第百八十二話 入学の朝②

 前世では、小学校の入学式と言えば父兄が参列したものだが、こちらではそういう習慣は無いようで、入学式は在校生と新入生、それから教師だけで執り行われるらしい。

 ということで、ミフィーは家でお留守番な訳だ。

 シュリの晴れ姿、見たかったのに~、とブチブチこぼしていた母親の様子を思い出しながら微笑み、せめて綺麗に飾った姿を一番に見せてあげようと母親の部屋の扉をノックした。

 は~い、と返事がしてドアが開く。

 シュリは、ドアを開けてくれた母親を見上げ、思わず首を傾げた。


 そこにいるミフィーは、普段の彼女を知るものが見れば誰でも驚くほどに着飾っていた。

 いや、綺麗なのはいいのだ。母親が綺麗な事は、いつだって嬉しい。

 だが、なぜ、今日に限ってこれほど身綺麗にしているのか?お化粧はばっちりで、髪の毛もふんわりと結い上げているし、服も明らかに一張羅。

 なんだか、イヤな予感がした。

 そんな綺麗なミフィーは、シュリの内心など知る由もなく、可愛らしく着飾った息子を見てぱああっと目を輝かせた。



 「シュリ~、すっごく可愛くしてもらったわねぇ~?」


 「可愛い……やっぱり女の子っぽいよね?」


 「ん~?そんなことないんじゃない??ちゃーんと凛々しい男の子に見えるわよ?」


 「そうかなぁ……母様、それより……」



 母親の評価に首を傾げつつ、その格好はどうしたの、と問いかけようとしたら、ミフィーの部屋の奥から新たな人影が現れた。



 「シュリ、準備できたの?どれどれ、おばー様にも見せてごらん??」



 シュリの入学にあわせてアズベルグを訪れていたヴィオラである。

 その声につられて彼女の方を見たシュリは、あんぐりと口を開けた。

 なぜって?

