第四十五話 ルバーノの跡継ぎ
「シュ、シュリをルバーノ家の跡取りにですか?」
そんなミフィーの、動揺したような声が部屋の中に響いた。
嫌な予感的中というやつだ。
案の定、カイゼルとエミーユは、シュリに分不相応な地位を与えようとしてきた。
シュリにしてみれば、おいおい待ってくれよーといった感じである。
シュリがちらりと見上げると、ミフィーは可哀想なくらい動揺していた。
真っ青な顔で、だが決して息子を手放すまいとぎゅっと抱きしめている。
はっきりいって、ちょっと痛い。
だが、シュリは文句を言わずに我慢した。
シュリとしてはミフィーを応援しなければならない立場だ。
なんといっても最愛の母親と離れるつもりはまるでないし、今となってはお互いしかいない大切な家族だ。
自分がミフィーを守らねばと、シュリはそんな使命感にかられて、小さな手でぎゅっとミフィーの服を掴んだ。
「ちょっと、あなた。もっと詳しく説明しないと」
そんな2人の様子に、あらぬ誤解を与えた事に気がついたのだろう。
エミーユがそんな言葉と共にカイゼルのわき腹をつつく。
カイゼルも、警戒心丸出しのミフィーの様子を見て、自分の言葉が足りなかった事に気がついたようで、申し訳なさそうに眉尻を下げ、
「ああ。これはすまなかった。確かに言葉が足りなかったようだ。ミフィー殿、わし等はなにもあなたからシュリを取り上げようという訳ではないのだよ。どうか、安心して欲しい」
「で、でも、シュリを跡取りにするって」
「ああ。確かにそう言ったが、シュリはあくまでジョゼの息子として遇するつもりだよ。もちろん、あなたにもシュリの母親として共に居てやって欲しいと思っている」
「じゃあ、どうやって?」
「簡単な事だ。ジョゼの息子であるシュリの血筋に問題はないし、わしには息子がいない。娘達の誰かに婿をとらせて跡継ぎにと思った事もあるが、後継はやはり男子が好ましいと思うのだ。出来れば、シュリには娘達の内の誰かを娶ってもらえればとも思うが、シュリが拒むのであれば無理強いをするつもりはない。シュリには、このルバーノの名と地位を貰ってもらえればそれでいいと思っている」
どうかな?ーそう問われ、ミフィーは混乱したようにエミーユの顔を見た。
カイゼルには彼女が生んだ娘が4人もいるのだ。
それなのに、ぽっと現れた甥を跡取りにするなどと、そんな事を妻である彼女はどう思っているのかと。
だが、ミフィーのまなざしを受けたエミーユは何の憂いも無く微笑んだ。包み込むような優しい笑顔で。
エミーユにとって彼女は恩人のようなものだった。
シュリという、奇跡の様な存在をルバーノに、そしてエミーユにもたらしてくれた大切な人だ。
シュリを手に入れるためには、まずミフィーを落とさねばならないことを、エミーユはきちんと理解していた。
「突然の話で驚かせてごめんなさいね。でも、私も夫の意見に賛成なのです。元々、娘達に跡を継がせることはどうかしらと思っていましたし、シュリというルバーノの血を引いた男子が居てくれたのは天の助けですわ。ミフィーさん、どうか私達を助けると思って、私達の家族になっていただけませんか?」
「家族に・・・・・・」
家族ーその言葉は意外なほどにミフィーの心を揺さぶった。
元々、ミフィーは温かな家族というものに思い入れが強かった。
幼い頃、ミフィーは母親とも父親とも別れて暮らさざるを得ない状況となり、自分が大人になったら絶対温かな家庭を作ってやると思っていた。
年頃になってジョゼと出会い、シュリが生まれ、これから理想の家庭を築いていくのだという矢先にあっけなくジョゼを失った。
そんな、これからの人生を左右する重大な悲劇に、彼女は自分で思っているよりもずっと動揺していたのだ。
そんな彼女の目の前にぶら下げられた家族という名の餌は、思いの外魅力的だった。
冷静に考えれば、夫の兄弟の家庭に入り込むなど非常識だという考えも当然の事ながら浮かび上がった事だろう。
だが、考えて欲しい。
ミフィーは夫を失ったばかりで、幼い乳飲み子を抱えている。
夫の死に心は動揺し、幼い息子と2人で築いていかねばならないこれからの生活に対しての漠然とした不安もあった。
そんな弱っている所へ与えられた甘い言葉に、ミフィーは自分でも驚くほど引きつけられている事を感じていた。
今すぐにでも、頷いてしまいたいと思うほどに。
一方、シュリはシュリで、カイゼルとエミーユの提案について色々考えていた。
カイゼルの跡を継がねばならないという責任を負うことにはなるが、それさえ容認すれば、ミフィーとシュリをまとめてカイゼルが養ってくれるという、そういう提案だと言うことはきちんと理解出来ていた。
最初こそ、シュリをとられると思って頑なだったミフィーだが、エミーユの家族になって欲しいという言葉には大分心が動いたようだ。
普通に考えれば、初めて会ったに等しい兄夫婦の家庭へやっかいになるなど、面倒な事この上ないと思うのだが、やはりミフィーもジョゼの死で動揺しているのだろう。
息子と2人で生きていかなければならない現実への心細さもあってか、新たに示された可能性に随分乗り気になってきているようだ。
だが、1人で決断しきれないのか、ちらちらとシュリの顔を伺っている。
ミフィーの中では、シュリはもう立派に自分の意志を持った存在として認識されている様だった。
シュリとしては、ミフィーが苦労なく幸せに過ごせるのなら、貴族の跡継ぎという重荷を背負ってもいいかなと思っていた。
どうしても嫌なら、力をつけてミフィーと共に飛び出しても良いだろうし。
ちらりと、カイゼルとエミーユを見る。
彼らは期待に満ち満ちた顔で、ミフィーとシュリを見つめていた。
こんな顔をしている彼らが、ミフィーやシュリをないがしろにするとも思えない。
万が一、ミフィーがつらい思いをするようなら、その時はシュリが守ってやればいいのだ。
そう考えると、カイゼル達の提案を受けることに何の問題も無いように思えた。
だから、シュリはミフィーの顔を見上げ、彼女の胸の辺りをぱふぱふと叩いた。
「シュリ?」
母親の瞳が自分を映すのを待って、シュリははっきり頷いて見せた。
カイゼルの世話になろうーと。
「いいの?跡取りだよ?シュリ、無理してない?」
ミフィーは普通にそんな事を問いかけてくる。
普通の赤ん坊なら欠片も理解できないに違いないが、相手はシュリだ。
彼はミフィーの目をまっすぐに見つめたまま、
「う!」
と力強く頷いた。
「ふぃーと、いっしょ。へーき」
ミフィーと一緒だから、なにも問題ないのだと、今のシュリの精一杯の言葉を駆使して伝えた。
それを聞いたミフィーの顔がふにゃりと歪む。
彼女はぎゅっとシュリを抱きしめて、
「うん。ずーっと、一緒だよ。ありがとね、シュリ」
涙声でそう言った。
シュリは母親の腕の締め付けを、空気を呼んで健気に耐え、
(だ、だからミフィー。赤ちゃんってのは、そんなギューギュー抱きしめちゃ、ダメだから)
と思ったとか思わなかったとか。
兎に角、この日、シュリは晴れてルバーノ家の跡取りとなったのであった。
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