第七十五話 運命の女神様

 さて、運命の女神と接触してみようと思ったところまでは良いが、[信仰の祈り]とはどうすればいいものなのか。

 シュリは一人首を傾げ、まあとりあえずお祈りしてみるかと、両手をあわせて目を閉じた。



 (女神様、女神様。僕に加護を与えてくれた運命の女神様。ちょっぴりお話でもしませんか?)



 なんとも軽いお祈りである。



 (それはもしや、かの有名なナンパというやつかい?いいよ。受けて立とうじゃないか!)



 だが、ちゃんと祈りは通じたようだ。

 変わり者の女神様に違いないと確信させるお返事が返ってきてなんとも不安をあおるが、シュリは意を決してぐいと目を開いた。

 すると目の前には、虹色の髪をした何とも派手な女性のドアップが。

 唇と唇がくっつきそうなくらいの至近距離にある顔に驚き、



 「うわわっっ!?」



 シュリは思わずそんな声をあげた。

 それを聞いた女神様(恐らく)は、にやりと形のいい唇をゆがめ、



 「なんだいなんだい。このボクの麗しい顔を見て悲鳴をあげるなんて失礼極まりないよ?大好きな君の所行でなければ、加護を取り消してしまうところだよ」



 悪戯っぽくそう言った。加護を取り消すーその言葉を聞いて、やっぱりこの人が運命の女神様なのかと、シュリはまじまじと目の前の人を見つめた。


 虹色の髪は自由奔放に跳ねるくせっ毛で、キラキラひかる好奇心旺盛な瞳はまるで猫のよう。

 顔立ちは申し分なく美しく、その肢体は起伏に富んでいるというのに、どこか少年らしさを感じさせる雰囲気がある。

 彼女は宙に浮いた状態であぐらをかき、面白そうにシュリを眺めていた。



 「やあ、こうやって会うのは初めてだね。シュリナスカ・ルバーノ。いや、高遠瑞希さんと呼ぶべきなのかな?まあ、ボクにとってはどっちでも良いことだけど」


 「しってるの?なんで??」



 前世の名前で呼ばれ、シュリは驚きのままに舌足らずな言葉で問う。

 それを聞いた神様はにっこり笑った。



 「シュリ、肉体に縛られる必要はないよ。ここは神(ボク)の領域だ。普通に話してごらん?話せるはずだから」



 言われて初めて、ここがさっきまでいた自分の部屋でないことに気づく。

 シュリはごくりと唾を飲み、慎重に口を開いた。



 「僕が転生者だと言うことを、ご存じなんですね?」


 「まあね……ってなんだか口調が堅苦しいなぁ。ボクに敬語は禁止する。友達みたいに話してよ。ボクはキミが、この世界に落ちてきた瞬間から目を付けていたんだ。そう考えると、中々長いつきあいでもあるだろう?」



 無邪気にそうねだられて、シュリは一瞬困った顔をした。神様相手にそう気安く話していいものなのか、と。

 だが、すぐに頭を切り替えた。

 当の神様本人が良いと言っているだからかまうもんか、そう思い、シュリは再び口を開く。

 今度はきわめてフランクな口調を心がけながら。



 「そっちがそう言うなら遠慮なく。早速だけど神様には、色々と聞きたいことがあるんだ。教えてくれるよね?」


 「うーん。すべて明かせる訳ではないけど、まあ、話せる範囲なら、ね。だけど、無制限というわけにはいかない。シュリ、キミの質問に3つだけ答えてあげるよ。この3つの質問の答えに関してだけは、ウソはつかないと約束しよう」


 「もう一声!……と言いたいところだけど、今回はそれで我慢することにする。初めてお会いした神様相手にあんまり我が儘を言うのもどうかと思うしね。じゃあ、まず一個目の質問から」


