第四十八話 お姉さま達
「みんな、新しい家族を紹介するぞ」
カイゼルの言葉にわらわらと、小さな女の子達が集まってきた。シュリはミフィーの腕の中からその様子を眺める。
上は10歳くらいから、下は3歳くらいだろうか。
さすがはエミーユの産んだ娘達だ。みんなとてつもなく可愛い。うん。パパに似なくて良かったねとだけ、言っておこう。
ルバーノ家の血筋も決して不細工ではないのだろうが、父親似のカイゼルは何というか男臭いのだ。
男らしすぎる。娘に受け継ぐには雄々しすぎる美しさ……とでも言っておこうか、うん。
まあ、パーツパーツでちょっぴりカイゼルに似ているなぁというところもあったりするが、いい具合の混じり方をしたようだ。
男の子がいるのなら、カイゼルのミニチュアみたいのが1人いても良かっただろうけど、みんな女の子なのだからあまり似なくて良かった。
とはいっても似てないのは容姿だけで、色彩はカイゼルから受け継いだ色彩とエミーユの色彩が上手く組み合わさっていて、それが4人の女の子達の雰囲気の違いを更に強めていた。
「みんな、お父様の弟のジョゼ叔父様の奥様のミフィーさんと、息子のシュリよ。今日から家族として一緒に暮らすことになったの」
「ミ、ミフィルカです。ミフィーと呼んでくれると嬉しいです。な、仲良くして下さい」
ミフィーが緊張気味に挨拶をする。
(ミフィーよ。それじゃあ、転校してきた小学生並の挨拶だよ……)
と内心つっこみながら、シュリは周りの様子を静かにうかがう。
が、カイゼルもエミーユもなんだか微笑ましげにミフィーを見てるし、子供達も大人しくミフィーを見上げている。
まあ、悪い反応じゃないんじゃないだろうか。
そんな事を思っていると、1番年長らしい女の子が前に進み出てきた。
金色の髪に菫色の瞳の、優しそうな女の子だ。
「ミフィーさん、初めまして。長女のフィリアです。あの、叔母様じゃなくて、ミフィーさんって呼んでもかまいませんか?ミフィーさんは綺麗で、とってもお若く見えるんですもの。叔母様って呼び方じゃもったいないと思うんです」
彼女は目をきらきらさせてそう言った。
ミフィーも率直に話しかけてもらえて嬉しかったのだろう。
いつものようににこにこ笑いながら、
「もちろんよ。私の事は名前で呼んでもらえた方が嬉しいわ。他のみんなも、ぜひそうしてね?初めまして、フィリア。息子のシュリ共々よろしくね」
普段の調子に戻ってそう答えた。
シュリは、その事にほっとしながら、フィリアの事を見つめた。
すると、興味津々にこちらを見ていたフィリアと目があったので、とりあえずにこっと笑いかけておく。
「ふふ。笑ったわ。あの、シュリ君にも挨拶していいですか?私、会うのをとても楽しみにしていたんです」
「ええ。もちろんいいわよ。シュリも素敵なお姉さんが出来て喜んでると思うわ」
ミフィーはフィリアがシュリを見やすいように床にしゃがみこんだ。
フィリアは、ミフィーの許可を得て嬉しそうにシュリに手を伸ばしてくる。
シュリはその、まだ子供子供した手をそっと握った。
「うわぁ、私の手を握ってくれました。ふふ、私、男の赤ちゃんを見るの、初めてです。可愛いんですね」
「ふぃーあー」
「あっ、私の名前を呼んだ」
「あー!!フィー姉ばっかり、ずるいっ!!」
そう叫びながら、フィリアとシュリの間に赤毛の少女が割り込んできた。
綺麗な赤い髪を短くして、瞳はシュリと同じ菫色。
色彩のせいか、4人の姉妹の中では1番カイゼルに似ているかもしれない。
もちろん、顔立ちはカイゼルのようにごつくないが、目鼻立ちも涼しげで一見少年のようにも見える。
誰か知っている人に似ている気がしてまじまじと見ていると、ふっと父親の顔が浮かんできた。
そこではっとする。
目の前の少女はカイゼルと言うよりジョゼに似ているのだ。
きっとジョゼの子供の頃はこんな感じだったのだろう。
その活発そうな少女は鼻息荒くシュリの顔をのぞき込んで訴える。
「フィー姉の名前だけ呼ぶなんてずるい!!」
そう言われても、知らない名前を呼ぶことは出来ない。
まずは自己紹介から頼むよと困っていると、ミフィーがにこにこしながら、
「あなたのお名前は?私はミフィーって言うのよ。この子はシュリ」
そう問いかけた。
赤毛の女の子は、急に大人から話しかけられてびっくりしたのかちょっと面食らった顔をして、
「あ、そっか。名前か。あたしはアリス。えっと、シュリ、だっけ?ほら、あたしの名前もよんでみろよ」
そう答えてにかっと笑った。
うーん、笑い方も男前だな、アリス。
名前さえ分かれば呼ぶのは簡単だ。シュリはいとも簡単にその名を唇に乗せた。
「あーす」
「うーん、ちょっと違うけど、ま、いいか。お前、ミリーよりおもしろいな。今度遊んでやる!」
