第7話  出勤する為に外に出ると、空は青く晴れ渡り、朝の心地よい太陽の光が私を照らす。鬱積した気分も晴れ渡り、私はこのままどこかに行こうと心に決めたのである




   前日は家に帰ってきたのは今日の午前四時過ぎで、たった三時間前の事だった。



 シャワーを浴びて、少し横になり着替えてから朝食を食べると、もう出勤しなければならない時間になっている。



 出勤する為に外に出ると、空は青く晴れ渡り、朝の心地よい太陽の光が私を照らす。



 鬱積した気分も晴れ渡り、私はこのままどこかに行ってしまおうかと思う事が何度かあった時期がある。



 いまから約十五年くらい前の事だ。



 私は当時、前に勤めていた会社が倒産してしまったが、幸運な事に付き合いのあった会社に誘われて、すぐに再就職できたばかりだった。



 必要最低限の設備と、人員でやりくりされている会社だったのだが、そのぶん利益を上げる事ができて、当時の金銭的な待遇は割と良かった。



 ただし、一人一人の作業の負担は大きく、中でも最年少だった私は不器用さも重なって「怒られ役」に就任させられていたのである。

 

 とにかく怒られる。



 私が怒られる事で、他の社員に対する気持ちの引き締めを計るのである。



 とにかく人間性を否定される。



 存在意味の否定をされる。



 とにかくとにかく怒られる。



 なんで怒られているのか解らない時も、私が名指しで怒鳴られる。



 私に向かって怒鳴られるのである。



 当時は会社に向かう為に家を出ると、急に気持ち悪くなって吐いてしまったとか普通にあった。



 幽霊を二十歳まで見る事がなければ、一生見る事が無いという話を聞いた事があったのだけど、車を運転していて、道の真ん中でいきなり現れた自転車に乗った白髪頭のお爺さんや、湖の畔で会社の同僚達とキャンプをしていて夜にたき火の前で食事をしていると、黄色い服を来た4~5歳の黄色い服を来た男の子が暗闇の中を走り抜けていったので振り返ると、目の前はすぐに湖で、人が走り抜けられるほどのスペースは当然なく、男の子の姿が無かったとか。



 そのキャンプの帰りに一人で車を運転していて峠に差し掛かった時、耳のすぐ側で笑い声が聞こえたとかのオカルト体験をするようになったのは三十手前の事であった。



 私は思った。



 幽霊を全く信じないと言うわけではないけれど、霊感というものが存在しないと言うならば、私に必要なのは心の病院という事になる。



 それは幽霊よりも恐ろしく感じた。



 時は流れ、私も幽霊を見なくなり、会社の規模が大きくなるに連れて人員も増えていき、「怒られ役」も代々と引き継がれていく事になった。



 私はほぼ怒鳴られる事もなくなって、私を怒鳴っていた人は代替わりで社長に就任していた。



 とにかく短気である。



 最初笑っていたと思っても、急に怒りだす。



 そして怒っている自分に怒るのか、さらにヒートアップして、躰が小刻みに震えるほどであった。



 見た事ありますか?



 怒りに我を押さえきれなくて、躰が震え始める人を。



 社員の失敗に腹を立て、壁を殴って穴を開けたとか。



 社員の一言に腹を立て、机の上のパソコンやら書類やらを全てひっくり返して床に叩き落とすとか。



 そう言うのが日常茶飯事。



 四代目の「怒られ役」を襲名した三十過ぎまでニートで、正社員勤務をした事がない社員は、ある日行動がおかしいので、廻りに病院に行く事を進められ診察を受けると「うつ病の可能性がある」と言われていました。



 今では歳のせいか、それとも将来を見据えた若い社員に見限られ、今年に入っただけで四人の退職が決まった事がだいぶ答えているのか解りませんが、ずいぶんとおとなしくなったものですが、そう言う社長の下だからか、基本的に他の幹部達も人材を育てるという事が非常に苦手で、一からこの会社で育った社員というのは非常に少なく、ほとんどが倒産→途中入社の経験者ばかりだったりします。

 

 技術を持っている人は多いのですが、その技術を部下に仕込んで、自分の負担を少なくしようという考えの人は歳を重ねるほどいなくなり、持っている技術は自分だけの物であり、その技術を持っているから自分の地位があると思いこんでいるようです。

 

 だから新人は自分の地位を脅かしかねない存在であり、自分の地位を守る為に潰しにかかります。



 自分だけなら、この地位を奪われる事はない。



 だから、潰すし、教えないし、罵るし、罵倒するのです。



 辞めてもらって構わないのですから。



 



 出勤する為に外に出ると、空は青く晴れ渡り、朝の心地よい太陽の光が私を照らす。

 鬱積した気分も晴れ渡り、私はこのままどこかに行ってしまおうかと思う事が何度かあった時期がある。



 今となってはそれも昔の事で、もはやぬるま湯に浸かりきった私はそう遠くない最期の日まで会社に向かうのである。

 



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