第二百二十五話 そのお弁当、危険につき⑤

 「まあ、ビリーのことはどうでもいいんだ。それより、シュー君。お昼ご飯、まだだよね?」



 シュリを抱き抱えたまま、改めて腰を下ろしたルゥは、腕の中の愛しい人の顔を伺うようにじっと見つめる。

 その言葉に、シュリは自分がとても空腹だった事を思い出し、切ない顔でお腹を押さえた。



 「うん……お昼休みが始まるのと同時にビリーが来て、食堂に行ってる暇がなかったんだ……」



 しょんぼり答えるシュリとは裏腹に、ぱっと顔を輝かせるルゥ。

 そして、シュリに見えない場所で、ビリーに向かってぐっと親指を立てた。でかした、良くやったと褒めるように。



 「ん?」



 それに気づいたシュリが振り向くと、ルゥはその手をさっと隠し、何でもないよとにこにこ笑った。

 そして、持参していたそれなりの大きさの包みをいそいそと取り出す。



 「あ、あのね?今日は、その、シュー君の為にボク、お弁当を作ってきたんだ」


 「お弁当?僕のために??」



 大分腹ぺこなシュリは、その言葉を素直に喜んだ。

 因みにビリーはもう屋上にはいない。

 へっ、俺なんかがいちゃあ、二人の邪魔にしかなんねぇだろ?と妙に自虐的な言葉と共に、自分の教室へと戻ってしまった。

 まあ、実のところは、今おつき合いしている女の子が手作り弁当と共に待っているようだったが。


 お腹が空いていたシュリは、その後ろ姿をいいなぁと見送ったのだが、なんとシュリにも手作り弁当が用意されているという。

 わ~、どんなお弁当だろう?とわくわくしながら目の前に置かれた包みに手を伸ばす。

 いや、伸ばそうとした。

 が、その手はお弁当の包みに届く前に押しとどめられた。何もない空間から、突如現れた美しい人によって。



 「……得体の知れないにおいがするわ。こんな劇物、食べちゃだめよ、シュリ」



 出てきたのはさくらだ。

 しかもご丁寧に、一般人……つまり、ルゥにも見える姿で突然出てきたものだから、ルゥの目がまんまるになるのも仕方なく、そんな彼女の口からこぼれたのは、



 「……きみ、今、一体どこから??」



 そんな言葉。

 それを聞いたさくらがあからさまに、しまったぁぁぁ、という顔をする。

 ルバーノの家ではもうすっかりその存在を周知され、いつも自由に過ごしているため、その勢いでさらっと出てきてしまったらしい。


 さくらは、どうしよう、と問うように、困ったような顔をシュリに向けた。

 こういう時、他の四人の精霊達なら、すらすらと口から出任せが……いや、グランには無理かもしれないけど……出てくるのだが、さくらはいかんせん、まだそういう経験値が少なすぎた。


 見た目は大人なのに、その表情は途方にくれた子供にしか見えず、シュリはそんな場合じゃないと思いつつも、ついつい微笑んでしまった。

 そして、ちらりとルゥの顔を盗み見て、まあ、彼女になら己の秘密の一端がバレても大丈夫だろうと判断。



 『今回は仕方ないから、ルゥに事情を話すよ。次は気をつけてね?さくら』


 『ごめんなさい、シュリ……』



 しょぼんとした顔をするさくらにそう念話を飛ばして、改めてルゥの顔を見上げた。



 「シュー君……あの人、シュー君の知り合い??なんだか一瞬で現れたような……それともボクの見間違いかな……」



 普通の人がそんな出方するわけないよね?目がおかしいのかなぁ??と、目をこすっているルゥの手をそっと押しとどめ、



 「えっと、詳しく話すと長くなるから簡単に話すと……」



 突然シュリに手を握られ、ぽっと頬を赤く染めたルゥに、シュリは小声で話しかける。

 といっても、周囲にシュリ達以外の人影なんてありはしなかったけれど。

 だが念の為、さくら以外の精霊のみんなにお願いして、盗聴防止措置をしてから、シュリはその後の言葉を続けた。



 「さくらは、僕の精霊なんだ」


 「精霊……って、あれだよね?昔は色々なところにいたけど、今は見るのも見つけるのも難しいっていう、すっごく希少な……」


 「ん?どうなんだろうね??そういうものなのかな???」


 「そうだよ!昔、精霊期って呼ばれる時代には、人間の精霊使いもいたけど、今となってはエルフの精霊使いも稀だって、授業で教えてもらったもの」


 「そ、そうなんだ?へぇ……」



 そう言われてみればエルフの隠れ里の一つである、シュリの祖父・エルジャバーノが住んでいる集落でも、精霊使いと呼ばれる者はいなかったような。

 みんな、一度は目指す人気職ではあるようだが。


 そんなこと、すっかり忘れて、さらっと明かしてしまった秘密だが、これはこれで結構な秘密であったようだ。

 シュリの場合、他にも沢山秘密があるので、何となく感覚が麻痺していた。

 たとえば、人の域を越えてしまった気がするレベルとか諸々の能力とか、人には言いにくい変てこなスキルや恥ずかしすぎる称号とか、うっかり三人もいる愛の奴隷の事とか……。