とりあえず、アリスには気に入って貰ったようだ。良かった。
フィリアも優しそうだし。
他の2人はどうかなーと周りを見回すと、アリスの後ろから、金色の髪の整った顔立ちの少女が無表情にこちらを見ていた。
彼女はシュリが自分を見ているのに気づくとつつつっと寄ってきて、少しだけほっぺたを赤くしてシュリの顔をのぞき込んだ。
ちょっと表情に難はあるが、顔立ちは一番整っているかもしれない。
とても綺麗な少女だった。
笑えばもっといいのになぁと思いながら見ていると、
「私も、呼んで?」
そうせがまれた。すかさずミフィーが、
「お名前は?」
そう尋ねる。ナイスフォローである。
「リュミス」
言葉少なに答えた少女は、期待に満ちた目でシュリを見ている。
リュミスという響きは難しそうだ。
上手に呼べるかなぁと思いながら、その名を呼んでみると、
「えっと、るみす?」
思ったよりニュアンスは表現できた。
これでいいだろうかと彼女を見上げれば、結構満足そうな表情でかすかに口元を緩め、小さな手を伸ばして頭を撫でてくれた。
うん、合格点だったらしい。
さて、ここまでで3人のお姉さまと触れ合った。
確か、カイゼルの娘は4人だから後1人だなと思いながら周りを見ると、親指をくわえてこちらを見ているちびっ子を見つけた。
赤い髪に翡翠の瞳の中々可愛らしい子だ。
だが、知らない大人に気後れしてるのか、近くに来ようとしない。
さてどうしようかと思っていると、エミーユが苦笑しながら愛娘を抱き上げて近づいてきた。
ミフィーも立ち上がり、シュリとちびっ子はお互いの母親の腕の中で初対面を果たす。
「ほら、ミリー。ミフィーさんとシュリよ。ミリーはシュリのお姉さんになるんだから、ちゃんと可愛がってあげるのよ?」
「ミリー、おねえたん?」
「そうよ」
ミリーは大きな目をキラキラさせてシュリをみた。
末っ子だから、お姉さんという響きが心に響いたようだ。
にこにこしながら小さな手でシュリの頭に触ってくる。
「シューくん。ミリーがおねえたんなの」
「ミリーちゃん、よろしくね」
そんな小さなお姉さんぶりに、ミフィーも微笑ましそうに目を細める。
そんなミフィーを見上げ、
「ミリー、シューくん、だっこしたい」
そんなお願いをするミリー。
だが、小さなミリーにシュリを抱っこできるとは思えない。
ミフィーは困ったようにエミーユを見た。
エミーユも苦笑しながら、だがダメとは言わずにミリーを床に下ろすとミリーを遊ばせるときに使う柔らかいマットを持ってきた。
「どうかしら、ミフィーさん。この上でなら危なくないと思うんだけど」
「あ、良いですね。じゃあ、ミリーちゃんにシュリを抱っこして貰おうかな」
そんな会話を交わしながら、大人達はサクサクとセッティングしていく。
ミリーをマットの上に座らせて、その足の間にシュリを乗せてミリーの手で支えさせた。
小さい子が小さい子を抱っこする。何とも胸が躍る、可愛い光景だった。
「きゃー、すっごく可愛い」
ミフィーが目を輝かせれば、
「ほんとう、すごく良いわね、この構図」
エミーユも頬を上気させて微笑む。
カイゼルもこれ以上下がらないくらい目尻を下げて、にこにこしていた。
だが、喜んでいるのは大人達ばかりで、一番末っ子に先を越された小さいレディ達は不満顔だった。
だが、両親や初めて会う大人の手前、何とか我慢していたところに、爆弾が落とされた。
最初はミリーも大人しくシュリを抱っこしていた。
だが間近でシュリの顔をじっと見ている内に、なんだか段々とうっとりした表情になり、
「ミリー、シューくんのお嫁しゃんになりましゅ」
急にそう宣言したかと思うと、可愛らしいキスをしたのだ。
もちろんシュリの唇に、である。
3歳児なのに妙に色っぽくふふっと笑うと、
「お嫁しゃんの、約束のちゅーでしゅ」
そう言ってぎゅーっとシュリを抱きしめた。
3歳の女の子の力だから痛くはないが、シュリは自分のスキルの節操のなさに改めて頭を抱えたくなる。
まあ、いずれ4人姉妹のうちの誰かを嫁に貰ってカイゼルの跡を継ぐという話だから、遅かれ早かれこういう話にはなったのだろうが、まさか初対面で、しかも一番のちびっ子から求婚されるとは流石に予想していなかった。
ちょっと意表をつかれ呆然としていると、ぐいっと体を抱き上げられ、ミリーから引き離された。
一体誰がと思う間もなく、柔らかな唇がむぎゅーっと押しつけられる。
またか……と思って諦めの境地にいると、唇が離れ、相手の顔がやっと見えた。
ほっぺたを真っ赤にしているのは、紅い髪のりりしい顔。
「なにいってんだ、ミリー。シュリはあたしが貰って婿さんにするんだ。残念だったな」
アリスは勝ち誇ったように、シュリをギューギュー抱きしめた。
