第百七話 夫婦喧嘩と高等魔術学院
目が覚めると、なぜかグリフォンスタイルに着替えさせられていた。
(全く気が付かなかった……さすが
と、変な感心をしつつ、寝ぼけ眼でヴィオラを見上げたら、なぜかむぎゅーっと抱きしめられた。
眠気が覚めず、好きにしてとダランとしてたらほっぺたにチューが降り注ぎ、終いには唇を求められたので、それはさすがにお断りしておいた。
一応、孫とおばあちゃんだしね。
その割には、お母さんのミフィーとは何度もちゅうの経験はあるわけだが。
まあ、それはそれ。これはこれである。
ヴィオラは一瞬不満そうに唇を尖らせたもののすぐに気を取り直して、もそもそと起きあがったシュリの背中に、着ぐるみの付属品である羽付きリュックを背負わせた。
そして、シュリを抱き上げると、部屋に鍵をかけて階下へと向かう。
食事をするのかなぁと思ったがそうではなく、テイクアウトのお願いをしてあったらしい。
複数の容器に入れられた食べ物を持っていたバッグにヒョイヒョイと入れていく。
小さなバッグなのに大きな容器が次から次へと入る様子を、どうなってるんだろう、このバッグ?と不思議そうに眺めていると、
「ん?シュリは魔法のバッグ見るの初めて?これはね~、空間魔法のかかったバッグでね?重量に制限はあるけど、かなりの容量をしまっておける便利アイテムなのよ??」
そう説明して、いいでしょ~?と言いながら見せてくれた。
見た目はごく平凡な肩掛けバッグである。だが、中にはかなりの量のものが収まっているのだという。
便利そうだな~、いいな~と思っていると、
・スキル[
とアナウンス。
久々にいいスキル貰ったなぁと、運命の女神様に感謝しつつ、一応チェック。
・[
ふむふむと頷き、シュリはステータス画面を閉じる。
(ま、異世界転生でアイテムボックスは王道だよね~)
と前世の感覚のままにそんな事を考えている内に、気が付けばヴィオラはシュリを連れて宿の外へと出てきていた。
あれ、どっかいくのかな?とヴィオラを見上げる。
「おばー様?どこに行くの??」
「ん?ああ、説明してなかったっけ?あの宿屋の亭主の奥さんと子供が家出しちゃったらしいから、迎えにいってこようかと思って。あの男だけに任せてたら、流石に宿の危機だと思うし。私としても、泊まり慣れた定宿がつぶれちゃったら困るしね~」
ヴィオラの説明になるほど、と思いつつ、
「迎えに行くのはいいけど、場所は?」
浮かんだ疑問を素直にぶつける。
ヴィオラはむふふ~と笑い、
「それが分かっちゃうんだなぁ。家出した奥さんってのは私の古い友達なのよ。で、この王都にはもう一人共通の友達がいてね。十中八九、家出の先はその友達のところね。間違いないわ」
得意そうにそう答えた。
シュリはふうんと頷いて、後は大人しくヴィオラの腕に抱かれていた。
夜の王都の人通りの中、ヴィオラはすいすいと人の波を縫うように歩いていく。
そんな彼女を少なくない数の人が振り向き眺める。
その視線の半分は彼女の美貌と抜群のスタイルに、もう半分はその腕に抱かれた可愛い生き物に注がれていた。
「しっかし、昼の服屋ではいい買い物したわね~。あのおじいさん、いい趣味してるわ。シュリ~?グリフォン姿、すっごく可愛いわよぉ~??これはもう、早くあいつらに見せて自慢しないとね!!」
機嫌が良さそうに、にこにこ笑うヴィオラ。
シュリの着ぐるみ姿は、かなりツボにはまったようだ。
そうこうしている内に、目的の場所へ着いたらしい。
ヴィオラは大きな建物の門を迷うことなくくぐって中へと進んでいく。
門をくぐるとき、その脇に掲げられた板に記された文字を読んでシュリは思わず目を見開いた。
そこには大きく、『高等魔術学院』と書かれていた。
