第九十話 節目の誕生日に②
「「「シュリ、お誕生日おめでとう~!!!」」」
扉を開けると、そんな祝いの言葉で盛大に迎えられた。見渡せば、この4年間ですっかりシュリの宝物となった家族達の笑顔。
所々イスが置かれてはいるものの、基本的には立食らしい会場のテーブルの上には、ごちそうが所狭しと並んでいる。
シュリは子供らしく瞳を輝かせ、ほんのりと上気した頬で迎えてくれた家族を見渡してにっこりと笑った。
その笑顔に、ずきゅんと胸のど真ん中を打ち抜かれて悶える家族達。
そんな彼らを可笑しそうに見渡しながら、その中でも比較的平静を保っている3人の女性を、シュリは順に見つめた。
『シュリ様、お誕生日おめでとうございます』
最初にその言葉を伝えてきたのはジュディス。
彼女はシュリとしっかりと目を合わせ、知的で色っぽいその面ににっこりと満面の笑みを浮かべる。
ジュディスは4年前と比べ、随分と落ち着きが出てきた。
秘書としての後身を育てあげてカイゼルに押しつけ、数年前から己はちゃっかり次期当主であるシュリの専属になりおおせている。
その素晴らしい知識や事務能力を、惜しむことなくシュリのためにふるって、彼女の管理するシュリの資産は年々増える一方だ。
『シュリ様がこの世に生まれた日に感謝を。心から、お祝いを申し上げます』
ちょっと仰々しく、そんな言葉を贈ってくれたのは、ルバーノ家のメイドとしてすっかり馴染んだシャイナ。
彼女は最近、メイドの仕事だけでは飽きたらず、空き時間には料理長の所へ入り浸って、その料理の腕を磨いているらしい。
シュリにおいしい食事を作りたい一心の様だが、その腕は料理長も認めるほどだとか。今日並んでいるごちそうの内のいくつかは、彼女が腕を振るったものに違いない。
特徴的で美しい蒼髪を高い位置で1つにまとめ、いわゆるポニーテールの様な髪型にしている彼女は、クールな目元を柔らかく細めてシュリにかすかな笑みを投げかけた。
表情の少ない彼女にとっての最大限の笑顔を。
それに微笑み返すシュリの頭に、最後の1人の声が届く。
『シュリ君ももう五歳なんですね。なんだか感慨深いです。本当に、おめでとうございます』
他の2人より少しだけフランクに、だが、いくら言っても敬語を崩してくれない女性は、シュリの為に組織された警備隊の警備隊長のカレンだ。
この警備隊は、4年前にガナッシュという男に誘拐されたシュリの身を案じて、心配性のカイゼルが考案し組織された。
そしてその隊長に、事件の際の功績とシュリとの相性を鑑みて、カレンが任命されたのである。
以来、カレンは誰よりも近くで常にシュリを守ってくれている。
普段は穏やかな性格のカレンであるが、ひとたび事が起これば誰よりも苛烈だ。
優しくも凛々しい美貌と、清廉な雰囲気の中に漂う色気に、男女問わずファンも多い。
まあ、どれだけの相手に言い寄られようとも、彼女の心は一片残らずシュリに捧げられているので、周囲の想いが報われる事は無いのだが。
彼女は泣きぼくろが色っぽい目元を優しく細め、シュリに微笑みかけている。
三者三様だが、紛れもない美女3人にシュリは何とも言えずに甘い笑みをおくる。
そして、
『みんな、ありがとう。僕がこうしていられるのはみんなのおかげだ。これからもよろしくね?』
そんな風に念話で返し、3人の愛の奴隷を身悶えさせた後、少し落ち着いてきた己の誕生日会の会場をシュリはゆっくりと進み始めた。
そんなシュリに、最初に声をかけてきたのは、父方の祖母であるハルシャだった。
「シュリ、こちらへいらっしゃい? おばあ様と一緒にお食事をしましょう?」
優しげにそう言って手招く祖母に、シュリは満面の笑顔で駆け寄る。