 「どうぞ?なんなりと」



 神様はにこにこしながら先を促した。

 シュリは一瞬目を閉じて頭の中を整理する。

 それからゆっくりと目を開けて、目の前の女神様の顔を真っ直ぐに見つめた。



 「最初の質問は……そうだな。なんでボクを選んだか。その理由を」


 「ふうん。その質問を頭に持ってきたか。なんでキミを選んだか、ねぇ。まあ、単純に言えば、面白そうだったから、かな」


 「面白そう??」


 「うん。だって、女なのに女にばっかりモテて、挙げ句の果てにそれが原因の逆恨みで殺されちゃったんだよ?ボクじゃなくても興味わくでしょ。なんて言うの?キミの世界で言う、第一印象から決めてましたってやつ??キミがこの世界に落ちてきた瞬間にボクは決めてたよ。キミに加護を与えてキミを観察しようって。絶対に面白いに違いないから!!」



 目を輝かせ嬉々として語る神様を、シュリはじっとりした眼差しで見つめた。

 なんだかすごく失礼なことを言われている気がするのは、気のせいなのだろうか、とそんな事を思いながら。

 そんなシュリの眼差しなど意に介す様子もなく、神様は言葉を続ける。



 「それに、キミのユニークスキル、面白すぎじゃない?称号も特殊なの持ってるし。それにさ、最近手に入れた新しい称号、なにアレ!?ボクを笑い死にさせる気なの!?キミってば、どれだけサービス精神旺盛なのさ!?アレを見た瞬間、心の底から思ったね!!キミを選んだボクの目に間違いはなかったーって」



 さわやかな笑顔で言い切られ、シュリは何とも言えない顔をした。

 新たに手に入れた称号と言えばあれだろう。

 例の、○○マスターとかいう、思い出すのも恥ずかしいあの称号だ。


 別に欲しくて手に入れた称号じゃないやい、とちょっとやさぐれた気持ちで思いながら、己を律するようにぐっと拳を握る。

 相手は神様なんだから、怒っちゃダメだ、と。

 シュリは無理矢理笑顔を浮かべ、



 「僕を選んだ理由は理解した。じゃあ、二つ目の質問だ」


 「怒りたいなら素直に怒ってもいいんだよ?そんな変な顔してないでさ?」



 悪びれずに小首を傾げる神様に、ひくりと口元が震える。

 だが、怒ったら負けだと己に言い聞かせて、ゆっくり深呼吸。

 心を落ち着かせてから、再び微笑みを浮かべて見せた。今度は完璧なまでに可愛らしい微笑みを。

 それをみた神様が、不意を付かれたように頬を赤く染めるを見て、よし、勝ったと拳をにぎり、それからシュリは二つ目の質問を神様にぶつけた。



 「神様の加護は永久的なもの?それとも、取り消すことが出来たりもするの??」


 「あれ?その質問??つくづく想定外だねぇ、キミは。まあ、いいか。ボクらの加護は、決して不変のものではないよ。愛がさめれば加護は消える。あるいは、他に愛の対象が現れた場合もそうなるかな。基本的にボクらの加護の対象は一人だけ。人数を増やせばそれだけ一人に対する加護が薄くなるからね。たまにそういう事をする八方美人な神もいるけど、ボクはイヤだな。ボクは一番愛する者に最大限の加護を与えるタイプだよ」


 「なるほど。複数人に加護を与えるか与えないかはその神様の性格にもよるんだね」


 「安心した?」


 「安心って??」


 「ボクにはシュリだけ……って事にさ」


 「いや、別に??」


 「なんだよ、可愛くないなぁ。でも、まあ、そう言う変に媚びない感じも結構好きだけどね」



 そう言って神様は笑い、



 「じゃあ、最後。三つ目の質問は?」



 そう、問いかけてきた。シュリは頷き、答える。



 「三つ目、ね。そうだなぁ……やっぱり最後の質問はこれにするよ」


 「うん。どうぞ?」


 「愛の女神って、どういうタイプ??」


 「はい?」


 「だから、愛の女神ってのは……」


 改めて説明しなおそうとしたシュリを、神様が片手で制して苦笑を浮かべる。


 「あー、うん。大丈夫。質問が理解できなかった訳じゃないから。ただ、ちょっと想定外すぎてびっくりしただけ。えっと、愛の女神について、だっけ?彼女についてのなにが知りたいの?見た目とか名前が知りたいって訳じゃないよね?」


