第九十一話 謎の女冒険者

 国境近くの街、スベランサ。

 そこの冒険者ギルドは今日も朝から荒れくれ男達でにぎわいを見せていた。

 そんな中、一人の女が冒険者ギルドの扉をくぐってその喧騒の中へと入っていく。


 褐色の肌に銀色の髪。切れ長の涼しげな瞳の色は蒼天の蒼。耳は笹の葉の様に先が尖っていた。

 肌の色と耳の形状からわかる様に、彼女の種族はダークエルフ。

 エルフ族のほっそりとした華奢な体型とは違い、細いながらも出るところはしっかりと出た体型は、周囲の男達の視線をまるで磁石のように引きつけた。


 だが、彼女に不埒な真似をするような男はここにはいない。

 特に、このスベランサをホームに冒険者稼業している男達の間では、彼女の存在は畏怖と崇拝の対象であった。

 彼女は時折、顔見知りの冒険者に手を振ったり、笑顔を振りまいたりしながらも、まっすぐにギルドの窓口へと向かう。

 そしてそこに、久しぶりにみる顔見知りのギルド職員の顔を見つけ、嬉しそうに微笑むと彼女の窓口へ歩み寄った。



 「ミーナ。久しぶり。もう育児休暇があけたの?子供を産んでも相変わらずの美人さんね」


 「ヴィオラ!あなたの方こそ、相変わらず恐ろしいくらいに綺麗ねぇ。ちょうど今日から復帰したのよ。復帰初日にあなたに会えるなんてさい先が良いわ」



 ミーナと呼ばれた女性も嬉しそうに笑って、目の前に立つダークエルフの女性ーヴィオラの顔を見上げた。



 「依頼達成の報告よね?かなりの大物だったんでしょう?」


 「まぁね。ほら、いつもレッサードラゴン達の巣になってるウィダニア山脈のドラゴンの峰があるじゃない?レッサードラゴンの素材目当てに山に入った冒険者が、ドラゴンを目撃したって騒いだ件で、事実確認と討伐に行って来たってわけ」


 「そう。お疲れさま。で、ドラゴンは居たの?」


 「ん~。居たと言えば居たし、居ないと言えば居なかったって感じかしら」


 「なに?謎かけ??」


 「多分、その冒険者がドラゴンに遭遇したのは確かだと思うのよ。レッサードラゴンとは違う痕跡や魔力残滓があったし。ただ、私が行ったときはもう移動した後だったのか、まるで見つからなかったのよねぇ。これって依頼的にはどうなると思う?」


 「討伐はしてないけど、事実確認は出来たんでしょう?何か、証拠になりそうなもの、持ってきた??あなたのことだから、そのへんは抜かりはないと思うけど」


 「うーん。一応……」



 ヴィオラは少々歯切れ悪く、空間魔法がかけられた魔法のバッグを取り出して窓口のカウンターの上に乗せた。

 だが、中々その中身を出そうとしない。

 ミーナはそんなヴィオラの様子に首を傾げ、



 「どうしたの?早く出してみせてよ」


 「ほんとに、出していい?」


 「なぁに、もったいぶって。出さなきゃそれが事実確認の証拠になるか判断出来ないじゃない。ほら、早く!」


 「うん。わかった……」



 ミーナに促され、ヴィオラは渋々己の魔法バッグに手を突っ込む。

 そして取り出した大きな皮袋をどーんとカウンターの上に置いた。



 「はい。ドラゴンのう○ち」


 「うわ!くっさぁぁっ!!!」



 周囲には何ともいえない臭気が漂い、ギルド内にいた不幸な人たちは、突然の悪臭テロに悶えた。

 特に、獣人や獣人の混血の面々の苦しみようはすさまじかった。



 「えーっと、中に未消化のレッサードラゴンとか、ワイバーンの牙とか鱗があったから、それより上位のドラゴンのう○ちで間違いないとは思うんだけど……」


 

