第百八十三話 入学式侵入阻止作戦!!①
「「「「いってきまーす」」」」
「……いってきます」
さて、いよいよ登校の時間となり。
家族一同打ち揃った玄関先で、シュリ、アリス、ミリシア、そしてリアがテンション高く挨拶をし、リュミスがいつもの調子で落ち着いた声を上げた。
「シュリ、入学式、頑張ってね?母様も後で……」
「ミフィー!!」
「ミフィーさん!!」
シュリに見送りの言葉をかけたミフィーがうっかり口を滑らせそうになったところに、ヴィオラとエミーユがすかさず釘をさす。
ミフィーがしまったという顔をして、誤魔化すように笑う後ろで、エミーユとヴィオラは瞳を交わしあい、互いに頷いている。
その向こうでは、エルジャとカイゼルも妙に通じ合った様子で、連携はそれなりのレベルのようだ。
みんな、きらきらしく飾りたてて、明らかに不自然なのに不自然じゃないふりをしている。
今日は入学式だと言うことで、バステスとハルシャもわざわざ出てきてくれたのだが、二人はあきれたような顔でそんな面々を見ていた。
バステスが何かを言い掛けるものの、ハルシャが言っても無駄ですよ的なジェスチャーと表情でそれを止める。
おばあさま、とめてくれてもいいんだよ……?と期待を込めて見つめたが、シュリの視線に気づいたおばあさまはただ、困ったように笑うのみだった。
シュリは小さな吐息と共に肩を落とし、
「じゃあ、いってくるね……」
もう一度そう告げてから、姉様三人とリアと共に馬車に乗り込んだ。
今日は一緒に護衛としてカレンが馬で同道してくれる。
普段は、馬車で送り迎えのみだが、今日は入学式だから特別にとのことだった。
心配性なカイゼルの命令である。
だから、カレンがいるのはまだいい。
だが、どうして……
「えっと、ジュディス?」
「はい?」
「見送りは馬車の外でいいよ?どうして馬車の中にいるの??」
「もちろん、学校にお供するためです」
「んん??でも、護衛はカレンがいるから大丈夫だよ?」
「なにをいってるんですか、シュリ様!シュリ様の入学式に個人秘書が同道しないでどうするんですか!?」
「え~~~??特に必要ないんじゃないかなぁ?ただ、入学して、学校の説明を聞いてくるだけだし」
「そんなっ!?それじゃあ学校説明のメモは誰がとるというんですか!?」
「自分でとれるから、平気だよ?」
「新入生の為の荷物は誰が持つと!?」
「ジュディスに重い荷物を持たせるわけ無いでしょ?自分で持つよ」
「え~と、じゃあ……じゃあ……」
「ジュディス?」
「はい?」
「僕に隠し事はダメだよ?本音は??」
「……カレンだけシュリ様について行くなんてうらやましすぎます」
やっと出てきた本音に、シュリは思わず苦笑をもらす。
「……仕方ないなぁ。じゃあ、今日だけだよ?」
確かにカレンだけがシュリの入学式に、仕事の範疇とはいえ着いてこれるというのは、不平等だ。
まあ、一応、家族の参列という形ではなくてお付きというくくりならいいだろうと、甘いと自覚しつつもシュリは頷いた。
となると、一人残るシャイナの不満はかなりのものに……そう考えていたら、御者台につながる窓が開いて、そこから今まさに思いを馳せていた人物が顔を出したので、シュリは目をまあるく見開く。
「みなさま、そろそろ馬車を出しますよ?」
「シャイナ?そこでなにを??」
「シャイナではなく、今日の私は御者Aです」
シュリの問いかけに、シャイナは主をまっすぐに見つめてきっぱりと答えた。それはもう、清々しいほどに。
えええ~……御者Aってなによ?と思いつつ、シュリは半眼でシャイナを見つめる。
そして、短く端的に、
「で?」
と正しい説明を促した。
シャイナはうっと小さく呻き、それから視線をかすかにさまよわせた後、
「え~っと、ですね?実は、御者に、袖の下をつかませて、今日の仕事を代わって貰いました」
開き直ったように堂々と答えた。
「仕事を、代わって貰ったの?」
「ええ!」
「ってことは、御者の仕事とメイドの仕事を……?」
「はい、交換しました!ですので、今の私はバッチリしっかり御者の姿をしております。我ながら凛々し可愛いかと……見たいですか?」
シュリ様になら見せて差し上げても……そう言ってシャイナはぽっと頬を赤らめた。
だが、シュリにはもっと気になっている事があった。シャイナの御者姿よりも、もっと遙かに気になることが。
「え~っと、シャイナ?」
「はい」
「シャイナが御者の姿って事は、じゃあ、御者のおじさんは???」
「もちろん、メイドの姿ですよ?」
「はい??」
「だから、メイドの制服を、きちんとお貸ししてあります」
「おじさんが、メイドの服を着てるの??」
「ええ」
「ええ~~~~??」
おじさんに無理言ったんじゃないの?と疑いの眼差しを向けると、シャイナはまさか、と首を振り、
「メイド服をきてみたいと思っていたそうで、嬉しそうに着てましたよ?お髭とすね毛もバッチリ処理されてきてましたし。メイクもしてさしあげましたけど、まあ、みれなくはない仕上がりになったとは思います」
