第百六話 その頃のアズベルグ

 その日のルバーノ家は、朝から大変な騒ぎになっていた。

 まず、いつものように朝目を覚ましたミフィーが、息子の姿が無いことに騒ぎ、ひとしきり騒いだ後、今度は置いてあった息子からの手紙を読んで再び騒いだ。

 その騒ぎは、あっという間に屋敷中に広まって。


 カイゼルはジャンバルノを、アズベルグの門へ確認に向かわせ、門番がシュリとヴィオラを見ていないことをまず確認した。

 ヴィオラ達が通常の手段で街を出ていない事を確認したカイゼルは、ジャンバルノに指示を出し、自警団の兵士達を街の聞き込みへと送り出した。


 集まった情報によれば、今日の早朝、まだ暗い内に屋根を走る不振な人影の目撃情報や、屋根を何かが駆け抜けるような音で目を覚ましたという住人の申告がいくつか集まった。

 更に、ミフィーの部屋の窓の鍵が開いていた事実や、朝露にぬかるんだ地面に付いた足跡が屋敷の塀に向かっていた事実を合わせて考えると、ヴィオラの選んだ経路が少しずつ見えてきた。

 その後、聞き込みの範囲を街の外へ広げた結果、どうやらヴィオラとシュリは飛行型のモンスターに乗って、どこかへ飛び去った事も分かった。


 それらの情報から見えてきた事実は、シュリはすでにこのアズベルグの近くにはいないと言う事。

 これから追いかけて追いつくのは、どうにも難しそうだった。



 「と、まあ、そんな訳だ。シュリは早朝にヴィオラ殿と旅立って、目下どこに向かったかは分からない状態だ。目撃情報にあった飛行型のモンスターとは、恐らくヴィオラ殿の眷属のグリフォンじゃないかと言う話だ。彼女が眷属にグリフォンを所有していることは有名だからな。グリフォンの飛行距離も速度も、かなりのものだ。現在、シュリとヴィオラ殿は、大分ここから離れた場所にいると考えられるだろうな」



 食堂に家族とシュリに仕えている三人を集め、カイゼルが比較的冷静にそう語る。

 とりあえず、子供達とシュリの祖父母であるハルシャとバステスは、無駄に心配させるのもどうだろうという事でここへは呼んでおらず、もう少し事実関係を整理してから報告をする予定だった。



 「は、破天荒な母ですみません……」



 ミフィーが肩を落として頭を下げる。



 「ミフィーさんが謝る事じゃないわ。シュリの旅に関しても、昨日の時点で許可を出していたようなものだし、ヴィオラさんに文句を言うのも筋違いだしね。いつ出かけるかなんて約束も、特にしてなかったわけだし」


 「そうだな。ヴィオラ殿はなんといってもSSダブルエスの冒険者。わし等凡人とは違った思考で動かれている部分もあるだろうしなぁ」



 そんなミフィーに、エミーユとカイゼルが相次いで声をかける。

 二人とも、この件に関しては仕方がないとある程度諦めているようだった。



 「ただ、出来れば居場所だけは知らせて欲しいものだなぁ」


 「ですわねぇ。何とかならないかしら」


 「色々と伝手は頼ってみつつもりではあるがな……」


 「わ、私も、連絡の取れそうな母の冒険者仲間に連絡を取ってみます。後、父にも念のため手紙を送っておきますね。母とは大分前に別れてはいますが、時折連絡を取り合ってはいたようなので」


 「じゃあ、私もお付き合いのある奥様達の奥様網を頼りに情報を集めてみるわね。色々な場所とお付き合いのある方も多いから」


 「だが、出来ればもう少し直接的に情報を入手したいもんだが、そういった伝手はないからなぁ。冒険者ギルドにでも、依頼を出してみるか……」



 腕を組み、カイゼルがうーむと唸った瞬間、すっと一本の腕がまっすぐ挙手された。

 シャイナの腕である。



 「シャイナよ。何か意見でもあるのか?」



 カイゼルの問いに、シャイナはこくりと頷く。



 「カイゼル様。奥様。ミフィー様。今こそ、私の秘密を明かす時ではないかと思いまして」


 「お前の、秘密??」


 「はい。お屋敷メイドは仮の姿。本当は隠密も情報収集もお手の物、料理上手の素敵隠密メイドとは私の事だったのです」


 「す、素敵隠密メイド??その、素敵、は必要なのか?」


 「重要です。決して勝手に省かないようにお願いします」


 「そ、そうか。で、その、素敵隠密メイドが今回の件にどう関わってくるのだ?」



 どこまでも真面目なシャイナに気圧されつつも、カイゼルが尋ねると、今度は別の手が上がった。

 ジュディスである。



 「こ、今度はジュディスか。なんだ?」


 「はい。シャイナに代わり、私がご説明致しましょう。先ほどシャイナは申しました。情報収集もお手の物、と。彼女はこう言っているのです。素敵隠密メイドの特性を生かし、いち早くシュリ様の情報を手に入れてくるから有給プリーズと!!」


