第百五十九話 そして戦いへ②

 「おばー様はこのままシェスタであいつ等のところへ行って?ここで二手に別れよう」



 遠くに見え始めた土埃を見ながら、シュリはヴィオラにそう提案した。



 「私は構わないけど、シュリの移動手段は?地上ルートだと、正面から奴らにぶつかっちゃうと思うんだけど?」


 「大丈夫だよ。シェスタのような眷属はまだいないけど、僕には精霊がいる。……シェルファ?風の精霊の君なら、僕を風に乗せて運べるよね?」



 話しかけながら、彼女の刻印が宿る左手首にそっと触れる。

 瞬間、刻印がカッと熱くなり、まばゆい光を放つ。そして、シュリの傍らにシェルファの姿が現れた。



 「運べるよ~っていうか、うちが抱っこしてってあげる」


 「僕を抱っこしたまま飛べるの?」


 「もちろん。まあ、ぶっちゃけ他のみんなも飛べるんだけど、シュリが呼んでくれたのはうちだし、ここはうちが張り切っちゃうことにするよ~」


 「ありがとう。じゃあ、お願い」



 そう言った瞬間、シュリの体がふわりと浮いて、シェルファの腕の中におさまった。

 シェルファはにこにこ嬉しそうにシュリに頬ずりをし、シュリは彼女の腕の中から心配そうな顔のヴィオラに手を振った。



 「じゃあ、おばー様。僕はシェルファに運んで貰うから安心して。お互い、がんばろうね!!」


 「な、なんかシュリが宙にふわふわ浮かんでる様にしか見えなくて落ち着かないけど、側に精霊がちゃんといるのよね?」


 「うん。僕を抱っこしてくれてる」


 「ならいいわ。精霊さん、シュリのこと、よろしくね?私もできるだけ早く駆けつけるわ。じゃあ、後でまた会いましょ」



 そう言ってヴィオラは凛々しく微笑み、シェスタに空を駆けさせた。

 小さくなるその背中を見送ってから、シュリは改めて自分を抱っこしてくれているシェルファを見上げる。



 「えっと、じゃあ、とりあえず、あそこの山……えっと、ヴィダニア山、だっけ??そこの真ん中くらいのところまで連れてってくれる?」


 「ほーい、了解。特急がいい?それとも超特急??」


 「ちょっと怖い気もするけど超特急で。急いだ方が、いい気がするんだ」


 「大丈夫だよぉ。うちが安全超特急で運んであげるからね~」



 シュリがきりりと表情を引き締め、シェルファがにこにこと請け負い、そして、次の瞬間、二人は音速を超えた。






 「……リ、シュリ!!大丈夫ですの!?起きて下さいな」


 「ったく、シェルファはおっちょこちょいだなぁ。人間を連れてるときにあのスピードはダメだろ?シュリじゃなかったら死んでるぞ??」


 「むう……イグニスに言われると腹が立つ。けど、言い返せないのが悔しい……しょぼん」


 「ま、まあ、シェルファも悪気があった訳じゃないしな。次に気をつければいいんだ。次に。だから、その、元気を出せ」



 騒がしい精霊達の声を聞くとはなしに聞きながら、徐々にシュリの意識が浮上する。

 目を開けて見れば、心配そうにシュリをのぞき込む四人の精霊達。

 その顔をぼんやり眺めながら、シュリはきゅうっと首を傾げた。



 「あれ??僕、気絶してた??」


 「ごめんねぇ、シュリ。うっかり、いつもの調子で早く飛んじゃって……」


 「シェルファ??……ああ、そっか。おばー様と別れて、シェルファに運んで貰ったんだよね……っ、僕、どれくらい意識が無かったの!?」



 ぼんやり話しているうちに、今はのんびりしていられる時じゃないことを思い出し、シュリはあわてて飛び起きる。



 「大丈夫ですわ。シュリが気を失っていたのはほんの数分。まだなにも、悪いことは起こってませんわ」



 だから落ち着いて、とアリアに諭され、シュリはほっと息をつく。



 (良かった。目が覚めたら全部手遅れでした、なんてのはごめんだもんね)



 そう思いながら、シュリは周囲を見回す。

 どうやら場所は山の中。恐らく、目的地のヴィダニア山中だろう。

 スピード調整はともかく、シェルファはシュリの指示通りの場所へ運んでくれたらしい。

 シュリは傍らでしょぼんとしているシェルファの頭にそっと手をのばした。



 「超特急って言ったのは僕なんだから、シェルファが気にすることはないんだよ?ちゃんと指示通りの場所に連れてきてくれてありがとう、シェルファ」



 そう言って、労るように落ち込むシェルファの頭を撫でた。

 そしてそのまま彼女の髪を一房掴んで引き寄せると、



 「魔力をあげるから、おいで?」



 優しく微笑んで、引き寄せられるように近づいてきたシェルファの唇に唇を重ね、魔力を流し込んだ。

 そして、他の三人にも同様に魔力を与えると、シュリは立ち上がってみんなを見上げた。


 指示を出す前に、もう一度レーダーを立ち上げて、暴走する亜竜達の様子を確認しておく。

 大きい固まりは、すでにヴィオラらしき緑の光点との接触を果たしていた。

 小さな緑の光を、大量の黄色い光が押し包む様子は何とも不安をあおってくれるが、ヴィオラならきっと大丈夫と自分に言い聞かせ、もう一つの集団へと目を向けた。

 その集団は、順調にアズベルグへの進路を進んでいる。だが、まだ到着するまでには時間はかかりそうだった。

 しかしそれでも、シュリがドラゴンの峰の脅威を取り除き、事態を収集させるまでは待ってくれそうには無かった。



 (……やっぱり、アリア達にはアズベルグに向かって貰おう)



