第二百四十一話 中等学校へ行こう~アグネスの落ちないワケ~

 その日の午前中の実技の授業は、結局、アグネスと組んで事なきを得た。

 少し離れたところで同じく実技の授業をしていた魔法科の方から時折恨みがましい眼差しが飛んできたが、取りあえず、今日のところは知らんぷりを決め込んだ。

 甘やかしすぎは良くないと、自分にそう言い聞かせながら。


 そうやって、短くはない時間、アグネスと共に過ごしていたが、アグネスの態度は最初と変わらない。

 シュリに対しての彼の態度は、優しい親切なお兄さん……いや、お姉さんのままで。


 午前中の授業が終わる頃には、熱い眼差しが大量生産されていて、正直ちょっぴり疲れてもいたので、アグネスのそんな態度は本当にありがたかった。

 そんなクラスの空気を感じたのだろう。



 「みんな、シュリ君の魅力にメロメロねぇ。さすがは、リュミスちゃんの魔性の僕ちゃんだわ……」



 感心したようにしみじみと、そんな感想を述べてきた。



 「……魔性の僕ちゃんはやめて……お願いだから」



 げんなりして返すと、



 「あら、いや?魔性の僕ちゃんって響き、可愛いのにねぇ。でも、シュリ君がいやなら、シュリ君の前では使わないようにするわねぇ?」



 くすくす笑いながらそう返された。

 僕の前じゃなくても使わないで欲しい、と思いつつアグネスを見上げ、ふと疑問に思った。

 アグネスは、僕のスキルの影響をどうして受けないでいられるんだろう、と。

 小首を傾げ、アグネスの男らしい顔を見つめていると、それに気付いた彼が、



 「なぁに?どうしたの??おねぇさんに質問かしら??」



 そう促してくれた。

 折角なのでお言葉に甘えて、



 「えっと、さっきアグネスはみんなが僕にメロメロって言ったけど、アグネスはそうじゃないよね?」



 そう問いかける。

 心底不思議そうなシュリの顔を見て、アグネスはクスリと笑った。



 「こんなにみんなの愛情を一心に受けてるのに、まだ足りないの?おませさんねぇ。それに、メロメロって程までじゃないけど、私もシュリ君の事は可愛いって思ってるわよぅ?」


 「メロメロじゃないのはなんで?」


 「いやぁねぇ、シュリ君ってば、そんなにおねぇさんの愛情が欲しいわけ?でもダメダメ。私の愛情を受け取るには、シュリ君はまだちっちゃすぎよぅ。もっと君が大きくなって筋骨隆々になったら……って違う違う。質問はそうじゃなかったわね。えっと、私が何でシュリ君にメロメロじゃないか、だったわよねぇ」


 「うん、そう」


 「なんでって言われても、そうねぇ……」



 アグネスは周囲を見回して、それからシュリの耳元に顔を寄せた。

 どうやら秘密の内緒話をしたいらしい。シュリは黙ってアグネスの次の言葉を待つ。



 「私が、あつぅ~い恋をしているから、かしらねぇ」



 くふふっと笑いながらの耳打ちに、なるほどなぁとシュリは頷く。

 以前から検証していることではあるが、シュリ以外の誰かを真剣に想う気持ちがあれば、シュリのスキルは効果を発揮しない。

 いや、発揮しないという訳ではないかもしれない。

 実際、想う相手がいる場合であっても好感度の上昇は著しいのだ。

 ただ、その想いの先をねじ曲げてまで、シュリの方へ向けることはないと言うだけで。



 (そっか。アグネスは真剣に想う人がいたから、普通に好感度があがるだけですんだのか)



 なら、これから先もいい友人としての関係性でいられそうだ、と思わずほっと息をつく。

 アグネスの事は嫌いではない。

 むしろ、好意を持っている方だが、それでも筋骨隆々とした乙女に言い寄られるのは本意ではない。

 出来ればこのままずっと友達として仲良くしていきたいと思いながら、シュリはにっこり微笑んでアグネスを見上げた。



 「アグネスの好きな人って、きっと素敵な人なんだろうな。僕、応援するね」


 「シュリ君……なんていい子なの!!」



 心からの言葉を告げれば、アグネスは感極まったように筋肉質な太い腕をばっと広げた。

 あ、やばい。抱きつぶされる、と思った瞬間、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 そしてシュリの体はさっと後ろから伸びてきた腕に抱き上げられ、アグネスに抱きつぶされるという事態は何とか避けられた。



 「さ、午前の授業は終わりです。ご飯に行きましょう」



 クールにそう告げたのはサシャ先生。

 彼女はアグネスに向かって、シュリ君のお世話をありがとうと深々と頭を下げると、シュリを腕の中に閉じこめたまま、さっさとその場を後にしたのだった。 

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