第二百二十八話 色々な授業体験

 入学してからこっち、とにかく色々な事があった……。

 入学式は大騒動だったし、クラスではなんでだか上手に友達は作れないし。

 まあ、ごく一部、どうにかこうにか仲良くなった人もいるし、最近はなんだか沢山の人から遠巻きに愛でられている気はするのだが。


 因みに、学校の授業は全く問題ない。

 小さい頃からジュディスがつきっきりで色々教えてくれたし、前世では一応大学まで出ている訳だから、あちらでの小学校教育を下回る教育レベルでつまずくはずはなく。

 やりすぎは良くないと手加減は十分にしたつもりが十分ではなく、さらっとこなしてしまったのが悪かった。


 新入生に完全になりきったつもりで日々を過ごしていたある日、サシャ先生から呼び出しを受けた。

 何の用事だろうと首を傾げながら彼女の元を訪ねたシュリに、重々しく彼女は告げた。

 あなたの飛び級を検討しています、と。


 これに驚いたのはシュリである。

 なんといってもまだ入学したばかり。まだまだ新入生生活を続けていく気は満々だったからだ。

 が、学校側はそうは思わなかったようで。

 シュリの稀にみる優秀さに、このまま新入生のままでおいておくのはいけないとの判断が下ったらしい。


 特に校長先生の、シュリ君のすばらしい才能をつぶしちゃいかん!!との主張の勢いはすさまじかったそうだ。

 目の血走りももの凄く、鼻息も荒い中、唾を盛大に飛ばしての大演説だった……とサシャ先生は遠い目をして教えてくれた。


 疲れ果てた様子の彼女を見上げ、きっと大変だったんだろうなぁ、とついつい同情の念がわき起こる。

 そんな彼女を、自分の我が儘でこれ以上疲れさせちゃだめだよねぇ、と思ったシュリは、サシャ先生から告げられた提案をとりあえず全面的に受け入れる事にした。


 サシャ先生曰く。

 来週から一週間ずつ、順次各学年の授業に参加し、どの学年に飛び級するのが適当か判断する、との事だった。


 正直不満はある。

 だってシュリは、ごく普通の子供が体験するような学校生活を、ごく普通に堪能したかったのだから。

 でも仕方がないのだろう。

 一生懸命周囲にあわせていたつもりだが全く持ってシュリの擬態は機能しておらず、毎日非常に悪目立ちをして、更に望んでそうしたわけではないが、その優秀さを周囲にイヤと言うほど見せつけていたのだから。


 サシャ先生が不安そうに見守る中、シュリは仕方なしに頷いた。

 そんなシュリに、ほっとしたように頬をゆるめたサシャ先生を見て、申し訳ないなぁ、苦労をかけるなぁと思ったのも、もう二ヶ月近く前のこと……。


 各学年一週間……つまり五週間ほどかけて各学年の教室を渡り歩いた日々は、もう、なんというか、大変だったとしか言いようがない。


 三年生のミリシアのクラスでは、とにかくミリーがぴったりで、初めのうちは姉様ファンクラブの人達の視線がとにかく痛かった。

 週の半ばには、教室の中は急激に増えてきたシュリ派と元々の大勢力ミリー派の対立が激化してなんだかギスギスした空気になり。

 だが最後の方には、それぞれの勢力は歩み寄りを見せ、シュリ君とミリーちゃんの未来を見守ろうという共通の目的の元、固く手を握りあったのだった。


 五年生のクラス。学年総代を勤めるルゥのクラスでは、日々、彼女の隣の席で過ごした。

 シュリと一緒のクラスという事に浮かれたルゥが、毎日うっかり味見し忘れたお弁当を作ってくれて、お昼休みのたびに光の精霊さくらとルゥのバトルになったことは記憶に新しい。

 作ってくれたものを無駄にすることなんて考えられないシュリによって、お弁当は毎日きちんとシュリの頑丈なお腹で無事に消化されはしたが。


 刺激的なお弁当を食べ続けたその一週間、ルゥの壊滅的な料理スキルを何とかしないとなぁと思い続けたせいなのだろうか。

 なぜか、[お料理教室]などというスキルをゲットした。

 これは、料理が下手な人に、料理を上手に作れる技術を上手に教え込めるスキルなのだとか。

 ルゥのお弁当の試食を一手に引き受ける彼女のお父さんが可哀相なので、近々ルゥのためのお料理教室を開くつもりである。


 因みに、ルゥのファンに関してだが、彼女のファンは女の子が大多数を占めていたため、特にシュリに対する嫉妬のようなものは起こらなかった。

 むしろルゥが可愛がっている相手として構われ、シュリは不特定多数のお姉さま方から非常に可愛がられたとだけいっておく。


 さて、最後の一週間はアリスのいる六年生のクラスだった。

 アリスはミリー程シュリにべたべたではないので油断していたが、べたべたされる代わりに、シュリは休み時間の度に彼女に引っ張り回された。

 やれ運動だの、やれ模擬戦の相手をしろだの、やれ縄張り争いだの……。


 まあ、疲れたことには疲れたが、たくさん体を動かしたから、健全と言えば健全な一週間だったような気がする。


 ただ、アリスの体の使い方や剣の使い方について、気になったことをアドバイスしていたら、アリスの強さが軽く小学六年生レベル越えてしまったことだけはちょっと悔やまれる。