「はい、おばあ様!」
素直なシュリの返事に目を細め、用意されていたイスに腰掛けていたハルシャは、己の膝にシュリを抱き上げた。
そして給仕のメイドに適当な料理を運ばせると、それをせっせとシュリの口元へ運んでやるのだった。
「おいしいですか? シュリ」
「はい! とっても美味しいです」
「ほんとうにシュリは、おばあ様が大好きなんだから」
にこにこと微笑みあう祖母と孫の姿は、母親であるミフィーでさえも苦笑を浮かべるほどに仲むつまじい。
「あらあら、ミフィーさん。やきもち?」
にこにことハルシャが問えば、
「違いますよぅ。2人の仲があんまり良いから、ちょっと羨ましいだけです」
ミフィーはちょっぴり唇を尖らせて返す。
家族となって4年経ち、最初こそ他人行儀な部分もあった2人だが、今はまるで実の母子の様に自然なやりとりを交わすまでになった。
シュリはそんなミフィーとハルシャの様子を嬉しそうに眺め、それから年老いてもなお豊かな祖母の胸に抱きついた。
「母様も好きだけど、僕、おばあ様が大好きです」
そんな素直な言葉と共に。
実際問題、家族の仲でミフィーを除けば、シュリが1番好きなのはハルシャと言っても過言ではなかった。
女性陣の中で唯一シュリと恋愛状態になっていないハルシャには、シュリを狙う猛禽類やら肉食獣の様なギラギラしたところがまるでなく、一緒にいるととにかく癒されるのである。
恋愛状態では無いものの、盲目的な慈愛状態であるハルシャは、とにかくシュリに甘く、その庇護の元にいるのは何とも心地の良いものであった。
そうやって2人でほのぼのと食事を楽しんでいたが、そこに割り込んでくる人物がいた。
緩やかにウェーブした金色の長い髪に、シュリと同じ菫色の瞳の優しげな美貌の少女は、2人の前に立っておっとりと話しかけてきた。
「おばあ様。おばあ様ばっかりシュリを独り占めしてずるいです。私も仲間に入れて下さいね?」
そう言ってにこにことハルシャとシュリに微笑みかけるのは長女のフィリアだ。
派手ではないが、清楚な美しさは彼女の穏やかな口調と相まって不思議な気品を醸し出す。
そんな彼女は、母親と言うよりもむしろ祖母であるハルシャの面影を色濃く受け継いでいた。
ハルシャは、美しく成長した孫娘をまぶしそうに見つめ、
「あらあら、そんなつもりは無かったのだけれど、ごめんなさいね、フィリア。さあ、シュリ。少しお姉様と遊んでいらっしゃい?」
そう言って、フィリアの腕にシュリを預けた。
「いいんですか? おばあ様。私はただ、一緒にお話ししようと思って来ただけなんですけど……」
「いいのよ。私はいつだってシュリと遊べるんですもの。あなたはシュリと会うのも久しぶりでしょう?」
ハルシャの言うとおり、シュリに会うのが久し振りだったフィリアは、素直に祖母の言葉に甘える事にした。
「ありがとうございます。おばあ様。じゃあシュリ、ちょっとだけ私とお話ししてくれる?」
フィリアが抱き上げたシュリに問いかけると、
「はい。フィリア姉様」
シュリはにっこり笑って頷く。
それを受けたフィリアは嬉しそうに頬を染めて微笑むと、
「ふふ。いい子ね、シュリは。ありがとう」
そう言って、優しくシュリの頬に唇を落とした。
周囲から、羨ましそうな視線が突き刺さるが、そんな事を気にしていたら負けだ。
そうでなくても最近は、シュリとゆっくり過ごすことなどほとんど出来ていないのだから。
この春から、より専門的な治癒魔法を学ぶために王都の高等魔術学院へ通い始めたフィリアは王都で寮住まいとなり、滅多なことではアズベルグへ戻ってくる事が出来なくなった。
