第百三話 そうだ!王都へ行こう

 背中に五歳の孫を括り付けたまま、暴走特急となっていたヴィオラは、朝日が昇りきる前に急停止した。

 反対方向から来る荷馬車が見えたためである。

 日が昇れば、メインの街道はそれなりに人通りが増えるし、荷や人を運ぶ馬車と遭遇する確率も増えてくる。

 そんな中、さっきまでのような人並み外れた速度での移動はさすがに人目を引きすぎると考えたヴィオラは、あっさりとわき道……というか、うっそうと茂った森の中へと分け入っていった。

 ここで一端休憩をとって、更に移動をするつもりだったが、そこではたとまだ行き先を決めていないことに思い至る。

 ヴィオラはシュリを括り付けていた紐を解き、シュリを地面に降ろしてあげながら、



 「そういえば、どこに行こうかまるで考えてなかったわね~……ねー、シュリ。どこか行きたいところとかある?連れてってあげるわよ??」



 そんな風に問いかけた。

 シュリは[耐性の極]で緩和されてなお、ものすごかった体の負荷に、ちょっとふらふらしながら地面へ座り込み、ヴィオラの問いかけについて考える。


 どこに行きたいかと言われても、シュリは今まで、ほとんどの時間をアズベルグで過ごしてきた。

 ということは、他の地域に関する知識はほぼないと言うことである。

 これが学校に通い始めれば、色々と学ぶ機会もあるのだろうが、残念ながらシュリはまだ学校に上がる前。

 地図を見て地名を見たことはあっても、そこがどんな場所か何があるのかといった情報に触れる機会もなく、結果、どこに行きたいかと言われても首を捻るばかりだった。


 うーんうーんと唸り、だが不意にある人の顔が思い浮かんだ。

 先日、シュリの誕生日に一時帰郷したフィリアの顔である。

 別れる間際の、寂しそうな名残惜しそうな彼女の顔を思い出して、シュリはあっと口を開ける。



 「おばー様。王都はどうかな?遠すぎる??」



 気がつけば、ヴィオラの顔を見上げてそう問いかけていた。

 誕生日の席で、伯父の許可を得られたら王都に遊びに行くと、フィリアに話したときのことを、思い出したのだ。

 あの時、彼女はとても嬉しそうな顔をしていた。

 会いに行ったら、きっと凄く喜ぶに違いない。



 「王都?あぁ、確か、ルバーノ家の長女が高等魔術学院に行ってるんだっけ?そっかぁ。うん、でも、いいかもね。あそこには、私の古いなじみもいるし、シュリを見せて顔を繋いどくのも悪くないわ」



 古いなじみという単語がちょっと怪しい。

 規格外なヴィオラの知り合いだ。

 同じくちょっと変わった方向性の方かもしれない。

 でも、フィリアに会いたいのは本当だし、王都がどれだけ凄いところなのか見たみたい気持ちのほうが嫌な予感を上回った。



 「いいの?王都って、凄く遠いんでしょ??大丈夫???」


 「ふふーん。誰にものを言ってるのかなぁ?シュリ君!私の冒険者ランクを言ってご覧なさい!!」



 ふんすと得意そうに鼻息を荒くしておっきな胸を張り、ちょっと得意そうなヴィオラ。

 美人な見た目だけに、なんだかバカ可愛いなぁと思いつつ、



 「えーっと、ダブルエス??」


 「そうよ!SSダブルエス!!安心なさい。私にかかれば、王都なんて近所と同じだから」



 シュリの言葉を受けて更に胸を張り、最後にはどーんとその胸を叩いた。

 シュリは、ヴィオラのおっぱいがぷるんぷるんと揺れるのを見ながら、いくら早くても、さっきみたいに走るおばー様の背中に乗っていくのはちょっとなぁ……とげんなりし、素直にそう告げる。

 それを聞いたヴィオラがニヤリと笑った。



 「私が走るしか能がないと思ったら大間違いよ、シュリ。いい機会だし、うちの子を紹介するわね」



 そう言うと、ヴィオラはシュリから少し離れて手のひらを地面へ向けると、



 「召喚サモン



 と短く唱えた。すると地面に青い魔法陣が浮かび上がり、淡く光りはじめる。

 その光は徐々に強くなり、思わず目を閉じたシュリが再び目を開けると、そこには大きな体躯の生き物が鎮座していた。

 シュリがびっくりして目を見開く中、ヴィオラは嬉しそうに微笑んで、その生き物の首へ腕を回して抱きしめると、



 「久しぶりね~、シェスタ。お利口にしてた??」


 「クオォォン」



 彼女の言葉に応えるように優しく鳴いて、その生き物もまたヴィオラに顔をすり寄せた。

 そうやってひとしきり触れあった後、ヴィオラはきちんと一人と一匹を引き合わせてくれた。



 「ほら、シュリ。この子は私の眷属でグリフォンのシェスタ。シェスタ、こっちは私の孫のシュリよ。仲良くしてあげてね?」



 グリフォンという、上半身は鷲、下半身はライオンという、恐ろしげな姿のモンスターだが、ヴィオラの言うことにきちんと従って礼儀正しくこちらを見つめてくる姿は何となく可愛らしい。

 シュリはシェスタが伸ばしてきたくちばしにそっと触れ、



 「よろしくね?シェスタ。シュリだよ。仲良くしてね?」



 とにっこり微笑んだ。

 シェスタはその言葉が分かったのか、クォウと嬉しそうに小さく鳴き、さっきヴィオラにもしていたように親愛を込めて頭を押しつけてきた。



 (うん。可愛い。それにふあふあだ……)