(ここってフィリア姉様の……)
そんな事を思いながら、きょろきょろと辺りを見回す。
流石にもう学校自体は終わっているようで、生徒の姿は見えなかった。
ヴィオラは受付らしき場所へまっすぐ向かうと、
「学園長に会いに来たんだけど、いるわよね?」
そう問いかけた。
「ヴィオラさん、お久しぶりですね。学園長なら学園長室にいますけど、今、お客様がいて……」
「獣人の親子でしょ?そっちも私の知り合い。勝手に上がってもいいわよね?」
「止めても無駄だって分かってますから止めませんよ。今日は学園長室のドア、壊さないで下さいね??」
「うーん。確約は出来ないけど努力はするわ!じゃ、ちょっくらお邪魔するわね~」
そんなやりとりの後、苦笑混じりのお姉さんのまなざしに見送られて、校舎脇の高い塔へと入っていく。
そして階段を上って上って……やっとたどり着いた最上階の分厚い扉を、ヴィオラは力任せにガンガンと叩いた。
「ちょっと~。いるんでしょ??アガサ~。私よ私。ヴィオラ。早く開けないと、また蹴り破るけどいいの~??」
そんな風に声をかけて待つこと数秒。
扉が内側へと開けられて、そこには上品そうなおばあさんの姿があった。
「まったく、もう少し穏やかに訪問出来ないものなのかしら。この間あんたが壊した扉を修理するのにいくら掛かったと思ってるのよ」
「あ~あれね。あの時は悪かったわよ。ちょっとイライラしてたからついね」
「ついでいちいち扉を壊されてたらたまったものじゃないわ。ま、とりあえず入りなさいよ。ナーザとジャズも、来てるわよ?」
「うん。知ってる。ハクレンから頼まれたのもあって、お節介しにきたのよ。じゃ、お邪魔するわね~」
いいながら、すたすたと部屋の中に入っていくヴィオラの腕の中から、シュリはアガサと呼ばれた老婦人を見上げた。
すると、ちょうどこちらを見ていたアガサと目があったので、挨拶もかねてにっこりと微笑む。
その瞬間、アガサの細腕ががしっとヴィオラの肩を掴んでいた。
「ちょっと、ヴィオラ。その子はなによ?あんたの子?それともどっかからさらってきたの??」
「さらうって、人聞きが悪いわねぇ。ふふ~。可愛いでしょ。シュリっていうのよ?私の孫」
「孫ぉ??じゃあ、ミフィルカの子供なわけ?あんた、あの子に会いに行ってきたの??」
「うん、昨日ね」
「で、ミフィルカは?」
「ああ、あの子はアズベルグにいるわ」
「アズベルグって、ずいぶん遠い所から来たのね。ってそうか、あんたにはシェスタがいるもんね。一っ飛びか。ってことはなに?あんた、母親から子供をかっさらってきたってわけ!?」
「かっさらうって、違うわよぉ。一応、旅に連れ出す許可は貰ったわよ?見送られるの面倒だから、夜も明けない内にシュリを連れて出てきちゃったけど」
あっけらかんと言い放つヴィオラを、ぽかんと口を開けてアガサが見つめる。
そして、額に手をやりため息をついた。
「はぁ~、相変わらずねぇ、あんたって。ミフィルカの苦労が忍ばれるわ……あんたのことだから、書き置き一つせずに飛び出してきたんでしょ?今頃大騒ぎになってるんじゃない??」
あきれたような口調でそういうアガサを見上げながら、
「あ、あの、僕、母様にちゃんとお手紙書いてきました」
シュリが口を開く。
すると、アガサは驚いたようにシュリを見て、それからしわ深い上品な顔に優しい笑みを浮かべた。
「偉いわねぇ。えーと、シュリだったかしら。ずいぶんしっかりしてるのね。いくつ??」
「えっと、五歳になりました」
「そう。五歳になったのね。シュリも大変ねぇ。変わり者のおばあちゃんに振り回されて」
言いながら頭を撫でられて、シュリははにかんだように微笑む。
「おばー様は変わってるけど、優しいですよ?僕、大好きです」
