第百六十話 そして、戦いへ③
精霊達を見送ったシュリは、今度こそ自分の仕事に取りかかる事にした。
シュリの仕事、それはドラゴンの峰に行って、亜竜達の住処を奪い取った何かを確かめ、追い出すか、説得するか、どちらも無理なら倒すためである。
さて、どうやって向かおうかと思いながら[レーダー]を起動する。
少し前までは、現在シュリのいる辺りは亜竜達で溢れかえっていたはずだ。
だが、山からあふれた亜竜達は二手に分かれて野に放たれ、今のヴィダニア山はほぼ空っぽの状態だった。
元々すんでいた魔物や獣もいただろうが、亜竜達におそれをなして逃げ出したか、抵抗して食われたのか。
とにかく、そう言った雑多な生命の気配すら感じられず、シュリの周囲は妙に静かだった。
これならば、空路を使わずとも、魔物や獣にちょっかいをかけられることはないだろう。
「普通に高速移動で走っていってもいいけど、久々にアレを使うか……」
独り言のように呟いて、シュリはあるスキルを起動する。
そのスキルは[モード・チェンジ]という一風変わった、シュリのいつものとんでもスキルの内の一つだった。
覚えたのは数年前だが、中々面白くて使えるスキルだったので、それなりに育てておいたのだ。
現在のスキルLvは四で、最初から使えたモードを含め、現在使えるモードは五つ。
シュリは、その中で地上の移動に最も適したモードを選択して、
「チェンジ・モード1・ビースト」
モード変更する為のキーワードとなる言葉を発した。
その言葉を合図に、シュリの体が変形していく。洋服は毛皮へ、人の体は四つ足の獣へと。
見た目は、狼に似ている。
ビーストモードでも本体の年齢に影響されるのか、その体躯は小さく、子狼と言ったところだろうか。
しかし、走り出したそのスピードには目を見張るものがあった。
本来のビースト・モードのスペックに加え、恐らくシュリのスキルである[高速移動]もしっかり仕事をしているようだ。
シュリは四本の足を駆使して、本来の獣でも出し得ないほどの高速で山を駆け上っていった。
目指すは、ドラゴンの峰。
予想していたとおり、シュリの行く道を邪魔するものは何者もいなかった。
徐々に険しくなっていく山道をシュリは四本の足で力強く上っていく。
そうして、思っていたよりも早くドラゴンの峰と呼ばれる領域に足を踏み入れたシュリは、ビースト・モードから別のモードへとその装いを変える事にした。
「チェンジ・モード2・ハーフビースト」
今度のモードはハーフビースト・モード。つまり獣人形態である。
さっきまでのビースト・モードは牙と爪での攻撃は出来るものの、どちらかというとスピード重視の形態だったが、今回のハーフビースト・モードは攻撃力重視の形態である。
とはいえ、もっと攻撃力のある形態もあるのだが、そちらは完全にスピードが殺されてしまう。
このハーフビースト形態では反応速度も人の姿の時より格段にあがっているので、戦闘を行うにはバランスのいい形態であるといえた。
改めて、ハーフビースト・モードのシュリを見てみれば、その姿は世間一般的な獣人の姿よりも、やや獣に寄っているかもしれない。
基本的な姿は人のもの。
可愛らしい顔はいつも通りで、その髪の中から狼の耳がのぞいている。
シッポももちろん狼のもので、ふさふさした毛皮のシッポはとてもさわり心地が良さそうに見えた。
とまあ、この辺りまでは一般の獣人と同じ。
違うのはその上半身と、足下だった。
シュリの上半身は、腕から胸元までをふさふさした美しい毛皮で覆われていて、わずかに見える肌はわき腹やお腹の下の方だけ。
シッポが出るように穴の空いた短パンのみを着用し、それ以外の服は身につけていない。
その足下も、靴を履く代わりに膝から下を毛皮が覆っていた。
モード・チェンジを終えたシュリは、体の様子を確かめるようにぐっぐっと各所を動かし、満足そうに頷く。
この姿になるのはずいぶん久し振りだったが、特に違和感なく動かすことが出来そうだった。
周囲を見回し、すん、と鼻を鳴らしたシュリは、人の時より格段に鋭くなった嗅覚で標的の位置を探る。
だが、このドラゴンの峰に入ってから周囲の様子がどうもうまく探れなかった。
最後の手段である[レーダー]を立ち上げてみても、なぜか敵の位置を示す光点が見あたらないのだ。
それを信じるのなら、もうここには敵はいないはず。
だが、それはないだろうと、シュリは確信していた。
なぜなら、ドラゴンの峰にこうして立っているだけで、うなじの産毛がチリチリと逆立ち、シュリに危険を告げてくるからだ。
シュリは油断無く周囲を見回し、それから歩きだそうとしてふと足を止める。
