第百三十二話 後処理と治療、そして旅立ち②

※2017/10/17 内容を一部変更しました。


 医務室に行くと、医務室担当の先生はどうやらマッスリー君に付き添って王都の治療院に出かけるらしく、室内のものを使って好きに治療していいからと言い残し、慌ただしく出て行ってしまった。

 残されたのは、傷だらけでぼろぼろの服のシュリと、ジャズの二人。



 「あ~……ちょっと、やりすぎちゃった……かなぁ?」



 先生の後ろ姿を見送りながらのシュリの一言に、



 「ん?マッスリー君のこと?あんなの、自業自得だよ。シュリにこんな怪我をさせたんだから。でも、そんな優しいところも、シュリの素敵なところだよね」



 ジャズはちょっと前まで好きだった人に向けてるとは思えないようなお言葉。



 「あ、うん。そうデスネ」



 女の子ってドライだなぁと思いつつ、自分もみんなからこんな風に扱われることがないように気をつけようと思う。

 せめて、みんなに誠意を持って接することだけは心がけようと。

 いつか、性欲が大爆発するお年頃になったとしても、マッスリー君と同じ轍だけは踏むまい、そう固く心に刻みつけた。


 そんなシュリは知らないのだ。

 むしろ、一刻でも早くシュリの性欲が大爆発する日を心待ちにしている女子がどれだけいるのかと言うことを。

 ……まあ、知らない方が幸せと言うこともある。

 そのお年頃になったときに苦労をすればいいだけの話なのだから。


 ジャズが治療の道具を揃えている間、シュリは大人しくちょこんとベッドの端に腰掛けて待った。

 足をぶらぶらさせながら待っていると、すっかり薄汚れてしまった着ぐるみが目に入ってきた。



 (あ~……これ、脱がないとなぁ)



 そんなことを考え、シュリが着ぐるみのボタンを外しはじめていると、そこへジャズが戻ってきた。



 「おまたせ、シュリ……って、えええ~~っ!?」


 「ど、どうしたのさ、ジャズ?」



 いきなり驚きの声を上げられて、シュリもびっくりして彼女を見上げる。

 ジャズは真っ赤な顔で、シュリをじっと見つめていた。



 「え、えっと、その、服……」


 「ふ、服?ああ、ほら、ぼろぼろだし、治療するなら脱いだ方がいいでしょ?」


 「そ、そそそ、そうだね。うん、ぬ、脱ごうか」


 「はぁい」


 「あ、あっちにいってようか?」


 「いいよ。どうせ、治療はジャズにして貰うんだし。すぐに脱ぐから、待っててね?」


 「わ、わかった……」



 シュリはまだ子供、シュリはまだ子供……となんだか念仏みたいな声が聞こえるのは無視して、シュリは勢いよく着ぐるみを脱いで、傍らに放った。

 脱いでみてからはっとする。

 そう言えば、着ぐるみの下はパンツを履いていなかった、と。



 (でも、僕、まだ子供だし、セーフだよね~)



 とジャズの顔を見上げたシュリは、ぜんぜんセーフじゃなかったって事を、目の前に突きつけられた。

 ジャズの顔が真っ赤なのはいい。だってさっきから真っ赤だったし。

 でも、その鼻から勢いよくこぼれた赤い液体はまずかろう。

 なにがまずいって、ジャズの服まで汚れてしまう。



 「ジャ、ジャズ!鼻血鼻血!!」



 シュリの指摘に、ジャズは慌てて鼻に布を押し当てた。



 「ジャズ、とりあえず座って!」



 シュリはそんな指示を出し、ジャズが持ってきた治療道具の中から、傷口を消毒するために使うのだろう、小さな布地を小さく丸め、ジャズの鼻に詰めて上げた。

 少々格好悪いが、このまま出血が治まるまで入れておけばいい。



 「ちょっとだけじっとしてて?そうすればすぐ止まるよ」


 「う……ありがとう、シュリ」



 恥ずかしそうにそう答えるジャズに微笑みかけ、それから、シュリは消毒用の液体に、別の小さな布を浸して、とりあえず腕の傷から消毒する。

 まあ、自己治癒のスキルを有効にすればすぐに治ってしまう程度の傷なのだが、医務室まで来たのにそれで治すのもどうなんだと思った訳である。



 (どうせ、普通の治療でも問題ないくらいの傷しかついてないしね)