今回のシュリの誕生会も、危うく来れなくなるところだったのだが、手を尽くして何とか学校を抜け出してきたのだ。
大切な試験を2、3個落としたが、そんなの後で補習を受ければいいのである。
そんな事より余程、シュリの誕生日を直接祝うことの方が大切だった。
進学を決める際、王都に行く事に関してかなり悩んだのだが、彼女が求める将来シュリの為に役立つ能力を手に入れるためには、より高度な教育を受ける必要があった。
その為、フィリアは泣く泣く王都へ旅立つことを決めたのだった。
そんな彼女は現在、久々のシュリ成分をとるのに忙しい。
優秀で美しい彼女は、王都の学院でもかなり目立っており、沢山の男性からお誘いを受ける身であったが、そんなものは眼中に無かった。
どんなに地位がある男性も、見目麗しい男性も、たくましく男らしい男性も、正直なところ、今彼女の腕の中にいる存在とは比べものにならない。
彼女はうっとりと、しばらくみない間に随分凛々しく少年らしい顔立ちになった(と彼女が感じている)シュリを見つめた。
「姉様、王都の学校はどう?」
「楽しいわよ? 勉強もやりがいがあるし。ただ、シュリの顔を毎日見られないのだけは、辛くて仕方がないけれど」
少し悲しそうに眉尻を下げるフィリアの頭を、シュリは手を伸ばして労るように撫でる。
それを受けたフィリアが嬉しそうに微笑むのを、シュリは胸をほっこりさせながら見つめた。
「叔父上の許可が出たら、僕も王都に行ってみたいな。その時は、フィリア姉様の頑張ってる所を見に行くね?」
「ありがとう、シュリ。お父様には後で直談判して、何が何でも許可をもぎ取っておくわ。大丈夫よ、シュリ。お父様の弱みの1つや2つ、ちゃあんと握ってるから」
ちょっぴり黒い所をかいま見せるフィリアに、シュリが仕方ないなぁと苦笑を浮かべていると、二人のそばにすすすっと近付いてくる陰。
フィリアと同じ金色の長い髪。だが、こちらは癖のないストレート。
瞳は母親譲りの美しい翡翠の輝きの顔立ちの整った少女は、次女のリュミス。
彼女は小首を傾げ、
「フィー姉様。シュリを独り占めは禁止。姉妹法に抵触する」
そう言いながら少し高いところにある姉の顔をじっと見つめた。
「うっ……分かってるわよぅ。でも、久しぶりなんだから、ちょっとは多めに見てくれても」
「だめ。シュリが選択する時までは、みんなで平等にシュリとの時間を分ける約束」
「もう……分かったわ」
ってか、姉妹法ってなんなんだと、首を傾げるシュリを挟んで姉妹はにらみ合い、最後には根負けしたようにフィリアが吐息を漏らした。
そしてしぶしぶシュリの体をリュミスに渡す。
リュミスは無表情ながらも嬉しそうに頬を染め、シュリの体をぎゅっと抱きしめた。
そして、五歳になってもなお、ふくふくのシュリのほっぺにキスをして、そのまま控えめに頬をすり寄せる。
賢い彼女は知っていた。シュリが過剰なスキンシップを実は苦手としているという、その事実を。
だから彼女は常日頃、いかにシュリに嫌がられないで触れ合うかと言うことの研究に余念が無かった。
その努力あって、シュリは全く嫌がるそぶりもなく、リュミスからのスキンシップを受け取っていた。内心ガッツポーズをしているリュミスに気付くことなく。
フィリアは、そんなシュリとリュミスの様子をじっとりと見つめ、
「ふーんだ。リュミスだって、後何年かしたら私の辛さが分かるわよ。あなたもどうせ、王都の高等魔術学院に進学するんでしょ?魔術教育に関しては、あそこが国内最高峰ですもの」
唇を尖らせてそんな言葉。
リュミスは無表情にそんな姉を見上げ、無言で首を横に振る。そして答えた。
