第百二十七話 冒険者養成学校での再会③

 「で、なにしに来たのよ?私に用があって来たのよね?まさか、シュリにちょっかいかける為だけに来ました、とか、言わないでよね??」


 「な、なにを言ってるんですか、ヴィオラ。私がシュリ君に、なんて。わ、私の趣味は至ってノーマルですよ!?そう言う意味では、シュリ君は幼すぎです」


 「年の差を気にするなんて遅れてるわね~。ちなみに、アガサとナーザはもうシュリにメロメロよ?」


 「なっ!?アガサはともかく、ナーザはご主人がいるでしょう!?まさか」


 「いやいや、私の孫の魅力を甘く見たらダメよ~?シュリのこの可愛くて凛々しい魅力に、陥落した女の数は数知れず、よ」



 ふふふ、と笑いながら、ヴィオラはそんなでたらめをアンジェに吹き込む。

 いや、でたらめでもないのか。

 微妙に真実を捕らえているところが恐ろしい。



 「シュリ君……恐ろしい子ですね」



 まじめなアンジェは全てを真に受けて、恐れおののくようにシュリを見た。

 そんな彼女の様子にシュリは苦笑し、



 「えーっと、アンジェ?本気にしちゃダメだよ??おばー様の冗談なんだから」



 とりあえず、冗談だから信じなくていいんだよ作戦に出た。

 その言葉を受けたアンジェがきょとんと目を丸くし、すました顔をしている旧友の方を見る。



 「……えっと、冗談なんですか??」


 「まあ、半分くらいは?」


 「は、半分?じゃあ、残りの半分はやっぱり……」


 「ね?冗談だったでしょ??」



 再び考え込みそうになるアンジェの言葉を遮って、シュリはにっこり笑い、強引に全ては冗談だったという方へ方向を転換する。

 シュリの言葉にアンジェははっとした顔をして、



 「そ、そうですよねぇ。さすがに冗談ですよねぇ」



 と苦笑混じりの言葉をこぼした。



 「で?なんでアンジェは私に会いに来たの?」



 そして、再び最初の質問に戻る。

 不思議そうに尋ねるヴィオラに、アンジェは大した理由ではないと言いおいて、自分がここを訪れた理由を話し始めた。


 今日、彼女は久々の休みで街に出ていたらしい。

 そしたら、街の人々が、ヴィオラ・シュナイダーが王都に来ているらしいと噂をしているのを聞いた。

 そこで、以前に覚えた彼女の気配を探ってみれば、確かに王都の中に彼女の気配を感じるではないか。

 特に用事があるわけでもないが、自由気ままなヴィオラのことだ。

 この機会を逃したらいつ会えるかわからない。

 という結論に達し、休みで特に用事も無かったし、会いに行ってみようと思い立ったらしい。

 そして、ヴィオラの気配のする場所へ向かう途中に、シュリと会ったと言うわけだ。



 「ふうん、なるほどねぇ」


 「なるほど、じゃないですよ。ヴィオラはもっと、王都に来てもいいと思いますよ?知り合いだって多いでしょう??」


 「うん。まぁ、ねぇ」



 面倒くさそうな顔で、ヴィオラは言葉を濁す。

 ヴィオラとて、ただ友人に会うだけならそれ程面倒臭がらないとは思う。

 彼女がこれほど面倒がっている理由。それは……



 「陛下と妃殿下も、ヴィオラに会いたがってますよ。たまには王城にも顔を出して下さい」


 (うん。これだな)



 アンジェの言葉に、シュリは内心頷く。

 王族との謁見。これほど面倒な響きってそうそう無いと思うのだ。

 ヴィオラの足が遠のくのも無理は無いだろうな、とちょっと同情する。

 そして、自分は絶対そんな立場になりたくないなぁと思うのだった。何事も平凡が一番、である。



 「うん、まぁ、そのうちにね。あ、今回はパスよ?シュリを連れて色々な所を回ってる最中だから。二人にはよろしく伝えておいて?」


 「まったく、仕方がないですね。そのかわり、今度王都に来たときには、必ず顔を出して下さいね。もう二年以上登城してないでしょう?」


 「あ~、そんなになる??」


 「なりますよ!以前顔を出したときは、妃殿下のご懐妊のお祝いだったでしょう?そのときのお子さまが、もうじき三歳になるんですから」


 「そっかぁ。そりゃあ、一回顔を出さないとね。生まれたの、どっちだっけ?」


 「姫様ですよ。利発で、可愛らしい方です」


 「ふうん。まあ、うちのシュリには負けるだろうけどね」



 うっかりそんなババ馬鹿発言が出る。



 「……不敬ですが、否定しきれないですね。シュリ君はちょっぴり別格……のような気がします」



 流石にそれはまずいんじゃないの?と思ったが、なぜかアンジェまで同意の言葉。なんでだ!?