 そんなことを思いながら、傷口を消毒するよりも、濡れた布地で乾いた血の付いた傷周りを清めていった。

 ジャズが、ああ~、それ、私がやりたかった……と切なそうな眼差しで見ていることに全く気づかず。

 腕とお腹の辺りをやって、次に背中と思うのだが、流石に背中は自分ではどうにもならず、ちらりとジャズを見ると、ぱちっと目があった。



 「せっ、背中は私が!!」



 そんな彼女の言い方が余りに勢いよくて、シュリは思わず微笑み、



 「うん。お願いできる?」



 と無防備にジャズに背中を向けたのだった。

 その背中を見て、ジャズは息を飲む。

 傷自体はそんなに深くない。血ももう止まっている。

 だが、浅く広く傷つけられた場所から流れた血が乾いて、シュリの背中を汚していた。

 それが余りに痛々しくて、ジャズはそっと手を伸ばして確認するようにシュリの背中に触れる。



 「い、痛くない?」


 「ん?平気だよ。もうほとんど傷もふさがってるでしょ?痛くないよ」



 笑って答えるシュリの背中を、ジャズは潤んだ瞳でじっと見つめた。









 (こんな小さい体で、倍も大きな人に挑んで、一歩も引かないで闘って……)



 実際に見ているときはすごく怖かった。シュリが殺されると、本気で思ったから。

 でも、今、改めてその時の様子を思い返してみると、



 (シュリ、格好良かったなぁ……)



 そんな感想しか思い浮かばない。

 胸が苦しいくらいにどきどきして、シュリのためなら何でもしてあげたい、そんなふうに思う。


 愛しくて、愛しくて、愛しくて。

 マッスリーに恋していたと思いこんでいた時とはけた違いの思いの強さに自分でも驚いてしまうほど。


 マッスリーに体を求められた時は断れた。

 きちんと結婚を前提につき合ってない男女がそんな関係になってはいけないと。

 だが、もし、シュリに同じように求められたら?

 その時、自分は断れるだろうか。

 その自信がなかった。

 それくらい強く、ジャズもシュリを求めていたから。

 シュリの背中を潤んだ瞳で見つめながらもじっと太股をすりあわせ、ジャズは熱い吐息を漏らす。



 「ジャズ?どうかした?」



 自分の背中に触れたまま、次の行動を起こさないジャズを心配したようなシュリの声に、ジャズは慌てて返事を返した。



 「あ、何でもない。ま、まず傷を清めるね?」



 言いながら用意しておいた濡れタオルに手を伸ばして、はっとする。

 そのタオルはさっきジャズの鼻から出た血で結構な惨状になっていて、流石にそれを使うのはためらわれた。

 もう一度タオルを洗いに行こうとして、ジャズはふと自分が小さい頃の事を思い出した。

 小さい頃、怪我をして帰ったときに、両親がしてくれた事を。

 両親が、代わる代わる交代に、怪我をした膝を、優しく舐めてくれた事を。


 ごくりと唾を飲んで、シュリの背中を見つめる。

 これは、獣人族の間では一般的な治療方法だからと自分に言い聞かせながら、シュリの背中に顔を近づけていく。

 そしてゆっくりと、シュリの柔らかな皮膚に優しく丁寧に舌を這わせた。



 「はわっ!?ジャ、ジャズ??」



 なにやってんの!?と問うような呼びかけに、



 「き、傷口を清めてるんだよ?えっと、獣人族の間では、いつもこうするし……ふっ、普通だよ、普通!」


 「ふ、普通なの?」


 「そうだよ。私だってそうしてもらった事、あるし。だから、ね?力、抜いて?」


 「う、ん……で、でも、ちょっと、くすぐったいよ」


 「……すぐ終わるから、我慢して?優しく、するから」



 シュリの、くすぐったそうな声が耳を刺激する。

 だが、今更やめるつもりもなく、ジャズは丁寧に丁寧にシュリの背中を舐め清めた。

 くすぐったいのか、気持ちいいのか、時折震えるその様子すら愛おしい。

 そんなシュリが余りに可愛くて、一生懸命に舐めていたら、あっと言う間に背中はつるんときれいに舐め終わってしまった。



 (あ、終わっちゃった……)



