第百三十三話 後処理と治療、そして旅立ち③

 色々な事が終わってしまった頃、ヴィオラがにこにこしながら帰ってきた。



 「や~、大量大量!」



 ほくほく顔で見せてくれた包みの中からは、これまた色々な着ぐるみ。

 え~?また着ぐるみ??と不満顔で見上げれば、



 「ちゃ、ちゃんと他の服もあるわよ?……ちょっとくらいは」



 そんなお返事。ヴィオラはどうも、着ぐるみ姿のシュリがいたくお気に入りらしい。

 彼女曰く、ふわふわで抱き心地がいいそうだ。



 (そう言うところは、もしかしたらリメラと気が合うのかもな。リメラも無類のもふもふ好きだし)



 そんなことを思いつつ、仕方ないのであの服屋のおじさんのオススメの一品だという、子グマちゃんの着ぐるみを着せられてあげることにした。

 クマなのに、その着ぐるみはなぜかちょっぴり派手な色のベストを着ている。

 何でだろうと首を傾げると、ヴィオラがその理由を教えてくれた。

 おじさん曰く、本物の子グマさんと間違えられて狩られてしまわないようにとの事。

 なるほど。きめ細かい。

 確かにおじさん作の着ぐるみは、毛の質感といい、色合いといい、遠くから見たら本物と間違えられてしまいそうなくらいいい出来だった。



 「それにしても、きれいに治療して貰ったわね~。シュリってば、隅から隅までつるっつるじゃない?」


 (そりゃあね。隅から隅まで清められちゃいましたから……)



 ヴィオラの言葉に、シュリはちょっぴり遠い目をした。

 その横で、ジャズがほんのりほっぺを赤くしたのはご愛敬だ。


 さて、着ぐるみをきる際、肝心のパンツを履かせてくれないので催促したら、うっかり買い忘れたとの事。

 荷物の中からとってきて欲しいと頼んだが、受付に預けたままだから面倒くさいと断られた。

 シュリは不満そうに唇を尖らせて、



 (まあ、この着ぐるみは内側も肌触りが抜群で下着がなくてもストレスはないからいいんだけどね?ちょっと、すーすーはするけど……)



 と思いつつ、取りあえず次の宿に着いて落ち着いたら、勝手にヴィオラの荷物を漁ってパンツを履こうと企みつつ、今は我慢しておくことにした。



 「ん~♪クマもいいわねぇ。可愛いわよぅ?シュリ」


 「グリフォンも似合ってたけど、クマさんも素敵だよ、シュリ」



 シュリの愛らしいクマさん仕様にご満悦の様子のヴィオラと、にこにことほめてくれるジャズ。

 ヴィオラはひとしきりシュリを愛でた後、ジャズにお礼を言おうと向き直り、ちょっぴり不思議そうな顔をした。



 「あれぇ?ジャズ、鼻血だしたの?」


 「へ?ど、どうしてそれを??」


 「だって、鼻に詰め物してるじゃない?大丈夫?もう止まった」


 「は、鼻に、詰め物……」



 ジャズはヴィオラの指摘に、シュリに詰められた詰め物の事を思い出し、ぱっと鼻を押さえた。

 そして、恐る恐るというようにシュリの方を見る。



 「シュリ。わ、私の鼻……詰め物……」



 気づいていたか気づいてないかと言われれば、もちろん気づいているに決まってる。



 (だって、それを詰めてあげたの、僕だしなぁ……)



 と思いつつ、その場しのぎの嘘をついても仕方がないと、こっくりと頷いた。

 次の瞬間、ジャズの顔が一瞬で真っ赤に染まる。

 きっとジャズの頭の中を色々な思いが駆けめぐっていることだろう。

 鼻に詰め物をしたまま、シュリにあんな事やこんな事をしてたなんて、間抜けすぎる……とかなんとか。


 シュリは困り顔でそんなジャズを見上げた。

 正直、なんて言ってあげたらいいのかわからない。

 ほめてあげたらいいのか?

 鼻に詰め物をしてても可愛いよ、とか?

 うーん、それは何となくダメな選択のような気がするなぁと思いつつ、取りあえずは無難に、



 「ジャズ、そんなの気にしなくて……」



 いいよ、と声をかけようとしたが、それをすべて言い切るより前に、ジャズが脱兎の如く逃げ出してしまった。

 どうやら、あまりの恥ずかしさに耐えきれなくなってしまったらしい。

 うん、まあ、その気持ちも分かるけどね、と『あああああああぁぁ~~!!!』と叫びながら駆けていってしまったジャズの背中を見送った。



 「えーっと……なにか、あった?」



 ヴィオラの問いに、シュリは首を振る。



 「おばー様。それは聞かないであげて……」


 「わ、わかったわ。でも、お別れの挨拶、出来なかったわねぇ」


 「あ~、そっか。もう出発するんだもんね?」


 「そ。ジャズに挨拶したら行こうと思ったんだけど、この感じじゃ探し出して改めて挨拶ってのも、ちょっと酷よね?」



 問いかけられて、シュリは考える。今のジャズの心境を。

 今のジャズは、きっと穴があったら入りたいくらいの気持ちのはずだ。

 そんなところをわざわざ探し出されて、別れの挨拶をされるのは、シュリだったらちょっと勘弁して欲しいと思うだろう。



 (うーん。今回は、挨拶なしの方がいいかなぁ。後で手紙でも書こう……)