「私はシュリと離れなくて済むように、独学で頑張る。シュリと離れるなんて無理。シュリ不足は私の生命にも関わる」
すっごくすっごくまじめな顔で。
シュリ不足って何なのさ、とあきれ顔でリュミスを見上げたシュリは、
「僕は、努力する女性の方が好き、だよ?」
短くそう伝えた。
だが、そんなちょっとした言葉でも、シュリ命の2人には劇的な効果を発揮する。
「シュリと別れるのは辛い。でも、私は王都の高等魔術学院に進学することを心に決めた。努力する、女だから。……ねぇ、シュリ。私、かっこいい?」
「シュリと別々の生活は辛いけど、私は王都で頑張るわ。それで高等魔術学院の主席を目指してみせる。だって私、努力って大好きだし!! ……シュリはこんなお姉ちゃんって魅力的かしら?」
2人とも、最後の言葉がなければ決まっているのに、何とも残念である。
だが、シュリはそんな事を思っているなどとは微塵も感じさせずに、天使の様な笑顔で微笑んだ。
「うん! 頑張ってる姉様達は、すごくステキだよ」
そんなシュリに、二人の姉がメロメロになっていると、今度は残りの2人の姉が近付いてきた。
燃えるような赤い髪を少年の様に短く切りそろえ、菫色の瞳もキリリと凛々しい三女のアリスは、リュミスの腕からシュリを取り上げると、その頬にむちゅーっと吸いついた。
相変わらず、色気のない、残念なキスをする人である。
だが、彼女のする事に抵抗するのは無駄だとわかっているシュリは大人しくなすがままにされていた。
だが、シュリの体はすぐにアリスの手からもう1人の姉の腕の中へ。
アリスと同じ深紅のくせっ毛を長くのばした翡翠の瞳の愛らしい少女は、嬉しそうにシュリを抱きしめてその頬にちゅっと可愛らしいキスをした。
四女のミリシアである。
「おい、ミリー。まだアタシの時間だろ? フライングすんな!」
「いーでしょ、別に。けちけちしないでよ。アリス姉、細かいこと気にしすぎ」
そんな風に軽くやり合ってから、ミリシアは新ためてシュリへと向き直った。
「シュリももう5歳かぁ。来年からは、一緒に学校へ通えるね! 私が先輩としてちゃあんと面倒みるからね??」
大人ぶって胸をたたくミリシアの様子は何とも微笑ましい。
シュリはほんわかした気持ちで頷くと、
「うん。ミー姉様」
そう答えた。
その様子を見て、唇を尖らせたのはアリスだ。
「こら、ミリー。来年はまだアタシだって初等学校にいるぞ? シュリ、虐められたらアタシが助けてやるから、いつでも言えよな? アタシが一声かければ、すぐに駆けつける子分がいっぱいいるから、いじめっ子なんかすぐに締め上げてやるからな」
鼻息荒くそう主張し、アリスは菫色の瞳を得意げにきらきら輝かせた。
彼女はどうやら、初等学校をすっかり牛耳っているようだ。
それは彼女の力だけでなく、持って生まれたカリスマ性や中性的ではあるものの整った美貌の効果も大きいのだろうけど。
シュリは苦笑しながらアリスを見上げ、
「わかった。そうするね、アリス姉様」
とりあえずはそう答えておく。
そうしないと、後が怖いことは良くわかっているからだ。
満足そうに頷くアリスにミリシアが突っかかって、リュミスは我関せずの知らん顔。
結局は長女であり、姉妹の中で1番の苦労性のフィリアが間に入ってその場をおさめる。
そんな姉達のいつもの様子に、シュリは楽しそうに目を細め、賑やかな喧騒の中、己の誕生日の宴を思う存分に楽しんだ。
宴はその後もたっぷりと、日がすっかりくれて深夜に近くなるまで終わることなく続いたのだった。
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