第百十九話 決闘という名のシュラ場①

 「さあっ!正々堂々、決闘をしようではないか!!なに、命までは取らないから安心するといい」



 びしり、と指さされて、シュリは心底いやそうな顔をした。

 そして、まるっこい指先でぐりぐりと痛むこめかみをもんでから、



 「えーっと、お断りします?」



 ダメもとで一応いってみる。



 「神聖な決闘を断れるかっ!」



 だが、額に青筋を立てたエロスに即座に却下された。

 本当に断れない?とフィリアとリメラの顔を見上げてみるが、二人とも難しい顔をしている。



 「まさか、白手袋を投げてくるとは予想外だったな」


 「そうね。ここまで由緒正しい作法にのっとった決闘の申し込みを断るとなると、中々難しいわ……」


 (えっと、白手袋投げが決闘の由緒正しい作法って……まあ、確かに?物語の中でも決闘の申し込み方のお約束だけどさ……)



 どうもこの決闘は断ることは出来なそうだった。

 仕方がない。ならば正々堂々と受けて立ってやろうではないか。


 目立ちたくないんだけどなぁと思いつつも心を決め、シュリはフィリアの腕からぴょんと飛び降りる。

 そして、とてとてとエロスに近づき、ぺいっと白手袋を投げ返した。

 その手袋は、ものすごい勢いでエロスの顔に飛んでいき、どべしっと、布地が当たっただけとは思えない音を立てて、彼の顔を仰け反らせた。



 「なっ、なにすんじゃぁぁっ!!」



 エロスがおでこを押さえて涙目で叫ぶ。

 なにすんじゃぁぁってなんだよと思わないでも無かったが、とりあえずきりりとした顔を作り、



 「この決闘、謹んでお受けする!」



 そう宣言して、フィリアとリメラの顔を見上げた。これで、大丈夫だよね?と確認するように。

 だが、二人は面白いくらいにあわあわしていた。

 ……どうやら、作法を間違えたらしい。



 「えっと、僕、間違った??」


 「あ~、そうだな。決闘を受ける場合は、投げつけられた手袋をたたんで懐にしまうのが正式な作法だな……」



 シュリの問いかけに、リメラが答えてくれる。

 ふむふむとそれを聞いたシュリは、エロスのおでこにぶつかって跳ね返った手袋を拾い上げ、ぺんぺんと叩いて泥を落とした後、丁寧にたたんで着ぐるみの胸元にぐいっと押し込んだ。

 そして、何事も無かった様に再びきりりとエロスの顔を見上げ、



 「んじゃ、決闘しようか」



 とさっきの失敗が無かった様に、改めて宣言した。



 「あ、ああ。そ、そうだな……って待てぇ~い!!なに何事も無かったかのように決闘をしようとしているのだ」



 エロスはちょっと流されかけたのに、持ち直して文句を言ってきた。

 さらっと流して、ささっと決闘を終わらせたかったのに空気の読めない奴だな~と思いつつ、シュリはは~っと息を吐き出して、



 「ってかさ、決闘したいの?したくないの?しないなら、僕はそれでもいいけど」



 そんな風に選択を突きつけた。

 このままグダグダ文句を言うなら決闘なんかしなくてもいいんだけど?と。

 エロスはむむっと顔をしかめ、だが、どうしても決闘はしたいらしく、



 「わ、分かった。決闘をしようではないか」



 素直にそう応じてきた。



 「まあ、分かってくれればいいよ。で、どうすればいいの?戦う?」



 このまま突っぱねてくれたら楽で良かったんだけどなぁと、ちょっぴり残念に思いつつも、シュリはさっさと終わらせたい一心でエロスに問いかける。

 エロスはよくぞ聞いてくれたとばかりに、にやりと笑い、



 「君はまだ幼いからな。ただ戦うというだけでは不公平だろう。僕は寛大な男だからね。君にも勝利の可能性を残してあげられる方法で決闘をしようじゃないか」



 得意そうにそう言い切った。

 シュリは黙って頷き、先を促す。



 「まず、決闘は三つの内容をそれぞれ競い合い、勝ち星が多い方が勝ちということにしよう。一つ目は人気投票、二つ目は追かけっこ、そして最後が魔法勝負。これでどうだい?」