 いつまでも舐めているわけにもいかず、仕方ないから、小さな布につけた消毒液で消毒して、治療は終わり。

 だが、ジャズはなんだか物足りなそうに、シュリの背中をじぃっと見つめた。





 

 ジャズがシュリの背中を懸命に舐めていた頃。

 背中に何ともいえない刺激が走ったシュリは、両手で口を押さえ、TPOに見合わない声が出ないように、必死で我慢しつつ、時折体を震わせた。



 (いかん!ジャズは親切でやってくれてるんだから!!)



 断じていかがわしい声なんかあげちゃダメっと自分を戒めつつ、ある意味拷問のような時間が終わるのを待つ。

 昔はくすぐったいだけだったのに、最近はくすぐったさが気持ちよさに通じてしまい、ちょっと困りものなのである。


 シュリの認識では、大人とは子供をくすぐりたがる生き物であり、ただ遊んであげようとしてくすぐった子供が変な声をあげたら、相手はさぞかしびっくりする事だろう。

 きっと気まずい思いをするに違いない。


 ジャズにそんな思いをさせるわけにはっ、と我慢に我慢を重ねているうちに、やっと背中への攻撃が終わり、シュリはほっと息を吐き出す。

 助かったと胸をなで下ろすシュリの背中に、ひんやりとした消毒液が塗られ、治療は終わる。



 (よかった~。なんとか耐え抜いた~……)



 そんな事を思い、油断したシュリの体を、ジャズがくるりと半回転させた。

 当然の事ながら、シュリはジャズの方を向くことになり、びっくりしたようなまあるい目で、彼女の顔を見上げる。

 そして、彼女の顔を見た瞬間、あ、まずい、と思った。


 ジャズの瞳はトロンととろけていて、熱に浮かされたように真っ赤な顔でシュリを見つめていた。

 彼女の目線はシュリの顔と言うより、その体を探るように見つめていて、シュリが自分で雑に消毒した部分に目を付けて、にっこりと微笑む。



 「シュリ。腕は上手に消毒できてるけど、胸の辺りとか、まだ血が飛んでるよ?私がきれいにしてあげるね」



 そう言って、シュリが返事をするよりも早く、彼女の舌がシュリの肌を這った。



 「ジャ、ジャズ?そ、そこは一応消毒したし、大丈夫だよ??」



 止められないだろうと思いつつも、そう声をかける。

 だが、案の定、



 「だぁ~め。汚れたところはきれいにしておかないと。ね?」



 そんな風に返され、シュリは早々に諦めた。

 長年の経験で、こうなったら生半可なことでは相手を止められないことは分かっていたから。



 (僕って変なフェロモンとか出てるのかなぁ、やっぱり。ま、まあ、相手はジャズだし?そうそう酷いことにはならない……よね?)



 しかし、その予想を裏切るように、ジャズの舌はシュリを追いつめた。

 一番の敗因はあれだろう。ジャズの舌だ。

 猫科の獣人族のせいなのか、ジャズの舌は普通の人のものよりちょっぴりざらざらしていた。

 背中を舐められているときも少しは感じていたが、体の前面を舐められた時のざらざらの刺激が結構やばかった。

 普通に、面を舐められるだけならまだいいのだ。

 だが、狙ってなのか、たまたまなのかは分からないが、



 「あ、シュリ。おへその辺りにも血が貯まってるよ?よーく舐めておくね?」



 とか、



 「む、胸の辺りにも飛んでるね。血……」



 とか、恥ずかしそうにしているくせに、やっていることは間逆で、それはもう丁寧に舐めていただいてしまった。



 (いや、あのね?僕は舐める方が専門で、舐められる方は慣れてなくってね?)



 そう思うものの口には出せず、シュリは思う存分ジャズにお清めされて、つるんつるんのピッカピカにされてしまった。

 取りあえず、男の意地として、声は一生懸命に堪えた。

 ……ちょっとは漏れちゃったかもしれないけど。


 ジャズ?

 ジャズはうっとりして、すごく満足そうに唇をぺろんと舐めてた。

 そう、まるで、おいしいものを食べた後の猫がそうするみたいに。


  

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