第2話

「何なのだ、この貧相な物体は?」

 魔力の残滓ざんしを辿り、復活して目覚めたと思しき場所に着き、眼にしたのは今にも崩れそうな、周りと比べてもボロボロで、控えめに見ても少し大きな物置としか判断できない物。その裏手から自身の魔力を感じた。

「それは今は置いておくか。何よりもまず、側近に会わなければ」


 物置の中から側近の魔力を感じ取り、そこに向かうと外観に負けず劣らずの貧相さを醸し出した扉が付いていた。

 念のために一声掛けてその扉を開く。

「側近、入るぞ」

「あ、まふぉーふぁふぁ、おふぁえふぃふぁふぁい」


ばぁり、ぼぉり、ばぁり、ぼぉり……


 側近は袋に入れてある物を取り出して口に運び、あまつさえ咀嚼そしゃくしながら答える。

「……側近?」

「ふぁい?」


ばり、ざく、ばり……


「あ、細かいのしかなくなった」


ざぁぁぁ……ばりばり……

グシャグシャ……


 残りが少なくなったのだろうか? 袋を傾けて口を付け、一気に含む。そして中身が無くなったであろう袋を丸めた。

「えっと、燃えるゴミだっけ?」

「……何を食べているのだ?」

「これですか? ポテチィのうす塩味です。美味しいですよ。」

「そういう意味で聞いたわけではない! き、貴様は仮にも魔王たる我の前で、なんたる無礼を!」

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。」

「落ち着いてなぞ、いられるかぁ!」

「魔王様の事ですから、飛び出した後に人間にちょっかいかけるか、変質者扱いされて、警備ロボットに散々追われたあげく、這々ほうほうの体で逃げ帰ってきたのは、充分理解してますから落ち着いて下さい」

「がはぁ!」

 ほんの少し前の出来事を的確に言い当てられて、魔王の精神に大ダメージを与える。結果、身体は崩れ落ちて、全体重を両手両膝を通して地面に押し付けた格好になった。

「orzですね、わかります。」

「我には側近が何を言ってるのか、まったくわからん……」


 魔王が必死の思いで戻って来たのに、側近はよくわからん物置で、よくわからん物を食べ、いつもと変わらぬマイペースを貫いているのが無性に腹立たしく、怒鳴りつけようとするが、

「現状を説明しますので、とりあえず座って下さい」

「う、む……」

 いいタイミングで話を切り出され、実行できずに終わる。仕方なく、言われた通りに座ろうと一歩進もうとすると、止められる。

「魔王様、ここは土足厳禁です」

「? 我は靴など履いてはおらぬ」

「だったら……どうぞ。これで足の裏を拭いてください」

 側近は布を水に濡らして渡してきた。苛立ちがピークに達しかけてはいるが、なんとか我慢して足の裏を拭き、指定された場所に座る。椅子がないのも気に食わないが。


「どうぞ」

「これは?」

「お茶といいます。美味しいですよ」

 口に含むと苦味と甘味が混ざりあって、豊かな香りが鼻から抜けていき、確かに美味だと感じた。そして、魔王がお茶を飲んでいる時に側近が話を続ける。

「早速ですが、魔族の生き残りはもう魔王様に付いていく事はないでしょう」

「ぶふぉ!」

 口の中のお茶が勢いよく吹き出される。


「あー、汚いじゃないですか。お茶を飛ばさないでくださいよ」

「げはっ! げふっ! そ、それどころではない! どういう意味だ!?」

「それについてなんですが魔王様。魔族が魔王様に従っていた理由をご存じですか?」

 焦っているところへの急な質問に、頭脳をフル回転させて回答を導き出した。


「それは、やはり我への畏敬いけいの念が「違います」」

 側近がバッサリと切り捨てる。

「魔族は魔力によって命を保っています。そして、昔であれば供給元は魔王様しかおらず、従っていたんです。」

 五百年前、魔王の身体からは微弱な魔力が垂れ流しになっており、魔族はそれを糧にしていた。勿論、普通の食事でも代替できるが、吸収率に差があった。食事をして体内でエネルギーに変換するのと、直にエネルギーを取り込むのでは、どうしても後者に分がある。


「わざわざ人間が魔族の命を長らえさせる手助けをするはずもありませんし。ですが、ある時を境に状況が一変したのです。」

 そこで一区切り付け、側近は横にあった棚の引き出しから、何かを持って戻って来た。

「これです」

「これが何の役に立つのだ?」

 見せられた品は、金属で出来た細長い円筒形に、さらに小さいボタンのような物が付いている。用途については予想すらできない。

「それは魔電池というものです」

「魔電池?」

「はい。要するに魔力を貯めておける代物です」

「なるほど、中々に便利ではあるが、肝心の貯めておく魔力が無くては、意味が無いだろう。」

「人間は、正確にはかつての勇者はですが、魔力を生み出す装置を発明したんです」

「何だと!?」


 魔力というのは、特定の生物しか生み出す事ができない。生まれながらの素養のみで決まり、人間であれば魔術師など、魔族であれば存在自体が高位の者として扱われる。少なくとも昔は、それが常識だった。

