第四十七話 おじい様とおばあ様
あれよあれよという間に、カイゼルの跡継ぎ筆頭に祭り上げられたシュリは、気がつけばミフィーと共に馬車の中に押し込められていた。
正面に座るカイゼルもエミーユも、思うとおりに事が運んでほくほく顔だ。
なんというか、少々ハメられた感も否めないが、まあいい。
当面のミフィーとの生活が守られるのなら、少しくらいの不自由は覚悟していた。
「あの、カイゼル様?」
「なんだね、ミフィー殿」
「私達、何も持たずに来てしまったんですけど」
ミフィーが小さくなってその事実を告げる。
そうなのだ。
カイゼルとエミーユが余りに急かすので、少ない荷物の荷造りすらする間もなく馬車へと連れ込まれてしまった。
ミフィーもシュリも、着の身着のままの手ぶら状態である。
だが、カイゼルは鷹揚に頷き、
「大丈夫だ、ミフィー殿。その辺りのことはジュディスに任せてある。荷物は後で屋敷に届けて貰うよ。他、当面の生活に必要なものも揃えるよう言ってあるから、何も心配しなくて良いんだよ」
にこにこしながらそう言った。
「そうよ。もう私達は家族なんですもの。すぐに屋敷に2人の部屋も用意させますからね」
エミーユも微笑んでいる。
ミフィーは、少し申し訳なさそうに2人の顔を見たものの、元々それほど細かいことを気にする性質ではない。
最後には結局、
「ありがとうございます」
そう言って素直ににっこりと微笑んだ。
カイゼルもエミーユも、ミフィーの笑顔にほっとしたような顔をし、改めて色々と話をし始めた。
お互いの距離を縮める為の他愛のない話を。
話は、ミフィーのこれまでの生活や、シュリの話が多かった。
もちろんジョゼの話題も出たが、少しは心の整理も出来たのだろう。
ミフィーは辛そうな顔をすることなく、ジョゼとの楽しかった思い出をカイゼル達に話して聞かせた。
むしろ、話を聞くカイゼルの方が目を潤ませる始末だった。
エミーユはそんな夫を少し呆れ混じりに、だが自身もつられて少し目元を赤くして見つめるのだった。
そうこうしている内に、馬車は大きな屋敷の敷地内へ入っていった。
玄関前につけるのかと思われた馬車は、大きい方の屋敷を通り抜け、もう一つの、少しこじんまりした屋敷の正面で止まった。
「さ、着いたよ。ミフィー殿。ただ、我が家に案内する前に、ぜひ両親に会ってやってくれないだろうか?」
「カイゼル様のご両親ですか?ということはジョゼの……」
「ああ。もちろんジョゼの両親でもあるし、シュリにとっては祖父母に当たる。2人とも、ジョゼの事でひどく心を痛めていてね。ジョゼの忘れ形見のシュリに、とても会いたがっているんだ。どうだろうか?」
「そうなんですか……わかりました。ちょっと緊張しますけど、私もお会いしたいです。シュリも、おじい様とおばあ様に会えるのは、きっと喜ぶと思いますし」
ねー、と話しかけられたので、シュリはきゃっきゃと笑ってみせる。
ミフィーが心安らかに暮らすためには、舅と姑の機嫌もしっかりとっておかなくてはいけないだろう。
ミフィーははっきり言って天然だから、そう言うことに気が回るタイプではない。
まあ、ミフィーを嫌う人間はそうそういないとは思うが、念には念を入れておいた方がいいだろう。
ここは自分が一肌ぬいで、がっちりおじいちゃん、おばあちゃんの心を掴んでやろうではないかと、こっそり気合いを入れつつ、表面上はご機嫌な赤ん坊を装う、結構苦労性なシュリなのであった。
無自覚なマザコンなので、ミフィーのための苦労なら苦労とも思ってない様な所もあったりするが。
とにかく、シュリは気合いばっちりで祖父母との対面に望んだ。
どんなくそじじい、くそばばあでもどんと来い、である。
だが、シュリの予想に反してと言うか、気合いに反してと言うか、初めて会う祖父は、体格が良くてちょっと強面だが、曲がったことが嫌いそうな老紳士だったし、祖母は上品で優しげな、若い頃はすごい美人だったんだろうなぁと予想できる綺麗な老婦人だった。
2人は、最初からとても友好的だった。
愛情たっぷりの眼差しでシュリを見つめ、だがいきなりシュリに突進することなく、
「あなたがミフィーさんじゃな。初めてお目にかかる。ジョゼの父親のバステスじゃ。アズベルグへ、よくぞ来てくれた。ジョゼの事は無念じゃが、2人が無事でなによりじゃ。ジョゼも、そのことを誇らしく思っておるじゃろう」
「ミフィーさん、初めまして。ジョゼの母親のハルシャです。お2人に会えて、とても嬉しいわ」
2人とも極めて紳士的・淑女的に、共感と愛情を込めてミフィーに話しかけた。
ミフィーも、2人の心のこもった言葉に思わず瞳を潤ませながら、
「あ、ありがとうございます、バステス様、ハルシャ様。ジョゼの妻の、ミフィルカ・ルバーノです」
やや硬い口調でそう挨拶し、丁寧に深々と頭を下げる。
だが、そんなミフィーの肩にそっと大きな手が置かれた。
「ミフィーさん、そんな他人行儀によばんでくれ。あなたさえ良ければ、父と呼んでくれまいか?ここにおらん、ジョゼの代わりに」
「そうですよ。私の事も母と呼んで下さいな。あなたは、大切な家族なんですから」
