第242話 サシャ先生と一緒にご飯

※話数の数字、漢数字じゃなくしました。ちょっと読みにくいかと思って……前のほうは徐々に修正します。


◆◇◆


 「さ、シュリ君。今日のお弁当ですよ」



 言いながら差し出された包みを、シュリは満面の笑顔で受け取る。

 中等学校の授業体験週間も半ばに差し掛かり、サシャ先生の差し入れ弁当の美味しさも身にしみて分かってきていたからだ。

 それに今日は、体を動かしたから特にお腹が空いていた。


 嬉々としてお弁当のフタをあけたシュリは、行儀が悪いと分かっていながらも、小さな口いっぱいに幸せな味のお弁当をほおばる。

 まだ幼さを残すふくっとしたほっぺをパンパンにしたその様は、まるでハムスターの様に愛らしい。

 そんなシュリを、サシャはいつもと同じように何とも幸せそうな表情で見守っていた。



 「おいしいですか?シュリ君」



 連日繰り返される問いかけに、シュリは夢中で頷く。

 そして、旺盛な食欲のままに自分のお弁当を食べ尽くしたシュリは、何となく物足りないような気持ちで親指を口にくわえた。

 子供っぽいからもうやめないとと思うのだが、ふとした拍子についついやってしまう。

 サシャは愛おしそうにそんなシュリを見つめ、それから全く手つかずだった自分の分のお弁当をシュリの前へそっと移動させた。

 そして、



 「よかったら、先生の分も食べてくれますか?」



 そんな提案。



 「えっと、でも、僕が食べちゃったら、先生がお腹空いちゃうでしょ?」



 食べたいけれど、でも、と己の食欲と葛藤しつつ、サシャの顔を見上げると、



 「先生はなんだか食欲がないので……シュリ君が食べてくれれば助かります」



 彼女は少し疲れたように笑ってそう言った。

 なら遠慮なく、とサシャのお弁当を食べ始めたシュリだが、食べながら心配そうに美人教師の憂い顔を見上げた。



 (……どうしたんだろう?何かイヤなことでもあったかな~?)



 学校へ通い始めてから、サシャ先生にはとってもお世話になっている。

 担任教師のバッシュ先生なんかとは比べものにならないくらいに。

 シュリはサシャ先生が好きだったし、その真面目な教師ぶりは尊敬していると言っても過言ではない。


 そんなサシャ先生がもし悩んでいるなら、どうにかしてあげたいと思うのが人の情というもの。

 シュリは食べ残し一つなく、きれいにペカっと食べきったお弁当のフタを閉めて、ごちそうさまでしたとサシャの前にそっと置くと、



 「先生。僕、こう見えて人の話を聞くのは上手な方です」



 じぃっと彼女を見つめてそう言った。

 それはどういう意味でしょう?というように、サシャが首を傾げる。

 そんな彼女を見上げ、シュリは微笑んだ。



 「もしなにかイヤな事があったなら、誰かに話しちゃった方が楽になりますよ?」



 細かな表情の変化を見逃さぬよう目線をサシャの顔に縫い止めたまま、シュリは自然な動作で彼女の手に己の手を重ねた。

 とたんに、滅多に顔色を変えないと評判のサシャの顔が見事なまでに薄紅に染まっていく。

 首もとまで赤く色づいた彼女を見て、先生も立派に年上の女性なのだと言うことを思い出し、



 (え~っと。ちょっと、まずかった……かな?)



 己の自重を知らないスキルを思い、シュリはほんのり口元をひきつらせた。

 なんだか、先生は先生という生き物で、年上の女性だという認識が薄かったため、ついつい距離を詰めすぎてしまったかもしれない、と。



 (ちょ、ちょっと離れておこう、かな)



 サシャ先生の潤んだ眼差しを受け、内心冷や汗を流したシュリは、そろ~っと相手を刺激しない様に距離をとろうとした。

 だが、時すでに遅し。

 シュリのちっちゃな手は、サシャのすべすべした手の中にぎゅっと閉じこめられてしまった。

 こうなってしまってはもう仕方がない。

 シュリは腹を決め、サシャの顔をまっすぐ見上げた。



 「先生。何か、困ってます……よね?」


 「……どうして、そう思うんですか?」


 「だって先生……なんだか困った顔、してます」


 「……いつもと同じにしていたつもりなんですが」



 おかしいですね、とサシャは空いている方の手の平で自分の頬をするりと撫でる。

 不可解です、とでも言いたげに、その眉間にしわが寄るのを見て、シュリは小さく笑うと彼女の眉間を指先できゅっと撫でた。



 「わかり、ますよ?僕、先生の事、ちゃんと見てますから」



 その言葉と、撫でられた眉間に残るシュリの指先の感触を反芻するように、サシャの指が己の眉間をゆるりと撫でる。

 すでにうっすら赤いその顔が、じわじわとその赤さを増すのを見て、しまったなぁ、と思うもやってしまったことはもうどうにもならない。

 シュリはじぃっとサシャを見上げたまま、彼女の言葉を待った。


 生徒に己の個人的な悩みを相談するべきか否か、悩むサシャの心境を現すようなしばしの沈黙。

 だが、シュリの包み込むような眼差しに促され、貝の様に閉ざされた唇がゆるゆると開いていく。


 その時のシュリが醸し出す雰囲気に、こんな幼い子供のどこにこんな包容力が!?とサシャは心底驚いていたらしいのだが、シュリにはもちろん伝わらず。

 そんなダダ漏れな包容力を発揮していたシュリがもし、そんなサシャの内心を知れば、きっと呟いたことだろう。

 いや、だって、何年か前まで二九歳の女子、やってたし。まあ、年相応に、ね?……と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る