 「な、なるほど。さすがはジュディス。わかりやすい説明だ。よし、分かった。シャイナよ、有給と特別経費を認めよう。シュリの情報を手に入れてきてもらえるか?」


 「あ、カイゼル様。因みに、私とカレンも同行いたしますので、そちらへの配慮もお願いします」


 「お前とカレンも行くのか!?」


 「はい。お分かりのこととは思いますが、私が頭脳担当、シャイナは隠密仕事担当、カレンは攻守担当と、私達は三人で一つ!別々にしたら、能力低下は必須!シュリ様の情報収集も効率が落ちること間違いなしです!!!」



 それでは困るでしょう!?と訳の分からない理屈をきっぱりと言いきられ、カイゼルは久しぶりのジュディス節にちょっと疲れた顔をした。

 しかし、やはりシュリの情報を得る方が大事と思ったのか、



 「分かった分かった。どの道、ジュディスもカレンもシュリの専属の様なものだしな。二人にも有給と特別経費を許可する。だから、三人でシュリの情報をつかんできて欲しい」


 「「「かしこまりました」」」



 そんなカイゼルの言葉に、三人は揃って頭を下げた。



 「では、カイゼル様。私達は早速準備をして、急ぎシュリ様の行方を追います。よろしいでしょうか?」


 「ああ。経費は準備しておく。連絡はまめに寄越すようにな」


 「それはもちろん。では、みなさま、失礼いたします」



 ジュディスが代表して暇乞いをし、カレンもシャイナも彼女に追従して頭を下げる。

 そして、そそくさと食堂を出て行った。

 そんな三人の後ろ姿を見送りながら、



 「……優秀な三人なのは分かってるけど、変わり者だから心配ね。大丈夫かしら」


 「うむ。三人とも、シュリを異常に敬愛しているからな。大丈夫だとは思うがな。……多分」


 「そっ、そうですね。あの三人なら、シュリ恋しさの異常な嗅覚で、すぐにシュリの居場所をつかんできてくれるような気がします。きっと大丈夫ですよ!」


 ちょっと不安そうにつぶやくエミーユとカイゼルに、ミフィーが明るい声で、シュリの三人の従者をフォローするのだった。

 フォローになっていたのかどうかは疑問の残るところではあるが。


 一方、食堂を出た三人は早足で自分達の部屋へ向かい、凄い勢いで荷造りをした後、カイゼルから軍資金をぶんどってアズベルグを飛び出した。

 目指すは愛しい主の居る場所だ。



 「シュリ様からの連絡は、最初の一回だけですわね。どこに向かうかの情報は特になく、おばー様と一緒だから安心しての一言だけ」


 「ですね。でも、目撃情報によれば、お二人を乗せたと思われるグリフォンが向かった方向は北西方向。その方角から考えて、お二人が向かったのは王都ではないかと推測できますが、いかがでしょうか?」


 「確かに。王都にはフィリア様がいますし、シュリ様が行きたがった可能性は否定できませんね」


 「では、ひとまずの方針として、まずは王都に向かうということでいいですわね?」


 「「異議なし」」


 「では、全速で王都を目指しましょう。で、途中シュリ様からの連絡があったら都度、方針を変えていく方向性で」


 「了解」


 「ジャンバルノ隊長にお願いして、馬を用意して貰ってますので、移動の足は問題なしです」


 「さすが、カレン。助かりますわ。みんなで協力して、一刻でも早くシュリ様との再会を目指しましょう!!」


 「「おー!!」」



 三人は拳を突き上げ気合いを入れる。もちろんすぐにシュリに合流する気満々で。

 この時点での三人はまだ知らない。

 ヴィオラに振り回されるシュリを捕まえるのがいかに大変かと言う事を。

 三人の愛の奴隷の、前途多難な珍道中が、今、始まろうとしていた。

 

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