 いいなぁ、とヴィオラを見上げれば、彼女は得意そうな顔で、



 「うふふ~。いいでしょ?なにを隠そう、あたしもビーストテイマーの職をとっていた時期があってね?ほら、やっぱり自分につき従うモンスターってロマンじゃない?まあ、[モンスターテイム]と[召喚]のスキルをゲットして、すぐ別の職に変えちゃったんだけどね~。お陰でこんな可愛いシェスタと出会うことも出来たわけ」



 にっこにっことそう自慢してくる。

 職業の名前はビーストテイマーなのに、手に入るスキルは[モンスターテイム]とはこれいかに?と思わないでもなかったが、とりあえずそこはスルーして、



 「じゃあ、[モンスターテイム]と[召喚]は職業に左右されない恒久スキルなんだ。いいなぁ。僕も早く、自分だけの可愛いペットが欲しい」


 「ビーストテイマーは、魔物や獣をテイムしてなんぼの職業だから、[モンスターテイム]のスキルは結構早く手に入るわよ?[召喚]の方はちょっとかかるかもしれないけど」


 「ふうん。じゃあ、早く手に入るように頑張るね」


 「そうね。スキルを手に入れたら、シュリが欲しい魔物を捕まえに連れてってあげるから言いなさいよ?シェスタがいれば、たいていの場所に行けるから」


 「うん、その時はお願いするね!!」



 にっこりとヴィオラを見上げたが、その時は意外と早く来てしまった。



・スキル[獣っ娘テイム]を取得しました!



 (なん、だと!?)



 シュリは思わず笑顔のまま固まった。

 え、それってなんか違うよね!?と思いつつ、慌ててステータス画面を開く。



・[獣っ娘テイム]獣やモンスターをテイムできる。更にテイムした獣や魔物が第二形態として獣っ娘の姿をとることが出来るようになる。モンスターテイムのスキルを素敵にアレンジしてみました。因みに、テイムできるのは♀のみなので注意が必要。



 (モンスターテイムのスキルを素敵にアレンジしてみましたって、なんなのさ……ふざけてる?ふざけてるよね?これ!)



 そう思いながらも半ば諦めていた。

 同じことはこれまで何度となく思ったが、それで結果が覆されたことは一度もなかった。

 これこそが、運命の女神の加護を得た弊害。

 簡単にスキルをゲットできる[スキルゲッター]の負の遺産なのだろう。


 シュリとしては、ごく普通の[モンスターテイム]の方がずっと良かった。

 だが、仕方がない。

 もう、手に入ってしまったのだから。[モンスターテイム]のスキルを変てこ互換された、不思議スキルが。



 (そっかぁ……魔物をテイムすると、獣っ娘になっちゃうのかぁ。しかも♀しかテイムできないなんて……)



 僕はただ、純粋にふわもふした生き物を猫っ可愛がりしたかっただけなのに……としょぼんと肩を落とすシュリ。

 そんなシュリをヴィオラが不思議そうに見つめて首をかしげた。



 「急に落ち込んでどうしたの?シュリ。なんかあった??」



 問いかけてくる祖母をシュリは力ない瞳で見上げる。

 さっきヴィオラは、テイムのスキルが手に入ったら、魔物を捜しに連れて行ってくれると言ったが、手に入れたスキルがアレでは、とてもではないが今すぐにお願いする気にはなれなかった。

 今のシュリには、獣っ娘をテイムする為の心の準備期間が必要だった。


 だから、もうしばらくはテイムスキルを手に入れたことは、ヴィオラに内緒にしておくことにして、シュリは疲れ果てたように微笑むと、ぽすりとシェスタの羽毛に抱きつく。

 今は、それだけが癒しだと言うように。



 「なんでもないよ、おばー様。ちょっぴり疲れたみたい」


 「そ?じゃあ、シェスタに乗ってとっとと王都に向かっちゃいましょうか。そこに私の定宿があるから、早く行ってまずはのんびりしましょ」



 言うが早いか、ヴィオラはシュリをシェスタからひっぺがし、シェスタの上にシュリを乗せると自分もその後ろにまたがった。

 そして状況に付いていけず、またもや目を白黒させるシュリに向かって、



 「はーい、じゃあ、シュリ。落ちると死んじゃうからしっかり掴まっててね?」



 そんな物騒な注意事項をにこにこ告げると、シュリが何かを言う間もなく、忠実なシェスタに指示を飛ばす。



 「じゃあ、シェスタ。王都までお願い。シュリが疲れてるから、超特急でね?」



 いや、そんなに急がなくてもと言いたかったのだが、それを打ち消すように、



 「クオォォン!」



 と嬉しそうに鳴くシェスタ。

 そして次の瞬間には、その巨躯はヴィオラとシュリを乗せたまま、軽々と大空へ舞い上がっていた。

 どんどん小さくなる森や街道。

 眼下に広がる景色に、思わず目を輝かせたのもつかの間、その景色は高速で後ろへと流れていった。

 シェスタが主の指示通り、超特急で空中移動を始めたためである。


 風圧で流されそうになる体に青くなり、シュリは必死にシェスタの羽毛にしがみつく。

 レベルが驚くほど高いから、落ちてももしかしたら死なないで済むかもしれない。

 だが、それとこれとは話は別。怖いものはやはり怖いのである。

 そんなこんなで、シュリが体験した最初の空の旅は恐怖と緊張感で体ががちがちに固まってしまうような某アトラクション的な体験となり。

 シュリはちょっぴり涙目で、そんなトラウマチックな空中散歩を王都に着くまでひたすらたえ耐え続けた。

 

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