ちょっぴりリップサービスを乗せてそう答えると、ぎゅむーと抱きしめられて頬ずりをされた。
「シュリ~。私も大好きよ~。やばいわぁ。可愛すぎる。理性が削られる~」
「ほんと。あんたの孫とは思えないくらい可愛いわ……ミフィルカも、あんたの遺伝子が半分入ってるとは思えないほど性格のいい子だったけど。さすがはあの子の産んだ子ね。天使だわ、天使」
「でしょぉ~?」
「それになによ、この格好!?あり得ないくらいに可愛いんだけど」
「ふふふ~。今日たまたま入った服屋で買い物のついでに貰った着ぐるみよ。グリフォンなのよ、これ。ふあっふあで抱き心地も最高なの~」
「ねえ、私にも抱っこさせてよ。抱っこしたい!!」
「ん~?いいけど後でね。もうちょっとシュリがアガサに慣れて、抱っこしてもいいよ~って言ったらね」
「むぅ。分かったわよ。ま、立ち話も何だし、とりあえずリビングに行きましょ。ナーザ達もそっちにいるから。あ、扉のカギ、閉めといてくれる??」
「おっけー。アガサもそろそろ擬態といたら?窮屈でしょ?おばーさんの格好」
「ん~、別に窮屈って事もないけど、そうね。どうせ仲間内しかいないし、シュリに年寄りだって思われるのもしゃくだし」
そう言ったとたん、アガサの姿がおばーさんから若い美女へと変化した。
髪は深い藍色で切れ長の瞳はボルドー。唇はぽってりと厚く、やけに色っぽい。
彼女はさっきまでとはすっかり変わった顔でシュリに微笑みかけると、
「驚かせちゃったかしら。さっきの姿は対外向けの魔術学園の学園長の姿で、本来の姿はこっち。私もヴィオラと同じで長寿種なものだから年は取りにくいのよ。でも、学園長なんてお堅い仕事をしてると、ああいう姿の方が受けがいいからつい、ね」
「お母さんが
「もう、ひねくれてるってなによ。ったくぅ。まあ、運良くうまい混ざり方をしたみたいで、夢魔の特徴はほとんど表に出なかったし、種族表示もハーフエルフって表示されてるから助かってるんだけどね。半魔って表示のされ方だと、差別も多いから。ま、こればっかりは運だから、運が良くて助かったわ」
「ま、夢魔のハーフだけあって、性欲はかなり強いけどね~。シュリも気をつけなさいよ??」
「こぉら、ヴィオラ。私だって相手は選ぶわよ。大丈夫よ、シュリ。性欲は強いけど、幼児性愛の嗜好はないはずだから」
にっこり笑ってそう主張された。
(いや、理解できる。理解できるけどね?普通の五歳児だったら理解不能でぽかーんとしてるところだよ??)
内心そんなつっこみを入れつつも、シュリはとりあえずにこっと笑って、
「はい。大丈夫です。アガサ……えっと、お姉さん?は怖くないですよ」
可愛らしくそう答える。
すると、アガサの頬がなぜかぽっと染まり、彼女は怪訝そうな顔でシュリを見つめた。
「おねーさんはいらないわよ。人前では学園長かアガサさん、プライベートでは呼び捨てでかまわないわ。……それにしてもおかしいわね。幼児性愛の嗜好はなかったはずなんだけど。なんなのかしら、このトキメキは」
後半はぶつぶつと独り言の様に呟いて、聞き取れなかったシュリはきょとんとつぶらな瞳でアガサを見上げる。
その様子がまたツボだったらしく、アガサはヴィオラに負けず劣らず豊かな胸元を押さえて、その目元を色っぽく色づかせた。
そんな彼女の様子を見ながら、内心まずったかなぁと冷や汗を流しつつ、それでも好感度を下げるために冷たく接するなどといった芸当は出来ようはずもない。
シュリは困ったように微笑み、恋する乙女の顔になりつつある祖母と祖母の友人を交互に見上げてそっと小さなため息を漏らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます