特別短編 ふくろうカフェに行きたいとこぼしたら、ふくろうカフェもどきが出来た件⑥
懐かしくて楽しくて妙に切ない夢を見てから一週間ほどたったある日、イルルに呼び出されたシュリは、指定された時間に指定された場所へと向かった。
そこはルバーノ家でもそこそこな広さの広間で、そんなところに呼び出してどうするつもりだろうと、首を傾げつつ、現地に付いたシュリは目の前の扉に手をかけた。
「イルル~?来たよ。何のよ、う!!!???」
何の警戒心もなく扉を開けたシュリは、扉の向こうに広がる光景に思わず言葉を失った。
一体全体、コレはどんな冗談なんだろう?そんな疑問が頭の中を埋め尽くす。
まるで異空間の様な様相を呈する部屋の中へ一歩足を踏み出す勇気もなく、いっそこのまま扉を閉めて見なかったことにしようかと思い始めた頃、この場へシュリを呼び出した張本人がシュリを見つけてぱっと顔を輝かせた。
「おお~、シュリ!よく来たのぅ。ささ、早く入ってくるのじゃ」
まるでイルルの様な声をしたソレは、ばっさばっさと手を……いや、翼らしきものを振ってシュリを招き寄せる。
「だめよ、イルル。ここはウェイトレスである私達の出番だと、打ち合わせたでしょう?」
「そうですよ。本職のメイドの私が、接客のなんたるかを見せつける場面でしょう?ここは」
「み、短いスカートが少しスースーして落ち着かないけど、私もシュリ君の為に頑張りますよ~?」
鼻息荒く進み出ようとしたイルルのような何かを制して、前に進み出たのは、メイドの衣装に身を包んだ女性達。
シュリの愛の奴隷、ジュディス、シャイナ、カレンの三人である。
ジュディスは堂々と、シャイナは平常運転で、カレンはちょっぴり恥ずかしそうにシュリの前に進み出る。
「う、うむ。そうじゃな、ここはお主らの出番じゃった。妾は、ちゃんと大人しく待っておるのじゃ」
ちらっちらっとシュリの方を未練がましく見ながら、イルルっぽい生き物は、大人しく引き下がる。
あれは一体なんなんだろう、とついついそんなイルルを目で追っていると、
「いらっしゃいませ。お席のご予約は承っております」
と、目の前でジュディスがにっこりと微笑む。
席の予約って、一体なんの話だ?と首を傾げていると、
「ささ、シュリ様?お席はこちらですよ??ちゃあんと特等席を用意してありますからね~?」
と、シュリの手をエスコートするようにシャイナが取る。
特等席、と言われ、反射的に部屋の中を見回すも、客のために用意されているらしき席は、一カ所しかみあたらない。
これじゃあ、特等席もなにもあったもんじゃないだろうに、と思っていたら、
「遠慮しないでどうぞ、シュリ君。今日はいっぱい楽しんでいって下さいね?」
そんな言葉と共に、カレンが促すようにシュリの背中をそっと押した。
シュリは促されるまま足を踏み出し、三人にエスコートされるように用意された座席に腰を下ろした。
シュリを座席に案内したところで、一応の役目を終えたのか、
「「「では、少々お待ち下さい」」」
声をそろえてそう言って、そそっと下がっていく三人。
席に深々と腰掛けたまま、シュリは再び思う。
一体なんなんだろう、この状況?と。
シュリの席から見える空間には、いかにも手作り感満載な自然が広がっている。そして、その自然の中にはとっても不自然な様子で、シュリの見知った顔がちらほら見えていた。
シュリの可愛い眷属達や、いつもはシュリの中にいるはずの精霊達の姿さえある。
そして、そのみんながみんな、普段とは余りにかけ離れた格好をしていた。
翼があるから、きっと鳥なんだろうとは思うが、どうしてみんなはこんな格好をして迎えてくれたのか、全く分からずにシュリは頭を捻った。
「お待たせしました~。お待ちかねの注文のお品ですよ~?」
そんな言葉と共に、テーブルの上にコップやらお皿やらが並べられる。
並べているのは、執事の様な格好をしたヴィオラだ。
恐らく、屋敷の執事から制服を一式ぶんどったのだろう。
男性の体格にあわせてかっちりと作られたその衣装は、ウェストはともかく、ヴィオラの女らしい胸や腰回りを納めるには少々サイズ不足であったらしく、何ともいえずに窮屈そうだった。
特に、胸のあたりのシャツのボタンは、今にも弾け飛んでしまいそうである。
シュリは、嬉々としてテーブルセッティングしてるヴィオラの、諸々がはちきれてしまいそうな姿をはらはらしながら見つめ、それから目の前に並べられた品物に目を落とした。
まずは飲み物。
そこに入っている液体は、どうやら果実のジュースのようで。
上からのぞき込んでみれば、そこには見事なふくろうの絵。
おおおおお~、と思ったが、それもつかの間。
さて、飲んでみようかとコップを傾けたシュリは、ん?と首を傾げた。
どれだけ傾けても、その中身が口の中へ落ちてこないのである。
シュリはキンキンに冷えて、手が痛くなるほどのコップをコトリとテーブルに置き、ニコニコして見守ってるヴィオラの顔を見上げる。
「……すてきな絵だけど、これはどうやって?」
「そんなの簡単よ?まず魔法で凍らせるでしょ~?で、一番絵心があるメンバーを選出して、氷の表面に絵を刻んで貰ったのよ」
すごいでしょ~、とヴィオラはものすごく得意げだ。きっと凍らせたのは水の精霊のアリアだし、絵を刻んだのもヴィオラ以外の誰か。
自分ではなにもやっていないはずなのにこれだけ得意そうに胸を張れるのは、ある意味すごい。
でも、とりあえず、胸のボタンがミチミチと悲鳴をあげているから、それ以上胸を張るのはやめた方がいいとは思うけど。
「うん、すごいね~……すごいんだけどさ、おばー様……」
「ん?」
「これ、飲めないよね?」
「……あ」
しまった、そこまで考えて無かったと、バカ正直に顔に出すヴィオラ。
そんなヴィオラを思わず可愛らしいなぁと思いつつ、シュリは飲み物を飲む事はとりあえず諦めた。
恐らくそのうちに飲めるようになるだろう……たぶん。
「……ご飯の方から食べようかな」
「……そ、そうね」
言いながら、お料理の皿へ目を落とす。
飲み物に比べると、お料理の方は比較的まともだ。
一応、努力した形跡はあるが、そこまで思い切った改良はされていない。
その事に、シュリはほっと息をついた。
凍りきった飲み物とは違い、ある鳥を模してカットされたと思われるステーキ肉も、付け合わせの野菜も問題なく食べられる。
ついでに言えば、スープの中の具材もいちいち細かく鳥の形っぽくカットされてて、とっても手間がかかっていることは分かった。
味も、申し分なくおいしい。
まあ、隙間時間にいただくには少々重めの食事だが、育ち盛りのシュリなので問題ない。
もっきゅもっきゅと口いっぱいに肉をほおばりながら、シュリはこの妙な空間のコンセプトにようやく気づき始めていた。
(これって、あれだよね?ちょっと前に、イルル達にうっかりこぼしちゃった……)
そんなことを思いつつ、シュリは目の前に広がる不自然な森にもう一度目を向ける。
その森の木々の間から、期待に満ちた瞳でこっちを見ているコスプレ娘がなんの扮装をしているのかも、やっと分かった。
あれは、ただ単なる不格好な鳥でなく、ふくろうだったのだ。
つまり、この不思議空間は、シュリの為に演出されたふくろうカフェもどきと言うわけだ。
(なるほど……)
ふむふむと頷きながら改めて注意深く眺めれば、ふくろうの様に見えなくもない。
いい大人がもふぁもふぁの着ぐるみでコスプレしている事に関しては、どういうもんだろうかとは思うけど。
でも、まあ、僕の為にやってくれた事なんだろうから、黙って男らしく受け入れよう……シュリはそう思い、口元にほんのりと柔らかな笑みを浮かべた。
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