 なぜならそこには、ミフィー以上に派手な装いできらびやかに着飾った、ヴィオラの姿があったからだ。


 化粧と髪型は、まあいい。問題は服装である。

 どちらかというと清楚なタイプのドレスのミフィーとは対照的に、ヴィオラのドレスは妙に扇情的。

 胸元は谷間に向けて大きく切れ込んでいるし、背中はお尻が見えちゃうんじゃないの?と言うくらい開いていた。なんとも攻め攻めの衣装である。

 正面から見てどうして後ろまでわかるんだよ?と思うだろうが、それが分かったのは、シュリに自分の格好を見せようと、ヴィオラがくるりとその場で回って見せたからである。

 シュリ~、見て見て~、と至って平和な声をあげて。

 そんなヴィオラの様子を見て、シュリのイヤな予感は確信に変わった。

 そして思う。これは、ほかの家族の部屋もチェックしなくては、と。



 「うわぁ、ほんと、可愛いわねぇ、シュリ。どんな美少女も嫉妬するくらいにイケてるわよ~?」


 「……やっぱり、女の子っぽいんだね?」


 「え~?そんなことも無いけど。美少女顔負けに可愛いけど、ちゃんと凛々しいし、男の子だと思うわよ??」


 「……髪の毛、やっぱり切りたいなぁ」


 「髪の毛?だめだめ、シュリ。シュリはそのちょっと長めなの似合ってるんだから。短くするのは、もうちょっとおっきくなって男らしさが出てきてからでも遅くないわよ」


 「僕、男っぽくないんだ……」


 「ん~、男って感じじゃ無いわよ?でも、ちゃあんと男の子って感じはするわ。中性的で、すごく魅力的な」



 男じゃないけど男の子。

 なんだか矛盾する主張な気もするが、ヴィオラの中ではそれでつじつまは合っているらしい。

 シュリが女の子に見えるか見えないのか、その辺は身内に聞いても埒は開かないかもしれない、そんな事を思いつつ、



 「え~と、僕ちょっと、ほかの皆のところにも行ってくるね……」



 言いながらミフィーとヴィオラの顔を見上げた。

 ミフィーはちょっぴり不満そうな顔で、



 「そう?ちょっとゆっくりしていけばいいのに」



 そういって唇を尖らせる。

 だが、そんなミフィーの肩に、ヴィオラがぽんと手を乗せた。そして訳知り顔でにんまりと笑う。



 「まあまあ、ミフィー。シュリもこの可愛い格好を皆に見せたいのよ!」


 「あ、そっかぁ。そうよねぇ」


 きっと自慢したいに違いないわ、とのヴィオラのドヤ顔に、素直に納得してしまうミフィー。

 いや、全然違うし、と思いつつもあえて否定せず、シュリは、



 「ま、まあ、そんなところかな~はは……」



 と曖昧に笑って、いってらっしゃ~い、と見送ってくれる二人の前からそそくさと立ち去った。

 とりあえずカイゼルとエミーユの部屋にでも特攻するかぁと思いつつ、ぷらぷら歩く。

 リュミス、アリス、ミリシアはそれぞれの立場で入学式に参加するのだから、特に確認の必要は無いだろう。

 別宅のおじいさまとおばあさま……バステスとハルシャは常識があると信じているので、確認の必要はない。

 でも、後できちんとおめかしした格好は見せに行かないとなぁと思いつつ、廊下を歩いていると、



 「おや、シュリじゃないですか?」



 と後ろから声をかけられた。

 その声の主は、ヴィオラと同じく、シュリの入学式に合わせてルバーノ家に押し掛けてきて滞在している、母方の祖父・エルジャバーノのものである。

 以前、シュリの眷属であるイルルの小さいドラゴン姿を火トカゲの希少種と勘違いして、かなり変態的な行動をとった彼だが、それ以外の部分はそれなりに常識人なはずとシュリの中では評価されていた。

 未だにイルルからは、もの凄く嫌われているが、悪い人ではないし、ヴィオラよりも人としてきちんとしている、はずである。

 ヴィオラはなんというか、結構いろいろと規格外な人だから。

 そんなそこそこな高評価のもと、シュリはにこやかに振り向いた。

 振り向いたところでぴしりと固まる。



 「おや?どうしました??シュリ」



 エルジャは、振り向いたとたん固まった孫を不思議そうに見つめて首を傾げる。

 だがすぐに、美形の顔をとろけんばかりに緩ませてシュリの前にしゃがみ込んだ。

 その姿は、ミフィーやヴィオラ同様、めかし込みすぎるくらいにめかし込んでいる。

 違うところは、お化粧をしていないことくらいじゃ無かろうか。

 ただでさえきらびやかな美貌が、衣装で上乗せされて目に痛いくらいだった。



 「しかし、可愛いですねぇ、シュリ。シュリが女の子なら、お嫁さんにしたいくらい可愛らしいですよ~?」



 にこにこ笑いながら、シュリの頭を優しくなでる。

 また言われた、と思いつつ、シュリは自分の髪を摘みつつ、



 「僕、女の子みたい?やっぱり髪を切った方がいいかなぁ。思い切ってばっさりと……」



 独り言のように呟いた。

 それ聞いてあわてたのはエルジャである。髪を摘むシュリの手をがっしりつかんで、ぶんぶんと激しく首を横に振ると、



 「い、いやですねぇ。さ、さっきのは言葉の綾ですよ?今日のシュリはそれはもう頭から食べちゃいたいくらい可愛いですけれど、ちゃあんと男の子に見えます。大丈夫です。おじー様が保証します!!」