 「べつに、いいけど、何で人気投票??」


 「ふ、よくぞ聞いてくれたね。僕の魅力には劣るが、君も中々に可愛らしいからな。万に一つくらいは勝てる可能性もあるかもしれないと思ってね?ほら、最終的には僕が勝ってしまうんだろうけど、君にも花を持たせてあげなければ流石に可愛そうだ。そう思って、何とか君にも勝てる可能性がありそうな勝負をひねり出したんだ。あ、因みに二番目の追いかけっこもそうだよ。三番目の勝利は、僕が頂く予定だけどね。でも、一番目と二番目で勝利を収めれば、君にも勝てる可能性は残されている。頑張ってみたまえ!」



 ちょっと質問したら、長々と説明してくれた。

 うわぁ、勝つ気満々だなぁと思いつつ、シュリはちらりとフィリアの顔を見た。

 心配そうにこちらを見つめるフィリアを安心させるように微笑みつつ、



 (ま、こっちも負ける気は無いけどね?どうせ、フィリアを賭けようって言い出すに決まってるし)



 エロスに向かって不敵な笑みを返す。

 フィリアに好きな人が出来たらもちろん、シュリは身を引くつもりはある。

 相手の人となりをきちんと精査して、フィリアを任せるに足ると思える相手であれば、だが。

 しかし、今、目の前にいる男に、フィリアを渡すつもりは毛頭無かった。



 「あ~、それでだね。勝った者の得る権利についての事だが……」

 エロスは、顔を赤らめて、ちらっちらっとフィリアを見ながら、切り出してきた。

 きたな!と思いつつ、身構えていると、



 「勝った者にはフィリアの……勝利の女神の口づけを、賜りたい」



 エロスは真っ赤な顔をしてそう言った。



 (えっとさ。そこはさ?僕が勝ったらフィリアから手を引け、とか、勝利した者がフィリアを手に入れるのだ、とか、そういう要求が出るところじゃないのかな。……えっと、キス?場所も特定してないし、ほっぺとかおでこでもいいってことなんだよね?ええ~?ほんとにそれでいいのぉ??)



 思っていたよりも低めの要求に、シュリは内心つっこみを入れる。

 しかし、



 「く、口づけってキスのことよね??い、いやよ。シュリ以外とキスするなんて絶対いやっ!!」



 背後から聞こえたフィリアの悲鳴の様な叫びに、はっと我に返った。



 (そりゃ、そうだよな。キスだって、普通に考えたら好きな人以外にはしたくないよね……だめだな~。最近キスが日常化してきて、ちょっとスレてきちゃったかも。いかんな~。反省しなきゃ)



 シュリは、心の中で反省しつつ、フィリアの方へと歩み寄った。

 そして、しゃがみ込んで両手で顔を覆ってしまったフィリアの頬にそっと手を触れ、



 「姉様、姉様。落ち着いてください。ね?大丈夫ですから」



 そう声をかけてみるが、フィリアの耳には届いていないようだ。

 困ったなぁと思いつつ、小さく首を傾げて考え込み、今度は、



 「フィリア?僕の話を聞いて??」



 名前を呼んで声をかけてみた。

 その効果は絶大で。

 フィリアは手のひらの陰から涙に濡れた顔を上げてシュリの方を見てくれた。

 シュリは、それほどまでに自分を思ってくれるフィリアに優しく微笑みかけ、両手でそっと彼女の涙を拭いながら、



 「泣く事なんてないんだよ、フィリア。フィリアは、僕が負けると思ってるの?僕が信じられない?」



 静かにそう問うと、フィリアは思い悩むようにわずかに目を伏せた。



 「信じてるわ、シュリのこと。でも、あなたはまだ五歳だし、エロスさんはこの学園で魔法の技を学んで身につけている、はずよ。本気で戦ったら、あなたの方が不利だって事くらい、私にも分かるわ。勝ってほしいけど、無理もしてほしくない。もし無理をしてあなたが怪我をしたらと思うと、身が凍りそうなほどに怖いの。それくらいだったら、私……」



