第百四十六話 エルフ娘と四精霊①
リリシュエーラと手をつないだままてくてく歩いて、里の一番奥の方にある彼女と祖父の家にお邪魔する。
部屋に通されたところで、ちょっとお茶を入れてきますわねと、リリシュエーラが離席をしたので、シュリは腕を組んでうーんと唸る。
さて、これからどうしようか、と。
彼女の目的は何となく分かってる。
彼女はシュリの精霊達と話がしたいのだ。
恐らく、自分の精霊を手に入れる為の、何かしらかの情報がほしいに違いない。
シュリとしては、別にその情報を渋るつもりはない。
ただ、問題はシュリ自身はなにも知らない上に、シュリの精霊達がその情報を持っているかどうかもまるで分からないと言うことだ。
呼び出して聞いてみようかとも思うものの、リリシュエーラはお茶を入れに行っただけだから、きっとすぐに戻ってくるだろう。
さすがに彼女の目の前で、彼女の事についてこそこそ相談するのはどうかと思うのだ。
(まあ、リリお姉さんがほしい情報を入手できなかったとしても、僕が責任に感じる必要なんてないんだろうけどさ……)
だが、今日のシュリは、祖父であるエルジャバーノの昔の悪行のお詫びのためにここに来ているわけである。
さすがに、なんの役にも立てないのでは申し訳ないような気がするのだ。
うーん、うーんとシュリが唸っている内に、お茶を持ったリリシュエーラが戻ってきてしまった。
シュリは何食わぬ顔で彼女を迎え、
「粗茶でございますが……」
と彼女が差し出したお茶を受け取って、それを一口飲んだ瞬間に固まった。
まずかったのである。劇的なほどに。
器に入っている液体は、恐らくハーブティーか何かなのだろうと思う。
だが、丁寧に入れようとして煮出しすぎたのだろうか。
なんともいえない苦さと酸味が激しくぶつかり合い、匂いもきつい。
口に含んだ瞬間、吐き出したくなったが、なんとかそれをこらえてゴクリと飲み込む。
ちょっと涙目になってしまったのはご愛敬だ。
だが、シュリはなんとかお茶の容器を取り落とすことなくテーブルに戻し、どうにかこうにか笑顔を浮かべた。
「り、りりおねえちゃん……お、おいしいよ。あ、ありがとう」
「そう?よかった。お茶はいつもおじい様が入れてくれるから自信がなかったの。けど、喜んでもらえてうれしいわ」
「そ、そうなんだ……」
どうりで……と心に浮かんだ言葉は胸に秘めたまま、シュリはリリシュエーラの前に置かれたコップを見る。
そこには、鮮やかなオレンジの液体がなみなみとつがれていた。
「りりおねえちゃん、それは?」
お茶を飲んだ衝撃でわずかに震える指先を、リリシュエーラの前に置かれたコップへと向ける。
「ああ、これ?恥ずかしい話だけど、私、ハーブティーはそんなに好きじゃなくて。これは果汁を絞っただけの飲み物よ。でも、シュリにはきちんとお茶を入れてあげたくて頑張ったの」
「な、なるほど……」
シュリはひきつった微笑みを浮かべながら思う。
出来れば僕も、そっちを飲みたかった、と。
だが、彼女の気持ちだけはしっかり受け取ろうと思いつつ、でも、もう二度と目の前のお茶は口にすまいと、そっと自分の前から器を避けた。
正直、器から漂う何ともいえない刺激臭が目にしみて辛かったのもあるが。
そして、再び茶を勧められない内にと、シュリは心持ち身を乗り出してリリシュエーラを見上げた。
「リリお姉さん。お姉さんは、僕に聞きたいことがあるんだよね?」
「え?あ、うん」
いきなり切り込んできたシュリを前に、リリシュエーラがもじもじしはじめた。
どうやら、こんなに唐突に本題に入ることになるとは思ってなかったらしい。
きっと最初は当たり障りのない雑談から、そう思っていた事だろう。
シュリだって、出来ればそうしたかった。
だが、和気藹々と雑談をしていて何かの拍子に、もっとお茶でも、と言われたらどうすればいいと言うのだ。
それだけはなんとしても避けたかった。あのお茶を、もう一度口にすることだけは。
そんな思いのままに、シュリはにっこり笑顔でズバリと本題に切り込む。
「リリお姉さんは、僕の精霊とお話ししたいんでしょ?」
「な、なななな、なんでそれを!?」
隠していたはずの本心を言い当てられて、わかりやすくリリシュエーラが動揺する。
紳士なシュリは、リリシュエーラの本音がダダ漏れだったことにはあえて触れず、話を次の段階へと進めていく。
「ちょっとまってて。いま、みんなを呼んでみるから」
「ふえっ?いいの??精霊を呼び出すのには結構魔力を使うでしょう??」
「うん?でも、精霊と契約をして使う精霊魔法ってそう言うものなんでしょう?」