 だから髪は切っちゃダメですよ!?ねっ!?と、必死の形相でそう言い募った。

 どうやらエルジャも、シュリの長い髪信奉派のようだ。

 シュリはふぅ、と晴れの日に似合わない憂い混じりの吐息を漏らし、それからちらりとエルジャの顔を見上げ、



 「おじー様?」


 「ん?なんですか??シュリ?」


 「今日の入学式、親族はきちゃダメなんだからね?」



 チクリと釘をさした。

 それを聞いて、ちょっとギクリとした顔をしたエルジャが、明後日の方を向く。



 「な、なんのことでしょうねぇ?それくらいのことは、もちろん、ちゃ~んと把握してますとも。ちゃ~んと」


 「そ?ならいいんだけどさ??」



 明らかにあやしいエルジャの様子に深くつっこむことはせずに、シュリはあっさり引き下がると、再び廊下を歩き出す。

 一人一人つぶしても仕方がない。つぶすなら、全部、一気に、総力を挙げて、だ。

 そんな物騒な事を考えながら。



 「え~と、シュリ??ほんとのほんと~に大丈夫ですよ?おじー様はちゃんと、わかってますからねぇ??」



 シュリの後ろから追いかけるようにエルジャの声。



 「ん、わかってるよ、おじー様。また後でね??」



 シュリはいったん足を止めて振り向くと、にっこり微笑んで見せた。

 そしてすぐにくるりと前を向き、再び歩き始める。



 「あ、そ、そうですか?なら、いいんですけど」



 シュリの笑顔にほっと胸をなで下ろすエルジャ。

 だが、彼は知らない。たった今、シュリの中の自分の評価が、一段階下がったという事実を。



 (おじー様も、やっぱりおばー様と結婚してただけのことはあるって事かぁ。最初の頃は、頼りになる感じがしたんだけどなぁ)



