第百二十八話 泣く子に勝てる、者はなし!?
しくしくしくしく……
教練場のど真ん中で、膝を抱えたジャズがさめざめと泣いている。
それを挟み込むように、ヴィオラとアンジェがわたわたと慌てていた。
まあ、つもる話があったのは確かだが、ちょっぴりジャズをからかう気持ちもあったらしい。
しかしやりすぎて、ジャズがしょんぼり泣き出しちゃったもんだから、二人はどうして良いか分からないようだった。
こんなくらいで慌てるくらいなら、最初からやるなよなぁ~と思いつつ、シュリは呆れ顔だ。
ヴィオラとアンジェはこそこそと顔をつき合わせて、
「ヴィ、ヴィオラ。ジャズとのつきあいはあなたの方が親密でしょう?な、何とかして下さい!!」
「なに言ってんのよ、アンジェ。こんな時こそ、あんたのその無駄に色気を垂れ流してる顔の出番でしょうが!あまーくにっこり笑って親身に慰めれば、一発で泣きやむわよ!!」
「それが出来たら苦労はしません!!うちの娘に不必要な色気を振りまくなってナーザに言われてるんですよ!泣きやんだジャズがうっかり私を好きになっちゃったらどうするんですか!?ナーザに殺されます。絶対!!」
「た、確かにそれはまずいわ。ナーザ、ああ見えて結構過保護だからねぇ……」
「いったいどうしたら……」
おろおろしつつ、小声でそんなやり取り。
シュリはそんな役に立ちそうのない大人二人に、やれやれと肩をすくめ、どうせ私なんか……と自虐的なつぶやきを漏らすジャズにとてとてと歩み寄る。
そしてジャズの前でぴたりと足を止めると、両腕を広げて彼女に抱きついた。
「ジャズお姉ちゃん、抱っこ~」
子供らしく、甘えた声を出しながら。
そんなシュリの、小さい子って可愛いよね攻撃に、ずっと鼻をすすってジャズが顔を上げる。
「シュリ?」
「うん。シュリだよ。ねえ、お姉ちゃん。抱っこして?」
赤い目をしたジャズに、可愛らしく小首を傾げてお願いすれば、ジャズがその魅力に抗しきれるわけもなく、彼女はそろそろと腕を上げてシュリを抱き上げ、立ち上がった。
「えへへ~。ありがとう!お姉ちゃん!!」
シュリはにっこり微笑むと、ジャズのほっぺたにそっと自分のほっぺたをすり寄せた。
「ふわっ!?」
ジャズの口から変な声が漏れるが気にしない。
シュリのほおずりはみんなに大人気のサービスなのだ。
これをされてなお、不機嫌でいられた人は未だかつて一人もいない。
ジャズとて、この攻撃の前にはおちおち泣いてなどいられないはずだ。
そして案の定、ジャズは目こそまだ赤いものの、涙はなんとか止まった。
顔は真っ赤になってしまったが。
よし、もう一息だと気合いを入れ、シュリはジャズの頬に手を伸ばす。
涙で濡れていたほっぺを手のひらで拭うと、
「お姉ちゃん、目が赤いよ?僕が治してあげるから、目、つむって?」
そんな風にお願いする。
「目、目?う、うん。こう?」
ジャズは素直に目を閉じた。
(素直なのはいいけど、男の前でこうも素直なのは危険だなぁ)
そうは思うのだが、自分の前で警戒心無く素直な様子を見せられると、可愛いなぁと思ってしまう。
すり、とほっぺたを手のひらでさすると、ジャズの体がぴくりと震えて、シュリはその様子に口元を柔らかく緩めた。
そして、
「ん。ありがと。じゃあ、もうちょっと、そのままね?……」
そう声をかけながら、シュリはジャズの顔に自分の顔を近づけた。
そしてそのまま、彼女の両の瞼に唇を押しつける。ちゅう、と少しだけ吸って、もう片方も同じように。
瞼に落ちたその刺激に驚いたように、ジャズの体がまたびくりと震える。
その反応を可愛いなぁと再びそんな風に思いつつ、シュリは最後にもう一度ほっぺたを彼女の頬に押しつけてから、ゆっくりと体を離した。
「あの、その、えっと……シュリ?」
目を開けた彼女が恥ずかしそうにどうしたらいいのか分からないようにシュリを見る。
黙っていれば、芯の強そうなちょっとキツめの顔をしているのに、戸惑ったようなその表情は何とも女の子らしくて可愛い。
シュリはちょっぴり悪戯っぽく微笑んで、
「良かった。元気が出たね?」
「あ……」
「おばー様とアンジェも、きっと悪気はあんまり無かったんだよ?」
「……うん」
「きちんと謝らせるから、そしたら許してくれる?」
「あ、別に謝ってもらわなくても、もう……」
いいよ?と返すジャスに、シュリは首を横に振る。
「ダメ。こう言うことはちゃんとしないと、くせになるでしょ?孫としては、おばー様がこれ以上ダメな大人になるのを黙って見てる訳にもいかないよ」
「うっ……」
シュリの言葉に、背後から呻く声が聞こえた。
もちろんヴィオラの声である。
シュリはヴィオラとアンジェの方へ顔を向け、分かってるよね?とにっこり微笑む。
二人は顔を見合わせてから、おずおずと前に進み出た。
「えっと、ジャズ。ごめんね??ちょっと悪ふざけしすぎちゃった……」
「も、申し訳ありませんでした、ジャズ。あなたを傷つけるようなまねをして。許してくれますか?」
二人の謝罪にジャズは頷く。
もともと別に、怒っていたわけではないのだ。
みんなに仲間外れにされてちょっぴり悲しくなってしまっただけだ。
「えっと、ヴィオラさんもアンジェリカさんも顔を上げて下さい。怒ってないですから。ね?」
ジャズの言葉に二人は下げていた頭を上げて、そこに微笑むジャズの顔を見つけてほっとしたような顔をした。
百戦錬磨の冒険者も、王宮の近衛騎士も、やはり泣く子には勝てないらしい。
それが幼い頃から見守っていた、友の子であるから尚更なのだろう。
シュリはそんな三人の様子を微笑ましく眺め、うんうんと頷き、
「これで仲直りだね。よかったねぇ、ジャズ」
にっこりと微笑んだ。
その天使のような微笑みに、すっかり普通に戻っていたジャズの顔が、再びバラ色に染まる。
そしてシュリの体をぎゅっと抱きしめると、そのほっぺたに唇を落とし、そして、
「シュリのおかげだよ。ありがと」
恥ずかしそうに微笑んで、そう言った。
そんな二人を見ていたヴィオラとアンジェが顔を見合わせる。
そして、
「シュリは、あんた以上の逸材かもしれないわね……」
「あの年で、あれほど女心を掴みまくるとは……何とも、末恐ろしいかぎりですねぇ」
二人は揃って、そんなつぶやきを漏らしたのだった。
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