 「知りたいのは愛の女神が気の多いタイプか、一途なタイプかってことかな」


 「ふぅん。なるほど。そうだね……彼女は愛の女神を名乗るだけあって、結構恋多き女神だよ。その時々によるけど、彼女の加護はそれほど篤いものじゃないんじゃないかな?少なくともボクが知る限り、彼女の加護は、分散して与えられている事が多い気がするよ。……ってこんな感じで答えになってる?」


 「うん。ありがとう。参考にさせてもらう」



 素直に頷き礼を言うシュリを見ながら、神様は不思議そうに頭を傾げた。



 「キミは、ボクがいつキミに加護を授けたか、知りたがると思ってたけど」



 そしてそんな疑問をシュリにぶつけてくる。

 神様の言葉に、シュリはにやりと笑ってみせた。



 「その質問の答えはほとんどもらったも同然だから聞く必要もなかっただけだよ」


 「んん??」


 「あなたと僕は結構長いつきあいで、あなたは僕がこの世界に落ちていた瞬間から目を付けてたんでしょ?その言葉から推測するなら、途中からじゃなく最初から、僕がこの世界に生まれ落ちた瞬間からあなたの加護を得ていたと考えるのが妥当じゃない?まあ、なんで今の今まで気づかなかったかっていう疑問は残るけど」



 肩をすくめて答えると、神様はなるほどぉと心底感心したようにシュリを見た。



 「答えはボク自身の言葉の中からちゃんと拾い上げていたってわけか。ふうん。結構抜け目も無いんだね。ますます気に入ったよ。じゃあ、賢いシュリにボクからご褒美に情報を一つ。なんでキミがボクの加護に気づかなかったか。それはボクがステータスを確認する君に認識阻害をかけていたからだ」


 「認識阻害?一体、なんで??」


 「そんなの、すぐに分かっちゃったら面白くないからに決まってるじゃないか」


 「面白くないって……」


 「ボクの判断基準はすべてそれさ。面白いか面白くないか。面白い事が多い方が、人生楽しいだろう?ボクは、楽しい事が大好きなんだよ」



 女神はそう言って微笑み、



 「さあて、そろそろキミを帰してあげないとな。ボクと話したくなったらいつでも話しかけていいよ。それに答えるか答えないかは、その時の気分次第だけどね」



 悪戯っぽくウィンクをした。



 「じゃあ、さよならだよ、シュリ」


 「ああ、うん……っと、その前に……」


 「ん?なに??」


 「神様、ボクに加護を与えてくれてありがとう。大変な思いをすることも多いけど、でも、あなたの加護がなかったら、きっとボクは今、生きていなかったと思うから」



 ちょっとまじめな顔でそう告げて、頭を下げた。心からの、感謝を込めて。

 神様はちょっと面食らったような顔をして、それから参ったなぁと笑った。とても優しい瞳でシュリを見つめながら。



 「キミのスキルを警戒していたけど、最後の最後で結構キュンときたよ。なかなか隅に置けないねぇ、キミも。これ以上キミに夢中になってしまう前に、ボクはそろそろ退散するよ」



 そう言って、ちょっと神々しく微笑んだ神様の姿が薄れていく。

 最後に、



 「でもねぇ、シュリ。キミが今日まで生きてこれたのは、キミが諦めなかったからだよ。さすがのボクでも諦めた人間を助けることは出来ない。キミの諦めない心が、キミの命と、キミのお母さんの命を救ったのさ……」



 そんな言葉を残して、神様の姿は跡形もなく消え、気が付けば、シュリは元の部屋のベッドの上に横になったままの姿勢で取り残されていたのだった。

 誰の姿も見えない虚空を見つめながらシュリは思う。

 なんだか、変わった神様だったな、と。

 そして、そんな変わった神様を結構好きだと思っている自分自身に遅ればせながら気づき、シュリは苦笑交じりの柔らかな微笑みを、幼い顔に浮かべるのだった。

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