 シュリは改めてそう考えて、[レーダー]を閉じると彼女達一人一人を見つめた。



 「みんなにお願いがあるんだ」


 「シュリのお願いなら、聞き届けなければいけませんわね。それがどんな無理難題でも」



 アリアが微笑み、シュリの頬をそっと撫でる。

 シュリはくすぐったそうに首をすくめ、それから再び表情を引き締めて、言葉を続けた。



 「今、亜竜の群れが、僕の故郷へ向かってる。みんなにはそれをできるだけくい止めてほしいんだ」



 できるかな?と問えば、イグニスが即座に頷く。



 「ああ、簡単だぜ。アタシの炎で、一瞬で焼き尽くしてやる」



 物騒に笑い、今にも飛び出していきそうなイグニスに、シュリはあわてて補足の説明を付け加える。



 「待って。できればなるべく殺さないで欲しいんだ。そうだな、行動不能くらいのレベルのダメージで押さえてもらえると助かる。それに、周囲への被害は最小限にとどめて欲しい。人間も、できるだけ巻き込んだり傷つけたりしないように……できるかな?」


 「う~ん。そうなると、ちょっと難しい、かも?」



 シュリの細かい注文に、シェルファが困った顔をする。

 彼女達の力は強大だが、強大であるが故に、そういう手加減は苦手とするところなのだろう。



 「だめ?」



 シュリの眉尻がしょんぼりと下がるのを見て、グランが慌てて声を上げる。



 「い、いや。だめじゃない。大丈夫だぞ?シュリ。要は精霊魔法をなるべく使わなければいいだけの話だ。肉弾戦なら、周りにそれほど被害は出さずにすむ……はずだ」


 「でも、それだとみんなが危ないんじゃない?もし、そうなら……」


 「シュリ、私達をなめてもらっては困りますわ。精霊魔法を封じられても、亜竜ごときに遅れをとるような事は断じてありませんわよ。たった今、シュリの魔力をたっぷり注いで貰いましたしね」



 シュリの心配を吹き飛ばすように、アリアが自信いっぱいにきっぱりと言い切った。

 そして、ほんとにほんとに大丈夫?とそれでも不安そうなシュリの頬にそっとキスを落とし、アリアは艶やかに微笑んでみせる。



 「シュリはただ、私達を信じてくれればいいんですの。主が信じてくれるだけで、それは私達の力になりますのよ?」



 それともシュリは、私達を信じて下さいませんの?といたずらっぽい表情で告げるアリアの首にきゅっと抱きついて、シュリは首を横に振る。



 「信じる。信じてるよ。みんなのこと」


 「じゃあ、シュリはただ命じて下さればいいんですわ。亜竜達の足止めをして、僕の故郷を守れ、と」



 さ、どうぞ命じて下さいな、と小首を傾げるアリアを見つめ、それから猛々しく笑うイグニスを見つめ、自分に任せろと、ぽんと胸をたたく仕草をするシェルファを見つめ、優しい眼差しでシュリを見つめて大きく頷くグランを見つめた。

 シュリはぐっと唇を引き結び、表情を引き締める。そして四人に向かって頭を下げた。



 「みんな、お願い。亜竜達をくい止めて、僕の故郷を守って欲しい」


 「承りましたわ」


 「おうっ、任せろ」


 「大丈夫、がんばるよぉ!」


 「必ず、お前の期待に応えてみせよう」



 みんなの返事に破顔して頷いたシュリは、早速行動に移ってくれるよう四人に指示を出す。

 別れ際、グランが少しだけ心配そうにシュリを見つめて言った。

 私達全員が離れてしまって大丈夫か、と。

 その問いに、シュリはためらうことなく頷いた。大丈夫だ、と。なにも心配することなどありはしない、と。


 シュリは己のレベルも強さも分かっていたし、精霊達も主であるシュリの強さはよく分かっていた。

 だから、精霊達は、シュリと物理的に離れることに少しだけ不安と不満を抱きつつも、素直に自分たちへ与えられた戦場へ旅立っていった。

 一人になったシュリになにが起こるか、知らないままに。


 もし、それを知っていたら、彼女達はどれだけシュリが懇願しても彼の側を離れなかった事だろう。

 シュリが何よりも大切に思うアズベルグを見捨てる結果になったとしても。

 だが、これから起こる出来事をこの時点で予想できるものは、誰一人いなかった。

 女神と精霊に愛され、チートといえるだけの能力を持つ、当のシュリ自身でさえも。

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