 そう思い、そのままヴィオラに伝えると、彼女も素直に頷いた。



 「そうね。一応、もう旅に出ることは伝えてるし、挨拶を省いても問題ないわよね」



 うん、問題ないはず、と彼女は自分を納得させ、



 「じゃあ、ぼちぼち行きましょう?今日は野営でもして、明日は次の目的地で宿を取る感じで」



 言いながら、ヴィオラはシュリをひょいと抱き上げる。

 シュリを抱っこできるのが嬉しくて仕方がない、そんな顔をして。



 「おばー様。次はどこに行くの?」


 「うーん。実はまだ決めてないのよね。シュリは、どこがいい?」


 「おばー様って、結構計画性がないよねぇ……」


 「う。それ、よく言われるわ。あっ、そう言えば、シュリ。あんた、高等魔術学院でやらかした決闘、魔法で闘ったんでしょ?」


 「うん……まあ」



 胸を張って魔法で闘いました!と言えないところが辛い。

 や、魔法は使ったよ?使ったけど、純粋に魔法の威力で勝ったと言えないところが辛いと言うか……。

 困り顔のシュリを見つめ、ヴィオラが微笑む。



 「シュリは魔法、苦手?」


 「……うん。あんまり得意じゃないみたい」


 「ステータス見せて貰った感じだと、上級魔法まで使えると思うんだけど、その年で上級魔法まで使えるってすごい事よ?」


 「それは、なんとなく、わかってるんだけど……」


 「なにか、気になることがあるのね?言ってみなさいよ。私、こう見えて魔法は得意だし、何かいいアドバイスが出来るかもしれないし」



 ね?と促され、シュリは渋々口を開く。

 魔法は使える。上級魔法も問題なく。ただ、威力が上がらないのだ、と。



 「威力、ねえ……ねえ、試しに上級魔法を一つ使って見せてくれない?」


 「えっと、ここで?」


 「うん。あ、もしもの時はちゃんと防ぐから、安心していいわよ?」



 防ぐような羽目にはならないとは思うけど、と思いつつ、シュリは仕方ないなぁとため息をつく。



 「わかったよ、じゃあ……フレア?」


 「ふえっ!?フレアって、ええ?」



 炎の上級魔法でも、結構威力が高いとされている魔法をさくっと発動する。

 ヴィオラはちょっぴりうろたえているが、気にしない。

 彼女が思っているような威力が出るはずないことは分かっているからだ。


 本来のフレアなら、対象エリアに炎の玉が降り注ぎ、激しい閃光を伴う大爆発を起こす、結構えげつない魔法だ。

 MP消費も高いから、滅多な事では使えないし、本当に大魔法使いと言われるような一握りのひとだけが使える魔法と言われている、と本には書いてあった。

 その本は冒険の記録がかかれた伝記で、呪文の内容までは載ってなかったが魔法の名前は書かれていた。

 もしかして使えるかなぁと、魔法の名前を唱えたら使えてしまったのである。これが。

 しかし、威力の方は……。


 ヴィオラが見守る中、空からひょろひょろ~っといくつか小さな火の玉が今にも消えそうな感じで落ちてきた。

 そして、地面にぽすんっと落ちたところで、ぱちぱちっと可愛い火花を放つ。

 それを見つめ、シュリは深い吐息を漏らす。

 こんなの、打ち上げ花火の方がまだ威力があるよ、と。



 「えっと、フレア??」


 「うん。フレア……」


 「そ、そう……」



 ヴィオラはそう言って、言葉を探すように、シュリのフレアが地面につけたほんのりとした焦げ後を見つめたまま、固まる。



 「そ、そうね。確かに威力は、その、弱いわよね~?」



 そして、色々フォローするように明るくそう言ってふふふっと笑った。

 それに対しシュリは、ははは……と乾いた笑い声を返す。



 「ま、まあ、威力はともかくとして、無詠唱で魔法を使えるのはすごいわ!それに、フレアを発動できるのも!!でもそうねぇ。ちょっと気になったのは、シュリが魔法を放つときの魔力の流れかしらね」


 「魔力の流れ?」


 「そう。シュリのは上手く説明できないんだけど、何となく不自然なのよ。無理矢理窮屈な型に押し込めてる感じというか、何というか……うーん、やっぱり私じゃうまく説明できないわ。ここは、ちょっとしゃくだけど、あいつを頼ることにするか……」



 説明の途中から、なんだか独り言のようになり、ヴィオラはなにやらぶつぶつと考えながら呟いている。

 会いに行くのは面倒だけど、あっちの方が魔法系は詳しいし、とか。

 あいつにも孫の顔をみる権利くらいはあるはずよね、とか。

 シュリは首を傾げて、ヴィオラの顔を見上げる。



 「おばー様、あいつって?」


 「ああ、ごめんごめん。あいつってのは、私の元夫。ミフィーの父親で、シュリにとってはおじー様になる奴よ。気にくわないスカしたエルフだけど、頭だけはいいし、魔法の事にも精通してる。精霊使いでもあるから、シュリの魔力の流れについて、精霊の話を聞くことも出来るだろうし」


 「僕の、おじー様」


 「シュリが会いたくないなら、別に無理に行かなくても……」


 「ううん。僕、会ってみたい」



 ヴィオラの元夫で、ミフィーのお父さん。

 なんだかちょっと興味がある。

 それに、一応は肉親なのだから、一度は会っておきたいとも思う。



 「そっかぁ。じゃあ、次の目的地は決まったわね。あそこはちょっと遠いし特殊な場所だから、今日は早めに野営して、明日は朝早くから動きましょう」



 ヴィオラの言葉にシュリは素直に頷く。

 こうして、次の目的地は決まった。

 シュリはちょっぴりわくわくしながら、僕のおじー様ってどんな人なのかなぁと、まだ見ぬ祖父に思いを馳せるのだった。

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