 自分の祖父を変わり者認定し、シュリはサクサクと歩いていく。

 目指すはカイゼルとエミーユの所である。

 気配を探りつつ歩いていくと、二人がいるらしい部屋にたどり着いた。

 音を立てないようにそうっと扉を開き、中をのぞき込む。すると中から二人の声が聞こえてきた。



 「あなた。首もとに合わせるのならこちらの方がいいんじゃないかしら?」


 「む?それだとちょっと派手過ぎやしないか?」


 「そうかしら?じゃあ、こっちは??」


 「んむ、そうだな。そっちにしようか。お前はそのドレスに決めるのか?」


 「そうねぇ。もう少し派手な方がいいかしら?これじゃあ、少し地味すぎると思いません?」


 「い、いや、それでも十分に華やかだと、ワシは思うんだが。むしろ、ちょっと出し過ぎというか……」


 「出し過ぎ??」


 「ほら、その、胸、とか、尻、とかをだな……」



 そこまで聞いて、シュリはぱたりとドアを閉めた。

 入学式に向かう子供たちをただ見送るのなら、おめかしは必要ない。

 それなのに、首元を派手に飾ったり、胸とか尻とかを必要以上に出すドレスを着てめかし込んでいるであろう二人は、明らかに有罪である。


 シュリはやれやれと肩をすくめ、早足に最後に確認すべき場所へと向かう。

 まあ、そこは確認の必要は無いだろうけれど、会いに行けばきっと喜んでくれるだろうから。

 屋敷の玄関を出て、別邸への玄関をくぐり、老執事が教えてくれた場所へと向かう。

 こんこんと、お行儀よくノックをして待つことしばし。

 どうぞ?と答えた上品で優しい声を合図に、シュリは扉を開けて部屋の中へ駆け込んだ。



 「おじいさま、おばあさま!!」



 部屋の中には、窓際でくつろぐ祖父母の姿。

 二人は、着心地の良さそうな普段着を身につけていて、信じてはいたけれどシュリは思わずほっと息をついた。



 「おお、シュリか。出かける準備は出来たようじゃな。どれ、近くにきてじい様にみせておくれ」



 バステスは厳つい顔を緩ませて、目に入れても痛くないほど可愛がっている末の孫を手招いた。

 シュリはととと、と駆け寄って、おじいさまの腕の中にぽすんと飛び込むと、とっておきの笑顔でにっこり微笑む。



 「おじいさま、僕の格好、へんじゃない?」


 「ん~?じい様の自慢の孫が、変な格好の訳は無かろう?どれ、よく見せてみろ」



 そういって目の前にシュリを立たせ、バステスはその姿を見つめて嬉しそうに目を細める。

 それから大きく頷くと、


 「うむっ。じい様の孫は、三国一の男前にしあがっとるぞ?いい男じゃわい。ま、ワシには少々負けるかもしれんがな」



 大きな声で笑った。

 シュリはその大らかな笑顔を嬉しそうに見上げ、それから祖父の傍らにひっそりとたたずむ祖母の方へと向き直った。



 「おばあさま?僕の髪、長すぎないかなぁ??」



 自分の髪を引っ張りながら、唇を尖らせて尋ねる。

 ハルシャはそんなシュリを愛しそうに見つめて、



 「長すぎるなんて事はないと思うわ。とても素敵よ?」



 そう答えると手を伸ばしてシュリの頭をなでて、その頬をなでた。

 シュリはくすぐったそうに首をすくめて、



 「でもさ、女の子みたいじゃない??」



 もう一度尋ねる。

 だが、ハルシャは優しく微笑んで、



 「あら?おばあさまの目には、立派な紳士にしか見えないわよ?おじいさまがいなかったら、ダンスのお相手をお願いしたいくらいだわ」



 心からの言葉を伝えた。

 今日はずっと女の子女の子と言われ、削られ続けていたシュリの自尊心はここにきて少し回復し、元気の出てきたシュリはにっこり微笑み、いたずらっぽくハルシャを見上げる。



 「ダンス?いいよ!じゃあ、僕、学校でダンスの練習を一生懸命するね!!上手になったら一番最初におばあさまに申し込むよ」


 「あらあら、嬉しい申し出だけど、いいかしら?バステス??」


 「うむ。ハルシャはワシだけのレディじゃが、シュリがダンスの練習を頑張ったら、最初の一回だけはダンスの申し込みを許してやらんでもないぞ?まあ、ダンス以外にも学ぶべき事は山ほどじゃから、そっちも頑張れたら、の話じゃが」


 「うん!頑張る!!僕、おじいさまともちゃんと踊ってあげるよ」


 「ワシともか??」


 「うん!!」



 シュリの言葉にバステスは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに困った顔になり、流石のワシでもレディのステップはようふめんぞ・・・・・・と弱りきった声を上げたので、シュリとハルシャは声を合わせて笑った。

 そうやってしばらく穏やかな会話を楽しんだあと、



 「じゃあ、おじいさま、おばあさま、そろそろ時間だからもう行くね。帰ってきたら、入学式の話をしにくるから!!」



 シュリはそういって、少し名残惜しそうにドアへと向かった。

 バステスとハルシャは仲良く並んで立ち、



 「うむ。気をつけて行っておいで」


 「お友達が出来ると良いわね」



 そう声をかけてシュリを見送るのだった。





 屋敷に戻ったシュリは、まずジュディスに連絡を取った。

 彼女は当然の事ながら、ファミリーの不振な動きには気づいていたらしい。



 『シャイナとカレンには連絡を取って、防衛措置をとっています。一応、シュリ様の眷属の皆様と、精霊の皆様とも連携をとる予定なのですが、よろしかったでしょうか?』


 『あ、うん。助かるよ、ジュディス。皆が学校に乗り込んできたら悪目立ちしちゃって困ると思ってたんだ。出来るだけ、目立ちたくないしさ』


 『目立ちたくない……それは、なんというか、壮大な野望ですね、シュリ様……』


 『壮大な野望って、大げさだなぁ、ジュディス。ただ目立ちたくないってだけだよ?』


 『シュリ様以外なら簡単でしょうけれども、シュリ様が目立たない訳がございません』


 『え~??』


 『とてつもなく目立つ、と私は思います』


 『私も思います』


 『あ、私も』



 ジュディスが断言し、シャイナとカレンも念話に割り込んできて同様の意見を述べる。

 何故かそれに追随して、眷属達と精霊達もそうだそうだとジュディス達に賛同するからたまらない。



 『え~……確かに目立つ方だとは思うけど、そんなに目立つかなぁ』


 『目立ちますとも!!もし目立ちたくないと本当にお思いなら、もっと自重しないと……』


 『じ、自重……』


 『はい、自重です』


 『そ、そぉかぁ……うん、分かった……僕、自重を覚えるよ……』



 皆から総攻撃を受け、シュリはちょっとしょんぼりして打ち合わせを終える。

 計画はジュディスが司令塔となってきちんと遂行してくれるそうだから、まあ、安心だろう。

 そんなことを考えながら、もう一度マチルダに、服装の最終チェックをして貰ってから、可愛らしく着飾ったリアと一緒に階下へ降りる。

 並んで歩きながら、リアを可愛いねと誉めると、リアはまじまじとシュリを見つめ、腹の底からため息をこぼした。

 そして、返ってきたのは、自分より可愛い相手に可愛いと言われてもうざいだけだからとの、クールで切れ味の鋭いお言葉。

 シュリの精神は、今日もまたざっくりと削られたのだった。

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