百合の行方

東条

はじまるまえ。

 最初の出会いは、とても暑い夏の日。

 その時、ギルバートは友人たちとボール遊びをしていた。公園の隅で、他の子供たちに当たらないようにただ蹴りあうだけの、単純な遊び。しかしまだ幼い彼らにとってはそれもまた楽しい遊びで、何回空振りせずスムーズに続けられるか、無回転で蹴れるか。そんな風に少し工夫をして、彼らは遊んでいた。大きくない三角形をボールは行ったり来たりする。ギルバートは汗を雑に腕で拭いながら言った。

「おい、スティーブ! もっとちゃんと蹴りなよ、蹴り返しにくいだろ!」

「わざとやってるんだ、難しい方が面白いだろ!」

 スティーブはそう言って思い切り強くボールを蹴った。それは大きな弧を描いてギルバートの頭上を通り抜けていく。それを見ていたもうひとりの友人のポールは声をあげて笑った。

「あはは、確かに難しいね! でもスティーブの負けだ、連続が止まっちゃった」

「いっ、今のは失敗したんだよ! 見てろ、次は勝つからな!」

 スティーブはそう言い返し、ギルバートとポールは顔を見合わせて笑った。そしてギルバートはボールが飛んでいった方に走り出す。

「俺、取ってくるから!」

「ありがとうギル」

「おー、さんきゅ!」

 二人に笑って手を振り、ギルバートはボールを追いかけた。既にボールは公園から出てしまっており、少し坂になっているせいで道路を挟んで向かいの病院の敷地へと転がっていく。ギルバートはちゃんと車が来ていない事を確認してから道路を渡り、病院の敷地内に入った。そしてきょろきょろとボールを探す。目当てのボールを見つけると同時に、彼はそのボールを見つめていた少女に目を止めた。白いワンピースを着た少女は日傘をさしており、しゃがんでボールを見ている。その髪はこの辺りではあまり見ない赤毛だった。ギルバートは駆け寄りながら口を開く。

「ごめん、それ、俺の!」

 そう言うと、少女はくるりと振り向いて立ち上がった。身長は同じくらい、年齢も同じくらいだろうか。大きな目は青く、とても綺麗だった。少女はボールとギルバートを交互に見て、少し首を傾げる。

「あなたの?」

「そう。スティーブが蹴っ飛ばしたんだ。……君は? ここの病院の人?」

 ギルバートがボールを拾いながら聞くと、少女は首を横に振った。そして玄関の方を見ながら言う。

「ううん。お父さんが、用があるからって。私、体弱いから、あんまり家から出ないの」

「ふぅん……今日暑いけど、大丈夫?」

「うん、少しだから。それにあんまり外出ないから、楽しくって」

 少女は眩しそうに空を見上げて笑った。その目の輝きにギルバートは綺麗だと心の中で言う。しかしそれは口に出さず、笑顔で彼女に問いかけた。

「そういえば、名前は? 俺はギルバート!」

「私はジャック。男の子みたいな名前でしょ?」

 少女……ジャックはそう言って少し不満げに口を尖らせた。

「もっとかわいい名前が良かったな。でもお父さんはこの名前に意味があるからって言うんだもの」

「ふぅん……俺は良いと思うけどな。かっこいい女の人だっているし」

 ギルバートがそう言うと、ジャックは目を丸くし、それから花が咲くような可愛らしい笑みを浮かべた。

「ありがとう、ギルバート」

「へへ、どういたしまして」

 ギルバートは照れ臭そうに笑い、そして友達を待たせていることを思い出した。あまり遅いと怒られてしまうだろう。少し慌てながら踵を返した。

「そうだ、俺、もう戻らなきゃ!」

「そうなの。ばいばい、ギルバート。また会えたら会おうね」

 ジャックはそう言って片手を小さく振った。ギルバートは振り返り、そして笑顔で手を振りながら走り出す。

「じゃあね、ジャック! またね!」

ギルバートは病院の敷地から出ると車に気をつけて道路を渡り、公園へと走って行った。ジャックはそれを門の手前で見送る。そしてとても羨ましそうな表情で小さく息を吐いた。

「走れるって、いいなぁ……」

「走りたいか、ジャック?」

 急に聞こえた声にジャックは振り返った。そこには赤い長髪の青年が立っている。彼を見上げ、彼女は首をかしげて尋ねた。

「もう用事はおしまいなの? お父さん」

「あぁ。……ジャック、今はまだ駄目だけど、大きくなったら走れる」

「本当?」

 ジャックは目を輝かせた。青年は目を細めて笑い、ジャックの頭を撫でる。

「あぁ。ほら、帰ろう」

「はぁい」

 二人は手を繋いで病院の敷地から出ていった。ジャックは手を引かれながら空を見上げる。とても青い空は雲一つなく、鳩だろうか、白い鳥が二羽、悠々と飛んでいた。


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