2人の温かな言葉に、ミフィーの瞳からぽろりと涙がこぼれた。
その涙はぽろりぽろりと次から次へとこぼれて、ミフィーの頬を優しく濡らした。
その様子に、バステスがおろおろと狼狽えて、そんな夫の様子に柔らかく微笑んだハルシャが、ミフィーの体にそっと腕を回し抱きしめた。
「辛かったわね、ミフィーさん。私達もそう。ジョゼのことを知って、とても辛かったわ。これからは、私達みんなで、この辛さを乗り越えて行きましょうね。大丈夫。私達はみんな、あなた達の味方よ」
大地を潤す慈雨の様な慈しみに満ちたその言葉は、ミフィーの心の上に降り注ぎ、しみこんでいく。
ミフィーは、ハルシャの腕に抱かれ、優しく揺すられながら、しばらく静かに涙をこぼした。
だが、やがて涙も乾き、濡れた頬を手で拭うと、ミフィーは穏やかに自分を見つめるハルシャと、心配そうに見つめるバステスに向かって、にっこりと晴れやかに微笑んだ。
「すみません。急に泣いちゃって。もう、大丈夫です。お義父様、お義母様」
そんなミフィーの様子に、老夫婦は瞳を見交わして、ほっとしたように表情を柔らかくした。
シュリはミフィーの腕の中から、そんなやりとりをじっと見ていた。
おじい様も、おばあ様も、シュリだけでなくミフィーの事も家族として迎えようとしているーその事がよく伝わってきて、心の奥がほっこりした。
この人達やカイゼル達となら、これから先も家族として良い関係を築いていけそうだと思い、シュリはほっと胸をなで下ろす。
ここでなら、ミフィーも自分らしく、のびのびと生活出来るに違いないと。
シュリ自身、穏やかな空気を醸し出すこの老夫婦の事を、好きになり始めていた。
これが血の繋がりと言うものだろうか。
胸に湧き上がってくる慕わしさは、ミフィーに感じる愛情に近い様な気もする。
そう言えば、カイゼルと会ったときも、あまり警戒心を感じなかったなーそんな事を考えながら、シュリは祖父母の顔を見上げた。
顔立ちで言えば、カイゼルは父親似、ジョゼはどちらかと言えば母親似のようだ。
だが、瞳の色は、2人とも父親から受け継いだ菫色。
シュリも、瞳はジョゼから受け継いだので、おじい様と同じ色の瞳だ。
祖父からも祖母からも、ジョゼの面影が色濃く感じられた。
少し前までは自分の側にいつも居てくれた男の、今はもう手が届かない所へ行ってしまった父親の面影を求めて、思わず祖父母に向かって手を伸ばすと、それに気づいたミフィーが柔らかく微笑んだ。
「シュリ、おじい様とおばあ様の事がわかるのね」
「ばーたま」
シュリはまず、ハルシャに向かって手を伸ばした。
ハルシャの顔が輝き、それを見たミフィーが彼女の方へ、息子の体を差し出した。
「お義母様、よかったら抱いてやってくれませんか?ジョゼと私の息子のシュリナスカです。私もジョゼも、シュリと呼んでいます」
「抱いても、大丈夫かしら?」
「ええ。もちろんです。この子はお義母様の事をちゃんと認識してますから、急に泣いたりすることはないと思います」
ミフィーは微笑み、ハルシャの腕にシュリを預ける。
ハルシャは危なげなくシュリを受け取って、愛おしそうにその顔をのぞき込んだ。
「シュリナスカ。良い名前ね。シュリ、おばあ様の事がちゃんと分かるのね」
「ばーたま、しゅり、わかう」
ハルシャの顔を見上げ、シュリは片言で話す。
片言ながらも、意味のある言葉をきちんと話すシュリを見て、ハルシャは少し驚いた顔をした。
「随分しっかりした子ね?いくつになるんだったかしら?」
「つい先日、1歳になったんですよ」
「まあ。1歳でこんなにおしゃべりが上手なんて」
「今朝になって急に話し始めたんです。でも、元々すごく頭はいい子なんです。話し始めたのは今朝ですけど、私の言葉はもっと前から理解してくれてましたし、聞き分けも良くて」
「そうなの。すごいわ。あなたもジョゼも、いい子に恵まれたのね」
和やかに話す2人の間に、こほんと咳払いが割り込んでくる。
咳払いの主はバステスだ。
孫と触れ合いたくてうずうずしているのが丸わかりの様子で、彼は妻の腕の中の赤ん坊を見つめた。
「綺麗な顔立ちじゃのう。顔と髪の色は、ミフィーさん似じゃが、瞳はジョゼと同じ、ルバーノの瞳じゃ。ううむ、眉の辺りはジョゼに似とるかもしれんな」
顔を寄せて、そんな感想を述べるバステスの顔を見上げ、シュリはにこっと笑って豊かで白い、彼の顎髭を掴んで優しく引っ張った。
「じーたま、おひげ」
そんな言葉と共に。
お世辞も少々あったが、実際さわったバステスの髭は手入れも良く、さわり心地が良かった。
「ん?おお、シュリはじい様の髭が好きか」
バステスは目を細めて笑い、ごつい指先でそっとシュリの頬を撫でた。
この上なく大切なものを愛でるような、優しい手つきで。
そんな、父母とシュリとのふれ合いを、カイゼル達は少し離れた場所で見守っていた。
嬉しそうに、微笑ましそうに。
そこにシュリと楽しそうに触れ合う父母へのほんの少しの嫉妬を滲ませながら。
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