第六十七話 自重を知らない隠密メイド

 目を覚ますと、そこは風呂場ではなくて自分の部屋だった。

 傍らで眠るミフィーの寝息に耳をすませながら、昨日の事はもしや夢だったのでは?と疑問に思う。

 自分の身を確かめてみても、衣服はきちんと整っているし、シャイナとあんな事を致した余韻というか、気だるさみたいなものは感じられなかったからだ。

 まあ、といっても、シュリが実際ナニから何かを出したわけでもないし、気だるさを感じなくても不思議は無いのだが。


 半ば寝ぼけたまま、ごろんと上手に寝返りをうち、天井を見上げて固まる。

 いつかと同じように、天井の板の隙間から、切れ長の瞳がこちらをじぃっと見つめていた。

 ばちっとシュリと目があったのを察したように、天井の目が優しく細められる。そして頭の中に、



 『おはようございます、シュリ様』



 とシャイナの声がしっかりと念話で届けられた。

 その瞬間思う。やっぱり昨日のは夢じゃなかったんだな、と。

 そして、天井裏から覗き見をするシャイナを半眼で見つめながら更に思う。

 もう天井から様子をうかがう意味ってないんじゃないかな、と。


 そんなことを考えているうちに、ミフィーが目を覚ました。

 そして朝の恒例行事が始まる。

 それはもちろん、オムツ換えと、シュリの食事の事。


 その間も、シャイナの目線は途切れることは無かった。

 オムツ換えの最中のシュリへと注がれる彼女の視線はまるで熱線の様に熱く、ミフィーの母乳を吸う段階では、念話を通じて彼女の熱い吐息が聞こえる様だった。

 何というか落ち着かない。

 しかも天井が時々がたっと音を立てるのは、きっとシャイナが色々と辛抱たまらなくなってしまった結果なのだろう。

 ミフィーだから気づかれずにすんでいるが、ちょっと鋭い人なら天井に何かいるとすぐにバレてしまいそうなレベルで乱れているであろうシャイナに、



 『シャイナ、今、してるよね?』



 シュリは呆れ混じりに問いかける。



 『……っふぅ……な、なんの、ことでしょう?』



 あくまでとぼけるつもりのシャイナに、



 『だから、してるんでしょ?』



 シュリは嘘は許さないぞと問いつめる。



 『……んっ、んっ……す、すみません。シュリ様のあられも無い姿に昨日のことを思い出してしまって……っんあっ』



 ちょっと厳しさを増したシュリの口調に、シャイナは観念したように告白する。

 あられもない姿って、赤ちゃんのオムツ換えと授乳シーンをみて興奮するなんて、どんな変態さんだよ、と思うが仕方がない。

 なんと言っても、シャイナはもうシュリの[愛の奴隷]なのだ。

 シュリの全てを愛おしく思ってしまうのは自然の理……なんだろう。たぶん。

 下手に自慰を禁じて、状態異常をおこされても困る。

 だが、天井裏では流石に控えて貰いたいと、シュリはため息混じりに釘を指した。



 『一人エッチをするのはかまわないんだけど、天井裏はだめだよ?バレたら大変でしょ??僕のそばに居られなくなってもいいの?』


 『そ、それは……ふぅ、んんっ……こっ、困り、ます』


 『じゃあ、今後は自重するように。トイレとか、完全個室になる場所なら、いくらしてもいいから、ね?』


 『は、はいぃ……気をつけましゅ』



 彼女の返す返事がかなり乱れて来ていた。

 そろそろイくのかな?と思っていると、天井が激しくガタガタして驚く。

 どうやら、かなり激しくイってしまったようだ。

 これにはミフィーも不信感を抱いたようで、



 「な、なにかしら?」



 と言いながらぎゅっとシュリを抱きしめて天井を伺っている。

 やばい、どうやってごまかそうかと考えていると、



 「……ちゅー、ちゅー」



 何とも素人臭いネズミの物まねが天井の向こうから聞こえてきた。

 流石にこれはないだろうと頭を抱えていると、



 「なぁんだ。ただのネズミかぁ」



 とミフィーは素直にあっけなく騙されていた。



 (ミフィーはもう少し、疑うってことを覚えた方がいいと思うよ……)



 シュリはそんなことを思いつつ、半眼で己の母親を見つめた。

 それに気付いたミフィーがにっこり笑い、



 (でも、まあ、可愛いからいいのか)



 その笑顔に何となくほだされてしまうシュリなのであった。

 ミフィーの腕の中から天井の気配を探るが、どうやらシャイナはもう居なくなった後の様だ。

 流石にちょっとまずいと思ったのだろう。

 まあ、ただ単にメイドとしての仕事に戻っただけなのかもしれないが。


 シャイナのことを考え、昨日の出来事を反芻し、シュリはミフィーに構われながらも小難しい顔で考え込む。


 昨日分かったこと、それは自分が狙われていると言うこと。

 尖兵として送り込まれたシャイナはもうシュリのものとなったが、元凶は取り除かれていない。

 しかも、相手はシュリを排除するだけでなく、姉様達も毒牙にかけようとしているのだ。

 自分のことだけならまだしも、家族が関わってくるとなると、大人しく黙っているわけにはいかなかった。


 敵がいつまでも大人しくしている保証はないし、いざ敵が動き出した時のための準備は早く始めるに越したことはない。

 まずは、己の手持ちの札である、シャイナとジュディスの顔合わせをし、協力体制を強固にするところから始めるべきだろう。

 それからの事は3人で相談して決めればいい。


 難しいことを考えるうちに、シュリの眉間には知らずにしわが寄っていて。

 それをミフィーが指先で一生懸命伸ばしていることさえ気付かずに、シュリは考え続ける。



 (うーん。まずはどうやって3人の時間を作るか、だな)



 その手段に頭を悩ませながら、取りあえず3人の中で一番頭の回りそうなジュディスに相談してみようと、早速ジュディスに念話をつなげるシュリなのであった。

 

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