 一週間の終わり、アリスは目をキラキラさせてもっと教えて欲しいと求めてきたが、あまり規格外になりすぎるのも考えものなので、曖昧に笑ってはぐらかした。

 なんだか、[教育者の極み]というスキルがいつの間にか増えていて、気軽に勉強の教えあいっこも出来なくなっちゃった……とちょっと落ち込んだシュリなのだった。

 

 さて、そんなこんなで貴重な五週間はあっという間にすぎ、それから審議の為に更に数週間がたったある日。

 シュリは再びサシャ先生に呼び出された。


 普通の子供のするように、一つずつ階段を上っていきたかったシュリとしては複雑だが、恐らく飛び級する学年が決まったのだろう。

 これでエリザベスやリアともクラスが別れちゃうのかぁと、ちょっとしょんぼりしつつ呼び出された教室のドアを開けて中に入る。

 すると、そこにはシュリよりも暗い顔をしたサシャ先生の姿があった。


 そんな先生の姿を見て、シュリは大きく首を傾げる。

 シュリの飛び級が決まって、サシャ先生も一安心のはずなのに何でだろう、と。



 「サシャ先生?」



 問うように呼ぶと、先生はシュリが目の前にいるのにやっと気づいて、自分の表情を取り繕うようにその口許をわずかにゆるめた。

 そんな彼女の傍らへ行き、彼女の顔を見上げて、



 「先生、何か心配事ですか?」



 と、重ねて問うと、先生は少し驚いたように目を軽く見開いてから、ほんの少しほっぺたを赤くした。

 彼女は柔らかく微笑み、それから再び表情を引き締めて、



 「今回の試みで、あなたの行くべき学年は決定しきれませんでした」



 シュリの目を真っ直ぐに見つめて彼女はそう告げた。

 伝えられた言葉を咀嚼し、シュリは小首を傾げて、



 「えっと、それはまた各学年の授業体験をやり直すって事ですか?」



 そう問いかける。だが、サシャ先生は首を横に振った。



 「じゃあじゃあ、飛び級は中止ってこと……ですか?」



 重ねて問いかけてみるが、サシャ先生の首は縦には振られない。

 飛び級は中止になったわけではなく、各学年の体験をやり直すわけでもない。

 なら、これからどうなるのだろうと、自然をサシャ先生の顔をじっと見つめていると、それに気づいた彼女の顔がどんどん赤くなっていくのが分かる。

 でも、がんとして表情は変えずに冷静さを保とうとする様子が何ともシュールだった。



 「シュリナスカ・ルバーノ君」


 「はい、先生」


 「あなたの飛び級先は、今回の試みでは決め切れませんでした」


 「はい」


 「なので、あなたは来週から、中等学校のクラスの授業を体験してもらいます」


 「中等学校、ですか?」


 「不安だと思いますが、今回の授業体験は先生も同行してちゃんとフォローしますから……」



 先生の訴えるようなまなざしに、シュリは腕を組んでう~んと唸る。

 初等学校に入学して半年もたたない内に中等学校へ体験とは言え通う羽目になるとは、これはリュミス姉様の呪いかなにかだろうかと、少々失礼な事を考えつつ。

 まあ、当のリュミスはそんなシュリの考えを知ったところで、呪ったくらいでシュリと一緒に登校できるならいくらでも呪ってみせる……と表情も変えずに答えそうではあるが。

 そんなシュリの様子に、シュリが嫌がってると感じたのだろう。



 「やっぱり、イヤですか?」



 サシャ先生の眉がへんにょりと下がり、困った顔になる。

 先生の困った顔はじめて見たな~、とついついその顔に見入っていると、彼女はいよいよシュリが嫌がっているとの誤解を深めた。

 まあ、嫌がっているというのはあながち間違いではなく、正直、中等学校へ行くのは気が重い。

 だが、サシャ先生を困らせたい訳でもないので、断るつもりはなかったが。

 しかし、そんなシュリの心境がサシャ先生に伝わるはずもなく、



 「もし、私の同行では不安ということでしたら、どうにか手を回して担任のバッシュ先生に同行してもらえるように手配します。やはり、担任の先生の方が、シュリ君も色々と安心かもしれませんし……」