「え?違うけど??」
「え!!違うの!?」
常識だと思っていたことを否定され、シュリは目をまんまるく見開いた。
そんなシュリの様子を見たリリシュエーラは、エルジャバーノってばこの子に何も教えてあげてないのね、とため息をもらし、
「ええとね、シュリ。精霊と契約していても、いつも精霊を呼びだして魔法を使う必要はないのよ?精霊を呼び出す時は、大きな魔法を使うとき。そう言うときは、精霊もきちんと姿を顕現しないと最大出力の精霊魔法は放てないから。でも、普段は心の中でお願いするだけで普通に使えるはずよ?」
「そ、そうなんだ」
「そうよ。毎回、いちいち精霊を呼び出していたら魔力がいくらあっても足りないでしょう?一度人と契約した精霊は、必要な魔力のほとんどを主から貰うものだし、主の体に刻んだ精霊紋に宿ってる時より、外に出ているときの方が断然魔力を使うから」
「そ、そうなんだぁ」
「意識したことなかった?シュリは四人の精霊と契約しているんでしょう?精霊が表に出ていると、魔力がどんどん吸われる感覚とか、ない?」
リリシュエーラの好奇心に満ちた質問に、シュリは乾いた笑いを漏らす。
彼女達への魔力の供給は、キスでしてるなんてさすがに言えないと、そんな事を思いながら。
(でも、リリお姉さんの説でいけば、キスじゃなくても魔力供給出来そうだけどなぁ)
何気なくそんな事を思うと、頭の中に返事が返ってきた。
『私達への魔力供給はキスが一番効率がいいんですわ!断固、キスを要求しますの』
『そうそう。キスで魔力貰うのが一番やる気が出るんだよ』
『うんうん。やっぱり魔力を貰うにも、潤いがないとだめだよね~』
『そ、そうだな。シュリに唇を通して魔力を貰うのは幸せの一言につきる。他の方法だと、ちょっと寂しいな』
精霊達からそんな反撃を受け、シュリは苦笑を漏らす。
今更、彼女達の反対を押し切ってまで魔力供給の方法を変えるつもりはない。
大丈夫、変えないよと、心の中で話しかけると、四人のほっとしたような気配が伝わってきた。
それからふと、考えたことは全部伝わっちゃうのかな、と何気なく考えると、みんなを代表してなのか、アリアが言葉を伝えてきた。
『基本的には、シュリが私達の事を思って考えたこと意外は伝わらないはずですの。後は、私達に伝えたくないと思う事も。私達も、シュリの思いが伝わってきても、返事すべき時を選んで返事をするようにしますので安心して大丈夫ですわ』
『そっか。ありがと、アリア』
頷いて、アリアにお礼を言ってから、シュリは再びリリシュエーラを見上げた。
「えっと、色々教えてくれてありがとう。僕の魔力は問題ないから、精霊を呼び出してみるよ。そうしないと、リリお姉さんがお話出来ないでしょう?」
「いいの?大変じゃない??」
「いいよ。こう見えて、僕、結構魔力があるんだよ?」
じゃあ、呼ぶから待っててねと言いおいて、シュリは心の中で四人に話しかける。ちょっと出てきてくれる?と。
すると、その呼びかけに応えるように、シュリの四肢に刻まれた精霊紋が輝いた。
「え?え?な、なに??」
その輝きに、リリシュエーラが戸惑ったような声をあげる中、輝きがおさまった後、そこには四人の女性がシュリの前にひざまづいていた。
そんな四人を見つめてシュリがきょとんとする。
今まで、そんなにかしこまったことなかったよね?と。
どうやら四人は、リリシュエーラがいることを察知した上で視覚的効果を狙ったようだった。
ふわわわわ~……とリリシュエーラが呆けた声をあげる中、ひざまずいたままシュリにだけ見えるように四人が四人とも悪戯っぽい笑みをその口元に浮かべていた。
「「「「お呼びでしょうか、我が主よ」」」」
「あ、えっと、うん」
四人の芝居がかった言葉に、思わず素で返してしまう。
あ、しまった。のっかるべきだったと思いつつ、四人の顔を伺えば、みんななんだか微笑ましいモノを見るような眼差しでシュリを見つめていた。
『シュリ……可愛くてたまりませんわ』
『やっべ~。あの天然さがたまらね~!むしゃぶりつきたいぜ!!』
『かわいいな~、だっこしたいな~、ちゅーしたいな~』
『ゆ、油断すると鼻血が出てしまいそうだ……』
そんな四人の心の声が頭に飛び込んできて、思わずふはっと笑ってしまう。
シュリは、彼女達の頭を順に撫でてから、リリシュエーラの顔を見上げる。
そして、告げた。
「リリお姉さん。彼女達が僕の精霊だよ」
得意そうな顔で、胸を張って。己の精霊達を誇るように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます