第二百二十四話 そのお弁当、危険につき④

 半ばさらわれるように連れて行かれた先は人気の少ない屋上だった。

 人気が少ない、というより、人っ子一人いない。


 日当たりがよくて静かで過ごし良さそうに見えるのに何でだろうと疑問に思い聞いてみると、屋上へと続く扉は基本的にはいつも施錠されているらしい。


 そんな場所へ連れ込んで、一体何をする気なんだろうか。


 思わず疑い混じりの不審なまなざしを向ければ、返ってくるのは邪気一つない開けっぴろげな笑顔だ。

 その笑顔を見れば、少なくともシュリを害すつもりで連れてきた訳でないことはわかる。


 でも、それなら何のためにここに連れてきたんだろう、と首を傾げている間に、気がつけば屋上の日当たりのいい場所にセッティングされた場所へ座らされていた。

 座る範囲には布が敷かれ、クッションがふんだんに置いてあって、座り心地は悪くない。


 なんとなく落ち着いて、ぼんやり空を見上げる。

 空が青くてきれいだった。風も穏やかで心地いい。


 何とも言えず居心地はよかったが、そんな事などものともしない欲求が、くぅ~と可愛らしくシュリのお腹を鳴らした。

 切ない顔で、お腹を押さえる。

 きっともう、食堂の定食は絶望的だ。

 今から急いで行っても売り切れてしまっていることだろう。


 それにしても、とシュリは思う。

 彼は一体、なにがしたくてシュリをここに連れてきたのだろうか。

 連れてきて、シュリを座らせてから、ビリーは何をするでもなくシュリの傍らにたたずんでいるだけ。



 「ねぇ、ビリー……」



 こんなところに連れてきてどうするつもりなの?と続けようとしたが、その前に背後の扉が開く音がした。



 (あれ?誰か来た??)



 すぐに振り向いて確認しようとしたのだが、ものすごい勢いで近づいてきた誰かの腕がふんわりとシュリを抱きしめる。

 背中には結構なボリュームの膨らみがぎゅっと押しつけられて形を変え、そこにいるのが女の子だと言うことだけはわかった。



 (ん~……この大きさは同級生じゃないなぁ。結構、年上??)



 頭の中でそんな考察をしていると、



 「ご苦労様、ビリー」



 上からそんな声が振ってきた。

 何となく聞き覚えのある声に、んん?っと首を傾げるシュリ。


 聞き覚えはあるが、お姉様達やリアのように、毎日聞いている声ではないし、最近よく話すエリザベスのものでもない。

 かといって、授業で聞くサシャ先生の声や、他の女教師の声とも違う。



 (ん~、他にこの学校に年上の知り合いなんて……)



 いたかなぁ、と首を傾げたシュリは、



 「き、ききき、気にすんなよ、ルゥ。お、お、俺も兄貴に挨拶、しっ、したかったしさ。そっ、それに、俺は、お前の頼みなら何だって……」


 (あ、いた。なんだ。ルゥ、だったのかぁ……)



 次いで聞こえたビリーの声に、心の中で頷いた。

 入学式の日に再会したきり、姿を現さなかったルゥの事を、すっかり失念していた。


 再会してから改めて、膨大になった為非表示にしていた恋愛状態リストを細かく確認したところ、そこにルーシェスの名前を見つけて、シュリががっくり肩を落としたのはつい最近のこと。

 一度会っただけなのにどうして……と大層落ち込んだのだが、事情を聞いたジュディスに、



 「そんなこと、良くある事じゃないですか」



 と、何を今更とでも言うように、少々呆れた口調で突っ込まれ、更に落ち込んでしまった事は、まだ記憶に新しい。


 そんなこともあって、あえて自分から会いに行くのは無意識に避けていたかもしれない。

 ルゥが会いに来ないならいいかぁ、とあえてそう思いこんで。


 ルゥに抱きしめられたまま、ちらりとビリーの顔を見上げれば、彼は赤い顔をして何とも言えず嬉しそうにシュリの後ろのルゥを見ている。

 そんな彼の顔は、年相応の少年らしく幼げで、なんだか微笑ましくてシュリは思わずほほえみを浮かべた。

 そんなシュリに気がついたビリーが、ちょっぴり不思議そうな顔をしてシュリをみて、



 「……なんすか?兄貴」



 首を傾げ、そんな問いかけ。

 シュリはにこにこしながら彼を見上げ、



 「いや、微笑ましいな~と」



 素直にそう伝えると、彼は何とも言えず微妙な顔をされた。



 「でもさ、確かモッテモテなんじゃなかったの??」



 そう、さっき彼はそう言った。

 そう言った割には、ビリーはルゥに一途に惚れているようにしか見えない。

 そう問われたビリーは少し慌てたように、



 「いや、モテるよ!?モッテモテだって。ちゃんと女もいるし。ただ、その、ルゥはちょっと別枠というか……」



 と、ちょっと苦しい言い訳をした。



 「ふぅん?ルゥは別枠なんだ?」



 ちょっとからかう様に問うと、ビリーとは別の場所から答えが返ってきた。



 「そうだよ。まあ、幼なじみだし、時々こうして頼みごとを聞いてもらう関係かな?生徒総代のお手伝い係りとしてさ」



 ルゥの声がすぐ耳元で聞こえた。

 その息が耳をくすぐってこそばゆく、背中がぞわぞわするのをぐっと我慢して、



 「それって、ビリーの恋人が焼き餅焼いたりしないの?」



 顔を上向けて質問すると、ルゥはシュリの顔を見つめ、愛おしそうに目を細めた。



 「ん~、ビリーの彼女とは僕も仲はいいから、心配は無いと思うよ?時々、ビリーの浮気の相談を受けたりするくらいには親しいしね」


 「ふぅん?」



 ルゥの言葉を受けて、ちろりとビリーの顔を見上げれば、



 「ちょ、ルゥも兄貴も……勘弁してくれよ~」



 返ってきたのは困り果てたような声。

 別に何も言ってないけどなぁと思いつつ、シュリはビリーからするりと目をそらす。


 その辺りを下手につつくのはやぶ蛇だ。

 シュリとて、複数の女性という観点では他人のことをとやかく言える身の上ではないのだから。


 それもこれも、強力すぎるスキルの弊害ではあるのだが、それを受け入れている以上、言い訳するつもりは無い。

 でも、出来ることなら、避けられる火の粉は避けておきたい、と思う、普段からトラブルに見舞われがちなシュリなのであった。




本年は、この作品にお付き合いいただきまして本当にありがとうございました。

中々テンポよく更新が出来ず、皆様に申し訳ないなぁと思うことの多い一年だったなぁ……と

来年はそんな事の無いように、もう少し頑張りたいと思います。

そしてそして、来年こそ、終わりが見えるくらいまで話が進められたらいいなぁと思っています。

来年もどうぞお付き合いいただけましたら幸いです。

いつもお読み頂き、本当に本当にありがとうございます!!

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