 「で?あんたは相も変わらず近衛隊の隊長やってんの?」


 「いえ、今はお生まれになった姫様の専属の衛士をしています」


 「ふうん?あいつの指示で??」


 「いえ、陛下のご命令というわけではないのですが、なんだか姫様に妙に気に入られてしまって」


 「へぇ?でもまあ、姫様も子供とは言え女だってことかしら??」


 「さすがに失礼ですよ、ヴィオラ」


 「ごめんごめん。とりあえず、シュリとの旅が終わったら、一度王宮に顔を出すわよ。その姫様にも、会っておきたいし」


 「そうですね。そのときは是非、シュリ君も一緒に。ヴィオラ・シュナイダーの孫として、陛下と妃殿下に一度ご挨拶をしておいた方がいいと思います」


 「だって。どうする?シュリ??」



 なぜか判断をゆだねられ、シュリはいやぁな顔をする。

 王族との面会なんて、思っただけでも面倒くさい。

 どうせならおばー様が適当に断ってくれたらいいのに、と思いつつ、



 「え~?やだよ。面倒くさいもん。僕、行きたくない」



 お断りの言葉を継げる。



 「シュリ君。そんなこと言わずに、お願いします。姫様も可愛いし、国王陛下も妃殿下もお優しい方ですよ?シュリ君の為に晩餐会や舞踏会を開いてくれるかもしれませんよ~?来たら絶対に良いことありますから!ね?」



 しかし、アンジェは食い下がった。

 だが、シュリはアンジェが言葉を重ねれば重ねるほど気が重くなる。

 晩餐会も舞踏会も、うれしいと思うより先に面倒くさいと感じる。

 可愛いお姫様はちょっぴり見てみたい気もするが、その為だけに面倒な事を我慢するのもちょっとなぁと思って、中々いい返事を返さないシュリに、アンジェは手を合わせた。



 「ちょっとだけ、顔見せをするだけでも良いですから!ね?お願いします。あ、そうだ!シュリ君が来てくれるなら、私が何でも一つ言うことを聞きますよ?それでどうですか??」



 更に懇願されて、うーん、どうしようかなぁとシュリが首を傾げたその時、



 「いいわねぇ。それ頂きっ!!安心して、アンジェ。シュリはちゃんと一緒に連れて行くわ!!」



 ヴィオラが嬉々としてそう請け負った。

 さっきは丸投げしたくせにとちょっと恨みがましく見上げると、ヴィオラはシュリの耳元に唇を寄せて、



 「アンジェってこう見えて優秀だし、かなりの権限も持ってるのよ?アンジェが何でもお願い事を聞いてくれる権利なんて普通だったら手に入らないし、ここは一つ、ゲットしておくべきだと思わない?」



 そう囁いた。

 だが、そんな彼女にアンジェが半眼で釘をさす。



 「言っておきますけど、ヴィオラ?お願い事を行使する権利をあげるのはシュリ君だけですよ?ヴィオラの無茶なお願いなんて聞きませんからね!?」


 「ふーんだ、けち。でも、ま、それでいいわよ。じゃあ、約束。ね?」


 「ヴィオラとは約束しません!シュリ君、約束して下さいますか?」



 ちょっと心配そうにシュリの顔をのぞき込むアンジェに、シュリは仕方ないなぁと小指をそっとつきだした。



 「えっと?」


 「指切り、だよ」


 「指切り、ですか?」



 不思議そうな顔のアンジェの小指に自分の小指を絡めて、



 「ゆーびきーりげんまん、うそついたら、はりせんぼん、のーます!」



 とお約束の文言を唱える。



 「は、針千本、ですか?ぶ、物騒な約束事ですね……って、あれ?」


 「どうしたの??」


 「そう言えば、うちのお姫様も、私に約束をさせるときに同じような事をしていたような……」



 もしかして、密かに流行ってるんでしょうか?と首を傾げるアンジェの顔を見上げながら、シュリは驚きに目を見開いた。



 (指切りげんまんを知ってるって、もしかしてそのお姫様も元日本人だったりして……?)



 だとしたら、ちょっと会ってみたいなぁと思う。



 「お姫様って、どんな子?」


 「おや?少しうちの姫に興味がわいてきましたか?」


 「うーん。まぁね?」


 「そうですねぇ。見た目は本当に愛らしい方です。でも、中身は少々アレですが、まあ、外面はいいので、シュリ君には優しくしてくれると思います」



 にこにこしながら、アンジェが己の仕える姫を評する。

 誉めているような、誉めていないような微妙な評価ではあったが。

 しかし、アンジェに悪意は無いようで、姫に対する愛情や敬意も本当のようだ。

 アンジェの説明で聞くとアレだが、きっと悪いお姫様では無いはずだ。……たぶん。



 (まあ、会ってみれば分かるよね?)



 シュリはスキルの影響もあって、人からは嫌われにくいはずだ。例え年下であっても。

 だから、恐らくひどいめにあうことは無いように思う。

 まあ、何事にも絶対という事は無いから、万に一つの例外が無いでもないだろうが、まあ、なんとかなるさ。

 シュリはそう思い、肩をすくめる。

 とはいえ、実際に会うのは大分先になるのだろうが。

 なんだかその時がとても楽しみなシュリなのだった。



 「や、やっぱり私のこと、忘れてます?忘れちゃってますよねぇぇ!?」



 それなりの広さの教練場に、ジャズの声がむなしく響いていた。

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