 そういったことに比べれば、精霊五人と契約していることくらい、と甘く見ていたが、冷静に考えれば十二分にすごい事……の様な気がしてきた。


 だが、もう口から出てしまったことを取り戻すことは出来ない。

 ならせめて、お世話をしている精霊は一人だけ、と言うことで押し通そう、そう思ったのだが、人生、そう甘いものではなかった。



 「そうですわ。シュリはとっても貴重な精霊使いなのですから、もっと敬いなさいな!」


 「そうだぜ~。シュリはすっげぇんだから、大事にしろよな~」


 「よな~」


 「……ほ、本当にいいのだろうか??勝手に出てきては、シュリの迷惑になるのでは……」


 「ま、また突然人が!?最初の人もあわせて全部で五人……ということは、シュリは五人も精霊を!?」



 気がついたら、残りの四人も顕現してた。

 そして、誤魔化す間もなく、ルゥは物わかり良く驚愕の声をあげている。

 今から誤魔化すのは無理だろうなぁ、と思いつつ、シュリはじと~っと後から現れた四人の女性を見つめた。


 さくらはまだいい。

 生まれてそれほど時を経ていない彼女は、まだまだ世間知らずなのだから仕方がないと思える。

 ……が、残りの四人はそれなりの年月を上位精霊として過ごしているはずなのに、常識というものはないのだろうか?

 若干一名、常識的なことを言っている精霊ひともいるが、一緒に出てきてしまっている時点で同類だろう。


 むぅ、と唇を尖らせつつも、なんだか色々と諦めることに慣れてしまっているシュリは、小さな吐息を一つこぼし、今回も余計な言い訳をする事を諦める事にした。

 というか、



 「何を言っていますの、グラン。シュリはさくらを己の精霊だとそこの少女に紹介しましたのよ?となれば、私達の紹介もするに決まっているでしょう!?」


 「そ、そうか??そ、そういうものなのか!?」


 「そうだそうだ~。ほれ、シュリ。遠慮なくアタシの事も紹介してくれていいんだぜ?その、僕の大事な炎の精霊です……ってさ」


 「そうだよ~。うちの事も遠慮なく紹介しちゃっていいんだよ~。僕の一番大事な風の精霊です~って」


 「二人とも、さっきから大人しく聞いていれば、好き勝手に!!シュリの一番の精霊は私ですわ!!ですから、シュリも遠慮なく、僕の愛する水の精霊ですって紹介して下さっていいんですのよ?」


 「ど、どうしよう……シュリは私のことをなんといって紹介してくれるのか……僕の一番大好きな大地の精霊です……とか?う、嬉しくて、なんだか鼻から赤い汗が……」



 そんな会話の後にどんな言い訳をしろと?

 出来る言い訳なんて、せいぜい、この人達は自分を精霊だと思いこんでいる痛い人達ですって言い張ることくらいじゃ無かろうか?

 でも、ルゥは生徒総代になるくらい賢いわけで。

 そんな賢いルゥを相手に、明らかに頭の悪い言い訳を押し通す自信も面の皮の厚さも、残念ながらシュリは持ち合わせていなかった。



 「ルゥ。右から紹介するね。水の精霊のアリア、大地の精霊のグラン、炎の精霊のイグニス、風の精霊のシェルファ。で、最初に出てきたのは光の精霊のさくら」



 がっくりと肩を落とし、仕方なしにそう紹介をする。

 ごくあっさりとした紹介に、精霊達は不満顔だが、そんなの知ったこっちゃない。



 「ご、五人も精霊を・・・・・・す、すごいんだね。シュー君」


 「そ、そうかな?ふ、普通じゃない??ははは……」



 尊敬のまなざしを向けるルゥから、ちょっぴり目をそらしたシュリの口から出たのはそんな苦しい主張。

 乾いた笑い声が、なんともむなしく響き、シュリはちょっぴり泣きたくなった。



 「やっぱりすごいなぁ、シュー君は。……ボクも、シュー君に見劣りしないお嫁さんになるためにも、もっと頑張らなきゃ」


 「え??」


 「あ、ううん。何でもないよ」



 ルゥの後半の言葉が上手に聞き取れなかったから聞き返すと、彼女は照れくさそうに笑ってはぐらかした。

 シュリは、何だったのかなぁと思いはしたものの、あえてそれ以上追求せずに、小さく首を傾げるだけにとどめた。


 そんなシュリの様子を、恥じらうように見つめた後、彼女は彼の為に用意してきたお弁当へ目を落とす。

 そして、精霊騒ぎで聞き流していた事を不意に思い出した。



 「そういえばさぁ?」


 「ん??」


 「さっき、聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんだよね、ボク」


 「聞き捨てならない言葉??」


 「そう。ねぇ、そこの精霊のキミ」



 ルゥはそう言って、まっすぐにさくらを見た。

 柔らかく微笑んでいるのに、目だけは全然笑っていない表情で。



 「これ、ボクがシュー君の為に愛情を込めて作ったお弁当なんだけど、それを食べもしないで劇物呼ばわりって、いったい何様のつもり?」



 ルゥから漂う静かな怒りのオーラに、それが決して自分に向けられたものではないことは分かっていても、思わず身がすくむ。

 びくびくしながら、そっと見上げたルゥの横顔……シュリはそこに般若を見た様な気がした。

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