そんな驚愕の事実を告げられて度肝を抜かれた。
「そ、そう……」
「入学式が終わったら、一緒に行ってみます?」
おじさんメイドの仕上がりを一緒に見てみようと誘われた。
シュリはちょっぴり悩んだ後、頷いた。
なんというか、怖いもの見たさである。それにもしかしたら、本当に可愛く仕上がっているかもしれないし。
……まあ、シュリが知る御者の人は、元がごく普通のおじさんだったから最高の仕上がり、と言うわけにはいかないだろうけど。
こそこそとそんな会話をシャイナと交わした後、シャイナはきりりと表情を引き締め直し、じゃあ出発ですと車内に声をかけ直してから馬車を発進させた。
ガタゴトと揺れる車内で、シュリはみんなと仲良く言葉を交わしながら、ふとあることが気になって、ジュディスに念話をつないでみる。
『ねえ、ジュディス??』
『なんでしょうか?シュリ様?抱っこですか??』
『ちがうよ、もう~。僕、もうちっちゃい子供じゃないんだから』
『私の率直な意見を言わせて頂けるなら、シュリ様はまだ十分にちっちゃな子供だと思いますが?ですが、大人ぶりたいお年頃なのは理解しております。じゃあ、抱っこは後でこっそり、ですね?』
二人だけの秘密ですよと言いたげな口ぶりに、シュリはいやいやと首を振る。
『こっそりって……本当に抱っこはいらないんだってば』
『またまた』
『ほんとにほんとだって!』
『大丈夫です。そう言うことにしておきますから』
クスクス笑う、ジュディスの声が脳裏に響いて、シュリは唇を尖らせる。
だが、すぐにまあいいやと思い直し、話の軌道修正を試みた。
『もういいよ……っていうか、ジュディス?』
『はい?』
『母様やおばー様達の企みを阻止する作戦の隊長って、確かジュディスじゃなかった??こんなところにいていいの?』
朝、念話で連絡を取り合ったときは確か、そんなことを言っていたはずだ。
シャイナやカレン、精霊のみんなや眷属達と連携して彼女達の野望を阻止すると。なのに、作戦に参加するメンバーの内の三人もこっちにいていいのだろうか?
シュリは純粋な疑問からそう尋ねた。
『ああ、そのことですか。それでしたら心配はございません。私はしがないブレーンですので。実行部隊へはきちんと指示をだしてありますし、あちらにもきちんと司令塔を配置しておりますので』
『司令塔?』
『ええ。抜かりの無いように、水の精霊様にお願いしてあります』
『水の精霊……アリアかぁ。アリアなら確かに、抜かりなくなってくれそうだけど、でも、よく言うことを聞いてくれたね?ジュディス達が抜けるって言ったら、自分達もって言い出しそうなのに。まあ、イルル達に関しては、イルルさえ上手く焚きつければポチとタマはどうしたって後始末に残らざるをえないだろうけどさ』
脳裏に美しい水の精霊の顔を思い描きながら、シュリは小さく首を傾げる。
精霊達は、ジュディス達がシュリと深くつながり合った存在だと知っているし、他の人間に対するときよりは態度も柔らかい。
だが、彼女達は基本的にシュリ以外の命令など聞かないし、シュリの側をあまり離れたがらない。
そんな彼女達をよくその気にさせたものだと思いながら、シュリはちらりとジュディスの横顔を見上げた。
ジュディスはそんな主の視線に気づいて、その口元にかすかな微笑みを浮かべる。
『ふふ……そこはまあ、上手くやりましたから』
『上手く……って?』
『まあ、よくある手ですが、袖の下を少々』
『袖の下かぁ。でも、よく皆をその気にさせるものがわかったねぇ』
すごいなぁと感心していると、ジュディスが心底おかしそうに笑う気配が伝わってきた。
再びちらりと横を見るが、表面的にはバッチリお澄まし顔だ。
内心の感情をまるで表に出さないでいられるのだから、器用なものである。
『え~っと、ジュディス?』
なんでそんなに笑ってるの?と答えを促すと、彼女は失礼しました、と小さく咳払いをしてから、
『みなさんが欲しがるものを見つけだすなんて簡単ですよ』
さらりとそう答えた。
『そうかなぁ?』
『そうですよ?簡単です。彼女達が好きなものに関するものが、彼女達を喜ばす何か、ですよ。今回は私のコレクションを少々放出しましたが、まあ、シュリ様の入学式に参加できる代わりと思えば安いものでした』
『ジュ、ジュディスのコレクション……そ、そう』
そう聞いただけで、ジュディスが皆に放出したものが何か、だいたい想像がついた気がした。
ジュディスがコレクションするほど愛するものなど、そんなのこの世の中に一つしか無いのだから。
皆がいったいジュディスからなにを手に入れたのか、怖いから考えるのはやめよう……そう思いつつ、シュリは家に残った面々に思いを馳せる。
大丈夫かなぁ、ちゃんとやってくれるかなぁ。……うっかりやりすぎちゃったりしないかなぁ、と。
姉様達とにこやかに会話しつつも、シュリの気苦労は絶えないのだった。
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