 確かめる?と可愛らしく小首を傾げて皮袋……否、悪臭袋を押しつけてこようとする美しき冒険者に殺意を覚えそうになりつつも、



 「それヤバい!それ、ヤバいから!!早く!一刻も早くしまって!!!」


 「え~、でも、せっかく出したのに……」


 「いいからとっととしまえっ!!!」



 有無をいわせずに怒鳴りつけ、悪臭の源を元通り魔法バッグの中にしまわせた。

 とたんに悪臭が薄まり、ほーっと息をつくミーナ。

 そんな彼女の様子に唇を尖らせて、



 「もうっ。ミーナが出せっていうから出したのに」



 ヴィオラがそう文句を言えば、ミーナはじとっと彼女を睨み、



 「冒険者規約に納品の際の注意事項、書いてあるでしょう?損傷が著しいものや、匂いの強いものは、直接地下の納品所へ持ってきて申告するようにって」



 そんな豆知識を披露。



 「あれ?そんなの、あったっけ??」


 「あったの!!もう、何年冒険者やってるのよ~!!」



 初耳とばかりに首を傾げるヴィオラに、あきれたような口調でミーナが返す。



 「そうねぇ。かれこれ数十年ほど……。新人の頃に読んだかもしれないけど、すっかり記憶の彼方だわ。ごめんね?」


 「もう~、仕方ないわねぇ。次からは気をつけてよね?魔法バッグの中のそれで依頼の達成証明にはなると思うから、下で確認して貰った後、もう一回こっちにきてちょーだい」


 「はぁい。んじゃ、ちょっくら行ってくるわね」



 そう言って、窓口から離れようとするヴィオラの姿を見送っていたミーナは、あることを思い出してあっと口を開く。



 「ヴィオラ、そう言えばあなた宛に手紙が届いてたわよ??」


 「手紙ぃ~?誰から??」


 「えっと、差出人はミフィルカ・ルバーノさんってなってるけど……」


 「ミフィーから手紙?ここ何年も音沙汰が無かったのに珍しい。確か、人間の亭主を捕まえて田舎に引っ込んでたはずだけど……。引越しでもしたのかしら。手紙、頂戴?読んでみるわ」



 窓口の前まで戻ったヴィオラは、ミーナから手紙を受け取ると早速中身を取り出した。



 「はい、どうぞ。ごゆっくり。ミフィルカさんとはどういうご関係?お友達???」


 「んーん。娘」


 「ふぅん。娘さんかぁ……って娘ぇ!?ヴィオラ、子供なんていたの!?いつの間に産んだのよ!?」



 なにげに問いかけた質問への答えの余りの衝撃にミーナが目をむくと、



 「うーんと、かれこれ数十年前にね。まあ、私にも色々あったって訳よ」



 ヴィオラはそう言って、苦笑混じりに微笑んだ。



 「な、なるほど~……で、娘さんからなんて?」


 「ん~、なんか亭主を亡くして引っ越ししたって」


 「ご主人を亡くして引っ越し……大変じゃない!?娘さんも苦労してるわね……。引っ越し先は??」


 「アズベルグ。たしかそこそこおっきい街よね?地方都市にしては」


 「アズベルグかぁ。あそこなら、ここからそう遠くないんじゃない?」


 「そうね~。行って行けない距離じゃあ無いわね。それにしても、ミフィーの奴、どうやって私の居場所を調べたのかしら??」


 「なによ、ヴィオラ。もしかして、居場所教えてなかったの?」


 「うん」


 「あら~、薄情ねぇ~」


 「といっても娘もいい年だし、ちゃんと独り立ちさせたし、十分面倒をみた方でしょ??産み捨てた訳じゃないんだから」



 ミーナの言葉に、ヴィオラは形のいい唇を尖らせて反論する。



 「まあ、そりゃそうかもしれないけど」



 と、ミーナが肩をすくめて答えれば、



 「分かってくれればいいのよ。分かってくれれば。あの子が小さい頃は私だってそれなりに、母親稼業をしてたんだからね。これでも。何十年も連絡を取り合ってなかったのに、何でここがわかったのかしらね~?まあ、別に場所を知られて困る訳じゃないからいいんだけど」



 ヴィオラも軽い調子でそう返した。



 「ま、あなたの居場所なんて、特に知らせて居なくてもちょっと調べればバレバレでしょうしね」


 「はい?」



 だが、次いでミーナの口からもたらされた情報に、ヴィオラは思わず読みかけの手紙から顔を上げて、彼女の顔を凝視した。



 「すぐに調べられると思うわよ?あなたの居場所」


 「えっと、どうしてって聞いてもいい??」


 「あなた、自分の知名度の高さをまるで認識してないでしょ?SSダブルエス級の疾風戦鬼のヴィオラと言えば、よっぽどぺーぺーの冒険者じゃない限り、誰でも知ってるわよ?あなたが今ホームにしてるギルドがここだってことも、冒険者ギルドに出向いて聞けばすぐに分かると思うし」