「まさか……」

「勇者はそれを作り出すという事に成功しました。確かに魔王様に恩を感じていたり、忠誠を誓っている魔族もいたかもしれませんが、それよりも多くの命を救った勇者の方に付いて行くのは自然な流れです」

「だ、だが、勇者に倒された者はどうだ!?」

「死んでいった者より、先を生きる子供……そういう事ですよ。種が全滅するくらいだったら、小さいプライドなぞ捨ててしまえってね」

 言わんとする事はわかるが、魔王の心中は穏やかではない。何せ、仲間と思っていた魔族に裏切られたような気持ちなのだから。


「でもまぁ、魔王様って人気ありませんでしたし」

「うう゛ぁ!?」

 側近の思わぬ告白に、変な声を上げて返事をしてしまう魔王。

「だって、別に下の者の面倒を見ていた訳でもないし、戦争になったら突撃しか命令しないし、何もない日は食っちゃ寝……垂れ流しの魔力だけで日々を生きている魔族からすれば、もうちょっと何とかしろよって思いますよ、そりゃ」

「我はちゃんとしておったわぁ!」

「そうですか……じゃあ、テストしましょう。私の名前を言ってみてください」

 先ほどと同じ、急な質問に考え込む魔王。だが、答えは簡単だ。長年、付き従ってきた右腕であるはずの側近の名前など、すぐに出てくる。そう思っていたのだが。


「……」

「ほら、やっぱり私の名前すら言えないじゃないですか」

「いや、これはほら、あの、アレだ!」

「誤魔化さないでください。私の名前はエインリッヒです」

「それだ! 我も今そう言おうと「嘘ですけどね」……」

 気まずい沈黙が流れる。側近ですらこれなのだから他の魔族の事なぞ、ろくに覚えてないのを証明してしまったようなものなのだから。


「つまりですね、魔王様はちゃんとしてなかったんです」

「……」

「これはもう、勇者の方に惹かれるのは当たり前ですよね?」

 今日一日だけで魔王の精神はどの位まで擦り減ったのだろうか。ゴーレムに物理的に叩きのめされ、信頼している側近に精神的に叩きのめされ、普通であれば立ち直れないところだった。一つの現実が無ければ。


「側近……」

「はい?」

「それでも側近は我の味方だろう!? なぜなら我を復活させたくらいだしな!」

 そう、その現実とは魔王の復活を手伝った事。

 もしも味方でなければ、しようとも思わないはずだ。そうに違いない! 心がやっと安らぐ。キツい物言いをしてくるが、きっと自分を心配してくれていたのだ。と、魔王は思った。


「あ、あれですか……」

 魔王の安堵とは逆に、側近がバツの悪そうな顔をする。魔王は嫌な予感しかしないので話して欲しくなかったようだが、止める前に先制して喋りだされた。

「ふと思い出して、暇つぶしに蘇らせたら面白いかな~って魔電池を使ったんです」

「ぬおほおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

 聞きたくなかった真実……

 まず忘れられてたっぽい。しかも暇つぶしで復活させられた。最後に勇者のおかげで復活した。

 魔王はしばらく床に倒れ込み、動く事ができなかった。


「あの……大丈夫ですか、魔王様?」

「……大丈夫に見えるなら、貴様の目に映っているのは幻覚だ」

 酷く憔悴した様子の魔王に、さすがに言い過ぎたかと、ほんの少しだけ反省し、フォローに入った。

「でもほら、普通なら単四が一本で済むところを単一を二本も使ったんですよ? さすが魔王様」

「やかましい!」

 よかれと思って放った言葉だったが、フォローになるどころか魔王をイラつかせるだけに終わった。


「待てよ……側近、貴様は嘘を吐いているな?」

「嘘?」

 思い当たる節を探して考え込んではいるが、その態度すら作られたものに見える。

「街中で見かけた女は、我を魔王と思っていなかった。さらに飛んで逃げ……飛んでる最中に魔族の姿は見えなかった。つまり、近くに魔族はいない。勇者に命を救われ付いていったのであれば、人間と共にいる魔族もいるはずではないか。よって貴様が話しているのは嘘で、今もまだ野に潜み、我を待ち望む魔族が大量にいるという事だ!」

 ストレスを爆発させるように一息に言い切った魔王の顔はしてやったりといった感じだ。最後の方は叫び声に近かったので、よほど辛かったのだろう。


「あ、それはですね」

 対する側近は何でもないような空気を出して、床に無造作に置いてあった一冊の本を机の上に置く。

「この本がどうかしたか?」

「まぁ読んでみてください」

 促された本の表紙には"可愛い魔族 大集合!"との記載があった。頭痛がしてきた気がする魔王だったが、耐え忍んでページを開くと、どうやっても愛玩動物にしか見えない魔族の精緻せいちな画集だった。

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