そして、自分の胸にそっと両手を押し当てた。
すると、シュリの胸が光を放ち、内側から光の繭が出てきてするりとシュリの両手の上に落ちた。
シュリは優しく瞳を細め、そっと輝く繭玉を指先で撫でる。
そして、
「そういえば、今日はまだ魔力をあげてなかったよね?」
そう話しかけながら、触れた指先を通して繭玉に少なくはない魔力を送った。
光の繭が、嬉しそうにまばゆい光を放つ。
四人の精霊と契約をし、この光の繭玉を自分の内から取り出した日から、シュリは毎日この繭玉に魔力を与え続けていた。
そうすればいつか、この繭玉の中で眠ってる、恩人とも言える光の精霊が目を覚ますはず、そう信じて。
最初は荷物の中に入れて持ち運んでいたのだが、体に押しつけると体内に収納される事に気づいてからは、いつも体の中にしまっておいた。
その方がこの光の繭を身近に感じられたから。
魔力をもらい、明滅を繰り返す光の繭を見つめながら微笑み、シュリは再び繭を自分の胸に押しつけてしまい込んでおく。
(また明日、魔力をあげるからね)
心の中でそっと話しかけながら。
そして、やることをやったシュリは、今度は足を止めることなく歩き始めた。
周囲を十分に警戒しながら。
歩きながら、時折、[レーダー]を確認する。
だがやはり敵を示す光点は表示されない。
ドラゴンの峰というこの領域の中で、唯一示される点はシュリを示す青い点だけだった。
(敵がいない……って事は、ないと思うんだけどな)
声に出さずに呟きながら、シュリは片手で自分のうなじを押さえる。
チリチリと、脅威を訴える感覚は、今もまだ続いている。
むしろ強くなっている気さえする。
(いるよな?近くに)
シュリは足を止め、口元に不適な笑みを浮かべる。
[レーダー]に映らないのは、高度なハイド系のスキルを何か持っているからだろう。シュリの[道端の雑草]の様な。
まあ、シュリのスキルほどヘンテコなスキルではないだろうけど。
でも一応言い訳をさせてもらうなら、動きさえしなければあのスキルはかなりの精度の認識阻害で使用者の身を隠してくれる。
ただ、動きながら使えないのと、ネーミングがいまいちなのが難点だが。
そんなことを考えつつも油断無く周囲を警戒していた、その時だった。
周囲の空気が変わり、強い殺気がシュリを包み込む。
「っ!!クリエイション・プロテクター!!!」
反射的に叫んでいた。
シュリの体をスキルで作り上げられた防具が包み込み、その手元に大きな盾が現れるのと、すべてをなぎ払うような凶暴なブレス攻撃がシュリを襲うのはほぼ同時だった。
(っくぅ。へ、変な防具が出てこなかったのは良かったけど、こ、これは、ちょっとヤバいかも……)
びっくりするほど強烈なブレスは、見事なまでにシュリを直撃してくれたが、間一髪で作り出せた盾で何とか防ぐことは出来ている。
だが、それもいつまで持つことか。
ブレスを防いでいる盾本体からはなんだかイヤーな音がするし、盾の持ち手が少しずつ熱くなっているのは多分気のせいではない。
(炎属性のブレスかぁ。ってことは、ここにいるのは炎龍、なのかな。問答無用で攻撃を仕掛けてくるって事は、そんなに知能は高く無いのかもしれないなぁ)
冷静にそんなことを考えるが、その間にも盾の耐久値は炎のブレスにガリガリと削られているようだった。
ベコベコと、たぶんきっと、ものすごく頑丈なはずの盾が変形してきたのを見て、シュリの額から冷や汗が流れ落ちる。
(えーと、これって、結構まずい、よね??)
消し炭になるのは流石にいやだなぁ……そう思いはするものの、ブレスの勢いも最初よりは少し弱まってきたように見えて、シュリは思わず安堵の吐息を漏らした。
(このままブレスが弱まれば、なんとか……)
だが、そんなシュリの思いを笑い飛ばすように、シュリの構える盾がとうとう終わりを迎えた。
無から作り出された盾は、壊れた瞬間あっというまに無に戻り、シュリはそれを確かに見届ける間もなく高温のブレスに全身をさらされた。
体中を焼かれるような痛みに、声にならない悲鳴が漏れる。
だが、幸いなことに、ブレスに焼かれたのはほんの数秒の事だった。
しかし、その数秒がシュリに与えたダメージは大きかった。
ブレスが止み、再び静寂が訪れたドラゴンの峰で。
体の中心を守るように両腕をクロスさせて立ち尽くしていたシュリの体がぐらりと揺れる。
そしてそのまま、大地に吸い寄せられるように、力なく倒れ伏したのだった。
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