 「そ、そうなんだ?」


 「そうなのよ」



 思いも寄らなかった事実に、ヴィオラはびっくりした顔で固まり、ミーナは重々しく頷いた。



 「はー、びっくりした~。最近の冒険者ギルドって色々便利なのねぇ」



 しばらくして再起動を果たしたヴィオラはそんな事を言いながら手紙を読み進め、不意に首を傾げてその動きを止める。

 それを見ていたミーナが、



 「ん?どうしたの??」



 と問えば、ヴィオラはぎぎぎと軋んだような動きで彼女の方へと顔を向け、



 「私、いつのまにかおばあちゃんになってた」



 そう、答えた。



 「おばあちゃん!?」



 妙齢の美しい女性を表現するにはややそぐわないその言葉に、ミーナもまた、驚いたような声を上げる。



 「それって、その、孫が出来たってこと?」


 「うん。男の子。もう、五歳だって」


 「五歳って……うちの子より全然大きいじゃない」


 「うん。びっくりしたぁ」



 言いながら、ヴィオラは手紙を読み進める。

 その途中、彼女の長く美しい指先が、手紙の上をそっとなぞった。



 「シュリナスカ……シュリ、かぁ。ふぅん。中々いい名前じゃない?」



 シュリの名前を確かめるように口にして、彼女はその口元に優しげな笑みを浮かべた。



 「シュリ君、ねぇ。ヴィオラの孫なら、将来はいい男になりそうね~。ね、一度ここへ連れていらっしゃいよ?冒険者登録するなら、是非うちのギルドでよろしくね」



 ミーナはヴィオラの孫なら冒険者としても大成するはずとふんで、早速の営業トーク。



 「冒険者って……まだ五歳よ?流石に……でも、鍛えるなら、早い方がいいわよね?きっと」



 気の早いミーナに反射的に苦笑混じりの返事を返したものの、不意に思い浮かんだ考えに、ヴィオラは考え込む。

 そんな彼女の様子に、今度はミーナが苦笑を漏らし、



 「ちょっと、ヴィオラ。冗談よ。流石に五歳で冒険者は早すぎるでしょ?それより娘さんは、手紙でなんて?孫の顔を見に来いとでも書いてあった??」



 そんな風に話題の転換を図る。ヴィオラもそれにあえて乗って、



 「うん。五歳の誕生日会をするから、よかったら来ないか、だって」



 そう返した。



 「ふぅん。いいんじゃない?いってきたら??」


 「行くって言いたいところだけど、誕生会の日程には間に合いそうにないわ。この手紙、私が今回の依頼に出た直後くらいに届いてたみたいなのよね~」


 「そうかぁ。残念だったわねぇ」


 「うん。でも、まあ、せっかくの機会だし、アズベルグへ足をのばしてみようかしら。孫の顔でも見に。ここの所、ずーとここに引きこもってたし、たまには河岸を変えてみるのもいいかもね」


 「そうね。たまには気分を変えるのもいいかもしれないわよ?ただし、ちゃんとここに帰ってきなさいよ?」


 「はいはい。私にとってはここが一番落ち着く場所だから、ちゃーんと帰ってくるわよ。何かあったらギルドを通して連絡をちょうだい?」


 「わかったわ。ま、そうそうあなたに連絡をとらなきゃいけない事態なんて起きないとは思うけど」


 「ま、確かに。でも、一応ね。じゃあ、ミーナ。行ってくるわ」



 にっこり手を振り微笑んで、遠ざかるヴィオラの背中に、ミーナはあわてて声をかける。



 「ヴィオラ!ちゃんと下に寄ってアレ、確認してもらってね!!」


 「あ~、忘れてた!ドラゴンのう○こね!!う○こ!!ちょっと下に行って置いてくるわ~」



 そう言って、ヴィオラはギルドの地下へと階段を下っていった。

 ミーナは、う○こ、う○こと連発する残念な美女を見送り苦笑を浮かべる。


 ヴィオラ・シュナイダー。

 美の化身とも言えるような美しいダークエルフでSSダブルエスの冒険者、その二つ名は疾風戦鬼。

 王でさえも一目置くような有名な冒険者の正体は、見た目は美女で中身はちょっと残念、知り合いに聞けば10人中10人が変わり者だと答えるような、そんな人物なのであった。


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