第百二話 早朝の旅立ち

 夢見は悪かったが、とりあえずはよく眠った。

 あの後も色々バタバタと騒がしい夢(?)だったが、戦女神は意外と可愛らしい人だったとだけ言っておこう。

 加護を与えるときは平然とキスをぶちかましてくれたのに、なんでこうも初々しい純情さを垣間見せるのか、ちょいと聞いてみたら、わたわたしながら正直に答えてくれた。



 「あ、あれは……最初くらいかっこよくしてないと、戦女神らしくないだろう?シュリに素敵だと思って欲しくて、一生懸命がんばったんだ」



 ……だってさ。

 可愛いなぁって素直にほめたら、戦女神ブリュンヒルデは真っ赤になって頭から湯気が出そうになるし、運命の女神フェイトと愛と美の女神は焼き餅を焼くしで、大変だった。

 だが、そんな時間も終わり、夢も見ずに眠っていたら、耳元で名前を呼ばれてうっすらと目を開ける。

 すると枕元にすっかり旅支度を調えたヴィオラがいて、シュリはびっくりして目を見開いた。



 「おばー様?」


 「あ、起きた?シュリ、おはよ」


 「お、おはよーございます??」



 にっこり朝の挨拶をされて、シュリは盛大にハテナマークを飛ばしつつも、律儀に朝の挨拶を返す。

 そんなシュリに満足そうに頷いて、



 「じゃ、ぼちぼち行こうか?」



 ヴィオラはそんなことを言い出した。



 「は?行くって、どこへ??」



 訳が分からず首を傾げるシュリをひょいっと布団の中から引っ張り出して、ヴィオラはその小さな体を己の背中に、用意してあった紐で手早く括り付ける。

 シュリはヴィオラのあまりの早業に反応できず、目を白黒させるばかりだった。



 「どこへって、決まってるでしょ?昨日お許しも出たことだし、早速冒険の旅に出発よ!」


 「で、でも、まだみんなに挨拶もしてないのに??」


 「予告してから出発すると、準備とか見送りとかで、中々出発できないのは目に見えてるでしょ?今生の別れでもあるまいし、そんなの時間の無駄だもの。こう言うときはこっそり出て行くに限るわ!!」


 「ええ~??でも、じゃあ、せめて母様だけにでも別れの挨拶を……」


 「あ、今のミフィーに話しかけても無駄よ?手持ちにあった眠りの粉をちょちょいっとね。ちょっとやそっとの刺激じゃ起きないわ」


 「……じゃあ、せめて手紙だけでも」


 「ん~?じゃあ、しょうがないわね。さくっと書いちゃいなさい。さくっと」



 言いながら、肩越しに紙とペンを渡されて、シュリは仕方ないのでヴィオラの後ろ頭を利用して、どうにかこうにか短い手紙を書いた。

 ミミズののたくるような字になってしまったが、何とか読めるはずだ。……たぶん。

 その手紙をミフィーの枕元において貰って、とりあえずはほっと一息。

 何も知らせずに出奔という事態だけは何とか避けられた。



 「これで気は済んだ?じゃ、行きましょうか」


 「えっと、おばー様。僕、寝間着のままなんですけど??」



 さっきまで寝ていたのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、シュリは一応、そう主張してみた。

 だが、シュリの言葉にヴィオラは平然として返す。



 「ん?ああ、そうね。別に構わないんじゃない?日が昇ったら、どっかの店でシュリの洋服やら必要なものは全部買うつもりだから。ほら、あんまり上等な服だと、変な奴らに目をつけられちゃうしね」



 なるほど、と思いつつ、シュリはそれ以上の抵抗は諦めた。

 シュリが何を言おうともヴィオラは自分の思うとおりにするだろうし、一応ミフィーへの手紙だけは何とか書けたから、不要な心配をかけることもないだろう。


 これでしばらくこの部屋ともお別れかと、親子二人で生活していた部屋を見回していると、シュリを背中に括り付けたヴィオラは、部屋の出入り口ではなく、なぜか窓の方へと歩き始めた。

 そして、窓の鍵を開けてその枠へ片足をかける。



 「あ、あの、おばー様?」


 「なぁに?シュリ??」


 「ご存じとは思いますが、これは出入り口じゃないし、ここは二階ですよ?」


 「んもう、敬語はやめてっていったでしょ?そんなの、承知の上よ」


 「窓から出てくの??なんで???」


 「ん~?ほら、玄関の鍵を開けっ放しだと不用心でしょ?その点、二階の窓ならまだいいかなぁって。それに、玄関までまわるの、ちょっと面倒くさいじゃない?」



 絶対最後の奴が本音だろ!?と内心つっこみつつ、シュリはちょっぴりアンニュイにため息をついた。

 どうして自分の周りには、ちょっと変わった人ばかり集まるんだろう。能力は、人並み以上に優秀な人たちばかりなのに。



 「よーし、じゃあ、いくわよ~?着地の衝撃はあるから、口は閉じててね!」



 窓から身を乗り出したヴィオラにそう言われたら、それ以上何かを言い募ることも出来ず、シュリはおとなしく口をつぐんだ。

 次いで訪れる浮遊勘と胃が持ち上がるような落ちていく感覚。

 思わず漏れ出そうになる悲鳴をこらえつつ、前世のことを思い出す。

 ああ、そう言えば、絶叫マシン、あんまり得意じゃなかったなぁ……と。


 だが、その感覚は余り長くは続かず、地面に着地した衝撃にほっと息をつく。

 しかし、それもつかの間。

 間をおかずに動き出したヴィオラの軌道はまさにジェットコースター顔負けだった。


 平地を走る速度は超高速で、障害物を避けながら走るものだからがっくんがっくん揺さぶられる。

 途中、屋敷を囲む塀をひょいっと軽々乗り越えて、街中はなんと屋根の上を走り抜けた。

 ヴィオラ曰く、道を歩いている人がいると、避けるのが大変だからとのこと。

 彼女が走る屋根の下で眠っていた人たちは、さぞ驚いたことだろう。


 そんな感じで、ヴィオラはあっという間にアズベルグの街を囲む壁をも越えた。

 門を通らないのかと尋ねると、こんな時間に行って門番が通してくれるわけないでしょ?と返されて、素直になるほど、と思った。


 そんなこんなでシュリは旅に出た。生まれてから二回目の旅だ。

 最初の旅は家族三人、生まれた村からこのアズベルグへ向かうための旅だった。

 今度はアズベルグを出て、色々な経験をするための旅。昨日会ったばかりの美人でちょっと変わり者のおばー様と共に。


 二人の旅路がどうなるのか。

 規格外が二人集まっての旅の行く末の予想はどうにも難しいが、きっと楽しい経験になることだろう。

 そんなことを思いながら、シュリは超高速で走り続ける祖母の背中に、ただしがみつくのだった。

 

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