ミリーは今にも泣き出しそうな顔でシュリに手を伸ばしてくる。
やばいな~、ひっぱりあいに巻き込まれそうだな~、と他人事のように思っていると、誰かがアリスの腕の中から救い出してくれた。
アリスより、少しだけ大きな体。
間近に見える顔は驚くほど整っている。無表情だけど。
「アリスもミリーも間違ってる。シュリは私のお婿さん」
救いの手だったはずのリュミスも、救いでは無かったらしい。
彼女は無表情ながらもほんのり頬を染め、それからシュリの唇についばむようにキスをした。
年相応の可愛らしいキスだった。
だが、もちろんそれで終わりではなかった。
小さなレディはもう1人残っているのだ。
「もう、リュミスもアリスもミリーも。ダメじゃない、シュリ君が驚いてるよ?」
言いながら、優しい腕がシュリの体をさらっていく。
シュリはほんのり膨らみ始めた少女の胸に抱きしめられ、ほっと安堵の吐息を漏らす。今度こそ大丈夫だろうと。
だが、その考えは甘かった。
「私、思うの。シュリ君は、きっと優しい年上の女性が好きなんじゃないかなぁって。大丈夫だよ、シュリ君。私がずーっとシュリ君の事を守ってあげるからね」
そう言いながら、フィリアの優しげな顔がどんどん近づいて、唇と唇が合わさった。
他の3人よりちょっぴり深く。角度を変えて何度も。
さすが長女である。妹たちよりちょっとだけだが大人のキスだった。
だが、困った。
今はフィリアの腕に収まっているが、今にも取り合いになりそうな勢いだ。
さすがにそれはごめんこうむりたい。
そんな事を思っていると、見るに見かねたのか、今度はエミーユの腕がシュリの体をさっと取り上げた。
彼女はあきれたように娘達を見回し、そして、
「もう、なにをしているの?シュリがびっくりしてるでしょう?可哀想に」
そう言ってシュリを優しく抱きしめた。
この腕の中にいればもう大丈夫と、確かな母性を感じさせる仕草にほっとしていると、
「大体、みんなキスの仕方がなってないわ。これじゃあ、シュリがキス嫌いになっちゃうでしょう?」
そんなとんでもないことを言い出した。
(いやいや、キスの仕方もなにも、あなたの娘まだ子供だし。子供にしては、十分な出来のキスでしたけど?)
シュリは不吉な予感にエミーユの顔を見上げる。
エミーユは熱のこもった眼差しでシュリを見つめていた。
「でも、大丈夫よ、シュリ。私が責任を持ってキスという行為の素晴らしさを教えてあげるわ」
いや、まだ赤ん坊なので遠慮しますと、どれだけ言いたかったことか。
だが、流石にそれだけの長文を流暢に操ることは、まだ出来はしなかった。
そしてそのまま止める間もなく、エミーユの綺麗な顔がどんどん大きくなって、視界を押しつぶす。
柔らかな唇がシュリの唇を挟んで刺激し、さすがに舌を絡めるのは難しかったが、彼女の舌が器用にシュリの唇を愛撫した。
自信満々に教えてあげると言い切るだけのキスではあったが、できればあと数年後に受けてみたかった。
いくら何でも赤ん坊にいたすキスではないと思うのだ。
キスが終わった後、うっとりとエミーユに見つめられながらシュリはそんな事を考える。
ちらりと横目でミフィーを見ると、目の前で息子相手に繰り広げられる桃色の光景にあうあうしていた。
だが、シュリと目が合うと、はっとしたようにエミーユの腕からシュリを取り上げた。
エミーユは残念そうな表情でそれを見送った。
「もう、エミーユさんまでなにやってるんですか!?」
「えっと、あの、つ、つい……シュリが余りに可愛くて」
「まあ、シュリが可愛いのは否定しませんけど、愛情表現も程々にして下さいね!」
可愛いのは否定しないのかーと疲れた心でなんとか母親の言葉につっこみつつ、やっと戻った母の腕の中でほっと息をついた。
が、それもつかの間……
「それに、シュリは私のちゅーが一番好きなんです!!」
そんなとんでも宣言をばっちりかましたミフィーとも、なぜかキスをする羽目になった。
どうしてこうなったーと、ミフィーの唇を受けながらうつろな目をしていると、視界になんだかイヤなものが映った。
1人だけ、シュリとのキス合戦に漏れたカイゼルが、何ともうらやましそうにミフィーとシュリを見つめていた。
だが、さすがのシュリも、髭面のおやじとのキスはご遠慮したかった。
ミフィーとの長いキスが終わった後、物欲しそうな顔でカイゼルが近づいてきたが、シュリは断固として無視をした。
甘い顔をしたら負けだと、心を鬼にして。
そしてミフィーの胸にしがみつき、おっぱいをせがみ、どうにかこうにかカイゼル撃退に成功するのであった。
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