 そんなとんでもないことを言い始めたので、



 「僕、バッシュ先生よりサシャ先生がいいです!!」



 シュリは慌ててそう制止した。

 その言葉に驚いたように、サシャ先生が軽く目を見開く。



 「……私で、いいんですか?」


 「はい、サシャ先生がいいんです!!」



 言い切ったシュリの言葉に、サシャ先生の頬がぽっと赤くなる。

 いつもはクールな瞳が熱を帯び、とろんと潤んできた気もするが、ここでサシャ先生以外を望む選択肢などない。

 バッシュ先生についてこられたら、毎日が暑苦しくてうっとうしくて仕方がなくなってしまうだろう。

 それだけは勘弁して欲しいというのがシュリの正直な心境だった。



 「サシャ先生とじゃないと、僕、中等学校へは行きたくないです!!」



 大丈夫とは思ったが、念押しの為にそう告げる。



 「私とじゃないと、だなんて……シュリ君はそこまで……私も、覚悟を決めなくてはならないかもしれませんね」


 「先生?」



 ぶつぶつと独り言を呟く先生を、シュリはきょとんと見上げる。

 その呼びかけにはっとしたように先生はシュリを見つめ、



 「こほん……な、なんでもありません。シュリ君、中等学校での昼食は先生があなたの分もお弁当を作って行ってあげます。お昼休みは毎日二人で……その、話し合いというか、打ち合わせというか……とにかくっ!お昼は毎日一緒にとりましょう?」



 その唇から出たのはそんな提案。

 お弁当……最近はやけに不穏な空気を伝えてくるその単語に、シュリは少々警戒心をにじませる。



 「お弁当、ですか?」


 「ええ。もちろん、先生の手作りです。シュリ君は、他人の作ったお弁当がイヤな人ではないですよね?ルーシェスさんのお弁当は、よく食べているみたいでしたし……それとも、ルーシェスさん以外のお弁当は食べたくありませんか?」



 思わず反射的に問い返すと、先生は不安そうにそう返してきた。

 ルゥのお弁当以外食べたくないなんて事はもちろんないし、むしろルゥのお弁当を食べる事が少々苦痛であったりする今日この頃。

 忙しい日々を過ごしていたため、まだ新しく覚えた[お料理教室]のスキルを実践する間もなく、ルゥの料理のクォリティは以前のままなのだ。


 早く時間を作って、ルゥのお料理スキル改善を目指さないとなぁと、遠い目をしつつシュリは思う。

 ついこの間も、最近お父さんの元気がない、とルゥから話を聞いたばかりなのだ。

 病人でも食べやすい料理を作ってあげようかな、というルゥを思いとどまらせ、今度、お父さんのお見舞いに行く約束を取り付けた。


 ルゥのお父さんのお見舞いに行き、その場でルゥと一緒に料理をしながら、ルゥの料理スキルの矯正をする。

 ばっちり自然な流れである。

 これならルゥを傷つけることなく彼女の料理の腕を底上げし、彼女の周辺の人の胃袋の安全も守れるだろう。

 そんなことをつらつら考えていたら、



 「先生は、自分のお料理は味見をする派ですか?」



 無意識のうちにそんな質問が口から滑り出ていた。

 そんな当たり前の事を聞かれた先生はきょとんとして、



 「お料理の味見は当たり前です。それに、先生はいつも自分のお弁当を作っていますから、常に味のチェックは万全ですよ?多分、美味しいとは思いますが、自分以外の評価をもらったことがないので、それはなんとも……」



 そこまで言葉を紡いでから、不意にはっとした顔をした。そして、赤い顔を更に赤くして、



 「な、なので、出来ればシュリ君にきちんと評価をしてもらえたら、先生も安心出来るんですけど。でも、どうしてもいやだったら……」



 シュリの方を伺うように見ながらの提案を、



 「味見しているお弁当なら大歓迎です!!」



 シュリは少々食い気味に受け入れる。

 リアル少女マンガの体現に興味を覚えた事もあったが、あれは一度だけだからいいのだ。

 失敗の域を軽く超えた凶悪なお弁当を毎日食べるのは、やっぱりちょっと辛い。

 あの、ルゥのお弁当を、スキルなしに耐え抜いているルゥのお父さんにちょっぴり尊敬の念を覚えつつ、



 (やっぱりお弁当は、ごく普通の、きちんと味見がしてあるものに限るよね!!)



 力強く、シュリはそう思った。



 「そ、そうですか」



 そんなシュリの満面の笑顔にあてられたように、先生の顔は更に赤くなっていく。



 「で、ではそのようにしましょう」



 そんな取り繕うような台詞も、真っ赤な顔では締まらない。

 しかし、サシャ先生はその事実に気づいていなかったし、シュリはまともなお弁当を頂ける事に舞い上がっていて、突っ込むどころではなかった。



 「先生のお弁当、楽しみにしてますね!」



 シュリはにっこり微笑んで、サシャ先生はうっと胸元を押さえる。

 先生の手作り弁当を食べられる事実に舞い上がっていたシュリは、このとき全く気づくことが出来なかった。


 先生の好感度がぐんぐん上がり、その恋心があっという間にカンストしてしまったという事。

 そんな事実にも、サシャ先生がこっそり固めた覚悟にもまるで気づくことなく、シュリはただ、ごく普通の手作り弁当を食べられる喜びをぐっと噛みしめていたのだった。

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