」



 混乱したようなバッシュに対し、サシャは一切の容赦なく追い打ちをかける。

 下手に手心を加えると面倒なことになる、と彼女も理解しているようだ。

 まあ、たまに、そうやって容赦なく追いつめると暴走する輩もいるが、もしそうなったらシュリの出番だ。

 もし、ここにいる四人が全員で襲いかかってきても、負けてやるつもりはない。



 「そんな……そんなわけない。うそだ。うそに決まって……」



 サシャ先生の言葉が大分ショックだったのだろう。バッシュ先生は一人でぶつぶつなにか言っている。

 少々危険な兆候だが、サシャ先生もここでやめるつもりは無いようだった。



 「私の好みのタイプは、そうですね……。はっきり言ってしまえば、私の好みは小さくて可愛くて、でもちょっとかっこよくて、男らしいところもちゃんとある、頼りになる男の子……でしょうか」



 言い切って、彼女はチラッとシュリを見てから目の前の四人を見渡すと、



 「少なくとも、先生方は私の好みのタイプとはかけ離れている様です。残念ですが。なので、大変申し訳ありませんが、お食事のお誘いはお受けできません」



 とシュリを抱っこしたまま深々と頭を下げた。

 だが、四人から明確な返事は帰ってこず、サシャは再び軽く会釈をすると、



 「では、そろそろ失礼します。お疲れさまでした」



 そう言って彼らに背を向けて歩き出した。

 シュリはサシャの首にしがみつくようにして、その肩越しに背後の四人の様子を確かめる。

 中等学校の先生達三人は、もう完全に心は折れている様に見える。

 がっくり肩を落とした彼らは、



 「……今日はみんなで飲みにでも行きますか」


 「ふ……そうですね。ぱーっとやりましょうか」


 「……そうだな。今日はとことん飲んで忘れよう」



 などと今夜は寂しく男同士で飲みに出かける相談をしている。

 が、一人だけ。

 バッシュだけは、執着心も露わに、サシャの背中を目で追いかけていた。

 その瞳の中には、人前で拒絶された事に対する恨みが見え隠れしている。サシャに対する、諦めきれない欲望も。



 (ん~……しばらくの間、サシャ先生の周囲に気をつけてあげた方がいいかもなぁ)



 ちょっとイヤな予感がしたシュリは、こっそり[レーダー]を立ち上げるとサシャ先生にマーカーをつけて、アラーム機能もONにしておいた。

 こうしておけば、サシャ先生になにかあった時にすぐ分かるだろうから。

 まあ念の為、というやつである。



 (なにもなければそれに越したことないんだけどね)



 バッシュ先生が、変な行動に出なきゃ良いなぁと思いつつ、シュリはサシャ先生の腕の中で、こっそり小さなため息を漏らす。

 中等学校の授業体験期間がやっと終わって普段の生活に戻れるかと思いきや、今度は先生達の恋のトラブルに巻き込まれそうな予感。

 いや、恋のトラブルと言うよりは、ストーカー事案になりそうな予感がひしひしとしていた。



 (僕ってば、もしかして、知らない間にトラブルの女神様の加護でも貰っちゃってるんじゃないのかなぁ?)



 思いながらステータスを確認してみるが、もちろん新たな加護が増えているなんて事はなく。

 シュリはもう一度ため息をこぼして、バッシュ先生が変な気を起こしませんように、と一応神様にお祈りしておいたのだった。

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