 シュリに怪我を負わせるくらいなら、自分が我慢して好きでもない男にキスしてもいい。

 そう言おうとしたフィリアの唇にそっと指を押し当てて黙らせる。

 そして、



 「ダメだよ。フィリア。フィリアの唇は僕のものなんでしょ?僕以外の男にフィリアの唇を許すつもりはないからね?」


 「でも、シュリ……」


 「大丈夫。負けないよ。必ず勝つから、リメラと一緒にここで見守ってて?フィリアのキスを受けるのは、この僕だ。だから、安心しててね」



 シュリは微笑み、フィリアの頬にそっとキスを落とす。フィリアは真っ赤な顔になって、へなへなと地面に座り込んでしまった。

 そんな彼女にもう一度笑みを投げかけ、それからリメラの顔を見上げる。



 「フィリアを、よろしく。決闘に乱入したりしないように見守っててあげて?」


 「わかった。任されよう。……だが、本当に大丈夫なのか?あの男、言動はバカっぽいが、確か、それなりに成績は優秀なはずだぞ?」


 「ん~、まあ、何とかなると思うんだよねぇ。一応勝算はあるから、心配しないで見てて」


 「……本当に危なくなったら、飛び出すからな?」


 「大丈夫だって。でもまあ、リメラが飛び出さなくても済むように、さくっと勝ってくるよ」



 シュリはそう言うと、二人に背を向けてエロスの方へと向かう。

 そして、いらいらしている様子のエロスの前に立つと、しゅたっと片手を上げて、



 「ごめん、お待たせ、エロス!!」」


 「だから、僕の名前はエロスじゃない!エルフェロスだ!!まったく、神聖な戦いの前にいちゃいちゃするとは何事だっ!!」


 「いちゃいちゃ??別に、あんなの、いつものことだからなぁ。いちゃいちゃして見えたならごめんね、エロス」


 「だから、僕の名前はエロスじゃないと何度言わせれば分かるんだ!」


 「あ~、でも、ちゃんと呼ぶの面倒くさいからやっぱりエロスで」


 「くうっ、バカにしやがって。もういいっ!手加減なんかしてやらんっ!!」


 「あ~はいはい。手加減は別にいいよ。それより、早く始めよう?大分周りの注目も集めちゃってるし。あ、あっちで先生っぽい人が手招きしてるけど、行かなくて平気??」


 「なぬっ!?」



 シュリの言葉にエロスが固まり、それからぎぎぎとシュリの指し示す方向を見た。

 そこには担当教員らしい人が数人集まっていて、エロスの方を見て手招いている。

 恐らく、この騒ぎの説明に来いとでも言うことなのだろう。

 それを確認したエロスは再び、ぎぎぎとシュリの方へ顔を向けると、



 「……ちょっと、ことの経緯を説明して、決闘の許可を得てくる。すぐに戻ってくるから、逃げるなよ、ちんちくりん」


 「逃げないよ。そっちの方こそ、僕にはシュリって名前があるってことを覚えてほしいね。無事に決闘の許可がおりる事を祈ってるよ、エルフェロス」


 「……分かった。待っていてくれ、シュリ」



 エロスはちょっと真面目な顔でそう言うと、足早に教師の元へと向かっていった。

 真面目な顔をしてればそう悪くないのになぁと、エロスの顔を評しつつ、シュリは自分の拙い魔法でどうやってエロスに対抗しようかと、頭の中で策を練るのだった。

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